縛ることについて

ついこの間、休止前から私に会いに来ていたキーさんが久しぶりに会いに来ました。
お仕置きをして帰り支度をしていた時の話、そのキーさんは
「京介さんにSMしてって言ったらしてくれるの?」
と聞いてきました。
まぁその子の場合はSM的な行為も他でしてきたこともあり、話題ではそのSM行為の時の話や私が過去にSMをしていた時の話もでてはいたんですけどね。

私はその瞬間に「縛るのは別にいいけど裸はどうなんだろう?」というようなことを考えていて、数秒「うーーん」と唸った後、
「服の上からなら別に構わないけど」
と返答しました。
お仕置き時に縛るわけじゃないし、アフターフォローの一部として緊縛体験もいいかなって思ったんですね^^;
仮に縛ってお仕置きしてくれとの要望があったらどうするだろうというようなことも脳裏に浮かびました。
どうしましょう;;;、まぁそれはケースバイケースで^^;

私は過去にSMの世界にいて一通りのことをこなしているので一応緊縛(縄で体を縛ること)もできるんですね。
そんな話をお仕置き後の会話の中でたまに出ることがあって、そうすると一度は縛られてみたいという人と縛られたいとは思わないという人と両者に分かれるのですが、やっぱり縛られたいと少しは思う人が多いですね。
かといって私に縛ってとお願いしてくる子はいませんでしたけど^^;
まぁそれはやっぱりそういう空気というか雰囲気を私が作っているからでしょうかね、お仕置きにはSM的なことは持ち込まないとしつこいほど言っていますからね。

でも裸になったり、SMプレイに移行しない限りは別にいいんじゃないかなって最近思うようになりました。
体験ですからね、SMプレイはしないのですから、もっと体験したいことはさせてあげてもいいんじゃないかなって思ったんです。
そう、私自身がしっかりとした意識を持ってさえいれば、相手がどんな気持ちになろうとも性的なことは有り得ないのですからね。

キーさんのほとんどの人が自分がМかキーか一度は悩んでいると思います、そして別にキーとМの両方を持っていても問題ないのにМというものに嫌悪している人もいます。
私はそんな悩める人たちに区分けの意味で分かりやすくМとキーの違いを説明してきていますが、実際問題に区分けしきれずに悩んでいるのであれば線引きは必要なく、別にМでもキーでもどちらでもいいと思うんですよね。
お仕置きの時に性的要素を含まないものを好むのか、性的要素を含むものが好きなのかで分ければそれでいいんだと思います。
人間誰でもS性М性は持ち合わせており、そのどちらかが強いかということなので嫌悪することなく、女性という性質からМな性格が多いこともあります。
キーかМか分けようと思ったことでより悩み苦しむ人は、シンプルにお仕置きを受けたいだけでいいと思いますよ。

まぁMだからと言って縛られたいと思うかというとそれも違いますけどね、奥が深いんです。
ま、要望がない限り、私がお仕置きにSM要素を出すことは一切ありませんからご安心を^^



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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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