過去と現在のキーさんとの関係性の違い

最近過去のブログを始めの方から読み返しているんですが、その中で昔と考え方が大分変わったのかなぁと感じることが多々あり、今の自分との違和感を覚えながらそのまま読み進めていると、”ああそういうことか!”と今との違いがわかったことがあり、ちょっとブログに書こうかな、ということになりました^^;

現在の活動はあくまで依頼をするキーさんの要望に沿ってのお仕置きです。
もちろんこのお仕置きは性的な事が一切ない家庭的なお仕置きなのでその中で特に要望があればのことです。
お仕置きも私基準の厳しさじゃなくて、キーさんの痛みの感じ具合によってキーさん基準のお仕置きをしています。

お仕置きが初めての人は未知の痛さに恐怖があるので、要望のお仕置きレベルによっては手加減してキーさんの様子をうかがいながら恐怖を与えないようなお仕置きを心がけてもいます。
そして依頼にあたっては私を利用する形でも全然かまいませんし、むしろ私でよければどんどんと利用してほしいと思っています。

一方、過去の私のお仕置きはすべて私主導でお仕置きを決めていました。
精神的な部分でどうしてもNGという要望は聞き入れていましたが、お仕置のやり方や道具の選別、体勢、そして厳しさも全て私基準です。

もちろん家庭的なお仕置きなので性的な事は一切ありませんが、痛みを我慢できるような子やとても悪い事をしてしまった子には虐待じゃないかくらい厳しくケイン打ちもして(家庭的ではないですね・・・。)私が納得する厳しさでお仕置きしていましたし、痛みを目いっぱい感じてもらうために、痛みという部分を追及していました^^;
今思い返しても自分が怖くなります(笑)

また、私には過去にパートナーがいました、人数は6人でしたね^^;
このパートナーは、お仕置き活動の中で出会った人が多いのですが、私がパートナーにしてもいいなぁと感じて相手に声をかけて、相手もパートナーになりたいとなったらパートナー成立でした。
昔は自分のお仕置きに賛同してくれる人と出会うためにサイトをしていたので、パートナーも作り、依頼も受けていたという感じでした。

で、過去のブログを読んでいる方はご存じかもしれませんが、そのパートナーとの関係のことをブログに書いていたこともあったんですね。
お仕置き観的な事もそうなんですが、それはパートナーとしてのお仕置き観であったりもするので、現在のパートナーとしてではない関係だと、お仕置き観が微妙に違うこともあります。

結局は活動を再開する時に、依頼する全ての人と平等に接するために、全員とパートナー関係を解消し、みんなと同じように依頼をして先着順に日時を決め使用料も同じように払うという形にしたので、パートナーの意味がなくなり、解消することにしたんです。
このパートナー解消後はパートナーを作らないことに決めています。

パートナー解消に関しては過去のブログに説明していますので気になる方はこちらから→「パートナーのくくり解消」

で、そのパートナーへの接し方はお仕置き依頼とは異なるので更に個人的な私基準のお仕置きになり、要望は一切通りません。
もちろん性的な事はしませんが、道具の種類やお仕置きの厳しさ、お仕置きの体勢などはすべて私が決め、精神的にNGな事以外は嫌な事でも従わせていました。

そして私の価値観の押し付けもします。
それは理不尽な事では無く、例えば女性としての品格を身につけさせたり、気遣いができるように躾けたりとかです。
今の活動では、本人が希望するならそこも注意するようにしていますが、それは厳密に悪い事かというとそうではないので、同意がなければこれは価値観の押し付けに過ぎないんですね。
女は女らしくなんて、そう思える人にしか通用しないことですし、気遣いもしたくないという人も、それはそれで個性ですからね。

まぁとにかく私にとってその時のパートナーの存在は、”俺の自由にできる子供”的であって、”俺の自由にできる女”的でもあり、そういう感覚で自分の価値観の中でお仕置きをして接していました^^;
彼女的といっても性的な事は誰にもしませんでしたよ、”俺の自由にできる女”的といっても親子的ですから(笑)
とにかく昔はキーさんに合わせたお仕置きではなく、「私のブログに賛同したキーさんには私のお仕置きに合わせてもらう!」というスタンスでした。

一方、今のキーさんとの関係は親子的な感覚でも自分の自由にできるとは考えていません。。
そし自分の女的とも思っていません。
親身になっていろいろと考えたり、解決策を見出したりというカウンセリングの面はもちろんですが、要望のお仕置きを実現してあげたりという感覚で接していて、私主導ではなく、キーさん主導でキーさんのお仕置き観に私が合わすという感じに変わりました。

なので過去にブログで書いてあることは今と違う感覚での内容もあり、それがパートナー目線なのか、お仕置き依頼のキーさん目線なのかでも微妙に違ってきますし、それは私自身違和感が出て当然ですよね^^;
まぁでも恐らくパートナー以外の話題はブログにはそこまで書いていないと思いますけど。

