お仕置き終わりの判断

お仕置きには必ず終わりはありますが、お仕置きがいつ終わるかわからないという恐怖はありますよね。
最初に道具の種類や回数を宣言してお仕置きをすることはありますが、それはそれで目途というのがあるので、怖いながらも耐える基準というものが設けられていて、厳しくてもなんとか耐えきろうと頑張ることもできるでしょう。

一方、道具の種類や回数を宣言をしないお仕置きはそうはいきません。
痛いのが限界になればなるほどいつ終わるのかが気になり、「あと何回?」と聞いても答えてくれないとなると更なる恐怖に加え、絶望感のようなものも芽生えてくることもあるでしょうが、そういう精神的なダメージもお仕置きの一部です。

で、私はどこを見てお仕置きを終わらす判断をしているかというと、悪い子の”脳内”を見ているんですね。
脳内を見て我慢できる限界を見極めて、そこから更に厳しくする。
お仕置きをされている子は自分の限界だと思って必死に謝ったり「無理!」と叫んだりしますが、それでもやめずに絶望感をもう少し味わってもらいます。

お仕置きに対してファンタジーな部分を抱えているキーさんは多いですが、それを一瞬でも打ち消すくらいの痛みを少しの間与えて、
「なんでお仕置きなんて受けちゃったんだろう」「悪い事なんて言わなきゃよかった」
と後悔するくらいの絶望感を少しだけでも感じさせ、それが行き過ぎないように注意しながら、ある程度の限界以上を感じたなと判断したらお仕置きを終了します。

限界以上にこだわるのはそれだけ悪い事をしてしまったのですから本当の意味で罰を受けて反省してもらい、しっかりと清算してほしいからです。
お仕置きでキュンキュンなんてものはあって当然ですが、それはお仕置きの途中に叩く力を抜いたり、少しお仕置きに浸ってもらうように調整して叩いたりしたりもするので、その時にファンタジー的な部分を満たしてもらい、それとは別に最後に方には限界を一歩か二歩超えたくらいの痛みも感じさせて罰を受けてもらおうというのが私の思いです。

実際には人によって痛みの感じ方は違いますから、叩く強さではなく、どれだけ痛みを感じたかで判断しています。
そうなるとその人の脳内を見るしかないんですね。
この悪さなら痛み度60%だな、これは凄く悪い事だから痛み度80%だな、これは人の心を踏みにじる行為で反省もしていないから痛み度90%以上だな、という感じです。

こうすれば痛みに強い人でも、痛みに超弱い人でも、平等なお仕置きになるわけです。
なので私基準で悪い事を判断して叩く強さを決めるのではなく、お仕置きを受ける側の痛みの感じ度合いを基準として叩く強さを決める、それが平等であり、だからこそ脳内を見て判断するしかないんです^^;

もちろん脳内を見るにはお仕置きを受けている人の痛みの反応や仕草、雰囲気、言葉遣い、必死さなどで判断しているので、多少の誤差があるのはしょうがありません^^;
完ぺきな演技をされてしまうと判断ミスもあると思いますが、初対面でお仕置きを受けた時の反応や、その後のメールなどでのやり取りでの様子で総合的に判断しています。

といっても最初から完ぺきな演技であれば脳内は覗き見れないかもしれません^^;
ま、でも相手はキーさんですからね、演技で軽めにお仕置きを受けてそれで満足というわけにもいかないでしょう(笑)

キーさん側も小説を見たり妄想したりするときには限界を超えても許してもらえない、泣いても叫んでも容赦なく平手でぺんぺんと叩かれる、という描写に惹きつけられて、それを理想とする人も多くいるでしょう。
でも実際のお仕置きは痛いんです(笑)

滅多打ちにされたいとか超厳しくされたいと口でいうのは簡単でも、実際にしてみると本気で無理!なんてことは実は普通です。
それでも限界を超えたお仕置きは、その場では本気で嫌でも終わってみたら物足りないと思ったり、もう少し我慢できたかも、となるものです。
家に帰ったらその気持ちが更に強くなって、怖いけどもう少しだけ厳しめのお仕置きも受けてみたいと考えてしまう人も多いようです^^;

活動での私のお仕置きは要望が基本にあるので、普通レベルや軽めの要望であればそこまでのお仕置きはしませんが、お任せであったり厳しめの場合はこのような感覚でお仕置きをしています。

もう限界だ!
そこから更に少しの間厳しくするお仕置きは、悪い事の罰としては効果的です。

そんなお仕置きでも終わってみたら大したことありません。
限界といっても流血するまで叩かないですし、擦り傷になるところまで叩くことはありません。
痛いは痛いですが、たかだかそんなレベルでの痛みですからね(笑)

中には私が思いっきり叩いても限界を超えない強者のキーさんもいるのですから、その場合は私もお手上げです^^;




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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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