美女と野獣

先日、「美女と野獣」という映画を鑑賞してきました^^;
当初はディズニーだし、女性や子供が見るものと決めつけていたのですが、見た人達からはすごく良かったという話を何度も聞いて、それならば一度見てみようかと思い立ったわけです。

鑑賞されていない方もいらっしゃるので映画の内容は伏せておきますが、とてもとても深い内容だと感じましたね。
深いというのは、人間の本質的なことをいろいろと考えさせられる内容で、そういう映画は私は凄く好きなんですよね^^

女性の方はほぼ全員、美女を自分に重ね合わせていると思いますし、それが普通だと思いますが、私は見ていて野獣側の女性も少なからずいるよなって思ってしまいました(笑)
それは顔が醜いということではありません、心が醜いということです、結局心が醜いから野獣にされたわけですからね。

なんで私がそう感じたかというと、人間の価値の重点を金や名誉、学歴や見てくれで判断してしまう女性もまぁまぁいるからです。
そういう人こそ、自分は美女側と勘違いしちゃうんでしょうけど、実際は野獣側ですから(笑)
やっぱり人間の価値の重点は心です、それが人間の本質なんですね、心が重点だからこそ愛を与えられるし、愛情で満たされるんです。

もちろん男もですが、男女共通でそういった心よりも経済的な面、見てくれな面、学歴的な面を重要視しすぎてしまうところがあり、それは他人の評価を気にしているからで、いつの間にか大事な心よりも地位や名誉のような上流階級的なものを目指してしまい、そうすると大切な心の部分を二の次にしてしまうことになっていきがちです。
まぁこの映画でいう、野獣的な考え方ですよね。

一方、この美女の素晴らしいところは他人の評価を気にしないところですね、人間少なからず他人の評価を気にして生きています、だから人間ではない野獣とはお付き合いできないんですよね。
でもこの美女は自分の信念を貫き通した、それは他人にどう思われようと、自分が幸せになる道を選べる人ということ。
偏見を持たずに誰とでも接することができるから、相手が野獣であれ、心の優しさに惹かれたんだと思いました。
もちろん実際に野獣であれば賛否両論でしょうが、まぁめちゃくちゃ醜い男として捉えた方がより現実的でしょう。

人間の価値を金や名誉、学歴や見てくれと考えてしまうのはそれに価値を置いている人にとっては理想です、でも本当の理想は心があって、他の要素は全て二の次なんですね。
その大事な部分を二の次にしてしまっていては本物の愛情にはたどり着けないと私は思いますし、いつかそれに気が付く時が来るはずです。
最悪死ぬ間際にその事に気が付き、後悔して死んでいくのかもしれません。

心を満たせるのは心であり、愛情です、決して地位や名誉、お金や見てくれではない、それは一時しのぎの満足で恒久的にみたら心は満たせないことを知っておかなければなりません。

経済的な面や学歴にこだわりすぎている方々は要注意です、いつか麻痺して心より優先してしまう事がないように、なにがなんでもとこだわっていたらいつか麻痺して心が二の次になってしまいますよ^^;
こういったことを改めて考えさせられた映画でした^^;


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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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