複数のパートナーがいるキーさんカーさんのお話

キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください。


パートナーとお付き合いするにあたって、複数否定派と肯定派があると思いますが、みなさんはどうでしょうか?
私は実際に複数派なのですが、そこに恋愛は発生していないので自分の中ではそれが普通のことだと感じています。
子供が複数いる家庭は存在するし、学校であれば生徒はたくさんいますよね、そんな感覚だからそう思うのでしょうね。

また、私とお付き合いのあるキーさんでも、他のカーさんにお仕置きを受けることに関しては自由にさせています。
それは反省するためにお仕置きは存在するのであってしっかりと反省できる人にお仕置きをされたほうがいいと思っているからです。
気持ちの中では1番と決めていた人でもその人とお互いの都合が付かなければ2番目の人にお仕置きされる。
それでいいと思っています。

私自身、一番説教がうまいなんて微塵にも思っていないので、しっかりと説得力があって包容力のある人に気持ちがいってしまうのはそれは正しい選択だと思っています。
親しいキーさんには私に黙ってカーさんに会うのではなく、そういうことも含めて報告してくれるとうれしいと伝えてあり、ちゃんと報告をしてくれるキーさんもいるんですね。

私はこういう考え方なので、複数は別に悪いことでもなんでもないと思っているんです。
ただ、複数否定派の人たちはお仕置きに対しての思い入れや考え方がちょっと違うので否定してしまうのですが、それはそれで立派な考え方だと私は思います。
一人の人とスパをし合えてこそ、しっかりと反省できるし、心のすべてを委ねられる、依存もできるし唯一の居場所として気持ちが安らぐ。
とてもいい事だと思いますしそれでないと自分を維持できないという気持ちはよく分かります。

これはその人それぞれの考え方で、より自分が精神的に安定できるようするだけのお話で正解不正解はない、個人的な心の問題なのだと感じています。

複数がゆえに以前ちょっと面白い出来事がありました。

あるキーさんのお話です。
そのキーさんとはその日が初対面でした。
なんと、そのキーさんがお仕置きの「はしご」だったんです(汗)

私と会う前に違うカーさんにお仕置きを受けてきたんだといきなり告白してきたんですね。
お尻を見るとしっかりとお仕置きの痕が残っていました。
複数派の私のところに複数派のキーさんが来てしまって、それはそれでよくあることなのですけどね。
しかし1日二人にお仕置きをされるなんて見たことも聞いたこともなかったのでびっくりでした。
お仕置きをする側は一日二人とかはあるでしょうが、される側は珍しいでしょう。

ちょっと理解しがたい光景だったのでこの子はキーではなくただのマゾではないかと感じたのですが、お仕置きをしてみるとマゾの感じは読み取れずれっきとしたキーさんでした。

私自身はその彼女の行為に興味があっていろいろと質問してみたのですが、ほとんどノーコメントに近い答えで(範囲が広すぎて限定できなみたいな)結局何者か読み取ることはできませんでした。
でも、いろいろと心の中にたまっているもの、吐き出したいものがあって、それはお仕置きの姿勢から読み取ることができました。
その後も連絡はきているのでじっくりとその子の心を探って行きたいなと思っています。
とても珍しいことだったので紹介してしまいました・・・。
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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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