縛ってのお仕置き

私のお仕置きの基本スタイルは何度も書いてある通り親から子へのお仕置きのイメージです。
なので、基本スタイルでは手を拘束するなどの縛る行為というものは一切ありません。

なぜ縛らないかというと、それはSM的なお仕置きに近くなってしまうためで、スパにはSM要素というものは取り入れたくないというのが理由です。

しかし、それは嫌悪しているからしないのではなく、親から子供へのお仕置きには違和感があるからしないだけです。
そういうイメージでお仕置きをしているし、そういうイメージを持ってお仕置きにくる子がほとんどだからです。

そうはいっても、もしキーさんから縛ってほしいとの要望があれば私は縛ることは全然かまいません。
しかしその時は親から子へのお仕置きとは少し違うものになりますよね。
でもそれはそれでキーさん本人がよくわかっていることで、私も理解してやることなので問題ないと考えています。

ただ、仮にそこからキーさんがSMプレイを望んだとしても、性的なことはしませんし、そこはお断りします。
縛ることは性的ではなく、そこから性的なことに発展していくからSMプレイとなるのです。

何故このような話をしたかというと、縛られてお仕置きを受けてみたいと言うキーさんも少なからず存在しているからです。
何回か来ているキーさんの何人かにお願いされたのですが、言った時はとてもとても勇気がいったそうです。

なかなか言い出せなかったのは、縛る行為はSM的になるからスパには持ち込みたくないと私がブログに書いているからであって、それをする場所ではないと思っていたからだそうです。
こんなことを言ったらもうここには来れないみたいに考えてしまっていたようです。

確かに私はブログを通じて縛る行為はSM的になるからしたくはないと散々書いていますが、それはお仕置きの形を確立するために発信していることです。
そういう指針がなければお仕置きを受ける側はとても戸惑ってしまいますし、何でもありであればお仕置きを受けることさえも躊躇してしまうでしょう。
なので私のところは親と子のお仕置きを基本姿勢にし、SM的要素のないお仕置きと表現してきました。

ただ、難しいかもしれませんが、私の中ではこのことと要望は違うんですね。
私から縛ることは一切しませんが、要望であれば要望通りのお仕置きはします。
ただ、その中でも性的要素があるお仕置きはお断りはしますけどね^^;

自分がスパを求めているのかSMを求めているのかいまいちわからない人って結構多いんです。
それはいろいろなお話をしているからよくわかるのですが、いろいろな経験やイメージを持たないとなかなかわからないものです。
だから、縛られたいという願望がある人は縛られたらいいと思うんです。

そこでスパでの縛りは違和感があると気が付いてもうしたくないと思ったらもうしなければいいんです。
スパと縛りは別物で、縛り好きはМ要素があるからなんだなって気が付けば、スパ以外で楽しめばいいんです。
また、スパで縛られたほうが反省できると思えばそうすればいいと思うんです。
要はここでのお仕置きは自分自身を知ることが基本にあるので、そういった体験をして自分の求めているものを探っていけばいいと私は思っています。

実際に縛りを経験した人たちの多くは違和感を覚えていました。
またその中にはキーとしてはスパのお仕置きをしてほしいけど、Мの部分を満たしたくてSMのパートナーを探す人もいました。
スパでの縛りに違和感を覚えず、願望が満たされて満足する人ももちろんいますが、それは人それぞれのお仕置きを通しての自分が満たされる感覚なので、私は何でもありだと思っています。
キーさんでもМな人はたくさんいますから、キーの部分はスパを、Мな部分は性的なところで発散すればいいだけの話です。

私としては、もし縛ったとしても性的要素のないお仕置きをキーさんにするだけで、その部分のスタンスは何も変わりはありません。
ただ、親から子へのお仕置きという意識的なところは変えざるを得ませんが、そこはそれにしか興味がないということではないので何も問題はありません^^
なので、縛りの願望、してみたいという好奇心がある人は遠慮なく言ってきて構いませんよ^^
それを我慢して変な人に引っかかったり嫌なことをされたりするよりも、自分がどう感じるのか、どう捉えるのかを試してみることは必要だと思いますからね^^



余談ですが、イメージを大切にするためか、スパンキングという言葉っていうのを私はあまり使いたくなかったのですが、お尻叩きって英語で言うとスパンキングなんですよね、今更ですが(笑)
でも、スパンキングというと私はSMをイメージしてしまって、、、でもそれって私が囚われているだけだなって最近思いました。
実際問題アメリカでは親が子供のお尻を叩くときには「スパンキング」というワードを使用しますよね。
なので単純に私が英語だとSMっぽく聞こえると思い込んでいただけなんだなって感じたんです^^;
これからはスパンキングという言葉も受け入れていこうと思いましたってことをちょっと書いてみたくなりました^^;


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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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