親の躾で大切な事 2

先日の続きです。

それでは自信がない人はどんな感じで育ってきたのでしょうか。
自信のない人とは、すぐに不安になる人、悲観的な人、決断ができない人、親に背けない人、などがその部類でしょう。

例えば、無理矢理でも言う事を利かすような虐待的な親もいます、未熟な親はカッとなったら人格否定をしてでもうっ憤を晴らしたりもします。
そのような親に支配されてしまうと、自分を守るために親の言いなりになり、生き抜くために必死に親の機嫌を取るようになり、次第に自分の意思というものを養えなくなるものです。

我慢して成人したらすぐに家を出ようと思っていても、実際は自分の心の奥底の親の支配は消えず、なぜか家を出れなかったりします。
仮に家を出たとしても、こんなにも憎い親の機嫌を取り、そういう親との関係に苦しんだりするケースがあります。
このような環境で育てば、自分の意思というものは育たず、自分で考えて行動するという能力に欠けてしまいがちになります。

しかしこれは普通にあり得る話で、誰でも想像はできるのではないかと思います。
特に問題なのは、虐待的なケースではなく、”過保護的”に育てられた人に自信のない人が多く存在していることです。
親が良かれと思っていしてることが子供のためにならず、将来の子供の心を苦しめる結果になってしまう可能性が大いにあるんですね。

過保護的というのは悪いことではありませんが、その中で大切なことは、”子供の意思を尊重して育てる”ことをしなければ自信のない子供に育ってしまいがちです。

例えば、
やることなすことが心配だからと不安そうに見守っていると、子供は親が常にいないと不安になってしまうものです。
他にも、子供が困っていたらすぐに答えを出してしまう。
子供の人生の全てのレールを敷いてしまう。
勉学や学歴が人生の価値と思わせてしまう。
金銭的な不自由を感じさせず、奔放に育ててしまう。

これらに共通していることは、人間の生きる力である”意思”や”決断力”が育たないこと、そしてそれが”自信のない人間”へと導くことになるということです。
このような子は、いわゆる聞き分けの良い子が多く、親に余計な心配をかけたくないとか、嫌われたくないとか、家族がバラバラにならないように自分を抑えたりとか、性格的にも真面目で良い子が多いようです。

また、こういう性格の子は、「自分は親の期待に応えてるからこそ愛してくれている」と考えるようになり、親の期待に沿えなかったり、親に逆らったりすると見捨てられるんじゃないか、という不安が絶えず脳裏にあるものです。

子供はそんな親をどう思っているでしょうか。
「嫌いでしょうがない」と思う子もいれば、「優しくしてくれる親が大好きでしょうがない」という子もいますが、中間というのがあまりなく極端に偏っているものです。
両者は全く違いますが、共通していることは自分に自信がない、見捨てられ不安が強い傾向があるということです。

それではどのように解決していけばいいのでしょうか。
これは育てる側にとっては簡単でも、育てられてしまった側にとってもとても深刻な問題なんですよね。

そこら辺の話を次回にしてみたいと思います。





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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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