過去と現在のキーさんとの関係性の違い

最近過去のブログを始めの方から読み返しているんですが、その中で昔と考え方が大分変わったのかなぁと感じることが多々あり、今の自分との違和感を覚えながらそのまま読み進めていると、”ああそういうことか!”と今との違いがわかったことがあり、ちょっとブログに書こうかな、ということになりました^^;

現在の活動はあくまで依頼をするキーさんの要望に沿ってのお仕置きです。
もちろんこのお仕置きは性的な事が一切ない家庭的なお仕置きなのでその中で特に要望があればのことです。
お仕置きも私基準の厳しさじゃなくて、キーさんの痛みの感じ具合によってキーさん基準のお仕置きをしています。

お仕置きが初めての人は未知の痛さに恐怖があるので、要望のお仕置きレベルによっては手加減してキーさんの様子をうかがいながら恐怖を与えないようなお仕置きを心がけてもいます。
そして依頼にあたっては私を利用する形でも全然かまいませんし、むしろ私でよければどんどんと利用してほしいと思っています。

一方、過去の私のお仕置きはすべて私主導でお仕置きを決めていました。
精神的な部分でどうしてもNGという要望は聞き入れていましたが、お仕置のやり方や道具の選別、体勢、そして厳しさも全て私基準です。

もちろん家庭的なお仕置きなので性的な事は一切ありませんが、痛みを我慢できるような子やとても悪い事をしてしまった子には虐待じゃないかくらい厳しくケイン打ちもして(家庭的ではないですね・・・。)私が納得する厳しさでお仕置きしていましたし、痛みを目いっぱい感じてもらうために、痛みという部分を追及していました^^;
今思い返しても自分が怖くなります(笑)

また、私には過去にパートナーがいました、人数は6人でしたね^^;
このパートナーは、お仕置き活動の中で出会った人が多いのですが、私がパートナーにしてもいいなぁと感じて相手に声をかけて、相手もパートナーになりたいとなったらパートナー成立でした。
昔は自分のお仕置きに賛同してくれる人と出会うためにサイトをしていたので、パートナーも作り、依頼も受けていたという感じでした。

で、過去のブログを読んでいる方はご存じかもしれませんが、そのパートナーとの関係のことをブログに書いていたこともあったんですね。
お仕置き観的な事もそうなんですが、それはパートナーとしてのお仕置き観であったりもするので、現在のパートナーとしてではない関係だと、お仕置き観が微妙に違うこともあります。

結局は活動を再開する時に、依頼する全ての人と平等に接するために、全員とパートナー関係を解消し、みんなと同じように依頼をして先着順に日時を決め使用料も同じように払うという形にしたので、パートナーの意味がなくなり、解消することにしたんです。
このパートナー解消後はパートナーを作らないことに決めています。

パートナー解消に関しては過去のブログに説明していますので気になる方はこちらから→「パートナーのくくり解消」

で、そのパートナーへの接し方はお仕置き依頼とは異なるので更に個人的な私基準のお仕置きになり、要望は一切通りません。
もちろん性的な事はしませんが、道具の種類やお仕置きの厳しさ、お仕置きの体勢などはすべて私が決め、精神的にNGな事以外は嫌な事でも従わせていました。

そして私の価値観の押し付けもします。
それは理不尽な事では無く、例えば女性としての品格を身につけさせたり、気遣いができるように躾けたりとかです。
今の活動では、本人が希望するならそこも注意するようにしていますが、それは厳密に悪い事かというとそうではないので、同意がなければこれは価値観の押し付けに過ぎないんですね。
女は女らしくなんて、そう思える人にしか通用しないことですし、気遣いもしたくないという人も、それはそれで個性ですからね。

まぁとにかく私にとってその時のパートナーの存在は、”俺の自由にできる子供”的であって、”俺の自由にできる女”的でもあり、そういう感覚で自分の価値観の中でお仕置きをして接していました^^;
彼女的といっても性的な事は誰にもしませんでしたよ、”俺の自由にできる女”的といっても親子的ですから(笑)
とにかく昔はキーさんに合わせたお仕置きではなく、「私のブログに賛同したキーさんには私のお仕置きに合わせてもらう!」というスタンスでした。

一方、今のキーさんとの関係は親子的な感覚でも自分の自由にできるとは考えていません。。
そし自分の女的とも思っていません。
親身になっていろいろと考えたり、解決策を見出したりというカウンセリングの面はもちろんですが、要望のお仕置きを実現してあげたりという感覚で接していて、私主導ではなく、キーさん主導でキーさんのお仕置き観に私が合わすという感じに変わりました。

なので過去にブログで書いてあることは今と違う感覚での内容もあり、それがパートナー目線なのか、お仕置き依頼のキーさん目線なのかでも微妙に違ってきますし、それは私自身違和感が出て当然ですよね^^;
まぁでも恐らくパートナー以外の話題はブログにはそこまで書いていないと思いますけど。

それとブログもそうですが、お仕置き後の感想にも違いが出ているでしょうね、だから私のお仕置きに恐怖を持っている子がいるんだなぁと今更ながら理解したような気がします^^;

で、こういう形でキーさんとの関係性が徐々にシフトしていったのには自然とそうなったのですが理由があります。
長くなるのでここでいったんやめて、また続きを書いていきたいと思います^^
とにかく今は過去ほど怖くないですからね、もし怖い思いをしたい人がいたら、その事を伝えた上で私にすべて一任するお仕置きを依頼してみてください(笑)

それではまた後日続きを書きますね^^


当サイトへは下記よりお入りください。
PC版    お仕置きの部屋
スマホ版  お仕置きの部屋
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

カレンダー
08 | 2020/09 | 10
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -
カテゴリ
月別アーカイブ
プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QR
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示