それとブログもそうですが、お仕置き後の感想にも違いが出ているでしょうね、だから私のお仕置きに恐怖を持っている子がいるんだなぁと今更ながら理解したような気がします^^;

で、こういう形でキーさんとの関係性が徐々にシフトしていったのには自然とそうなったのですが理由があります。
長くなるのでここでいったんやめて、また続きを書いていきたいと思います^^
とにかく今は過去ほど怖くないですからね、もし怖い思いをしたい人がいたら、その事を伝えた上で私にすべて一任するお仕置きを依頼してみてください(笑)

それではまた後日続きを書きますね^^


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熱中症になりにくい体作り

前記事の話の流れから熱中症の話になってしまいましたね^^;

ここ最近報道されているような熱中症の予防は暑さを避けて冷房をつけるなりして涼しい場所にいること、水分を十分にとり、過度な運動を避けること、部屋の中でも危険なので、寝る時でも冷房をつけておくことなどが推奨されていますが、そういった生活環境を整えるよりも、まずしなければならないことがあります。
それは熱中症になりにくい体作りである、肉体の訓練です。

注意喚起ではそこをなぜ避けているのか、なぜ積極的な報道をしないのかというのは、おそらくそれによって熱中症になる人が増えたり、それによって当然死者が出てしまう可能性もあるからでしょう。
暑さに体を慣れさせるということは暑さに身を置くということであり、それは体質によっては熱中症になるからです。

まぁ肉体の訓練といっても大したことではなく、前記事でも書いたように身体を暑熱馴化(しょねつじゅんか)させなければなりません。
暑熱馴化とは人間の体に自然と備わっている機能で、夏のような気温が急激に上がる暑さのような環境の変化に対して、ある程度の時間をかけて徐々に肉体が適応していくというものです。
熱中症にかからないためには、まずは自分の肉体に対して暑熱馴化を促す事をしなければなりません。

促す行為としては単純で汗をかくことです。
気温が上がりつつある時から外で適度な運動をするのもいいですし、それができない場合は入浴やサウナで暑さを感じて汗をかくのでもいいんです。
エアコンのような随時適温の環境下では馴化がしずらいので極力エアコンは控えて暑さに順応していくように意識して汗をかくことが大切です。

なぜ汗をかくのがいいのかというと、暑熱馴化を促す行為とともに、汗をかきなれていないと汗腺の一部が休止状態となっていて、活動している少ない汗腺から出る汗は高濃度の塩分の流出につながります。
ベタベタとしていたり、さらっとしてない汗の原因はそのためです。

汗腺が夏仕様に復活していないと過剰に塩分が体から出てしまい、その影響でも熱中症になりやすくなります。
大量に汗をかいたとしても塩分が体内にそれなりに残っていればある程度熱中症も防げますが、汗と塩分の両方が大量に出てしまうと熱中症の危険は高くなります。

だからこそ真夏を迎える前に汗をかくということは大切で、冷房漬けで汗をかかない快適な環境というのはとても危険なんです。
冷房をつけないことで汗をかく、それによって汗腺を増やして暑熱馴化を促す、その方が大切なことです。
汗腺が増えて暑熱馴化もしていくと、汗で排出する塩分が減ったりする影響で体温が上がりにくくなり、水分補給にしても水分が体に吸収しやすくなるそうです。
今からでも遅くないですが、その場合は様子を見ながらしたほうがいいでしょう。
本来は梅雨前くらいから体の準備はしておくべきです。

それと前記事で熱中症にかかりやすい人には理由があるとかきましたが、その理由は体温調節がうまくできないからです。
その代表にはまず乳幼児と高齢者があげられますが、乳幼児は体温調節機能がまだ発達していない為です。
そして高齢者は老化により筋肉量の低下も合わさって体内の水分が少なめな上に体温調節機能も衰えている為です。
高齢者はそれに加え暑さや喉の渇きを感じにくくなったり持病などの影響で熱中症にかかりやすい体になっているわけです。

この乳幼児と高齢者には熱中症予防として冷房をつけたり水分補給をするなどの生活環境を整えることが必須で、決して肉体の訓練をしてはいけません。
訓練できるものではないので乳幼児であれば保護者が環境を整え、高齢者であれば自身で自覚をすることが大切です。

そして乳幼児と高齢者以外に、健康な体なのに体温調節機能が衰えている人が結構いるようですが、当然そういう人も熱中症にかかりやすくなっています。
それはエアコンなどで一年中快適な環境で過ごしている人達です、心当たりのある方は結構いるのではないでしょうか。
そういう人は寒さへの対応もできていないことが多いので、真冬に外に出て身体を冷やすとすぐに風邪をひいたりしますね。

そういう人でも徐々に体を慣れさせる訓練はできるはずですから、熱中症予防としてやるべきだと思います。
熱中症が危険だといって屋内にいると余計に体は機能しなくなってきます、それこそ災害や震災などがあって冷房がない環境になってしまったとしたら本当に大変な事だと思います。

