女性の暴言についての補足

前記事では女性議員の暴言について書きましたが、その補足です。

女性議員が暴言を吐いたことについての記事を書いてから
「私の周りにはそんな人がいないのでびっくりでした」とか「自分もそうなりそうで怖い」とか「人間としてどうかと思う」とかいろいろな意見が私のところに来ました。

でも周りにそんな人がいないからびっくりというのは当たり前の話で、それは親子や兄弟間、恋人同士の前でしか出さないから、自分が感情的に怒ってしまう人間でない限り、女性がヒステリックになって男言葉を使うという現状がわからないし、そんな人がいたとしたら異常だと思ってしまうんです。
甘えられる相手だからこそだしてしまう、そして感情を出して怒る事がイライラのストレス解消になり、快楽にもつながっているために一度暴言を吐けた人間には癖のようになって繰り返してしまう事になるものです。

実は、そういう行為がどうしても直せないということで悩み、それで私のところに相談に来る人も結構います。
それぞれその人なりに真剣に悩み、自分で直したいけれでも、どうしても感情的になったら出てしまい、そのたびに自己嫌悪に陥り、悩み苦しんでいるのです。
そういう人は子供を持つ親でも普通にいますし、そういう親に育てられた子供もそうなりたくないのに出てしまうと苦しんでいるのが現状にあります。

実際に感情的に怒る行為というものは一度身についてしまったら自分ではなかなか直せないものなんです。
それは周りの環境でそうなるからで、その環境というのは生まれた時からずっと一緒だった親の言動であったり、仕事場やプライベートな仲間内の影響であったりです。

その人たちが感情的に怒ったり、汚い言葉遣いをしたり、怒った時の表現が暴力的だったりすると、自然とそういう表現が身について、怒った時の怒りの表現が暴力的に、暴言的になってしまうものです。

それはちょっとしたイラつきでは出てこないのですが、更に感情的になり、それが自分の我慢の限界を超えてしまった時にでてきてしまうものなんです。
ある程度怒りの沸点を高く設定できたとしてもそれを超える怒りが訪れるとやはり出てきてしまうんですね、だから心を広くしたとしてもそれを超えてしまう事があると抑えることができない、とても厄介な事でもあるんですね…。

我慢の限界を超えて感情的になった時には怒鳴ったり、それで収まらなければ男みたいな言葉遣いで暴言を吐いたり、それでもまだという人は物を投げたり人を叩いたり、物に当たったり、とエスカレートしてしまいます。

しかも、一度そういう感情的な暴言を体験してしまったら、その場では心がスッキリするものなんですね。
それは大声を出すこともそうなんですが、それによって相手を威圧し、加えて、乱暴な言葉遣いで相手を怖がらせ、物を投げることで威嚇したりと、そうやって相手をとっちめることにある種の快楽を感じてしまうんです。
しかも一度経験すると、それがないとイライラが収まらなくなってしまうからどうしてもやめられなくなってしまうのです。

ただ、そういう態度を出せるのはある特定の人だけで、一度成功した相手にはまた繰り返してしまい、もう止められない麻薬のようなものになってしまうんですね。
特定な人だからこそ、表には出ず、感情的に怒ることをしない人にとっては「信じられない、周りにはそんな人いない」となってしまうことにつながりますが、実際は結構いるものです。
だから単に女性の暴言といってもかなり深刻な問題なんですよね。

そして深刻に悩み苦しんでいる人は結構います、これは親が子供を虐待してしまうというものに非常によく似ていて、そういう人はその自分の行為に後悔し、やめたくてもまたしてしまうという罪悪感、嫌悪感、絶望感に苦しんでいるわけです。

特にこういう感情的になってしまう人は真面目な職業に多いのも特徴的です。
前記事に書いた議員さんもそうですが、学校や幼稚園の先生、公務員の人等、人前ではしっかりとしていなければいけない人や聖職者的な人に意外と多いものです。
仕事場ではしっかりとしていても、家に帰ると親であれば自分の子供や、子供であれば自分の親に暴言を吐く、また自分を出せるくらい近く、そして甘えることができる恋人に暴言を吐いてしまうんです。

他の人に対しては大人しく真面目で通っているのですから、まさかこの子がなんて想像もつかないことでしょう。
でもこういう人たちは真面目だからこそうまく息抜きができないで、ストレスばかりが溜まってしまうのでそれが一番の原因なんだと思います。

ある程度いい加減な人は適当に息抜きしたり、サボったり、ダメな部分を出して解消するのですが、真面目な子は特に不器用で、息を抜くことを知らずにストレスばかりをためてしまいます。
だから真面目な職業の女性に感情的な人が多くなってしまうのかもしれません。
はたからみたら真面目な人ほど意外って思うでしょうが、私からしたらそれは当たり前のように感じます。

自分を見つめてそういったところを直していこうと思う気持ちは大切なことです。
まずはそういった気持ちが無いと始まりません、何度も繰り返してもその気持ちだけは持ち続けることが大事なんです。
自分ではうまくいかず自己嫌悪を繰り返しているのはあなただけではありません、そういう人はたくさんいるんです。

もし本気で直したいのであれば私も話を聞きますし、そういったことを第三者に話し、客観的に話をしてもらい、自分の決断をより固めたり、違う方向から物事を見つめられることにつながりますので、まずは今までと違う変化へのチャレンジをしてみて下さい。
そうすることによって何かが変わるはずです、変わった何かでまた気が付くことも出て来るでしょう。
成長とはそういう事でもあるのでまずは自分を変えるために今の現状から一歩抜け出してみてはどうでしょうか^^





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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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