罪の重さとお仕置きの種類

キーさんは家庭的なお仕置きが基本なのですが、人によってはその時の気分によってはSM的なお仕置きを求めてしまう人もいます。
どちらも反省のお仕置き前提の話なのですが、軽めの反省内容の時は家庭的なお仕置きで、落ち込んでいる時やすごく重めの反省内容の時はSM的な感じでボロボロにされたいと望んでしまう人もいます。
まぁそれとは別に普通にM欲求がある人はそういったことはあまり関係なく求めてしまうんですけどね^^;

普通に考えてみてもちょっとした悪い事は軽めのお仕置き、かなり悪い事であったら厳しいお仕置きとなるのは必然ですよね。
ちょっとしたうっかりミスなのにケインでお尻を滅多打ちにして限界まで叩かれたらそれこそ反省なんてできないと思います。
逆にメチャクチャ悪い事をして他人の心を踏みにじるようなことをしたにもかかわらず、平手で軽めにペンペンなんて反省なんてできないしスッキリとはしないでしょう。

やはりお仕置きの厳しさは基本的には悪い事の質や罪悪感の程度によって変えていくべきものでしょう。
その厳しさはキーさんによって違います、痛みを敏感に感じる人とかなり我慢できる人とは違いますから、私の厳しさとはキーさん側の立場での厳しさのことです。

キーさんはそこまで重くない反省材料のときは家庭的なお仕置きで罰を受けて愛情で満たされたいと思う人が多いでしょう。
でも重めの反省材料だと家庭的お仕置きで簡単に愛情を感じるのはどうなのかなと感じて虐待的なお仕置きを求めてしまったり、もっと酷くなると悪い事なのにお仕置きされて満たされるなんていけないんじゃないかと感じてしまう人もいるんですね。

メチャクチャ悪い事をしたのに、結局は自分のお仕置き欲求を満たしに行くというのに矛盾を感じ、それなら罰を受けないで辛い思いを抱えて生きていく方が本当の罰なんじゃないかと考えてしまうんです。
まぁ私はそれは一番よくない考え方だと思いますけどね。

罪は清算しなければなりません、痛みを感じてその場だけでも痛みで嫌な思いをして、清算出来たら償ったと同等でなければなりません。
もちろんしてしまった事を忘れていいという事ではなくて、その事は忘れずに心に留めておき、その教訓を生かし、前を向いて生きていくこと、それが成長でもあります。

法律違反をしたら罰を受けますね、それが罪の償いであり清算で、それが終わったら社会復帰ができます。
これは人間が作り出した便利な方法で、とても理にかなったものだと思います。
それはしっかりと反省して二度と同じ過ちを繰り返さないと心に誓えばやり直しができるからです。

だからキーさんの場合は嫌ってほど痛みを感じ、その痛みを感じている時に苦しみを感じれば十分に罰になりますし、その後に来る満たされ感は清算後のことなので考えなくていいんです。
自分を追い詰めるためにお仕置きを受けないでずっと心の中にしまっておくという考えはよくありません。

もし友達がそのように悩み苦しんでいたら自分はどのようにアドバイスするか、そう考えたら応えは一つでしょう。
自分にだけそう仕向けるのは自傷行為と同じだと思いますし、そうやって視野を広げて考えてみたら、それが歪んだ考え方だということに気づくでしょう。
罪悪感が強すぎると自分を責めたくなる気持ちは分かりますが、そういう時でもしっかりと誰かに罪を打ち明けて、話し合いをして罰を受けることは大切だと私は思います。

まぁそこまで自分を追い詰めてしまうのであればとても重い反省内容の時にSM的(虐待的)なお仕置きを望む気持ちはわかりますよね。
結果SM的(虐待的)なお仕置きでも満たされてしまうので、そこに戸惑いが生じてしまう人もいるのでしょうが、それは罪の清算後のことなので気にしなくていいんです。
法律違反をして、しっかりと罪の清算ができた時にはすでに前を向いていなければならず、人によっては罪の清算ができたら罪悪感も薄れ、結果満たされた気持ちになる人もいるはずです。
そういう感覚と同じようなもの、という考え方をすればいいんです。

ちなみにこれは痛みを「痛い!」と感じる人であれば罰を受けたことになりますし、ほとんどのキーさんやMさんは強く叩かれたら痛いと感じるので、罰としてお仕置きを受けているという意識を持っていればいいです。

一番厄介なのは痛みを快楽に感じてしまうタイプのドMさんですよね、、
その場合は罰にはならないので、他の方法で痛みを感じさせるか、他のお仕置きを考えるかしなければなりません^^;
だから叩かれて痛いと感じる人はずっと幸せだということでもあるんですよ^^



当サイトへは下記よりお入りください。
PC版    お仕置きの部屋
スマホ版  お仕置きの部屋
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

カレンダー
07 | 2020/08 | 09
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定”でありカウンセリング的な”心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけております。
お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含めて全体的にはカウンセリングのようなものです。

また、私は基本的に反省理由をこじつけてのお仕置きはしません。
お仕置きはお説教とお尻ペンペンが必ずセットで存在し、更にお仕置き後のアフターケアをしてお仕置きが成立します。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為と自己の自制や罪悪感」です。

お仕置きでの関係性は温かい愛情のある親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
なので私が命令口調で話したり、感情的に怒鳴ったり汚い言葉遣いを使ったりすることはありません。

また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので私の趣旨とは違います。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりとくるかもしれません。

ここに至るまで、過去私はSMという世界にいました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、双方とも性的なことを求めていたり、調教という名の理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんそれはそれで性的な面ではSとして面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の精神的な部分を満たすためにはスパの世界がしっくりときたんですね。

スパの世界からSMの世界に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
ま、私は根本的にSですけど、そのSの嗜好がカーとかぶったという感じです。

SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に悩んで苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いていけないと思っても頭から離れなくなっているケースや、親子関係の確執や人間関係での苦難があったりと、何かしら心の闇や人に言えない秘密を抱えていたりします。

悩みや闇を抱えている人は、それを全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まない、親が子供にするような愛情のあるお仕置きであり、同じお仕置きでも性的要素がを含めばそれはSMとして解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

みなさん揃ってそういう思いはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません、どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまう日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ディシプリン派で、親から子への家庭的なお仕置きに憧れてしまう人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対してSMのようないかがわしい概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要なある意味健全な事と解釈していいんです。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる解放の場で、人生において成長の場と捉えれば自分の為にもなるはずです。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことはすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いですが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください^^

京介

カテゴリ
リンク
QRコード
QR
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示