Q&A 「お尻叩きは虐待か」

Q.
ご質問があって、コメント致しました。
最近出た児童虐待例に「お尻を叩く」が入りましたが、どう思いましたでしょうか?
今と昔、躾から虐待への変化に驚いています。


A.
つい先日、厚生労働省の体罰ガイドライン指針案が厚労省有識者検討会でおおむね了承されたそうで、その体罰の例の一つに、”お尻を叩く”を定義したそうです。
それに関しての質問だと思うのですが、私的には率直に言ってナンセンスだなぁと感じました。
しかしその一方、法律の文言としてはしょうがないのかなとも思います^^;

そもそも体罰=虐待とも言えないですよね。
行き過ぎる体罰が虐待なのであって、軽くペンペンとするのは虐待とはいわないでしょう。
もちろん軽くでもお尻を叩く行為は表現的には体罰とはなりますが、虐待とは違います。
しかし叩く側が軽いつもりでも、受け手がどう捉えるかということも重要で、肉体的にも精神的にも本人が虐待だと感じれば虐待になります。

私もいろいろなキーさんからお話を聞いていますが、本人の虐待の捉え方はそれぞれで、線引きするというのはとても難しいと感じます。
ちなみに私は大人に対してお尻ペンペンのお仕置きをしていますが、これと同じ威力で子供に対してお尻ペンペンをしたらこれは虐待となるでしょうね^^;

それと、もし私が子供にお仕置きをするとしたら虐待にならないようにかなり手加減をしてお尻ペンペンをすると思います。
ま、それだけ”それはダメだよ”という愛情を持った信号でもある体罰は、スキンシップやコミュニケーションを含む愛情表現としてとても必要だと思います。

余談ですが、キーさんでも子供にするような軽めのペンペンが好みであれば要望には応えますが、それでは物足りない、反省した気にならないという子の方が多いので、要望がない以上はある程度痛みを伴うお仕置きをしています^^;

この厚生省の指針案で問題なのは、手加減の度合いや厳しさの線引きに関しては法律の文言に入れることは非常に難しいというか限りなく無理な点です。
軽くはいいけど厳しすぎるのはダメだよとはいえず、それでも虐待や過度な体罰は制限しなければならないので、そう考えるとしょうがないのかなとも思います。

今年にはいっても虐待死などが相次ぎ、どんどんと問題視されるようになり、なにかしらの対策は練らなくてはならず、そうなると苦肉の策なんでしょうね。
お尻叩きの他にも、長時間の正座、食事を与えない、殴る、ほほを叩く、等も指針案にありました。
長時間の正座や食事を与えないというのは過度な体罰(虐待)に該当しますが、殴るやほほを叩くに関しては、軽く殴る(ゲンコツ等)、軽くほほをぺチンする等のレベルであればお尻叩きと同じく、虐待には該当しないと感じます。

とにかく、注意を促す程度の軽めのペンペンは、躾するにあたって必要だと私は思います。
動物もそうであるように注意を促すには痛みを伴う行為をして脳に覚えさせるということをしていますし、人間が進化したからといって、それをなくしてはたして健全に育つかというと疑問です。

体罰は虐待になり得る一方、叱ったり軽いペンはスキンシップでもあり、愛情表現にもなるわけです。
大人の都合で叱られたり感情的に怒られたりして育ったキーさんや、叱られたことや叩かれた経験のないキーさん達は、自分の為だけに冷静に叱られるという愛情を求めてしまうものです。

そういった意味では、すべて体罰は禁止!となると逆にキーさん人口は増えるかもしれません(笑)
また、体罰ができないとなると、精神的な虐待が増え、それもキーさん人口を増やしてしまいそうですね^^;

でもこれは難しい問題です。
もし法整備をするとしたらこういう特例を定めてたらどうでしょうかね^^;

「但し、躾の範囲内で、誰から見ても軽ーい体罰はその刑を免除する」
これでどうでしょうか(笑)
親族相盗例ならず、親族相罰例とでもしましょうか^^;

ま、とにかく、”本当にこれはダメだよ!”という合図でもある怒った顔や叩くふりや、軽めのペンというのはいろいろなことを教えていくうえで必要でしょうね。
そんなことをせずとも良い子に育っている子の方が、良い子過ぎて将来問題が出てくるかもしれません^^;



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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定”でありカウンセリング的な”心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけております。
お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含めて全体的にはカウンセリングのようなものです。

また、私は基本的に反省理由をこじつけてのお仕置きはしません。
お仕置きはお説教とお尻ペンペンが必ずセットで存在し、更にお仕置き後のアフターケアをしてお仕置きが成立します。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為と自己の自制や罪悪感」です。

お仕置きでの関係性は温かい愛情のある親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
なので私が命令口調で話したり、感情的に怒鳴ったり汚い言葉遣いを使ったりすることはありません。

また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので私の趣旨とは違います。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりとくるかもしれません。

ここに至るまで、過去私はSMという世界にいました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、双方とも性的なことを求めていたり、調教という名の理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんそれはそれで性的な面ではSとして面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の精神的な部分を満たすためにはスパの世界がしっくりときたんですね。

スパの世界からSMの世界に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
ま、私は根本的にSですけど、そのSの嗜好がカーとかぶったという感じです。

SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に悩んで苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いていけないと思っても頭から離れなくなっているケースや、親子関係の確執や人間関係での苦難があったりと、何かしら心の闇や人に言えない秘密を抱えていたりします。

悩みや闇を抱えている人は、それを全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まない、親が子供にするような愛情のあるお仕置きであり、同じお仕置きでも性的要素がを含めばそれはSMとして解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

みなさん揃ってそういう思いはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません、どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまう日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ディシプリン派で、親から子への家庭的なお仕置きに憧れてしまう人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対してSMのようないかがわしい概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要なある意味健全な事と解釈していいんです。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる解放の場で、人生において成長の場と捉えれば自分の為にもなるはずです。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことはすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いですが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください^^

京介

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