人それぞれのお仕置きのイメージ

スパとお仕置きは必ずしも同じではありません。
スパとはお尻を叩くことをさしますが、単にお尻を叩くだけではお仕置きとはいいません。
お仕置きとは悪い事の罰であって、その手段としてお尻を叩くわけですよね。

スパの世界でのお尻を叩く行為は、悪い事の罰としてなのか、そうではないのかという二つに分かれています。
もちろん私のところでは悪い事の罰としてお尻を叩いているのですが、そうではなく楽しみや快楽でお尻を叩くというスパの人たちもいるんですね。

それと私は「スパ」という言葉は普段使用しません、スパというジャンルを説明するためには使用しますが、お尻を叩くことに対して「スパ」とか「スパンキング」という表現をしたことはこれまで一度もないんです。
なんでかというと私の中でお尻を叩く行為は「お仕置き」だからです。

そのお仕置き一つとっても人によってそのイメージは違います。
キーさんが憧れている家庭的なお仕置きは膝の上でお尻をペンペンするものですが、それは幼少期に目にしたお仕置きがそういうイメージだったからで、お仕置きといったら膝の上でのペンペンがキュンとくるんでしょう。

でも必ずしも膝の上でのペンペンではなく、絵本によっては子供が鞭を打たれる、棒で叩かれるというものもあり、それをみてお仕置きに惹かれていった人は鞭やケインで叩かれるようなお仕置きにキュンとするものです。

他にも悪い事をして捕らわれの身になった者が縛られて鞭打ちされたり、拷問のようなものを受けたり、立たされたり正座させられたりしたり、そういうお仕置きを目にした人はそういったものにキュンとしてしまうこともあるんですね。

別に何を見たわけではなく、知らないうちにお尻ペンペンに興味を持ったというようなことはたまに聞きますが、そもそもお尻ペンペンのお仕置きを知っている時点で、どこかでお尻ペンペンのお仕置きを見ているわけですよね。
それはお仕置きとは悪い事の罰であって、その罰はビンタでもゲンコツでも正座でも背中に鞭打ちでもいいのであって、お尻を叩き以外にもたくさんあるわけですからね。

なので、キーとかMとかそういうジャンルではなく、幼少期に目にしたお仕置きのイメージがキュンとする感覚であって、そこに痛みを我慢する感覚だったり、とことん追い詰められる感覚だったりで、見た目は泣いたり叫んだり、苦しんだり耐えている感じで、そこを自分と重ね合わせてその感情の変化を同化させてドキドキしているんでしょう。

お仕置きのイメージは人それぞれですが、共通していることは悪い事をした罰であるということです。
その償いとして痛みを伴った罰を受け、悪い事を清算して許される、そこが共通していればどういうお仕置きだろうと私からしたら全て同じなんですね。

私はキーさんのように幼少期に家庭的なお仕置きを見てお仕置きに興味を持ったわけではありません。
私のお仕置きのイメージは何かというと、それは罰をあたえることです。
その罰は痛みや屈辱的なものであればなんでもありなんですよね^^;

でもしっかりと反省させて成長させるためのお仕置きだとしたらまたその中でも絞られてきます。
それは相手が反省できるようなお仕置きということです。
つまり膝の上で平手でのペンペンじゃないと反省できないということであればそうします。
鞭やベルトを使用されたら虐待的に感じて反省どころじゃないということであれば使用しません。

逆に鞭やベルト、ケインやパドルなどを使用して厳しくしてくれないと反省できないという人には使用します。
縛ったり身動きできないようにしたり、滅多打ちにしたり、羞恥的にしたり、メチャクチャ厳しくしたり、それはそれぞれですが、そのくらいしてくれないと成長できないということであればそのようにします。

基本的にキーさんは家庭的なお仕置きを望んでいるので、私のスタンダードな罰は家庭的なお仕置きですが、私のお仕置きは単に罰をあたえるという認識なのでどんなお仕置きでも可能だということです。
そういうことからもいろんな要望のお仕置きにも対応できるんですね。

そして一番はお仕置きではなく、相手のこれまでの人生や性格、得手不得手やトラウマ、病気や障害などをわかった上でその人にあった試練をあたえたり、時には頑張りすぎないように言い聞かせたりして、その上でのお仕置きなので、まずは本当の自分をだしてもらわないと意志の疎通ができません。
その意志の疎通こそ、よりリアルな家庭的なお仕置きには重要だと私は考えています。

家庭的なお仕置きに惹かれているキーさん達でもお仕置きのイメージは違うことがよくあります。
家庭的という定義も違います。
強さや厳しさ、体勢や道具をとっても感覚が違います。
そういうところはそれぞれカウンセリング時に詳しく聞いてはいますが、本当にお仕置きのイメージは人それぞれだなとつくづく思います^^


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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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