SMの堕ちるとは

SMの「堕ちる」とはどういうことでしょうか、その先には何があるのでしょうか。
そういう疑問を持っている子がいて、ちょっと興味深いのでブログに取り上げようと思いました。

SMでは「堕ちる」と表現することがあって、それは性奴隷に堕ちるとか家畜以下に堕ちるとか、まぁ人間の尊厳さえも剥奪された状態に堕ちるという事なんですけど、堕ちるはいいとしてもその先に何があるのかはよくわかりませんよね。

そもそもその子が「堕ちる」に引っかかった理由は、家庭的なお仕置きにおいて、最初は平手メインでたまに道具(家庭的な道具のみ)しか受け付けなかったのが、徐々に許容範囲が広がっていって、今では道具も使わないような甘いお仕置きには興味がなくなり、それだけではなく、拘束されてでも無理矢理追い詰められたいという思いも出てきてしまっていて、だんだんその範囲が広がっていくことに、抵抗を感じていてネットをさまよった結果堕ちるという言葉に反応したそうなんですね。

ただキーさんが痛みの追及に走ってしまう事はよくあることでもあります。
お仕置きをする側にも問題があるのですが、反省度合いによってお仕置きの強弱をつけたりメリハリをつけていかないと、どうしても痛みがないと反省できない思考回路になってしまう事があるからです。

例えば、ちょっとしたうっかりミスでも、人を傷つけるような重大な悪い事でも、同じように厳しく耐えられるギリギリのお仕置きをしていたら、耐えることに重点がいき、耐えられた達成感によって満たされ、もう少し耐えられたかもしれない、次はもう少し厳しくしてもらいたいと思うようになり、追い詰められて痛みを与えられてそれを耐え抜くことで満たされるようになり、だからこそ痛みがないと物足りなかったり反省できなかったりするわけです。

まぁこのことと堕ちるは全く違いますけどね。
どんどんと許容範囲が広がっていっているから、堕ちるところまで行きつくんじゃないかという不安もあるでしょうが、この段階ではキーさんでありながらM要素が入り込んでいるという事だけだと思います。(痛みを求めているという点で)

そもそも堕ちてしまいたい、ボロボロにされて再起不能くらいになりたい、と思うのは、その人の状況が辛くしんどかったり、心が病んでいたり、トラウマ的なものや重いものを抱えている人、生き辛さを抱えている人に多いように思います。
そういう人は破滅願望を持っていたりどん底まで落ちてもっと傷つきたいと思ったり、もう何も考えたくない、という心理が働き、そういうところからSMの「堕ちる」につながっているんだと思います。

そういう人たちは、ボロボロにされたい、自分を傷つけたい、消えていなくなりたい、再起不能にされたい、死ぬくらいの気持ちや恐怖を味わってみたい、とことん貶されたい、などなど思いは人それぞれですが、こうなるとどん底まで堕ちたいと思ってしまうものです。
で、堕ちた先はどうなるのでしょうか、なぜこのようなことを望んでしまうのでしょうか。

それは恐らく辛いものを抱えているからでしょうね。
無意識に堕ちることを望んでしまうのはそれが人間の本能だからだと私は思っています。
たまにこういう話はするんですけど、辛いことや鬱っぽいことがしばらく続いていると、ずーーっと辛い状態なんですよね。
そこから逃れるためにはどうするか、基本的に逃れる方法はないんですけど、唯一の方法といえば更に堕とすことなんですね。

どん底まで痛めつけられて、自分を傷つけて、今の辛さよりもずっとみじめになったり辛くなったりすればどうなるか。
その状態は一時的なものですから元の状態まで浮上することになります。
元の状態というのは辛い状態ですが、それでももっと辛い状態から浮上するのでそこで幸福感や満たされ感がでて、一時的にも辛い状態を忘れたり解放されたりするので、そういう部分から自然に求めてしまうんでしょう。
自傷行為もその心理が働いているはずです。

これは家庭的なお仕置きにも通じていることです。
痛くて辛い状態から許されて一気に浮上する、スキンシップをして愛情を与えることによって通常の何倍も満たされるわけです。
追い詰められれば追い詰められるほど、痛みを耐えれば耐え抜くほどその幸福感を大きくなっていきます。
だからこそそこを無意識に求める為に痛みを追及してしまう事があるんですね。

でもそこはそうならないように私は意識してメリハリをつけたお仕置きをしています。
Mな人には無理ですけど^^;わざわざ痛みを追及させるようなお仕置きはしません。

まぁ家庭的なお仕置きでもそういう効果があるわけですから、もっと心が病んでいたり辛い人は堕ちることを望んでも不思議ではありません。
本当に辛い時はそこから逃れたいですからね。

堕ちるというのは自分を救う手段でもあると私は思います、そしてその生き辛さや鬱などが改善すればそういった性癖も改善していくはずです。
そう簡単には心に抱えたトラウマや生き辛さは治りませんから、そこが一番の問題なんですけどね。
とにかく自分を救う手段として、心理的な面を立て直すまでは人によっては堕ちる行為は必要なんだと思います。



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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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