愛情を与える側ともらう側

家庭的なお尻ペンペンのお仕置きは、愛情のやり取りで成立しているものです。
それは、そこに愛情がなければ「家庭的なお仕置き」とはならず、「虐待的お仕置き」となってしまうからです。

その愛情のやり取りではお仕置きをする側が”愛情”を与える側であり、お仕置きを受けるキーさん側が愛情を受け取る側となっています。
家庭的なお仕置きというのは親から子へのお仕置きの事を指していますから、親が子供に愛情を与えているのは当然で、子供はその愛情を受け取っています。

子供はその愛情を受け取るのに必死で、愛情を欲し、それを満たすために試行錯誤したりします。
それが泣いたりわめいたり、いたずらをしたり困らせたり、黙り込んで意固地になったり、時にはひどい仕打ちをして、構って構ってとやるわけです。

そういう行動をしたとしても、無償の愛で子供を育てている親は、それに反応してあげて、時には叱ったり、時にはなだめたり、時には機嫌をとったり、時には言いなりになったりして愛情を与えているものです。
まぁこれはスパのお仕置きに通じていますよね、お仕置きをする側と受ける側でもこういった愛情の交流は普通にありえますが、そうはいっても過度なわがままや行動、そしていつまでも言うことをきかないとなると、私の場合は絶対に許すことはありません^^;

しかし人はいつか、愛情をもらう側から与える側に移行していかなければなりません。
それが心の成長であり、そして与える側になれた時に本当に満たされることがどういうことなのか気がつくものです。
ただ、愛情を与えるといっても、甘やかしたり、奉仕したり、尽くしたりということとは場合によってはイコールではありません。

仮に与える側になれたとしても、やはり人間はいつまでも子供じみた面はありますし、甘えたいときは甘えたい、愛情がほしい時は欲しいのですから、そういう時は非日常でもあるスパのお仕置きで満たすというのもいいのではないでしょうか^^
日常は大人になって人に愛情を与える、そしてたまに感じる不足分は非日常であれ何であれ、子供に戻ったり、大人の自分を維持するために何かしらで補えばいいのです。

しかし、そういった心の成長ができずに、日常生活で愛情をもらう事ばかり考えていたらどうなるでしょうか。
愛情を与えてくれなければ寂しいし、不安だし、心が満たされなくなり、幸福感は味わいにくいでしょう。
そして無理にでも愛情をもらうために、相手を試すようなことをしてみたり、困らせたり、時には傷つけるようなことまでしてしまう人もいます。

そうなってしまうのは幼少期の養育環境が大きくかかわっていることもあって、親の躾や接し方の問題もあるんですね。
なんでもかんでも過保護のように愛情を与えたり、逆に子供が何を言っても聞く耳を持たなかったりすると、愛情を求めることでしか満たされなくなることもあります。
しかしそうだとしても自分を変えていかなければそこから抜け出すことはできません。

何かを変えなければ現状維持どころか、月日が経つにつれてどんどんと不幸の泥沼にはまり込んでしまいます。
自分が誰かに愛情を与えるという行動で自分が愛情で満たされることもあるということ、そしてそれこそが本当の意味で愛情で満たされることであること、そういったことを実感すれば徐々に変わってくるでしょう。
愛情を与えているだけでも、愛情を与えられているのと同じで、実は愛情で満たされるものです。
これを理解できなくても無理にでも認識して実行してみることです、それが幸福感を得る第一歩になるでしょう。

ま、とにかく相手を困らせたり傷つけたりして愛情をもらおうとするのは間違っています。
スパのパートナー関係でもそういったわがままな子供に戻って、相手を試そうと困らせるようなことをしたり、いたずらをして構ってもらおうとしたり、そういう形で愛情を感じようとする人はいるものです。

でも子供に戻るのはいいとしても、そういう子供に戻ってはいけませんし、それで愛情を満たすようになったら癖になってどんどんと要求がエスカレートしていくものです。
そしていずれ相手側が離れていってしまうでしょう。
それは相手が嫌な思いをしているから離れるんです。
いくらお仕置き相手であってもそういう思いをさせてはいけません、結局は本当の親ではないのですから限界があるものです。

まぁどうしてもそうしたいのであれば、お互いに了承の上でならばいいと思います。
が、いくらお仕置きのパートナーであったとしても相手を困らせたりいたずらをしてのお仕置きはやめたほうがいいでしょうね。
なぜかというと、それは歪んだ愛情の受け取り方だからです。
相手を困らせて得る愛情はすべきではありませんし、そこをお仕置きに持ち込むのは私はご法度だと感じます。
だからやるとするならお仕置きとしてじゃなく、幼児ごっことしてやってほしいものですね(笑)

とにかくそこまでではなくても愛情を与えてくれないと幸せに感じることができないという人は自己を変えることをしてみましょう。
与える側も満たされるんですよ^^
無償の愛で赤ん坊を育てている母親も、そんな何もできない赤ん坊から愛情を受け取っているんですからね。

ちなみに私のところは”過度すぎる”困ったちゃんや構ってちゃんはビシッと叱りますけどね(笑)


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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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