お仕置きで興奮すること 2

前記事の続きです。

前回はお仕置きで興奮することについて書きましたが、今回は性的な事がない家庭的なお仕置きなのにどうして興奮してしまうのか、どうして頭から離れなくなってしまうのか、ということについて書いていきたいと思います。

前記事にも書いたとおり、躾としての家庭的なお仕置きに惹きつけられる一番重要な要素は「愛情」です。
叱られる愛情、厳しくされる愛情、見放されない愛情、自分だけを見てくれる愛情、自分のために考えてくれる愛情、自分を認めてくれる愛情、スキンシップの愛情など、愛情といっても様々ですが、甘やかす愛情でも恋愛の愛情でもなく、その子の成長のためにその子に真剣に向き合う愛情です。

しかしこの愛情だけではドキドキと興奮はしません、人間に一番大切といってもいい愛情は誰しも絶えず欲するものですが、恋愛感情とは違う愛情の場合、それでドキドキと興奮することはありませんよね。

もう一つの要素である叩くことですが、お仕置きとして叩く行為であっても、何発も頭をげんこつで叩いたり、何発も往復ビンタをするようなものであれば、虐待的に感じて、それでドキドキと興奮することはないものです。
お仕置き願望を持ってしまった後にはそういう行為も類似行為として反応することもありますが、お仕置きに惹かれてもいない時点では、そういう行為に嫌悪を感じる人の方が多いでしょう。

ではこのドキドキの要因は何かというと、それは”親から子への愛情”でもなく”叩く”でもなく、実はそこに”お尻”が介在するからです。
いくら子供といっても”お尻”というのは”性”を感じさせるものですし、女性というのはそういう部位には特に敏感です。
服の上からお尻という部分を叩くだけでもドキッとするのに、それがお尻を丸出しにされた状態でペンペンされたらどう感じるでしょうか。

もしお尻を丸出しにされてお仕置きをされているのを見てしまっては、それはとっても衝撃的だし、見てはいけないもの、考えちゃいけないもの、恥ずかしいものを見てしまったと思ってドキドキとして赤面してしまうのは当然のことです。
そういう恥ずかしくて赤面してしまうような事は後になってつい思い出してしまうものですが、そんなこと考えちゃいけない、忘れなきゃいけないと思えば思うほど意識してしまうものです。

お仕置きシーンを見るたびにお尻が目に入って羞恥心で顔を赤らめたり、丸出しのお尻を見ている事が、いけないこと、悪い事、あるいはエッチなことのように思ってしまいます。
そういうことを過剰に意識してしまうのは真面目で純粋なんでしょう、感受性が豊かということもあるでしょうね。
そういう子だからこそ、こんなことを考えてはいけないと自分に禁止の指令をかけてしまうんだと思います。

しかしその禁止をかけるということが逆にお仕置きで体が反応してしまう一番の要因でもあるんです。
人間の性中枢は禁止やタブーを犯すことによって刺激されることがあり、刺激されることによって体が反応してしまうんです。
禁止やタブーとは、見てはいけないもの、隠されているもの、してはいけないこと、恥ずかしいこと、人が嫌がることなど、それを犯すときに不安やスリルという感覚が後押しし、それでゾクゾクして興奮してしまうことにつながります。

お仕置きシーンを見ても何も反応しない人は、それが変な事とか恥ずかしいこととかエッチな事とか、そういうことを考えないから「あ、お仕置きされてる」くらいにしか感じないんです。
一方過剰に意識をしてしまう人は、それは恥ずかしい事だとか見ちゃいけないことだと考えるから余計にお仕置きが頭から離れなくなるんですね。
しかもそれを禁止しようとすると、逆効果で更に意識をしてしまい、そうやってお仕置きに惹かれていき、性的な事ではないのにお仕置きシーンで性中枢を刺激する回路が出来上がってしまうんです。

つまり無意識的に性中枢を刺激してしまっているので、自分ではコントロールできずに勝手に体が反応するし、そのうち「お仕置き」とか「お尻ペンペン」という言葉だけでも反応するようになっていくんです。
これは脳が「お仕置き=性中枢で反応」と組みこんでしまっているからで、だからこそ興奮もするし頭から離れないものとなってしまうんですね。
しかも一度そうやって脳で出来上がってしまった回路を遮断したり変更することは脳科学的に無理なようです。

無理だからこそ、お仕置き欲求を無くすことが難しく、だからこそ薄めていくことの方が理にかなっているんです。
欲求を薄めるには欲求を満たすことが必須となるので、それにはお仕置き体験をしなければ難しいということになります。
お仕置き欲求を薄めたい人にとっては深刻な事ですから、これは単なる欲求の解消ではなく、カウンセリングと体験による”治療”と考えれば、お仕置きを受けることに対してある意味割り切って考えられるかもしれませんね。

楽しみたい人はそのままでいいですが、卒業したい人は”治療”という名目でお仕置き体験すれば後ろめたさもかなり軽減できるのではないでしょうか。
私のお仕置き活動は欲求を薄めたい人にはそういう方向でカウンセリングとお仕置きをしていますし、そのままの自分を受け入れて欲求を満たしたいという人にはそのように接しているので、要望を言ってくれれば対応しています。
ま、実際にどちらのタイプにしても、スタンダードなお仕置きよってお仕置き欲求は薄まっていくものですけどね^^


ちょっとまた長くなりそうなので、ここらへんで切ります。
もう少し書いてみたいこともあるので、続きはまた^^



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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけております。
お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含めて全体的にはカウンセリングのようなものとお考えください。
また、私は基本的に反省理由をこじつけてのお仕置きはしません。
お仕置きはお説教とお尻ペンペンが必ずセットで存在し、更にお仕置き後のアフターケアをしてお仕置きが成立します。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したり、感情的に怒鳴ったりすることはありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、双方とも性的なことを求めていたり、理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の精神的な部分を満たすためにはスパの世界がしっくりときたんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてどうにもならなくなっていたり、親子関係の確執や人間関係での苦難があったりと、何かしら心の闇や人に言えない秘密を抱えているものです。
その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思います。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことはすることはありません。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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