Q&A お尻ペンペン時のキーさんへの想い

コメントから来た質問です。
質問があると記事も書きやすいのでスパ関係でも日常のことでもなんなりと質問してきてください^^
なお、質問はコメント欄からお願いします。


Q.
いつも思うのですが、京介さんはお仕置きをしながらキーさんをかわいそうに思うことはないのですか?
自ら望んでお仕置きを受けに来ているとはいえ、やっぱり平手や道具で思い切り叩かれれば痛いと思いますし、キーさんの涙を見たり悲鳴を聞いたりしても京介さんは何とも思わないのかなと疑問です。

もちろんプレイではなく、キーさんの成長のために本気のお仕置きをしているのは理解しています。
でも京介さんも子ども時代にお仕置き体験がある分、お仕置きの痛みはよく分かっていると思います。

お仕置き中に時にはキーさんがかわいそうになることがあるのか、全くそうはならないのか、はたまた毎回心を痛め心を鬼にして仕方なくお仕置きしているのか(笑笑)
そこら辺の京介さんの心の動きをブログで取り上げてほしいなと思います(*^ω^*)


A.
まず最初に、私は子供時代にお仕置きを受けたことはありません、というより、叩かれたことはありますが、それをお仕置きと認識していないという表現の方が正しいでしょう^^;
記憶にあるのは、一度布団叩きで叩かれたようなイメージはあるのですが、実際に叩かれたのか、叩かれてないのかが記憶にない感じですね、過去のブログにも書いたかと思いますが、明確な記憶はありません^^;
その他にも親や先生に、げんこつやビンタをされた記憶はありますが、お尻を叩かれた記憶はありません。

とにかく過去の私は良い子ではなく、大人をなめていて、言う事をきかない子だったので、そりゃ怒られますよね(笑)
その上で、成人してからですが、いろいろな人からの話の中で、良い子の葛藤や、良い子の精神状態を共感できるようになり、良い子も悪い子もよく理解でき、それだから偏った考えはなく、客観的にものが言えるのかもしれません。

両方の心理状態を理解していないと心の葛藤に寄り添うことはできません、この活動を通じても心理面を勉強できることはたくさんあり、その都度吸収していって今の私ができているのだと思います、まだまだ未熟ですから今後もどんどんと吸収していきたいと思っています。

前置きが長くなってしまいました(汗)
ご質問の件は随分と答えにくい質問ですね^^;
それもあって、前置きが長くなったのかもしれませんが(笑)

それで、キーさんをかわいそうに思うかどうかですが、ある意味ではかわいそうに思います、それは痛いですし、中には泣く子もいますからね。
まぁ確かに私も叩かれた痛みはよくわかっていますが、叩かれ続けたことはないのでお仕置きのような何発も連続で叩かれる痛みは未経験です^^;
それにお尻を何発も叩かれるって、よほど痛いでしょうから、そこまでの痛みは未知の世界ですし、とてもつらいでしょうね・・・。
でも叩きながらの反応で、痛みの想像はしていますよ^^;

それと、お仕置き中に時にはキーさんがかわいそうになることがあるのか、全くそうはならないのかということでは、かわいそうになることはあります、ただそれは「悪い事をしたばかりにこんなに痛い思いをしてかわいそうに」という第三者的な感じでしょうかね^^;

毎回心を痛め心を鬼にして仕方なくお仕置きしているのかどうかについては、その通りとさせておいてください(笑)


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聞く耳を持てる人と持てない人

人間の成長にとって大切なことは、自分に欠けているものを補っていくことだと思います。
しかしそれには限界があって、いくら自分で補ったとしても気づけないことはたくさんあって、そこは指摘されない限りわかりません。
指摘とはお説教も含めてです。