また、可愛いわが子だからといって快適な環境で育ててしまっては、将来的に熱中症にかかりやすい体になってしまいます。
子供のころから快適な環境下でいては、結果すぐに体調を崩してしまったり熱中症になってしまったりで、大人になって訓練しても体温調節機能や暑熱馴化がしにくい体質になるでしょう。
誰でも熱中症にかかるリスクは持っていますが、まずはかかりにくくする体作りが基本だと感じます。

猛暑続きですが、今はたかが40℃と思っていたほうがいいと私は思っています。
このまま地球温暖化が進めば100年後、200年後に45℃、50℃になっていっても不思議ではありません。
実際人が住んでいる世界の町で、夏の平均気温が40℃越えというところがいくつもあり、最高では夏の平均気温が47℃というところもあるくらいです。

平均がその気温なので、最高気温が50℃越えも頻繁にあるということです。
100年後、200年後に我々は生きてはいませんが、子孫は生きているわけですから、その子孫に50℃越えでも耐えられる肉体に進化をさせていくことも使命のような気がします。
ところが今は肉体の弱体化をさせているだけですからね、科学の進歩もいいですが、肉体の進化は自然の摂理に逆らわずに暑さに順応していくのが必要なんじゃないかなと感じます。

温暖化は進むでしょうから、どんなに暑くても生きれる遺伝子を残していく、その為には暑さに対応できる肉体を持っていなければなりません。
毎年0.1℃ほどの上昇であれば肉体も対応できるような気がしますが、それでも100年後には10℃も気温が上昇してしまいます。
冷房漬けでいたとしたら対応はできないでしょうね。


ちなみに熱中症は気温が高い中、直接日差しを浴びたり、湿度が高かったり、風がない状態の時に起こりやすいそうです。
また健康な人でも暑さに体が順応していなければ熱中症になりますし、他にも水分不足だったり、寝不足やストレスで体調がすぐれなかったりした時に発症しやすくなります。
熱中症になるのはそれらの影響で、普段は自然に機能している体温調節機能が働かなくなってしまって汗をかけなくなり、その為に熱が逃げなくなり体温があがってしまうためです。

基本的な話ですが、なぜ汗をかくのかというと、暑さで上がった体温を下げる為で、なぜ汗をかいたら体温が下がるのかというと、汗が皮膚の上で蒸発するときに熱を奪われる気化熱という現象がおきるからです。
なのでタオルで頻繁に汗を拭いていたら汗が蒸発しないので体は冷えず、また汗が出る、それをすぐに拭くと体が冷えずにまた汗が出てどんどん脱水状態になり、しかも体に必要な塩分も汗と一緒に出てしまいますから悪循環になるので要注意なんです。
汗をかき慣れるというのは体温調節機能を正常に保つことでもあって、その機能が劣っている人は万全に予防していても体温調節機能が働かなくなりやすく、熱中症になるわけです。

本来は汗は極力拭かないようにして気化熱で体を冷やすように心がけることがいいのでしょうね。
また水分補給といって一気に水を大量に飲んでしまうと、更に体の中の塩分濃度が薄まって深刻なほど体調が悪くなることがあり、それを水中毒といいます。
この水中毒や熱中症を避けるためには一気じゃなくこまめに水分をとる、その水分は利尿作用のあるカフェイン飲料(コーヒー、お茶、紅茶)は避け、発汗で失われたミネラルを補給するためにも麦茶がいいそうです。
また、大量に汗をかいて塩分がかなり失われている場合はスポーツドリンクがいいのですが、これは糖分が多いので、体重が気になる人はしょっぱい食べ物と麦茶の組み合わせがいいそうです。

とにかく汗をかく習慣を身につけることが本当の熱中症予防です。
その上で危険な暑さの場合には無理せずに涼む、そういう生活をしていく方が生物的にも健全だと私は思います。
まぁそういうことで前記事でも書いたように、私は夏を楽しむために心地よく汗をかき、冷たいお酒(ホッピー)を飲むことにしています。

ただし、真夏にキンキンに冷えた飲み物を飲むこと、アルコールを摂取すること、それをおいしく飲むために水分をとらないようにしていることは熱中症や内臓のことを考えるととてもよくないことらしいです^^;
といっても私が夏の楽しみとして好きでしている事ですし、それで体調が悪くなることも現在はないので、しょうがないですよね。

決して良い子は真似しないでくださいね(笑)



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夏の過ごし方

私の夏の過ごし方というどうでもいいお話しと、熱中症予防に少し役に立てそうなお話をしたいと思います^^;

私の夏の過ごし方は「夏を楽しむ!」です。
私は暑い夏も寒い冬も好きで、春も秋も心地よいので好きです、どれが一番好きかといわれるとそれぞれに良い面があるので選べません^^;
ただ嫌いな時期はあります、それは梅雨の時期です。

