濡れるのが恥ずかしいキーさん

お仕置きのことを考えて濡れてしまうキーさんは多いのですが、濡れるのが恥ずかしいからお仕置き体験を戸惑ってしまうキーさんはいるようですね。

私の所には問い合わせなどがあり、「お仕置き小説を読んでいると濡れてしまうのですがどうしたらいいですか?」とか「叱られたりお仕置きされたりすると、気持ちいいとかではないのに濡れてしまうんですけど、気付いても気にしないでいてくれますか」とか、直接の問い合わせは少なくても、実際に聞いてみると濡れてしまう事に対する悩みは多いと感じます。

以前のブログにも書きましたが、家庭的なお仕置きで濡れてしまうのは、セックスなどの性的な事をしたくなっているわけではありません。
また、お仕置きを考えて自慰行為をするキーさんは多いですが、それもセックスの欲求であったり、エッチなことを考えてしているわけではありません。

もちろんそれは全員ではありませんが、少なくてもディシプリン派のお仕置き観を持っている人はそういう人が多いはずです。
そこにセックスのような性的な事が介在したら冷めてしまいます。
もしお仕置きに性的な事がはいりこんで興奮するとしたら、それはキーさんでもありますが、同時にMの要素があるんだと思います。
まぁそれはそれでいいんですよ、二者の感覚が違ってくるので一応補足ということです^^;

お仕置き依頼では、人によっては下着着用でのお仕置きを要望する人はいますが、本来はお仕置きをしっかりと実感するためには下着を下ろしたお仕置きが理にかなっています。
それはお仕置き欲を薄めるために、自分の理想のお仕置きを受けて欲を満たすことが一番大切なことだからです。
でも、濡れてしまう事が相手にわかってしまう事が恥ずかしくて下着着用とする人もいるのですが、どっちにしてもいずれ下着を下ろしたお仕置きを受けたいと思うようになっていくものです。

男性から見たら、女性が濡れるということは性的に興奮していて、エッチしたくなっているんだろうとか、もっと気持ちよくなりたいんだろうとか、そういう勘違いの目を向ける人がほとんでしょうし、世の中的にそういう認識でいるので、勘違いされたらどうしようとか、こんなことで濡れていたら恥ずかしいとか思っちゃいますよね。
当の本人がそういうつもりじゃないのに体が反応してしまう事は、戸惑いや悩みにもなっていきます。

ただ、その認識は間違っています。
身体は反応していても、それはセックスのようなエッチなことをしたくなって濡れているのではありませんからね。
そこを勘違いしてしまう男性は性的な事に発展させたりするのでしょう。
なぜ濡れてしまうのか、なぜ性的な事を求めていないのに性的な興奮をしてしまうのかについて気になる方は、お会いした時に直接お話ししますが、簡単にいうと、脳の回路の問題です。

家庭的なお仕置きで身体が性的に興奮してしまう要素は、”羞恥心””背徳感””被虐感””スキンシップ”そして”愛情”です。
それぞれは単体でも性中枢を刺激する要素でもありますが、キーさんはその中の一つでは興奮せず、すべての要素がはいったお仕置きセットである「家庭的なお仕置き」で性中枢が刺激されて興奮してしまうわけです。
でもその興奮というのは小説を見たり妄想した時に起こるのであって、実際のお仕置き時に興奮しているわけではないんですよね。
でも条件反射的に体は反応してしまうんです。

お仕置きで興奮してしまう時点で、その欲求を無くすことは難しいですが、体験によって欲求を薄めることは可能で、欲が薄まっていけばだんだんと濡れ具合もおさまってくるものです。
ただ、単に経験すれば薄まるわけではなく、スタンダードなお仕置きを繰り返し、キーさん自身の理想を満たしていく必要があるので、それにはお仕置きをする側が卒業させるたようなお仕置きをする必要があります。

もし濡れてしまう事が恥ずかしくて躊躇しているのであれば、それは卒業できないのと同じことです。
濡れてしまう事はキーさんであれば当然なことですから、それをエッチな事ではなく当たり前のことだと理解してくれる相手であれば何ら恥ずかしがることではありませんからね。
もちろん卒業ではなく、キーである自分を受け入れてお仕置き行為で満たしている人もいるので、そういう人は卒業をする必要はありませんが、歳を重ねていくうちに相手が見つからなくなると自分が辛くなるだけなのでそういう意味ではいずれは卒業は必要です。

濡れてしまう事はただの生理現象と一緒ですから私は全く気になりませんし、変に思うこともありません。
また、私は相手がエッチなことをしたいんだなんて思うことも全くありません。
ちょっとしたファンタジー的な要素もお仕置きにはつきものですけど、そこにエッチなことがあっては全てが台無しになりますからね。

ま、とにかくそういう子たちの生の声を直接聞いていますし、なにしろ私は見慣れていますからね、今更どうこう思うことはありません。
なのでそういったことを気にせず、本当の自分を、隠し続けている自分を解放してあげて、モヤモヤやどうしようもない気持ちを吐き出してみてはどうでしょうか。

ま、とにかくお仕置きや叱られることで濡れることは、キーさんであるなら当たり前であると認識しましょう、ほとんどみんな濡れるものですからね。
妄想したり、小説を見たり、動画鑑賞でも身体は反応しますが、それも当たり前のことです。
そういう部分を理解してくれる相手であれば価値観も合うし、キーさんの気持ちを理解してくれるでしょう。
実際に理解といっても男脳では難しい、そこが分かり合えないのでまぁ難しいことなんですけどね。

女性と男性とでは脳の仕組みも違うし、性反応に違いがありますから、男性は男性風の解釈で物事を捉えてしまいます。
そして世の中は男性側の意見が中心になってしまうので、そこに違和感が生じるわけですね。
そういう部分の理解っていうのは世界的にもされていないので、なかなか女性風の解釈を理解してくれる人は少ないですが、こういったブログを通して少しずつ浸透していけたらなと思います^^




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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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