過去と現在のキーさんとの関係性の違い 続き

前記事の続きです。

「過去と現在でキーさんとの関係性がシフトしていったのには理由があります」というところからですね。

その背景には、施設を借りてそこの維持費でもある施設使用料を貰うようになったということがあり、そこから接し方が徐々に変化していったんです。
それ以前の活動はラブホテルでお仕置きをしていたのですが、活動休止の時期があり、その後活動再開時には仕事が私の都合で融通できる仕事に変えた関係で、もっとたくさんの人と関わりたいと思うようになったんですね。

それまでは依頼者と私でホテル代を折半にしていて、折半でも当然たくさんの人と会えば会う程ホテル代は莫大になります。
長く活動するにはそれは現実的ではないので、それならば施設を借りてしまおうという発想で、施設を借りてその場所でお仕置きをすることにしたんです。

私の仕事の収入に関しては活動に時間を割けば割くほど仕事の時間が減り、結果収入が減ってしまいますが、今後は仕事よりも私のしたいことをしようという隠居的な考えでお仕置き活動を優先することにしたんです^^;
ま、老後のことまでも考えても、これまで蓄えたものもあったので、施設の維持費の足りない分を毎月私が補填をしても10年は大丈夫だろうという計算があり、2016年初めから仕事をセーブしてお仕置き活動中心の生活がスタートしたという感じです^^;

ちなみにその当時は資金不足になったら閉鎖すればいいやという軽い考えで始めたのですが、いざ始めてみると賛同者もいてくれているのでそう簡単にはやめられなくなり、今後はちょっと先行き不安ですがなんとか活動を維持できればと思っています^^;

で、この施設使用料を貰うようになってから私主導のお仕置きからキーさん主導のお仕置きにシフトしていったということになるんですが、実際に私に依頼をして施設使用料の3,000円を払うとなると、お金を払って話を聞いてもらったりお仕置きをしてもらうという感覚になるものです。

一方的に私が受け取る形だと、そのお金が私の利益だと錯覚してしまう人もいるでしょうし、ホテルでのお仕置きのように折半で2,000円~3,000円を受け取ってその場で支払えばなんてことはないのですが、私が一方的にお金を受け取る形だと私も含めて錯覚に陥ってしまうものです。

実際は毎月の維持費の足りない分は私が補填していますから、結果的にその都度私もお金を払っているのと同じなんですけどね^^;
でもそこは目に見えない部分で、私がお金を出している光景はその場にはないし、維持費の支払い時に立ち会わせないでお金を出させているとそのように思ってしまってもしょうがないのかもしれません。

ちなみに施設の維持費というは家賃だけでなく活動にかかる様々な費用も含まれるのでそれなりにお金はかかっています。
当然足りない分の全ては私が負担することになりますし、今はコロナの関係で費用負担が大きすぎて、これ以上コロナが最悪の状態になるのであれば閉鎖なんてこともあるかもしれません・・・。

施設使用料というのは3,000円となっていますが、ラブホテルを利用したら折半でも一人2,000円~3,000円はするので、それで雰囲気の悪いラブホテルではなく、出入りに後ろめたい気持ちにもならない場所なので、妥当な金額だと思いますけどね。
まぁ美化していうならば、私のしていることは利益のないボランティアですからね^^


話を戻します^^;
で、それまでの私は、私のサイトやブログを見て、相手は賛同して依頼しているわけだから、私中心の私の思った通りのお仕置きをして、それで合わなければしょうがない、私が相手に合わす必要はない、という考えでした。
ホテル代も目の前で折半して支払っていたので、そういう面でもお互いに求めあって会っているので、基本的なお仕置き姿勢さえ示していればいいという、掲示板での出会い的な感覚が強かったんだと思います。

でも施設使用料をもらうようになると、私の満足だけで終わらすのは違うような気がしてきて、そう考えているうちにだんだんと気を遣うようになり、現在はキーさんのお仕置き観にできるだけ合わせた雰囲気を作ったり、厳しさも私基準ではなく、キーさん自身の痛みを感じる度合いで判断したりと、以前とは関係性が変わってきました。
それはそれで相手が喜んでくれると、私も嬉しいのですし、悩んでいることを解決に導いたり、キーを卒業したい人の手助けをしたり、それによって満たされる気持ちになったり感謝されるとなると私の心も満たされます。