梅雨はどうにも楽しめませんが、私は夏の暑い時は暑さを楽しみ、冬の寒い時は寒さを楽しみます、春や秋もそれぞれ楽しめることはありますしね。
で、夏の暑さを楽しむというのはどういうことかということですが、それは冷房を使用しないで汗をかくことです(笑)
扇風機は使用しますが、この風だけで十分です。
寝る時は窓を開けて扇風機をかけて寝ますが、風が通らないような日は暑くて寝れない時もあり、そういう時に限り冷房を28℃に設定して扇風機をかけて寝ていますが、それもほぼありません、それは単純に風が通る部屋だからです。

そして醍醐味は、暑さで汗をかいている晩酌時にキンキンに冷えたグラスにビールを注いで飲むことです。
分かりやすくビールと書きましたが、厳密にいうとホッピーです^^;
このホッピーですが、グラスを冷凍して氷を入れない飲み方がメチャクチャうまくて、ジョッキを冷やす為だけに-60℃にまで冷える冷凍庫を購入したほどです(笑)

もっというと、カラカラにのどが渇いた状態で飲むのがとてもおいしいので、そのために昼過ぎ以降は余計な水分をとらないようにしています、もちろん外に出て大量の汗をかいた時は飲みますが、そこまでじゃなければ、より晩酌を楽しむ為に我慢してしまいます^^;
冷房をつけてしまったら暑さの中で飲むおいしさがなくなってしまいますのでこの時はどんなに暑くても冷房はつけません。
ビアガーデンでのむビールみたいなものです(笑)

しかしこれ、熱中症予防的に絶対にやってはいけないこととして注意喚起されている事ばかりですよね^^;
猛暑日は特に冷房をつけることを推奨されていますし、しかも睡眠時には必ず冷房を!みたいな感じですしね。
そしてアルコールは摂取した1.1倍が水分として体から出てしまうので(アルコールの分解時に水分が必要だったり利尿作用がある為)よくないとされていますし、ましてや水分補給しないなんて論外です!

こういう話をするとみなさん口を揃えて「馬鹿なことはやめたほうがいい」というのですが、でもそれが気持ちいいし夏の楽しみになっているので、我慢するのもどうなのかなって思ってしまいます^^;
もちろんお仕置きで人と会っている時は冷房をつけていますし、汗をかきたくない服装の時は汗をかかないようにしてます。
それに辛いのを我慢しているわけではなく、普通に我慢できちゃうレベルだからしているだけで、辛ければそこまでしません。

この気持ちよさは冷房漬けになっている人に教えたいのですが、いくら言っても理解されないんですよね^^;
ま、欠かせない条件は窓を開けた状態で「風が通ること」なんですけど、さすがの私も風が通らなければ冷房をつけます。
寝れそうなら冷房を消す、寝れなかったり暑くて起きる感じなら冷房をつける、単純にそれだけです。

そして、私が夏を楽しむためにやっていることは、今言われている熱中症予防に反しているようですが、逆に熱中症予防になっていることもあると私は思っています。
夜の晩酌のために水分補給をしないというのは論外中の論外ですけどね(笑)

そもそも”何で気温が高くなると熱中症になりやすいのか”ということが一般的に理解されてないからこそ過剰に反応してしまい、それが更に熱中症を増やす要因にもなっているのが現状だと思います。

去年の12月に体調管理という記事を書いたのですが、そこに寒冷馴化(かんれいじゅんか)という寒さに体が順応していく仕組みというものがあると書きました。
その逆に暑さに順応していく仕組みが暑熱馴化(しょねつじゅんか)といい、その大事な部分をスルーしてしまうと余計に熱中症にかかりやすい体になってしまいます。

誰でも熱中症にかかるリスクは持っていますが、その中でもかかりやすい人は理由があり、かかりにくくする体作りが必要なのですが、一番大切な体作りに全く焦点を当てていないのが凄く危機的な事で、今後50年後、100年後がとても心配になります。
なぜ汗をかくのか、汗をかいたらなんで体温が下がるのか、そういった基礎的な事すら知らない人も多いようです。

ついでに予防の観点からもう少し書きたいと思います。
熱中症になりにくい環境づくりで余計に熱中症になりやすい体にするのではなく、熱中症にかかりづらい肉体作りをする。
次回そういうお話を続けて書いていきますね、明日書きます^^



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愛情とスキンシップの重要性

家庭的なお仕置きに絶対不可欠なのは愛情です。
お尻ペンペンのお仕置きにドキドキしてしまう人の大半はこの愛情を求めていて、それを満たす手段としてお仕置きを求めてしまうケースがほとんどだと思います。

お仕置き=愛情という図式はピンと来ないかもしれませんが、お説教は相手のことを思った愛情表現であり、お尻ペンペンのお仕置きをしている最中でも、その光景を妄想すると愛情を感じてしまいますよね。
お仕置きが終わったらスキンシップをしながらその全てを受け入れてくれることで愛情が完結され、この一連が家庭的なお仕置であって、とても深い愛情だと思います。

スキンシップはお仕置き後の抱っこや甘える行為だけではなく、お仕置き中でお尻ペンペンしていても身体が触れていればそれはスキンシップでもあります。
身体が離れている状態や手が触れていない状態でのお仕置きを嫌がる人はこういう心理なんでしょうね^^

