真面目な子たちの葛藤

真面目な子って何が真面目なのかというと難しいですよね。
表向き真面目な子でも心の中では腹黒い人(人間ですからこれが多いです)
自分のダメなところを見せたくなくて必死な人
悪く思われたくなくていい子に徹している人

それぞれ考えは違えど、私はどれも根が真面目な子だと思っています。
不真面目な子はそんなことどうでもいいわけですからね(笑)
でも、真面目な子って完ぺきにこなそうとするから心の中はかなり追い詰められているんですよね。

自分の悪い部分やだらしない部分をさらけ出したくてもなかなかできない、悪いことをしようとしても勇気が出ない。
そういう子はいい子であることが当たり前になっていたり、見放されてしまうかもという恐怖があって、ありのままの自分を出したり反抗したりの冒険ができないでいるんですね。
そのままでいいんだよ、それでも好きだよ、と言われることで自分の甘えの欲求を満たしたいという思いがあるのに、見捨てられることに怯えて自分を出せないでいるのでしょう。

人間は一人では生きていけません、そしてどんなに頑張っても、人によって得手不得手があるようにできないことはたくさんあります。
しかし根が真面目な子たちは、できない自分を認識する度に自分を責めてしまい、自己嫌悪を繰り返し、自分の存在意義を問い、必要とされていないんじゃないかと思い込んでしまう傾向があります。
そんなことを日々考えて一人で抱えこんでしまっては、当然心がもたないですよね。
自分の嫌な部分を受け入れて、それを許して、ある程度自分を甘やかすことは精神衛生上必要な事ですから。

しかし、根が真面目な子は自分に対して厳しく、他の人よりもレベルの高い自制を自分に科してしまう傾向があります。
要は自分のいい加減な部分、至らない部分を認められないのです。
本来はそれを認めてあげることがストレスの発散や精神の安定につながるのですが、周りの目を気にしすぎて自分を追い詰めてしまうのです。
そういう子たちのほとんどは、悲観的でマイナス思考。
そして見捨てられ感も強いんです。

それは、これまでの人生、自分が良い子でいたから受け入れられていたんだと思い込んでいたり、逆に親や友達から受け入れてもらえなかった環境であったりと様々です。
悲観的であるが故に、優しくされたり、過保護であったり、叱られなかったことも「愛情がないんじゃないか」と思ってしまったり、感情的に怒られたり、理不尽な言動をされたりしたら当然心に傷を負ってしまうんです。

悲観的な考え方で生きていると、自分が悪い子だと親からも周りからも見捨てられてしまうという考えが植え付けられてしまうのも無理はありません。
子供のころからそういったものを引きずっていると、大人になっても「見捨てられてしまうのではないか」という意識で人と接してしまう傾向があるからです。

だからこそ甘えることに欲求を覚えたり、叱られても見放されない愛情を求めてしまうんだと思います。
その求める行為がお仕置きへとシフトしていくんだと思います。
それでも見捨てられる恐怖はあるのですが、その気持ちを受け入れる約束のお仕置きの関係は、3次元の空間としては唯一の居場所となっているのかもしれません。

『大丈夫、失敗したっていいし、過去に何があっても、どんなひどいことをしてしまってたとしても見捨てたりしないよ』
そんな大きな愛情を求めてお仕置きに惹かれていくのでしょう。
もちろん無条件というわけではありませんよね、しっかりとダメなことはダメと叱り、そういったことを清算するためにお仕置きがあります。
だけど、どんなに叱られても叩かれても見放されない愛情がそこにはあるんです。

そういう子たちは人に弱みを見せることは苦手です、でも逆に弱みを見せても嫌われることはないと無意識に求めている部分があり、実際に弱みを見せれるようになれば心が軽くなり、もっと心が満たされます。
見放されてしまう恐怖はいつまでも持ち続けることはありますが、それでも日常とは違うので、見放される恐怖に蓋をして満たされようとできるんですね。
そういうことを繰り返していけば、弱い部分を出しても嫌われることはない、というのが少しずつ確信へと変わっていけるんです。
自分のダメなところや弱さに向き合える場所、それがお仕置きの世界では可能なんだと私は思います。

お仕置きとはただ単にお尻を叩くだけではありません、心を満たして上げ、信頼関係の中から少しずつ自立を促したり自信をつけたりと、ある種のメンタルトレーニングでもあると思っています。
お仕置って本当に理にかなった行為だなって感じます^^

また、一言でキーさんといってもいろいろなキーさんがいます。
ここで書いたように悲観的でマイナス思考なキーさんから、闇を抱えている人、甘えたい人、愛情がほしい人、自制したい人、罪悪感を晴らしたい人、趣味として楽しんでいる人・・・。
でもそれぞれ、お仕置きによって何かを得て、心が満たされるわけですから最終系は同じなんでしょうね。
キーさんといっても一色単にはできないってことですね、M寄りのキーさんもいれば純粋なキーさんもいますしね^^

それはそれでいいし、まずは自分の心を満たして上げること、それが大切だと私は思います^^


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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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