過去の自分

私の学生時代のお話をしたいと思います。
前記事に書きましたが、私は高校2年の秋に中退し、16の終わりから働き始めました。
なぜ中退したかというと、今していることは無意味に感じてしまったんですね。

私は中学1年ときは成績は悪く学級では下から2,3番目。
勉強もせず怒られてばかりで俗にいう悪ガキタイプだったんですけど、中学2年にあがる頃に小学校時、仲がよくて違う中学にいってしまった友達が塾に通い始めて、そいつと一緒につるみたいだけで私もその塾に入ったんです。
そこは結構人気のある進学塾でA1,A2,B1,B2,C1,C2と成績ごとに6クラスに分かれていて、もちろん私は最下位クラス。
塾に来ているのにふざけていて怒られてばかりでした、本当に迷惑な奴でした。

そんな時に思いっきりビンタして真剣に叱ってくれた講師がいて、その情熱に流され、真剣にやってみるかなと勉強を始めたんです。
キーさんみたいにキュンとすることはなく、ムカつきましたが、ビンタ後の講師の真剣さが伝わってなんかやってやろうという気持ちになったんですね。

勉強を始めてみるといろいろ理解してきて、そうなると勉強も面白くなってくるんですね、もっと知りたいと。
分からないところは居残りをして教えてもらったりして、それも家が近所だったこともあって深夜になることもありました。
もちろん無料です。
今思うと付き合ってくれた講師達も凄いですよね。

数学、英語、理科、国語に関してはどんどん成績を上げ、3年の受験前には国語こそA2でしたが、他はA1までいくことができました。といってもA1の底辺ですけどね。
社会は全く駄目でしたね、実用的でないものに興味がわかないというか過去に捉われない性格というか(笑)
今になると歴史や地理、世界のこと知っておきたいと思いますけどね、経済学につながることだし。

そんな形で短期間で成績を上げていった私が、学校では英雄扱いとまでは行きませんが、落ちこぼれで悪ガキな私が3教科では学年上位になってしまったのですから先生がもうはしゃぎまくりでみんなの前でいつも私を引き合いに出して話をするんですよね、本当に恥ずかしいというか迷惑でしたけど(汗)
ま、性格は優等生になれなくて悪ガキのままでしたけど。

高校もいいところを2校ほど受験したのですが、まさかの不合格、そして絶対行きたくなかった滑り止めの高校にいく羽目になりました。
高校に行ってもヤンチャしていたのですが、自分が何をしたいのか分からなくなってしまったんですね。
そしてサラリーマンや公務員には絶対になりたくなくて、それは私が天邪鬼的な性格からだと思うのですが、人と同じことはしたくないんですよね。
今考えると公務員はうらやましいし、サラリーマンもある意味いい面があるので大人達の言っていたことは正解なのかなとも思いますが。
それでサラリーマンや公務員にならないのなら学校に行っていても無意味だと感じるようになりました。
ろくに勉強もしないで遊んでいる連中(その中に混じっていましたが)がいて、学校が終わると制服でパチンコ屋にいったり麻雀をしたりと遊んでばかりで虚しくなってしまって。
こんな苦痛な生活するなら、同じような苦痛でお金を稼いだ方がいいやと気持ちが変わっていきました。
それで高校を辞めたんですね。
そして将来的には自分の店を持ちたいということで水商売の道を選んだのですが、本当に浅はかな考えでした。

当初一人暮らしをしたときは都内で家賃18,000円でした。
共同トイレ風呂なしのボロアパートです。
親の援助は受けられず渋々保証人にはなってもらったのですが、13万ほど自分で用意して一人暮らしを始めました。
3ヶ月ほどでアルバイトから社員になったのですが、主任という役職をもらい、その時の主任だった人は支配人に昇格。
でもその支配人は大学生で社員だったんですね。
話を聞くとこの人は高校を中退し、その後高校卒業の資格を試験でとり、早稲田に合格したということでした。
私はそこで働きながら大学いけるならやってみようかなと奮起して、深夜客のいないときに勉強したり、支配人にアドバイスをうけたりしながら2年半後、大検に合格、その翌年大学にも行くことができました。
金銭的には残業で稼いでいたので問題はありませんでした。
両立なんて出来るわけもなく、上司がいない深夜の時間帯は熟睡していました(笑)
大学での勉強はしませんでした、ステータスのために単位だけをとる感覚でしたね、今思うともったいなかったです。

主任になってからすぐに深夜の責任者として店を任されていたり、店長がいないときはバイトの面接をしたりしていました、管理職なので細かいチェックをし、アルバイトに注意するのが仕事なので重箱の隅をつつくように神経を張り巡らせていました。点呼で大きい声を出させ、そういう支配感に酔っていたのだと今思うと恥ずかしい限りです。
でもそのおかげでいろいろなことに気がつけるようになっていたのは事実です。
今は水商売ではありませんが、あのときの経験がなければ今の自分はありません、貴重な財産だとつくづく思います。

ちょっと若気の至りで恥ずかしいのですが、私の学生時代のおはなしでした。
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スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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