支配と管理

前記事の管理されること という記事の中で支配と管理は似ているようで違いますと書きましたが、今回はそういったお話をしたいと思います。

人間に対する支配と管理という意味は同じ部分もありますが、まったく異なる部分もあります。
それは親と子供を例に挙げてみると分かりやすいかもしれません。

親は子供を管理するものです。
健康や食事、生活習慣はもちろんのこと、社会性を身につけさえるために教育や躾をします。
それは将来しっかりと自立し、社会に通用する人間に育てるために必要なことで、そういったことも含めて管理監督をするわけです。

しかしそれが支配だとしたら話が違ってきます。
支配とは自分の思うとおりに相手を束縛することで、それは自分の理想を押し付けるような躾となります。
もちろん生まれたばかりや自我が芽生えるくらいまでは完全な支配が必要ですが、自我が芽生えてからの支配は単なる押し付けや強要になってしまう場合があります。

学歴や職業にこだわり、自分が成しえなかった夢や自分が経験して後悔したことを子供にさせないようにするために支配しがちなんでしょう。
それが子供の意思であれば何も問題ありませんが、無理矢理子供に強要するということが問題なわけです。

そういう親は子供のことを思うからこそ強要する場合もあれば、単に世間体だけを気にして子供に強要する人もいます。
しかし子供にとってはそれは自分の人生とはいえません。
親に怒られたくない、叩かれたくない、機嫌を損ねたくない、見捨てられたくない、嫌われたくない、、、
そういう恐怖心があると親のいうことを聞かざるを得なくなってしまう心理状態になってしまいがちです。
しかしそういった人生を振り返ってみると自分のしたいことができてなかった人生に無性に虚しさを感じるものです。

管理というのは子供が一般社会で通用するような社会性を身につけさせるために管理監督すること。
支配というのは親のエゴで子供が納得していないことまで強要してしまうこと。
納得してなくても社会性を身につけさせるためには支配も必要なので、支配と管理は同じ意味合いな部分もありますが、やはり明らかな違いはあるんですね。

親子関係を例にとりましたが、人間を支配する、管理するというのは似ているようで違うものです。
キーやカーの関係性でも管理したり、支配したりということがあります。
管理というと生活の管理となりそれは親と子供の例と同じですが、支配となると相手が従属するわけで、従属するのは本人の意思でもあるのでそこは親と子供の例とは違ってきます。

その関係に関してはここ数年前からは映画の影響もあり、支配と従属の関係を「ドミナント」と「サブミッシブ」と英語での言い回しが一般的になりつつあるようですね。
「私はMではなくサブミッシブ」と言う人が増えた気がします。

とうことで次回は支配者(ドミナント)と従属者(サブミッシブ)について分かりやすく書いてみようかと思います。



当サイトへは下記よりお入りください。
PC版    お仕置きの部屋
スマホ版  お仕置きの部屋
インスタ
https://www.instagram.com/kyosuke295/
関連記事

スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

リンク
カレンダー
03 | 2020/04 | 05
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
月別アーカイブ
カテゴリ
プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけております。
お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含めて全体的にはカウンセリングのようなものとお考えください。
また、私は基本的に反省理由をこじつけてのお仕置きはしません。
お仕置きはお説教とお尻ペンペンが必ずセットで存在し、更にお仕置き後のアフターケアをしてお仕置きが成立します。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したり、感情的に怒鳴ったりすることはありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、双方とも性的なことを求めていたり、理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の精神的な部分を満たすためにはスパの世界がしっくりときたんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてどうにもならなくなっていたり、親子関係の確執や人間関係での苦難があったりと、何かしら心の闇や人に言えない秘密を抱えているものです。
その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思います。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことはすることはありません。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード
QR
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示