子供へのお仕置き(体罰)について

先日「体罰禁止法制化」という記事を書きましたが、その関連として子供に対してのお仕置き(体罰)について考えてみたいと思います。

”お仕置きやお尻ペンペン”と”体罰”って何か違うような感覚ってありますよね。
スパの世界でのお仕置きやお尻ペンペンは何やらファンタジーの世界のようですが、体罰というと少し暴力的な印象を受けてしまいます。
ただ、当たり前のことですが、お仕置きやお尻ペンペンは体に罰を与えているので立派な体罰なんですね。

キーさんの中では”お仕置きやお尻ペンペン”というワードでキュンとする人は多いのですが、”体罰”というワードではそうでもありません。
それはおそらく”お仕置き”やお尻ペンペン”というのは家庭的であったり愛情があるように感じますが、”体罰”というと愛情がなく、少し暴力的な印象を受けるからでしょう。

まぁ暴力的なことや虐待的、SM的なお仕置きを好む人もいますからそういう人は”体罰”でキュンとくるのでしょうけど、家庭的なお仕置きを好む人は”体罰”というワードはちょっと怖く感じてしまうでしょうね。

前置きが長くなってしまいました^^;
そういうわけで「”お尻ペンペン=体罰”」ということで、実際の子共にこの体罰をすべきかどうか、禁止したほうがいいのかどうかについて考えてみたいと思います。

私はこの活動を通して、子供の頃に親からお尻ペンペンのお仕置きを受けてきた人ともお話をしてきましたが、ほとんどのみなさんは口をそろえてお仕置きは恐怖であったし、手加減なしで叩かれてメチャクチャ痛かったと話しています。

しかし、大人が子供に思いっきり力を込めて叩いたらどういうことになるか、お尻の状態も併せて話を掘り下げていくと、実は手加減して叩いていたということがわかってきます。
しかし子供は痛みに敏感だし、恐怖だし、そこで手加減なしで叩かれたと感じ、それがトラウマになってしまっている子も実際にいるんですね。

つまり大人が子供に対して家庭的なお仕置きをしたとしても本気で手加減をしないと、当の子供にとってはそこには愛情がなく、ただの暴力的な体罰としか受け取りません、そこが怖いところなんですね。
大人の意識と子供の捉え方が違っていたら、親の意思はどうであれ、子供はただの感情的な暴力や虐待にしか感じないということです。
それは実際の子供は、キーさんのように妄想上でのお仕置きイメージが存在していないわけで、そんな子がお仕置きを受けたらそれは辛いことです。

キーさんは大人になってスパの世界を知り、家庭的なお仕置きに憧れたり興味を持ったりしますね。
その状況でスタンダードなお仕置きを受けると、そこにイメージしたような愛情を見出せるのでお仕置き行為が成り立ちます。
そこが実際の子供との大きな違いで、子供自体がお仕置きを求めていないし、その上で力をもって体罰を受けるという形ですからこれはスパのお仕置きではありえないことです(本気で嫌がってもお仕置きを求めてカーさんと会っているため)

それでは実際に子供にお仕置きをして家庭的な愛情を示すにはどうしたらいいでしょうか、それは可能なのでしょうか。
私が考えるに子供をお仕置きするとしたら、親が冷静に諭すように悪い事を説明し、説得し、その上でかなりの手加減をして、痛くない程度の軽めのペンペンをする、その後は抱きしめて「もうするんじゃないよ」と全てを許し、スキンシップを十分にして、「あなたをこの世で一番愛しているよ」というような言葉をかけてあげるようにすれば、叱られた内容にも納得し、愛情を感じられると思います。

かなりの手加減とは、軽めにペンペンと叩く程度で、それはお尻を丸出しにする必要はなく、服の上からでもいいし、お尻ではなく頭や手をペンペンでもいいわけです。
子供は叩かれるまでは恐怖を感じるかもしれませんが、叩かれた後にはスキンシップや言葉掛けで心地よく感じられるのであれば、愛情を感じ、それならば子供に対する体罰は成立します。が、それは現実的に無理がありそうですね。
まぁでもこの程度で体罰と認定されたら困ってしまいますけどね^^;

体罰をする親はだいたいは感情的に手を出すという人が多く、そういう人が冷静に諭すようなお説教をして、しかも軽めにペンペンなんてできるはずはありません。
これができる親というのは、そもそも”優しい親””叩かない親””感情的にならない親”にだけできることで、子供の頭をなでて褒めて育てるのと同じように、お仕置きもその一環として扱える親にしかできないのではないかと思います。

それが子供の感じるであろう愛情のある家庭的なお仕置きでしょう。
私もお仕置きをするときに感情的に怒ることはありません、この活動だからこそ感情的にならずに冷静さが保てるのかもしれませんし、そもそもキーさんなので、もうちょっと厳しく、もうちょっと痛くとエスカレートしていくものですから、子供が感じる家庭的なお仕置きと、キーさんが感じる家庭的なお仕置きは厳しさや痛さという面ではだいぶ違ってくるのです。

まぁそれでも実際に普段の家庭の生活の中で、感情的にならずに冷静に諭すようにお説教をして、軽くペンペンをしていくなんてことはそういう性質を持っていない限り難しいでしょうね。
そしてここまで虐待的な親が植えてきた以上、子供に対する体罰は禁止にすべきでしょう。
手加減できなかったり感情的になってしまうことは躾を超えた虐待ですが、法律ではそこの明確な線引きができませんから一律禁止にせざるを得ないでしょう。

しかし、禁止になったらその抑止力で、ある程度は虐待的や暴力的な体罰は少なくなっていくでしょうね。
その代わり手加減をした、体罰とは言い難い軽いペンペンは増えていくのではないかと思います。
でもそれが実際の子供にとっての愛情のある家庭的なお仕置きですね^^

しかしそこから一部の人はキーさんになり、そんなお仕置きでは物足りなくなり、欲求によってもっと痛く、もっと厳しくと追求していくのは不思議なことです^^;
結局は、大人のキーさんでも、ただの子供でも、お仕置きの厳しさや強さの加減次第で、愛情のある家庭的なお仕置きは感じられるのではと私は思いますけどね^^;



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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけております。
お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含めて全体的にはカウンセリングのようなものとお考えください。
また、私は基本的に反省理由をこじつけてのお仕置きはしません。
お仕置きはお説教とお尻ペンペンが必ずセットで存在し、更にお仕置き後のアフターケアをしてお仕置きが成立します。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したり、感情的に怒鳴ったりすることはありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、双方とも性的なことを求めていたり、理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の精神的な部分を満たすためにはスパの世界がしっくりときたんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてどうにもならなくなっていたり、親子関係の確執や人間関係での苦難があったりと、何かしら心の闇や人に言えない秘密を抱えているものです。
その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思います。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことはすることはありません。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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