お仕置きで興奮すること 1

キーさんというのはお仕置きに興味があり、お尻ペンペンのお仕置きシーンを見たり聞いたりすると、いくら動じないようにしようと思っても、心がドキドキとして反応してしまいますよね。

幼少期に見たアニメのお仕置きシーンや本でのワンシーン、もしくは実際にお仕置きを目撃したことがお仕置きに惹かれる主なきっかけになり、それが頭から離れなくなってしまうというケースが多いようです。
何故頭から離れなくなるかというと、そこで心がドキドキと反応してしまうからなんですね。

何も反応しないという人は平然とお仕置きシーンを見ることができるし、「お仕置き」や「お尻ペンペン」という言葉も恥ずかしげもなくすんなりと発言することができます。
しかしお仕置きでドキドキしてしまう人は「お仕置き」や「お尻ペンペン」という言葉さえも恥ずかしくて発言できないのですからそれは明らかな違いです^^;
更に言うと、そのワードを書くことさえ恥ずかしくて書けない人が多いので、もうこれは相当意識しちゃっているということですよね。

しかしその”ドキドキ”というのは何者なんでしょうか。
小さい頃になんでかわからないけどお仕置きというワードやお仕置きシーンにドキドキしてしまうと、キーさんは口を揃えていいますけど、それは何なんでしょう。

そのドキドキの正体は何かというと、それは「興奮」なわけです。
家庭的にお仕置きをされていて、性的な事をされているわけじゃないのに興奮してしまう、そこに戸惑いや”なぜ?”という疑問が生まれますが、性的じゃないことでも性的興奮に似た現象が起こることはあるんです、特に女性脳はそういう部分の感受性が豊かなんですね。

例えば好きな人のスポーツしている姿や働いている姿、スーツ姿やカッコいいと感じるしぐさなど、性的な事でなくてもそういうところで気持ちが舞い上がったり、それがただの興奮だけではなく性的に興奮するというのも女性にとっては正常な事でもあります。
しかし男はというと、そういうことでの性的興奮はほぼありません。
一般的には女性の裸や性的なことなど、直接的な要素で性的興奮をするのが男性脳ですから、女性のこういった感覚が理解できないのはしょうがないでしょう。

少し話がずれましたが、人によってはお仕置きにドキドキする、興奮するという現象が起こります。
それはお尻を出したり、お尻を丸出しにして叩かれたりというのは、見てはいけないものであったり、特に女性にとっては恥ずかしいと感じることでもあります。
そこがキーポイントとなりますが、お尻を出したり、お尻を出して叩かれるというのは、ドキドキの要因ではありますが、キーさんが求めているものという意味ではこれは些細な出来事で、単純にそれだけであればお仕置きに惹きつけられることはないでしょう。

それでは何が一番重要な要素かというと、それが「愛情」なんですね。
叱られる愛情、厳しくされる愛情、見放されない愛情、自分だけを見てくれる愛情、自分のために考えてくれる愛情、自分を認めてくれる愛情、頭を撫でられたり良い子良い子したりするスキンシップの愛情、、、、など
こうした愛情が土台で、これが無ければ幼少期にお仕置きにドキドキすることはないでしょう。

いくら幼い子供でも、無条件で愛されている行為だと無意識に感じるからこそ惹きつけられるんですね。
脳裏に焼き付いてしまった今ではお尻を叩かれることでもドキドキと反応してしまいますが、その根底には必ず”愛情で満たされる”というものが隠れているはずです。

その上でのお尻ペンペンです。
無償の愛情だけでは興奮はしませんが、そこでお尻を丸出しにしてペンペンするからこそドキドキして興奮してしまうんです。
逆に、愛情がないお仕置きだとしたらそれは虐待と同じで、子供はそんなことでは興奮はしないし、そうであるならお仕置きに興味を持つこともなかったでしょう。

このように考えると、愛情で満たされることとお尻ペンペンは別々で考えたら興奮するものではありませんが、それが合わさることによって相乗効果で惹きつけられ、ドキドキとしてしまい興奮してしまう、ある種麻薬のような存在になってしまうんです。

だからお仕置きでドキドキとして興奮してしまう事は正常であって、それを気にする必要は全くありません。
特にお仕置き未経験者はそれが膨れ上がりすぎてどうにもならなくて苦しいくらいになっている人は多いようです。
お仕置き経験者に関してはお仕置きをされて興奮する人もいますが、痛くてそれどころじゃない、全く興奮できないという人もいます。

ただそれでも一連のお仕置き行為に惹かれているわけなのでどうしてもお仕置きを求めてしまうんですね。
お尻を叩かれて痛いし、気持ちよくないし、嫌だけどそれを乗り越えたところにたくさんの愛情で満たされるというものがあれば求めてしまうものです。
また、自分のために叱ってくれている、自分だけを見てくれている、だから厳しい罰も受けなければならない、罪悪感を払しょくしたいなど、様々な要因でお仕置きを求めてしまうんです。

しかし実際のお尻叩きが痛くて嫌な人でも、妄想のお仕置きは興奮するものです。
痛くてその時は二度とお仕置きは嫌だと思っても、家に帰ってからその時のことを思い出して興奮したり、動画や小説を見て興奮してしまう人は普通にいます。
そういう自分は変だ、自分だけかもと悩む人はいますが、お仕置きに憧れを持っている人にとってはそっちの方が多数でしょう。
お仕置き中は痛くていやだけど、お仕置きが終わった直後にはもう少し叩かれたいと思ったり、キーさん心理は複雑です^^;

男性はその興奮をすぐにセックスに結び付けますが、これはセックスとは違う興奮、もっというと、その先に性的な事やセックスがあるとお仕置きの興奮が台無しになってしまうというようなものなんですね。
だから性的な事と家庭的なお仕置きを別物としてとらえないと価値観の違いが生まれてしまう事になるんです。


少し長くなりましたのでこの続きは次回に^^;
次回は性的な事がない家庭的なお仕置きで興奮してしまう事、なぜ頭から離れなくなってしまうのか
以前も似たようなことを記事にしたと思いますが、そこら辺についてもう少し書いてみたいと思います^^



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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけております。
お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含めて全体的にはカウンセリングのようなものとお考えください。
また、私は基本的に反省理由をこじつけてのお仕置きはしません。
お仕置きはお説教とお尻ペンペンが必ずセットで存在し、更にお仕置き後のアフターケアをしてお仕置きが成立します。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したり、感情的に怒鳴ったりすることはありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、双方とも性的なことを求めていたり、理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の精神的な部分を満たすためにはスパの世界がしっくりときたんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてどうにもならなくなっていたり、親子関係の確執や人間関係での苦難があったりと、何かしら心の闇や人に言えない秘密を抱えているものです。
その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思います。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことはすることはありません。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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