同意なしのリアルお仕置きのお話 その2

前記事の続きです。

待ち合わせの不手際というのは他愛もないことだったのですが、そもそもその駅で私が降りるのも彼女が車で来るのも初めてだったので到着したらどこにいるか分かりやすく説明するように言ってあったんですね。
以前待ち合わせしたときに分かりにくい説明だったので「分かりやすく」とあえて付け加えておいたんです。

私のほうが後に到着するはずが渋滞の影響もあり、彼女の到着の前に私が着き
「○○口にいるからそこに来て、橋の上だからナビを見たらすぐに分かると思う」
とメールしました。
しばらくすると返信が来て
「何口かわかりません、錦糸町行きの都バスが出ています」
とメールが来ました。
私のメールに返答をせずに自分の居場所を指定したことに少しイラッとしたのですが、そもそもこんな内容のメールじゃ場所も分からないですよね。
自分の居場所のメールしかしてこないので移動するしかなく、地図を見てロータリーがあったのでおそらくそこだろうと思い、「今行く」とメールをし移動しました。
ところが探しても探しても車が見当たりません、そしたらメールで
「移動しちゃいました」
と返信がありました。
移動するならするで一言メールをしなければ分かりませんよね、お互いの行き違いというよりも連絡の不行き届きです。
私はすでに移動していたのですぐに「そっちにいったのに。マックにいる」とメールをしたのですが、そのマックがどこにあるか分からずに彼女は探し回っていました。
私が彼女が元いた場所に移動してそこでマックといっているのだから自分が指定した場所にあるマックだってことくらい想像はつくかと思うのですけどね、そこまでは頭が回らなくてうろうろしていたそうです。
探していなければもしかしてって気がつく機転は持っていてほしいものです。
最終的に
「マックが分かりません」
とメールがあったので場所を説明してやっと合流しました。

そしてお説教です。
彼女は運転席、私は後部座席に乗ってのお説教です。
2,3分で終わる話が30分くらいかかってしまいました(汗)
「私の場所指定のメールに返信もしないで自分の居場所を指定して、しかも勝手に自分の指定した場所を移動したら待ち合わせにならないでしょ?移動するなら一言メールしないと相手はわからないよ、そもそも私のメールに対して分かったとか分からないとかメールを返信しないこと自体いけないことだよ」
というと
「メールの着信がなかったので私が場所指定のメールを送信してから京介さんのメールがはいったから」
といい訳。
そもそもそんなことあまりありえないのに本当なのかと思ったのですが、しつこくそれを繰り返すのでそれはそれで信用はしました。

その時はそう思ったのですが、後日分かったのは、AUのアイフォンの携帯メールは自動受信しなく、手動で確認しないと駄目なんですね、機能はパソコンのメールと一緒でソフトバンクでは採用しているメッセージ機能が使えないためメールは着信が来ないんですね、もうAUのアイフォンは携帯メールとしては使えないですね。

話を戻します
受信が出来なかったから分からないというのですが、そもそも場所を移動したのだから私のメールは読んでいるはず、であるならそのメールに対して「分かりました」とか「今移動します」とか一言なければ相手には伝わらない。
そう問い詰めてもまた最初に戻って言い訳の繰り返し、「分かりました」と返事はするものの、その言葉は形だけでまたつめた話をすると最初に戻っての仕切りなおし、こんなことがずっと繰り返されていたんですね。

こんなことは些細なことで「そうですね、気が回らなかったです、以後気をつけます」で終わりだったんですが、もう私は悪くないの一点張りなのでこちらも彼女の至らなかったところを細かく掘り下げて説明して多少感情的になりながら説明してもどうにもならず。
「そうやってあやふやにされて育ってきたから相手を思いやる気持ちや常識的な考えが方出来ないんだよ」
と一喝したら彼女は振り返り後部座席の私を睨みつけるんですね、
最初は睨んでいるのか見つめているのか分からなかったのですが、信号が変わったよというと
子供のように「プイッ」っと前を向いて怒っているアピールです。
あれ、こんなこと大人でもするんだとびっくりしたのと、首が痛くなるくらいプイッとしたのでおかしくて後部座席で私は笑ってしまいました。
でもそのしぐさがまた上品で可愛くてちょっといじりたくなって、少し話しかけてみたのですが、
声のトーンは怒っている感じで返してきてその態度がまた可愛く感じ私はニヤニヤしていました。
怒っているというよりも拗ねている感じだったので見ていて子供のようで可愛かったんですね。

私も少し仕事があったのでそれを片付け、そして彼女に話しかけました。
私はニヤニヤしながら
「どうしたの?何拗ねているの?」
ときくと
「拗ねていません!」
といかにも拗ねている口調で返してきます。
私はこういうのがとても好きなのでまた意地悪したくなって
「拗ねていないのになんでそんな口調なの?」
というと
「拗ねていません、怒っているんです」
といってきました?
何でも怒っているのか聞くと
「だって私全然悪くないのになんで怒られなくちゃならないんですか?」
と返ってきました。
その言葉に私がびっくり、そしてそれまでに掘り下げて説明してきたことはなんなのか、とがっかりもしてしまいました。
「なにさっきの分かりましたは言葉だけだったの?」
といっても
「分かりました、私が悪いんです!」
の一点張り、
「運転しているからもうこんな話終わりにしたいんです!」
と言い始める始末。
心の中では悪くないと思っているのに口だけは終わりにしたいから謝るみたいな感じですね、それは違うよといっても
「本当に分かりました、ごめんなさい!」
と変な感情でまくし立ててもう会話が出来ない状態でした。

きっと感情的になっているから引くに引けなくなっているんだろうなという思いと、もう一回しっかりと今回のことを考え直させるために私は今日は一緒にいることはやめようと考えていました。
目的地の新宿に着き、彼女が
「どこに行けばいいですか?」
と聞いてきたので、私は
「今日は遊ぶ気分になれないから降りるよ」
といい、新宿の駅まで誘導して下りることにしました。
車を止めて降りるときに
「今日のこと今日一日しっかりと考えて私の言っていることがしっかりと理解できて反省できたらまた連絡してきなさい」
といい、車を降りました、最後のお話しをしているときから私が降りるまで彼女はずっと睨んでいました。



ほとんど正しくて、それが悪いことと思ってなくても、1%でも自分が至らない部分があったのならば謙虚に過ちを受け入れる姿勢は必要だと思います。
今回のことはちょっとした行き違いで相手に対してちょっとした気遣いが出来なかったことによって起こったこと。
そういったことを理解してくれれば良かったのですけどね。
自分本位な考え、してもらうだけの生活ではなかなか気がつけないことかもしれませんが、人と人のコミュニケーションには相手を思いやる気持ち、相手の立場に立って先を見通すことがとっても大事なことだと感じます。
自分が喜ぶではなく、相手が喜んでくれる幸せというものがあるんです。
私とお付き合いのある人には決して人に対して不快にさせるような人間にはさせたくないというのが私の想いです。
私に対してではなくて他の人に対してそれをさせたい、だからまず私にそれをさせるのが私のやり方なんです。



続きます
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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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