それに小説や妄想だともっとリアルに全体の愛情を空想でき、その空想の中でのお仕置きでは性欲中枢も刺激されたりしてりドキドキが止まらなくなり、実際にお仕置きをされたい欲求が爆発してしまいそうになるものです。
まぁ性欲中枢が刺激といっても性的なお仕置きではなく、家庭的なお仕置きを好む人は性的でない愛情あふれたお仕置きだからこそ反応するんですね。

そういう反応がありすぎると実際に日常生活に支障が出てしまうこともありますから、まぁ深刻といったらかなり深刻なんですけどね^^;
で、大半の人はお仕置きに愛情やスキンシップがなければ満たされ感は低いです。
どこかで目にした愛情のあるお仕置きの描写が脳裏に刻み込まれたためにお仕置きを求めてしまうのですが、そうであるからなんでかわからないけどお仕置きに愛情を感じ、それを求めてドキドキしてしまうものでしょう。

愛情を求める手段は他にもいろいろとあります。
それは恋愛であったりその延長線上のセックスであったりが一般的ですよね。
でもそれよりももっと愛情で満たされるものが”お仕置き”という人もいて、それがキーさんの中にはいるんですね。

男性の多くはセックスで満たされるみたいですが、女性はセックス自体よりも抱き合ったりのスキンシップの方を大事に思っている傾向があって、それは瞬間的か長期的かという大きな差があります。
そしてそういう愛情よりもお仕置きの方がもっと愛情で満たされるという人もいるんですね。
つまりセックスよりも満たされるのが家庭的なお仕置き、恋愛よりも満たされるのが家庭的なお仕置きで、恋愛やセックスはしたくてもそれよりも上位なのが家庭的なお仕置きによる愛情という人もいるということです。

ちょっと怖い話になるかもしれませんが、この愛情やスキンシップは、実は人間にとってかなり重要で、これがないと生命維持や精神に支障をきたすことになるって聞いたらどう思いますか?
実はそういう人体実験が過去にあり、そういう結果が判明しています、現在ではありえない実験ですけどね^^;

まぁだからこそ大人になっても甘えたかったり愛情を欲したり、スキンシップで包まれたいと本能的に感じるんでしょうし、精神的な安定につながるんでしょう。
そして家庭的なお仕置きに魅力を感じてしまう人も、それが愛情やスキンシップを求めてのことであれば本能的な欲求であるといえるでしょうね^^

そのスキンシップと愛情的な人体実験を2つほど紹介したいと思います。

今から800年ほど前、神聖ローマ帝国のフリードリヒ2世が、生後間もない孤児の赤ちゃんを50人集めさせて、教育されない赤ちゃんはどういう言葉を話すようになるのかという人体実験をしました。
養育係には、
赤ちゃんの目を見てはいけない、声をかけてはいけない、一切触れ合いをもっていはいけない、常に無表情で接する。
ということを徹底させたそうです。

ちゃんとミルクなど栄養は与えていたそうですが、スキンシップや愛情無しに育てられた赤ちゃんは尿が出なくなり尿毒症を発症し、泣かなくなり、1才の誕生日を迎える前に50人全員が死亡したそうで、死因はおそらくストレスによる病気の発症だったと考えられています。
結局当初の実験結果は得られず、スキンシップや愛情の人体実験になってしまったという予想もしない結果になってしまいましたが、残酷過ぎですね…。

もう一つ、スキンシップがもたらす効果の人体実験は1950年頃のスイスでも実施されています。
心理学者のルネ・スピッツは戦争孤児の赤ちゃん55人を施設に入れて、保母や看護師に面倒を見させたそうです。
その時の養育条件は、母乳を与えないことと皮膚接触の禁止です。
要するにスキンシップが一切ない赤ちゃんはどのように育つかという実験でした。

結果は55人中27人が2年以内に死亡し、17人が成人前に死亡したそうです。
なんと55人中44人が死亡です。
残り11人は成人後も生き続けたそうですが、その多くには知的障害や精神障害が見られたそうです。

原因はスキンシップが無かったことによる成長ホルモンの障害だと考えられていて、そうだとしたらスキンシップ不足によってオキシトシンやセロトニンの分泌が阻害されてしまったからということになるでしょう。
オキシトシンはスキンシップで分泌され、ストレスを消したり多幸感をあたえてくれる人間にとってとても重要なホルモンです。
要するにスキンシップがないと肉体や精神に大きな悪影響がでてしまうということですね。

これは幼児期の話ですが、幼児期を過ぎて大人になってもスキンシップによりオキシトシンやセロトニンは分泌します。
肌と肌のふれあいで分泌しますが、愛情を感じることでも分泌します。
愛情のあるお説教、そして膝の上で罰を与えますがお仕置きしながら触れ合うのでそれもスキンシップ、更にお仕置き後に全てを許し受け入れる愛情に、アフターフォローのスキンシップをする。

