濡れてしまう事について

以前、お仕置きの記事の中の補足的な形で、体の反応で”あそこ”が濡れてしまう事について書いたのですが、みなさんかなり気にしているようなのでそれについてです。
結構前に書いたのですが題材が違う内容だったのでどこかに埋もれてしまっています^^;
なので今回は濡れてしまう事について、重複しますが書きたいと思います。

よく相談があるのですが「私はキーなのかMなのか」と悩んでしまう要因というのがあります。
それはお仕置きのことを考えていたり、小説を読んでいるだけで”アソコ”が濡れてしまう事です。
当然、リアルで会ってもそうです。
お説教をしてるとき、お尻叩きをしているとき、性的興奮をしているわけでもないのに”アソコ”が濡れてしまうんですね。

普通に考えると濡れるということは、性的興奮をするからと考えられているので戸惑ってしまうのは当然のことです。

○濡れるということは性的興奮をしているから私はМ(マゾ)なのかもしれない
○性的でないディシプリン派のお仕置きを求めているのに本当は違うのかもしれない

このように考えてしまうのは濡れてしまう事への知識が乏しいので仕方ないのかもしれません。
そして私はМなんだと思い込み、SМの世界に入り込む人もいます、そしてそれは違うと気づいて、傷ついて戻ってくる人もいます。

まぁ実際には女性の多くはМ的要素があるのでМであってもそれはそれで構わないのですが、仮にМの人でも、お仕置きに関してはSМではなく、性的要素の一切ないお仕置きを受けたい人がいるのが現状で、その時点でキーさんなんです。
つまり”キーでありМである”ということです。
逆に、SМには興味のない、”Мではないキーさん”も多くいるのも現状です。

性的な、いやらしい感覚でお仕置きを考えているわけでもないのに濡れてしまう。
性的興奮→濡れる→ふしだら→Мという図式に当てはめてしまうのは普通の性知識では当然のことで戸惑ってしまうでしょう。
嫌悪の対象にもなりうるし、そんなところを相手側に見られたくないという気持ちもあるでしょう。

でもこの体の反応は性的興奮によってのものではなく、安らぎのホルモンや幸せのホルモンの影響によるものです。
これは性的興奮と同じ神経伝達物質であるために、このようなことが起きるのですが、刺激によって起こるものではなく、脳内の安定による安らぎから起こるものです。
特に分泌が増すホルモンとしては、オキシトシン、セロトニン、ドーパミン、エンドルフィン等です。

「罪悪感を解放できた満足感、心が安定していく安心感、叱られたことで満たされる、そして愛されているという行為(お仕置き)に対する達成感」
こういうことで、安らぎや幸せホルモンの分泌が増すのですが、それは性的興奮による分泌と同じようなものなので、体が反応してしまうだけなんです。
心と体と違う反応が出るのは仕方のないこと、脳はそこまで精密にできているわけではなく、そういった意味では脳はいい加減なんですね。

それにプラスしてお尻を丸出しにされると思ったり、お尻を丸出しにされてしまったというかなり強烈な羞恥心も強く影響してきます。
お仕置きに慣れていなかったりまだ知り合って日が浅かったりするとかなりの羞恥心が出ますよね。
男性の前で服を脱ぐ行為はだいたいはエッチをするときくらいですから、その特殊な羞恥心を脳が錯覚してしまうんでしょう。

脳は簡単に錯覚してしまうものなので、”強烈な羞恥心”だけで体の反応に出てしまいます。
そしてこの脳内の反応は無意識下なので、止めることが出来ません、よって"濡れる"という形になってしまうんですね。
緊張したり恥ずかしかったり好きな人と手を握ったりしたときの”心臓がドキドキ”は止めることができませんよね。
そういうことなんです。
卑劣で許せない痴漢行為ですが、痴漢されてメチャクチャ嫌な思いをしているのに濡れてしまっているのも、強烈な羞恥心によるものです。

濡れてしまう要因は単純にこういうことから起きるので、体が反応してしまうと落ち込んでいる女性はもう悩む必要はありません。
カーはそこで性的興奮として捉え、それを煽るような発言をしてはいけません。
カーがそんなことを考えて発言していては、一気にお説教やお仕置きの陶酔感が冷めてしまいます。
決して感じているわけでもなく、お仕置きの時は純粋なキーであることは間違いない事実なので安心してください^^
お仕置き以外ではМでも関係ないのですが、お仕置き時にキーになれるのであればそれは純粋なキーさんなんですからね。

濡れてしまっているところはキーにとってはそれは屈辱で見てもらいたくない部分なんですよね。
カーはそういう場面に遭遇しても口に出さずに”見ない”優しさが必要です。
ただ、濡れてしまう事に対してはこれまで説明したように悩む次元ではないので安心していいんですよ^^
それに何度も同じ人にお仕置きをされていればそのうち脳は正常に判断していき、いずれ濡れなくなりますからね^^




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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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