スパ好きではない、カーでもない、カー役?

いきなりですが、私は自分のことをカーだとは思っていません、これまでのブログでも”私はカーだ”という表現はしていないと思います。

スパの世界のカーさんはお尻を叩くのが好きだったり、動画や小説を見るのが好きだったり、他にも画像やイラストなどを見たり、お尻フェチという人も多いようで、それによって興奮をするのでしょうね。
私はカーさんとは交流が一切ないのでわかりませんが、キーさんから聞くカーさん像はそんな感じです。

私はというとお尻を叩くのは好きというわけでもないし、動画や小説、画像やイラストなどを見ても一切興奮しないし、むしろ見てもつまらないと感じます^^;
もちろんお尻フェチじゃないし、お尻を見て興奮することもありません。
つまり私はスパ好きでも何でもないんですよね。
そういうことで、私はここにあげたスパのカーさんの要素は無い!ということです。

でもお尻叩きに関しては補足があって、私はお尻を叩く行為自体は好きではないですが、条件が整えば変わってきます。
その条件は”悪いことをしたら”であって、その罪に対して相手を懲らしめるために罰を与えたくなるんですね。
家庭的なお仕置きを好むキーさんは”理由が無ければお尻を叩かれたくない”というように、無条件でお尻を叩かれたいわけじゃないんですね。
それでもお尻ペンペンされたいから反省しなくてはいけないことを申告するんですけどね^^;

で、私は悪いことをした子に対しては懲らしめのために痛みを伴ったお仕置きをしたくなるのは事実なんですが、実はその痛みを与える部位は別にお尻じゃなくてもいいんですね。
キーさんがお尻叩きを望んでいるから、その需要に合わせてお尻に痛みを与えて懲らしめているというのが本音です。
だからお仕置きだとしても”お尻を叩きたい”というわけでもないんですね。

もちろん親から子への愛情のある家庭的なお仕置きを考えると、痛みを与える場所はお尻へとたどり着くのですが、もし相手側がビンタとかゲンコツとか背中への鞭打ちとか、他の部位の方が愛情を感じるし反省できるというのであれば、その部分に痛みを与えて懲らしめることをするでしょう。

要は私には叩く部位というこだわりはないんですね、こだわりがないから要望があればお尻でもいいんです。
そして私の欲求的な話をすると、単純に私は悪い子をみるとお仕置きで懲らしめたくなるんですね。
お仕置き方法はその罪に値するくらいの痛みを与えることなんです。
だからそういう部分をみると私はカー的ではなく、S的な発想なんでしょうね。

もちろん痛みで懲らしめるのは、その子の成長のためにしっかりと反省させていい子にさせたいからするわけで、だからこそお説教に重点を置いて納得させてからじゃないとお仕置き始まりません、それは要望がなくても私がしたいことです。
虐待的に叩くのは成長も反省もできないので私は嫌いで、家庭的な雰囲気で痛みを与えて懲らしめるという感じが好きなんですね。
まぁ本物の親もそういうところはありますよね、そしてどんな罰を与えるかはそれぞれですよね。

罰の種類は、おやつ無し、スマホやゲームの没収、外出禁止、反省文、家の手伝い、ゲンコツ、ビンタ、そしてお尻叩きと、それは様々ですが、ほとんどの親は何かしらの懲らしめの罰は与えていると思います。
本当の親と違うところは、悪い子を見るとお仕置きをしたい欲が出てくるということくらいですかね^^;
親はそんなことはないでしょうが、でも「悪さをしたら二度としないように懲らしめなくてはいけない」という部分は完全に一致しているわけです^^

お仕置きは憎くてしているわけじゃないので、頑張ってその罰を受けて二度としないって約束が出来たのなら許しがあり、いい子いい子したくなるんですね、それも私がしたいことです。
そこも親から子供に対する無償の愛と同じところですね^^

キーさん的にも私のような感覚の方が親から子への家庭的なお仕置きとしてはしっくりくるんじゃないかなって感じます。
お尻を叩きに興奮したり、お尻フェチだったり、お仕置き動画で興奮したり、そういう類の欲がある人にお仕置きをされるのは、いくらお互い様だからとそこに蓋をしても、そこを想像したらちょっと違和感が生まれてしまうのではないでしょうか。