もうお仕置きに魅力を感じている人にとっては幸せホルモン分泌しまくりですね^^;
お仕置きで愛情を満たすというのはとても理にかなっていて、地獄から天国に這い上がるくらい気分が上昇し、この一連の流れがあるからこそ心理的にもメチャクチャ多幸感が味わえるんだと思います。^^

過去のブログでも書きましたが、お仕置き後に生理周期が安定したり、安眠できるようになったり、精神が落ち着いたりということをよく報告を受けます。
体調がすぐれなかったけどよくなったとか、これらは一連のお仕置き行為によって成長ホルモンやオキシトシン、セロトニンなどが分泌するために一時的にでも安定するんだと思います。

最初は偶然かなと感じていましたが、最近はいろんな人が同じようなことをいってくるので確実に効果はあると確信しています^^;
なのでお仕置き欲求ばかり膨らんで日常生活に支障が出て余計にストレスが溜まってしまっているお仕置き未経験の方は心身ともによくないでしょうね。
まぁお仕置き欲求を無くすためにお仕置き依頼をする人もいますし、とりあえず何度か体験して欲求を薄めることで精神が安定出来たら最高ではないでしょうか。

とにかく愛情やスキンシップは生命維持や精神安定にはとても大切な事です。
それを単なるお尻を叩くだけで満たすのではなく、家庭的で愛情のある、そして悪い事の罰としてのお尻ペンペンのお仕置きで満たす。
叩かれたいだけではなく、愛情に触れあいたい、その手段としてのお尻ペンペンだという認識を持てばなんら恥ずかしいことでも変な事でもないと私は思います。

お話しをするだけでも親身さを感じれば満たされるでしょうし、それだけでも多幸感が出て、オキシトシンやセロトニンなどのホルモンの分泌も促されます。
お仕置きをそういう視点からみてもいいのではないでしょうか。

お仕置き欲求のある自分を否定したり我慢するのではなく、思い切って受け入れて満たしてみる。
それが出来るのは欲求があるからこそであって、もしかしたらそれがあるからすごく満たされ感が強くなれるかもしれませんしね。
とにかく欲求を持っている人の方がたくさん満たされるし安定することは間違いのないことです。




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犬派か猫派か

たまに犬派か猫派かなんて話が出るのですが、私の場合は主従関係を築けるという意味で犬派ですね^^
猫のように気まぐれも可愛いものですが、最終的にご主人様の言うことを聞けなかったり躾ができないという点で×です^^;
わんこは忠犬が基本ですが、猫のような気まぐれな犬も可愛いものです。

私は子供のころに犬を飼っていたのですが、私が小学1年生の時に生まれたての犬を近所からいただき、それから17年間も生きていました。
今思い返すとその頃にはすでにそのわんこに対して躾をしたりお仕置きをしたりしていたので、その時からそういった行為が好きなのかなぁとふと思いました(笑)

ただ私も幼かったので、乱暴な躾をしてしまい、太ももをガブリと噛まれてしまった事があり、その傷はいまだに残っています。
病院には行きませんでしたが、2,3針は縫うくらいの怪我でした^^;
噛まれたのはそれ一回ではなく、手も噛まれたこともありました。

もちろんやられたらきっちりとお仕置きをして主従関係を構築していきましたけど、今こうやって書いているとお仕置きに通じていたんだなぁと不思議な感覚に陥ってしまいました^^;
一応子供ながらに乱暴とはいえ、虐待ではないですからね、しっかりと愛情を持って飼っていましたし、なんなら犬小屋に一緒に入って寝たりもしましたしね^^

そうやって小学校低学年くらいからわんこのご主人様として主従関係を楽しんでいました。
だからなのか、親や先生からの命令には反発心が強かったですね、学校には”行かされる”と感じていて、その義務さえも支配されている感を強く感じ、自由になりたいといつも思っていたことを思い出します。
それほど従者が嫌なんでしょうね^^;

まぁとにかく犬は可愛いですが、ネックなのが言葉が通じないこと、会話ができないことです。
なので私は幼いころから言葉がしゃべれるわんこはいないかなぁ、そういうわんこをペットにしたいなぁと思っていました。

スパの家庭的なお仕置きとは全く違いますが、わんことの主従関係での躾やお仕置き、しかも会話ができるなんてそれはそれで楽しいものですよ。
何を言っているのか、、、わかる人にはわかりますよね(笑)


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頑張り度の基準

”頑張っているな”と評価するときの基準ってだいたいの人は自分を基準にしてしまうものです。
親が子供の頑張りを認められない、先生や友達が自分の頑張りをわかってあげられず努力が足りないと指摘する。
そういうケースの殆んどはその評価者たちは自分基準で人を評価しています。

仕事でも同僚の頑張り度は自分基準で評価をしがちで、自分が頑張った時はもっとできたからこいつは手を抜いているんだろうと思ったり、自分が気が付けることを気が付けないと真面目にやってのんのか、やる気ないんじゃないかと思ってしまい、イライラしたり怒ったりする、それも自分基準の目線です。