以前はパートナーはいましたが、パートナーでない人にもある程度パートナー的な感じで接していました。
ですが現在は明確に依頼者と管理人のようなスタンスになっていて、過度なパートナー的な雰囲気も出さないように気を付けています。
といってもそんな冷たい関係というわけではなく、そこはフレンドリーにというか親と子供的にというか、接する態度は変わっていません。

その上でキーさんの要望に合ったお仕置きであったり、卒業に向けたお仕置であったり、好きな体勢や道具の要望を聞いてあげたりと、いつの間にか当然のようにキーさん主導のお仕置きをしています。
交通の面の費用も含めて労力を払ってわざわざ私に会いに来てくれるというところにも依頼される嬉しさがあるのですが、やはり来てくれたならできるだけ満たしてあげたいと思うようになっています。

まぁ、それでもスタンスを変えてないのはお説教です。
カウンセリング時は真面目なお話をしていってその中でダメなところを指摘する、それが要望でなくても会話の中でそれを見つけたら追求してお仕置きをしています。
そして反省内容を聞いても私が客観的に判断して悪い事じゃないと思えばその理由についてはお仕置きをしないなど、そういった部分は徹底しています。

満たしてあげるといってもキーさんの機嫌を取ることはしません、叱る時はキーさんが凄く嫌な思いをするケースもありますし、そこは譲らないのですが、そこは本気で向き合っていると思ってくれると幸いです^^;
要望に合わせるのはお仕置きの内容とか厳しさとか雰囲気ですからね、誤解をしないようにお願いします(笑)

ということで、お説教無しでお尻を叩くだけどか、お仕置きを楽しむとか、そういうお仕置きではないので、お仕置きごっこ的な感覚の人とか遊び感覚とかスパ好きさん的な人には私のお仕置きの方向性は合わないかもしれません^^;

とにかく以前の私は自分が満足すればいい、相手は私の方向性に賛同したキーさんなんだから私の満足していることをしていれば結果満たされるんだ、と思っていましたね。
そしてそれで私と合わないのであれば私は合わすことはしないので”さようなら”みたいな感じだったと思います^^;

キーさんの感覚にに合わせてお仕置きをしてあげるとか、キーさんのために奉仕的なことをするとか、そういう感覚は持ち合わせていませんでした。
なのでそういう意味では嫌な想いや傷つけてしまった人はいたと思います。

それはおそらくですが、過去に私はSM的な主従関係を好んでいて、パートナーも複数いたこともあり、その時は主導権は絶対的にこちらにあり、主導権を不動のものとするために相手を言葉で操ったり、徹底的に支配したり、躾の一環として罰を与えていたりしていたので、その流れで叱る立場の者がその手段を相手に合わすのはあり得ないと思いこんでいたんだと思います。
今思い返してみると絶対的な支配者という立場で考えていたんだなぁと感じます^^;

今になってみると過去より今の方が楽しいですし、過去の私は変なこだわりに固執していたんだなぁと思います^^;
そういう枠にとらわれず、私がしたいと思ったことをする、その上で変化はありましたが、想定してなかった偶然の変化でありますが、今の方向性が一番心地いいんです。
人によっては人生相談であり、欲求の行き場を逃がす手段であり、欲求を薄めて卒業をする為であり、心の治療的要素であったりと様々ですが、その土台の上でのお仕置きは、スパという非日常世界を超えて、真剣に自己に向き合う日常のあるべき姿なんだと感じます。

初めての人には非日常に見えますが、実際に会って話している内容は日常そのもので、その中でのお仕置きなので、悪い事をしたらお説教してゲンコツ、みたいな感じです。
お尻を出してペンペンするから意識をしてしまうだけで、叩く場所が頭かお尻かの差と考えればなんてことはありません。
ま、恥ずかしいは恥ずかしいですけどね、子供でされている人は実際にいるんですからなんてことはありません!

まぁサイトを再開してしばらくはまだ昔の感覚で接していた面もあるので嫌な思いをした人もいたと思います。
だんだんとシフトチェンジしていったので、かなり強引で一方的だったところもあったと思いますが、そう考えても結構変わったなぁと自分ながらに感じます^^;
そういった経験も生かして、今は相手を気遣って、成長するように、良い方向に行くようにと考えながら接しています。
それでも人間ですから完璧には難しいんでしょうけどね。

という、長々と書きましたが、過去と現在のキーさんとの関係性の違いのお話しでした^^



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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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