私の場合はお尻に興奮するという要素がなく、悪い子を見たら痛みをもって懲らしめたくなるという欲求なので、そういう心理面から考えると自然といえば自然なのではないでしょうか。
実際にその子の成長の為って心から思っているのは本当ですし、だから私はプレイ感がなく、日常のような雰囲気でお仕置きができるんじゃないかなって思います。
キーさんだからといって相手はカーさんじゃないといけないなんてことはありませんよね、むしろ本当はお尻を叩かせてほしいと願っている人じゃない方が理想なのではないでしょうか、少なくても妄想上はそうでしょう。


こういうことを今更書こうと思ったのは、たまに
「京介さんはお尻叩きたくないんですか?叱りたくないんですか?スパ見て興奮しないんですか?」
などと聞かれることがあり、そういう時に「ああ、そんな風に思われているんだ、何か嫌だな」と思ったり、
「今日生理でお仕置きできないんですけど行ってもいいですか?」
ときかれ、「普通にお仕置き無しでっていってくれればいいのになぁ、叩きたい人と思われているのかな?」と感じたり、
当然活動をしているのでそう思われるのは当たり前なのですが、その都度相手側に伝えるのではなく、ブログを通じて私の感覚を伝えてみたくなったんですね。

私は一般的なカーさんの感覚を持っていないので、そう考えると恐らく私はS的要素でキーさんにお仕置きをしているんだと思います。
でもそれでキーさんとの需要と供給の関係になれているので、それこそウィンウィンの関係ではないでしょうか。
キーさんの需要とはお仕置きの罰としては”お尻ペンペン”ということ。
供給とは私が”お尻”に痛みを与えるということです。

お尻を叩くことが好きであったり、お尻を叩く行為に興奮したりする人よりも、単純に悪い子をお仕置きしてしまいたくなる人の方が、実はキーさんとは相性がいいのではないでしょうか。
遊びのスパ、お仕置き理由のないスパ、ラブスパ的なもの、そういったものを求めるキーさんには向いていませんが、家庭的なお仕置き的なものを求めるキーさんにはしっくりとくる存在だと思います。
ま、依頼されればただ叩くだけでも要望は聞きますけどね^^;


最後に。
これまでの私は、カーの振りをしていた方がキーさんも依頼しやすいだろうなと思ったり、S欲求に似たようなものでお仕置きを捉えていたらキーさんに避けられるんじゃないかなと思ったり、そういうよこしまな気持ちがあったので濁しながらブログは書いていたんですが、どう思われたとしてもそういう部分は伝えておこうと今回思ったんです。
よくよく考えたら私のような感覚の方が家庭的なお仕置きを好むキーさん的には合っているんじゃないかなって思うようになったのが大きいですけどね。

私はスパ好きではありませんし、カーでもありません(お尻叩きが好きという意味で)し、キーさんからしたらカー役とでもいうんでしょうか。
悪い子を見つけたらお説教して痛みのあるお仕置きをして懲らしめたい、その部分だけ見るとS欲求なのでしょうかね。

痛がっている姿、恥ずかしがっている姿は私のS的な要素を満たしてくれます。
お説教やお仕置きによって私の言うことを理解して一時的でもいい子になったのなら私の支配欲的要素も満たされます。
約束事をした後に再会しその報告を聞くことによって私の管理欲的な要素も満たされます。
心の内を聞き、人に言えない悩みや悪いことを全て晒してくることによって人の心を把握するという欲も満たされます。
私の言葉によって前向きに考えられたり、人生がいい方向に変わってくれたり、気持ちが切り替わったり、欲求が薄まったりすることで心が軽くなったとしたらそれはそれは嬉しいことです。
これだけの要素を全て満たしてくれるのはお仕置き活動以外ないでしょうね。

こういうところを満たせるのは相手がキーさんだからであって、だから私はこの活動が好きなんですね。
キーさんじゃなくてもMさんでもそれはできますし、一般のノーマルの人でも可能ですが、やはりそれには依頼してくれることが条件ですよね、そうしなければ同意とはいえず悪ことですから。
まぁキーさんと私とで、需要と供給がピッタシ合っているのであれば、私が何者でもいいですよね^^;




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スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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