でも人間はみんな同じ感覚を持っているわけではありません、みんなの”普通”は自分の中だけにあり、自分を通して相手の頑張り度を評価していること自体がナンセンスで間違っていると私は思っています。
本当の頑張り度とは努力して精神的にどれだけ負担がかかっているか、そういう基準で見なければ頑張り度なんてわかりません。

例えば天才であればさほど頑張らなくても100点はとれるでしょうが、それは一種の才能です。
それよりも全然才能がない人がメチャクチャ頑張った結果が90点だったとしても、頑張り度は100点をとった人よりも数倍高いはずです。
私はこの活動でも私生活でも精神的にどれだけ頑張ったかという人それぞれの頑張り度を基準として人と接しています。

例えば人によっては10時間の勉強じゃ頑張っていないと指摘するでしょうし、別の人には6時間でも”よく頑張った”と褒めることもあります。
それは私基準の勉強時間でも世間基準の勉強時間でもなく、その人が精一杯頑張った、その人基準というものが別に存在しているからです。
ただそれがゴールではなく、そこから少しずつキャパを広げたり、できることを増やしたりするので、個々によっての課題は違うものとなります。

それがクラスや会社であったとしたらみんな同じ課題をこなし、それについて比較されたりします。
残念ながらそれが日本社会ですが、私の場合はそういう見方はしません。
ただそれでよしというわけでもないので人によってはきついと感じることもあるでしょうが、その試練にチャレンジしたり乗り越えるための頑張りが大切と考えています。
課題が無理であればハードルを下げてみたりもして調整はしますが、すぐにあきらめることがないように、そういう個々の頑張り度を重視しています。

人にはそれぞれ苦手分野もあれば得意分野もある、全て普通にこなす人もいれば苦手なことがとても多い人もいます。
でも大切なことはどれだけ”自分なりに頑張れたか”ということで、それは本人基準でいいんです。
本人基準を知るには話をよく聞いて、そこに怠け心はないか、頭や心のキャパはどのくらいか、本当に限界なのか、これまでの人との関わりでのトラブル、養育環境等、いろいろな角度から分析しその人の気質を探っていきます。

また、人によってはどんな些細な事にも敏感に反応してしまうタイプの人がいます。
音に敏感で普通の人はそれほどびっくりする音でなくても極端にびっくりしたり、ちょっとした相手の仕草にも反応し、イライラしているんじゃないかと気にして、その原因は自分かもしれないと過敏に反応してしまったり、その影響で自分の意見を言えなかったり頼みごとが出来なかったり、それで頭がいっぱいになってやらなければならないことが出来なくて怒られたりと、負のスパイラルに陥ってしまうことが日常茶飯事という人もいます。

それだけで精神的に疲れてしまって、人が普通にこなせる業務も1日中ストレスフルの状態のため、人の2倍3倍頑張って仕事をこなし、帰ったらボロボロでぐったりしてしまいます。
他の人は気にしすぎだよ、気楽に考えればいいとアドバイスをされてもそれができない気質だから更に悩みます。
頑張っているのに普通の感覚の人は理解してくれないということの辛さは相当なはずです。

また、普通以上に鈍感な人はミスや気がつけないことが多かったり、空気が読めなかったり、要領よく仕事が出来なかったり、遅刻、忘れ物などがちょくちょくあったり、そういう人は学生時代からずっと叱られっぱなしでしょう。
普通の感覚であれば気を付けていれば大丈夫でしょうが、遅刻をしないように努力をしても、忘れ物をしないように努力をしてもそれでもしてしまう人って実際にいるんですね。

人の2倍3倍頑張って気を付けて、いつも気を張って集中していればなんとか防ぐことができても人間にそもそも四六時中集中できる能力なんて備わっていません。
だからたまにやらかすことはあるのですが、人は”またお前か””やる気あるのか”とそういう評価しかしてくれません。
普通の人はさほど努力をしなくてもできることでも、必死に努力してもたまにミスが出てしまう、そういう気質の人も実際いるんですね。

怠けとかやる気がないとか頑張りが足りないとかそういうことではなく、頑張り度からいったら普通にこなせる人よりも何倍も努力はしているものです。
もちろんいい加減な人ややる気のない人もいますが、明らかにそうでない人もいるので、頑張ってない人と一緒にされることはとても辛いことでしょう。
頑張ってはいるのにダメ出しをされ、叱られるたびに自分のダメさとかを痛感し、二度としないように努力をしてもまたしてしまいます。

また人と関わることが怖い人、自分で決断ができない人、発言することが怖い人、マイナス思考で自分を責めすぎる人、全て自分が悪いという思考に陥ってしまう人、そういう人たちも葛藤しながらみんなの普通に合わせて人の何倍も頑張っているんですね。
普通の人は簡単にアドバイスしますが、それができないから辛いんです、それが理解されないから辛いんですね。

