お尻叩きに目覚めたのは・・・。

私がお尻叩きに目覚めたのはいつだったのでしょう。

よく考えるとお尻叩きに目覚めたのはといわれると全くわかりません。
しかしその予備軍的な思考や性格が出来上がっている実感を覚えているのは中学生になった頃でしょうか。
ま、それは直接お尻叩きには関係ないのですが今の私に通じる根本的な部分です。

実は私は、お尻叩きをしたいからお仕置きを好んでいるのではなく、精神的な部分である心を覗き、人の本質的な部分といつも接していたいからという理由が大きいと思います。
それによって相手が満たされたり、安定したり、少しでも気持ちが楽になったりすることによって私も満たされるんだと思います。
要は嘘のない純粋な部分に触れていたいんですよね、そういうことが唯一お仕置きの関係では可能だからなんです。

こうやって書くとお尻叩きとは全く違うんですけど、中学のときは女の子の嫌がることや恥ずかしがることをしてしまっていました。
お尻や胸を触ろうとして相手の反応を見たり、帽子を胸に投げつけて反応を見たりです。
それで怒ってもいいし恥ずかしがってもいいのですが、要は素の部分の顔を見たかったんですね。
さすがに空気を読んでいたので誰にでもやっていたわけではないんですけどね^^;
女性がそれでも動じないとエスカレートして軽く触れたりしちゃっていましたけどその時の相手の素の反応がとても好きだったんです。
相手も予期していないのでその人の”素”が見れる瞬間でもあるからです。
会話の中でもあえて話しにくいことや恥ずかしいようなことを聞いて相手の反応をじっと目を見て確かめたり、その微妙な瞬間を逃さないようにしていたんです。
仮面をかぶっていてもそれが脱げる瞬間や、口先だけで繕っている部分を暴いたりとか、そこで人間の裏の部分や隠したい部分が覗けてそこで人間の本質的な部分を感じ満たされていたんですね。

まぁ解釈によっては”ドS”ということになってしまうんでしょうかね^^;
まぁドSですけど(笑)
つまり私にとってそういう行動は人間の隠している部分に触れる手段であって、それがエッチな会話でも言いづらい事でもお尻叩きでもあまり大差がないんです。

そんな中で、お仕置きに関しては相手からそれを望んで心の中身を見せてくれるので、これまでの一方的なものではなく、私にとってはとても居心地がいいんです。
でも、このお仕置きの関係が進み、仮に恋愛に発展してしまうと、相手は嫌われたくないという思いが強くなって嘘をついたりするので、立ち位置としてはそこはしっかりと一線をおいて嘘をつく必要のない間柄を意識して接しています。
そこに嘘があるならば私との関係は無意味なものとなってしまい、私と一緒にいる必要性がなくなるんです。

一生懸命な姿、必死な姿、本能的な姿、素の姿、恥ずかしがる姿、嫌がる姿。
これらに触れていたくて、これらに私は魅力を感じるんです。
SといわれればSなのでしょうけど、ただ私は叩くだけの行為だったら魅力を感じません。
すべてに共通していることは演技ではなく、素の部分を垣間見れたら満足で、それを演出するのに様々な手段を講じてしまうということなんです。

10代の頃の話をすると、
彼女がベッドでお尻を出してぐうたらしていたとします、そうすると押さえつけてお尻ペチンします。
「いつまでお尻出してんだよ、パンツくらいはけよ」
といって何回か叩いたりしていました。
服を着ていてもなにか失敗やらだらしないことをしていたりとか理不尽なことをしていたときには屋外屋内関係なく通行人がいても服の上からお尻を叩いていましたね、まぁ今でもそうですが(笑)

お尻叩きにも相手側が嫌がるのに魅力があって、だからお仕置きが好きなんです。
かといって暴れてくださいという意味ではありませんので誤解しないようにしてください。
まぁお仕置き好きの人でもお尻叩きだけは嫌いでいてほしいんですよね、もしお尻叩きが好きならばそれはお仕置きにはなりませんから^^;

そして個人的な見解ですが、私は
「ごめんなさい」
という言葉が好きです。
だから「すいません」とか「ごめん」といったとしたら「ごめんなさい」といい直させます(汗)

実は、今の日常でもそういうキーさんという枠ではなく一般の人に、お尻ペンを結構しています(汗)
話を普通に楽しく出来るような人が何か突っ込み所がある発言や行動をすると
「これはお尻ペチンだなー」
といってお尻を叩くふりをしてギリギリのところで寸止めをしたりします。
その時の女性の反応が見ていて楽しくてしょうがありません、しかも触れているわけではないので向こうも悪い気してないでしょうし。
結構仲がよくてスキンシップも出来るような友達だったら普通にお尻叩きます。
これってソフトに叩くと触っているようでいやらしいので結構強めに叩いています。
「ちょっとー、いーたいーー」
といいますが、一応笑っていますよ。
って笑うしかないのかもしれませんが(汗)

今まで叩いてきた人の中にキーさんはいたのでしょうかね?
もしいたらその子はその日1日ドキドキして大変だったろうな・・・。

今の私は少しお話したらキーさん要素があるのかどうかがわかるので、そういう子にはさりげなくスパのキーワードを伝えて反応を楽しもうと画策しています。
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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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