聞く耳を持てる人と持てない人

人間の成長にとって大切なことは、自分に欠けているものを補っていくことだと思います。
しかしそれには限界があって、いくら自分で補ったとしても気づけないことはたくさんあって、そこは指摘されない限りわかりません。
指摘とはお説教も含めてです。

そして指摘やお説教をされた時に、聞く耳をもって自分の成長につなげる力のある人と、一方、聞く耳を持たずにひどいことを言われたとマイナスに捉えてしまう人がいます。

聞く耳を持てる人は、叱られたことをプラスに捉えて自分のものにし、成長しそれがエネルギーにもなり、幸福感をどんどん感じ取っていくものです。
聞く耳を持てない人は、叱られるといじわるを言われたと思ったり、自己否定されたと感じ、全てをマイナスに捉えてしまいます。
これでは成長ゼロであり、腹を立てたり相手を憎んだりして、負の感情ばかりが心の中に宿り、そこからは幸福感を感じることはできず、不幸感に支配され続けるわけです。

素直な人は褒められたら嬉しく感じるし、優しくされたら感謝の気持ちを持ちます。
秘密を打ち明けられたら自分を信頼してくれた証だと喜び、慰められたら心も癒えます。
そして自分の悪いところを真剣に叱ってくれたら、親身に考えてくれていると感じて、心が満たされるものです。
それが素直な人であり、聞く耳を持てる人で、幸福を呼び込む人でもあるのでしょう。

一方、ひねくれた考えをしてしまう人は、褒められたら馬鹿にされたと思い、優しくされたら裏があると思ってしまう。
秘密を打ち明けられたらその裏の意図を探ろうとしたり、慰められたら同情されたと屈辱感を抱いたりします。
そしてその人のために親身に叱っても、いじわるやひどいことを言われた、全否定された、と感じ、落ち込んだり傷ついたり怒ったりして心がどんどん病んでいってしまいます。
これでは不幸を呼び込んでいるのと一緒で、聞く耳を持たない人からは幸福も逃げていくでしょう。
一つでも当てはまったり思い当たる節があるのなら、そのような思考になってしまっている可能性があるので要注意です。

私はこの活動を通して、日常的に相手の悪い部分を指摘してお説教をしています。
またブログにもこのような形で様々な意見を書いています。

聞く耳を持つタイプの人は、私の言葉には、ことごとく前向きに捉えるわけですが、一方、なんでもかんでも悪くとらえて、批判的に考えてしまう人や落ち込んでしまう人、怒りだす人も稀にいるんです。
両者に同じことを言っているにもかかわらずこの対象的な考え方は、やはりプラス思考マイナス思考の違いもあるでしょう。
しかしこの差が人生においての幸福感の差に現れるのだと感じます。

もちろんこのような思考回路になったのは養育環境やこれまでの人間関係が大きく影響しているのでしょうから、それを直すことはとても難しいことです。
後ろ向きな性格の人に前向きになれといっても難しいし、マイナス思考の人にプラスに考えなさいと言っても、理解はしても持続は難しいものです。

ですが、そういったマイナス思考の人にも幸福感を味わってほしいものですし、そうなるにはやはり聞く耳をもってプラスに、そして楽観的に言葉を捉えるということが必須だと思います。
人を信用できない人でも、自分を守りつつ、他人の指摘は真摯に受け止めて自分のプラスに考える、落ち込むのではなく一つ成長したと喜ぶ、親身に考えてくれたんだと心を満たす、そういう思考を意識して自分を変えていかなければ何も変わりません。

近親者のお説教や指摘は素直に受けることは難しいです、それはそこには少なからず利害関係があるからで、家族的になると余計です。
しかし私のようなサイト運営者や、その他のカーさん等がお説教をすると、そこに利害関係がないので、素直にお説教がきけることがよくあるんです。
もちろん私のところには依頼してくるわけですから、聞く耳を持っていて、その点ではお説教で納得させることは難しくはないのでしょう。

ただ、聞く耳を持っても納得のできないことに納得する必要はありませんし、納得いかないことをお説教してくるような人であればそれはあなたには合っていないということですからすぐに離れるべきです。
それでも自分の落ち度が1%でもあるのであれば、真摯に反省することは必要で、それが究極の聞く耳を持つことではないでしょうか。

そしてしっかりと納得できたら今度は罰であるお尻ペンペンのお仕置きを受けて、気持ちを切り替えることが必要でしょうね^^
お仕置きはネガティブなものではなく、ポジティブなものであってほしいし、マイナスの場ではなく、プラスの場であってほしい。
変に相手を構ってしまうことでもっと悪い方向にいってしまったり、成長の場が単なる甘えの場になってどんどん相手を困らせるようにはならないでほしいです。

困らせることで相手を振り向かせたり、それで反応してくれることに無意識に喜び、試すように愛情確認をしているようではいけません。それはマイナスのスパとなってしまうからです。
そうならないように私はいろいろと考えて対応していますが、自分自身の自覚が一番大切なことだと思います。
人間は気分が落ちた時には普段と違う思考回路で考えてしまったり、突発的に騒いだりしてしまいますが、そうならないようしていく努力は必要です。

私もお説教ばかりしていると、自分が正しいと思い込み、しっかりと相手の意見を聞く耳を忘れがちになることがあります、気をつけないといけません^^;
みなさんも聞く耳を持てる人間になっていきましょう。



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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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