私はその頑張っている姿がとても好きですし、自分なりに頑張っている人は私にとっては尊敬に値することです。
まぁマイナス思考の人は凄く頑張っていても、私なんて頑張っていない、頑張れてない、とふさぎ込み更に頑張ることで疲弊していきます。

でも頑張り度で人をはかれる機械があったらその人たちの評価はものすごく高いはずです。
この感覚を全く理解できないという人はいるでしょうが、私にはよく理解できます、それはそういう人たちをたくさん見て来たからです。

普通普通といいますが、普通って何でしょう。
普通の感覚の概念とはコミュニティー内の大多数の感覚です、またここでいう普通とは日本人の普通のことです。

普通以上に敏感に物事を捉えてしまう人や普通より鈍感な人は、普通よりコミュニケーションがうまくできない人はそれは普通じゃないと否定されてしまうのです。
また、普通以上に空気を読みすぎる人や、逆に空気を読めない人なども普通じゃないと否定され、普通の感覚なりなさいと指導やアドバイスを強要されがちです。

でも普通に直せるならそれでいいのでそうが、直せないことを強要することは人権侵害でもあり、こういう風潮はよくないことだと感じます。
特に日本は足並みをそろえるのが好きな国民なので特にそうなりがちなんでしょうね。

それと、大多数の感覚を持っている俗にいう”普通の人”はそうではない感覚の人を理解しようとしません。
それはそれが普通で当たり前のことだと思っているから考えようともしないし、だからこそ普通に合わせろとしか思わない人が多いんだと思います
でも生まれながらに感覚が敏感な人や鈍感な人がいたり、トラウマや家庭環境などでうまくコミュニケーションが出来ない人やマイナス思考の人はいて、それは努力をしたからといって簡単に普通になるレベルのものではなく、それがその人の気質であり、それがその人たちの普通なんですね。

例えば仮に敏感すぎる人が大多数になったらそれが日本人の普通となります。
これまで普通とされてきた人たちは鈍感すぎる人となってしまい、もっと気が付きなさい!努力が足りないからだ!と叱られることになるでしょう。
ても生まれ持ってる自分の気質は変えることは難しいですし、そのことで日々叱られたり孤立的になったり、理不尽な思いをしたりと、そういう立場になった時にやっとこういった頑張り度のことが理解できるのかもしれません。

そういう人は特に仕事になると辛いでしょうが、自分に合っていない仕事を無理やるする必要はなく、ストレスをそこまで感じずに働ける職場はきっとあるはずです。
世間体に囚われず、自分やりたいことを実現する、それがそういう人たちのストレスのあまりかからない明るい未来の第一歩だと私は思います。

そういったことで悩んでいる人には、自分の本質は何か、何をしたいのか、そういった深い話もカウンセリングでは当たり前のように話しています。
私も客観的に見て話し、普通の感覚の話をして、そのギャップを理解させたり、そういったことで前を向けるように話をしています。

私は頑張って苦悩している人は応援したくなります。
世間体にしがみつかなければならない人はそれなりにスキルを普通に近づけなければなりません、世間体にしがみつかなくていい人は自由を選択できることもできます。
どちらにしても気持ちの整理は必要なので、そこは他人の手を借りることは必要で、私はそういったことで悩んでいる人の相談にものっています。
相談といっても私は提案や視野を広めるようなことしかいわないので、背中を押すこともありますが、決めるのは当人に必ずさせています。

私の想いはシンプルにいうと、自分の人生は自分の好きに生きたほうがいいということだけです。
やりたいことを実現する、それが自分の人生で、それが人生を生きているという証だからです。
もちろん世間体に縛られなくてはならない人、家族の縛りやどうにもならない環境で人の敷いたレールで生きていかなければならない人には少しでもストレスを軽減できるような捉え方を提案したり、その中での生き方を一緒に考えていったりしています。

ちょっとお仕置きとずれてしまいましたが、こういったことがメインな「お仕置きの部屋」でもあります。
ここまでの悩みではなくても直さなければならないことを本質の部分から確かめたり、人生において大切な事、そういったことを交えてのお仕置きなので、お尻を叩かれたい人と叩きたい人というスパプレイではなく、普通に人生においての真面目なお話しする場みたいな感じです。
そして必要があればそれに応じたお尻叩きがあるだけです^^
ま、直さなきゃいけないこと、約束、成長のための課題、そういう形であれば否が応でもお仕置きはつきものですけどね^^;

最後に、頑張ることは素晴らしいですが、頑張りすぎて心が折れそうな人には休息を勧めます。
そこの限界は本人の言葉を参考にしますが、いずれにしても頑張りすぎている人には人生を見つめな直すようにいろいろな話をしたり、精神が破綻してしまう前に警告します。

そこまで我慢して仕事や誰かと関わることは必要ないと思っているので、自分の人生だということをしっかりとお話をしていきます。
とにかく他人のための人生ではなく、自分の為の人生になるようにしていかないと、いずれ後悔するはずですし、最後を迎える時に満足はしないでしょう。
そうならないためにどうするか、そういったことも大切な事だと思います。

長くなってしまいました^^;



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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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