勝手にスパ講座 第四回「カーとサディストの違い」

スパとSMのややこしい関係 勝手にスパ&SM的講座、四回目は「カーとサディストの違い」について考えてみたいと思います。

キーやカー、スパ、SMについてが分からない人は用語説明をご覧ください。
スパ用語、SM用語を簡単に説明してあります。

私は「S」同士の交流は過去にありましたが、「カー」との交流がないんですよね、だからはっきり言って他の「カー」がどういう嗜好なのかよく分かりません。「S」ではなく、あえて「カー」と名乗って区分けをしている以上、Sとは違う、もしくはカー要素のほうが強いと考えているのでしょう。

なお、このブログでのスパについてはSMとはっきり分けている為、性的快感を得るような気持ちでのスパンキングはSM行為としています、ご理解ください。


これまでスパとSM、キーとカー、サドとマゾについて書いてきましたが、スパがディシプリンである以上、カーは自分の価値観を押し付けたり性的要素を少しでも感じさせてしまってはいけないと私は思います。
教育的躾の為にする行為がディシプリンであり、お尻叩きであり、お仕置きなんです。

毎回持ち出しますが、分かりやすい例が、親と先生です。
この親と先生は躾の方法として体罰をしているわけであり、叩きたいから叩いているわけではないんですよね。
叩きたくないけど、体罰によっていい方向に向いてくれればという思いで叩いているんです。
なので理由もなく、叩きたくて叩く加虐嗜好を持ったサドであってはいけないんです。

しかし今のスパというものはキーとカーは「お尻を叩きたい人と叩かれたい人」という解釈になっているのでそこからねじれて真相が見えなくなってきているような気がします。
お尻を叩きたいならそれは加虐嗜好をもった立派なサディストなんです。
本当のカーは「説教好きで一人の人間を良い方向に導き、成長させたい」と考えている人なんだと思いますよ。
他人に対して何の見返りもなくそんなことができる人なんて殆どいないでしょう。
でもぶっちゃけそんなことをいっていても始まらないのでそこんところは少し目をつぶっちゃいましょう。

まあ、殆どのカーがサディストだと私は思います。
それはそれで仕方のないことです、お尻を叩いて興奮してしまっても仕方ありません。
でも、ここが大事なところですが、カーと名乗る以上、お尻叩き以外の行為をしてはいけません。
たった一つの違和感でもある”加虐嗜好”はどうしても抑えることはできません、でもその感情とそれ以外の部分はコントロールはできるはずなんですね。
そういうカーであれば少ないけどまだ人数はいると思います。
まぁ根っからのキーから比べるとはるかに少ないと思いますけどね。

結局カーとサディストの違いは何なのか、カーという考え方が一般的にどこから来ているのか。
カーという位置づけが定まってはいないのでよく分かりません。
それは本人にしか分からないことだし、S要素のないカーがいるのかを突き止めたところでしょうがないのかもしれませんね。
本当のカー、本当のサディストなんてそれぞれの意識の問題であって本人が認識していればいいと思うんです。
ただ何故こういうことを突きつめているかというと、そこまで自分のことを知っておかないといいパートナーとめぐり合えないからです、結局はその二人で作り上げていくのがスパであり、SMであり、それらに決まった形などないんですよね。

結論的にはカーと名乗るならばサディストの部分を相手に見せてはいけない、そしてそれさえ見せなければカーとして成立するのではないでしょうか。
性的要素はもちろん出してはいけません、性欲を煽るようなお仕置きもしてはいけません。
あくまで相手の成長を願うという愛情でお説教やお仕置きをし、教育と躾をし、アフターフォローをしっかりする。
それで満たされるのがカーであって、それで満たされなければ長続きはできません。
私は精神的な部分を探求したいので単なるサディストとは違い、求めている部分が違うので簡単にできますけど、そうでなければカーのほうが精神的に疲れてしまうのではないでしょうか。
ま、本当に純粋なカーさんって難しいのかもしれませんね。

サディストはもう好き勝手やればいいんです、相手を苛め、辱め、征服し、それで満たされて喜ぶだけですからね。
ただそこにはしっかりとした愛情を持って相手に接してあげなければ相手は満たされません。
いくら自分勝手がサディストとはいえ、そこの根本的な部分の愛情だけはしっかりともち、相手を思いやれる気持ちを持って関係を持ってほしいものです。
ま、言葉も含む性的虐待行為で性欲を満たされるのがサディストですからね。

結局はカーでもサディストでも、そしてキーでもマゾヒストでも構わないでしょう。
それをスパの行為に出さなければスパのお仕置きとしては成立するわけですからね。
意識の持って行きようで全ては変わるからです。
でも自分の求めているものや方向性を曲げていたら長続きしないことは明らかです。

だから基本的なことを押さえて、それをお互いに確認したうえでパートナーにならないと、すぐに別れてしまったり、依存してから捨てられたり、途中で違和感が生まれたりと様々な弊害がきて傷つく結果となります。
そうならない為に、探し方や付き合い方のヒントをここから得てほしいと思います。

実は本当のスパとか本当のSMとか、そんなものは存在しません。
二人の心の隙間を埋めあう行為であれば、そして十分な愛を感じられればいいんです、それが本来の目的であって一番大事なことなんですから。
そしてそうなる為にみんな苦しみながら彷徨っているんですよね、
だからこそ初心に戻り原点を見つめられるように、この世界に何を求めているのかを再確認してほしいと願います。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

リンク
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
月別アーカイブ
カテゴリ
プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード
QR
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示