そして指摘やお説教をされた時に、聞く耳をもって自分の成長につなげる力のある人と、一方、聞く耳を持たずにひどいことを言われたとマイナスに捉えてしまう人とがいます。

聞く耳を持てる人は、叱られたことをプラスに捉えて自分のものにし、成長しそれがエネルギーにもなり、幸福感をどんどん感じ取っていくものです。
聞く耳を持てない人は、叱られるといじわるを言われたと思ったり、自己否定されたと感じ、全てをマイナスに捉えてしまいます。
これでは成長ゼロであり、腹を立てたり相手を憎んだりして、負の感情ばかりが心の中に宿り、そこからは幸福感を感じることはできず、不幸感に支配され続けるわけです。

素直な人は褒められたら嬉しく感じるし、優しくされたら感謝の気持ちを持ちます。
秘密を打ち明けられたら自分を信頼してくれた証だと喜び、慰められたら心も癒えます。
そして自分の悪いところを真剣に叱ってくれたら、親身に考えてくれていると感じて、心が満たされるものです。
それが素直な人であり、聞く耳を持てる人で、幸福を呼び込む人でもあるのでしょう。

一方、ひねくれた考えをしてしまう人は、褒められたら馬鹿にされたと思い、優しくされたら裏があると思ってしまう。
秘密を打ち明けられたらその裏の意図を探ろうとしたり、慰められたら同情されたと屈辱感を抱いたりします。
そしてその人のために親身に叱っても、いじわるやひどいことを言われた、全否定された、と感じ、落ち込んだり傷ついたり怒ったりして心がどんどん病んでいってしまいます。
これでは不幸を呼び込んでいるのと一緒で、聞く耳を持たない人からは幸福も逃げていくでしょう。
一つでも当てはまったり思い当たる節があるのなら、そのような思考になってしまっている可能性があるので要注意です。


私の活動でも聞く耳を持つタイプの人は、私の言葉には、ことごとく前向きに捉えるわけですが、一方、なんでもかんでも悪くとらえて、批判的に考えてしまう人や落ち込んでしまう人、怒りだす人も稀にいるんです。
両者に同じことを言っているにもかかわらずこの対象的な考え方は、やはり聞く耳を持っているか持っていないのかの違いでもありますし、同時にプラス思考とマイナス思考も関わっているんだと感じます。
しかしこの差が人生においての幸福感の差に大きく現れるんですね。

もちろんこのような思考回路になったのは養育環境やこれまでの人間関係が大きく影響しているのでしょうから、それを直すことはとても難しいことです。
後ろ向きな性格の人に前向きになれといっても難しいし、マイナス思考の人にプラスに考えなさいと言っても、理解はしても持続は難しいものです。

ですが、そういったマイナス思考の人にも幸福感を味わってほしいものですし、そうなるにはやはり聞く耳をもってプラスに、そして楽観的に言葉を捉えるということが必須だと思います。
人を信用できない人でも、自分を守りつつ、他人の指摘は真摯に受け止めて自分のプラスに考える、落ち込むのではなく一つ成長したと喜ぶ、親身に考えてくれたんだと心を満たす、そういう思考を意識して自分を変えていかなければ何も変わりません。

近親者のお説教や指摘は素直に受けることは難しいです、それはそこには少なからず利害関係があるからで、家族的になると余計です。
しかし私のようなサイト運営者や、その他のカーさん等がお説教をすると、そこに利害関係がないので、素直にお説教がきけることがよくあるんです。
それに私のところには依頼してくるわけですから、当然聞く耳を持っていて、その点ではお説教で納得させることは難しくはないのです。

ただ、聞く耳を持っても納得のできないことに納得する必要はありませんし、納得いかないことをお説教してくるような人であればそれはあなたには合っていないということですからすぐに離れるべきです。
それでも自分の落ち度が1%でもあるのであれば、真摯に反省することは必要で、それが究極の聞く耳を持つことではないでしょうか。

そしてしっかりと納得できたら今度は罰であるお尻ペンペンのお仕置きを受けて、気持ちを切り替えることが必要でしょうね^^
お仕置きはネガティブなものではなく、ポジティブなものであってほしいし、マイナスの場ではなく、プラスの場であってほしい。
変に相手を構ってしまうことでもっと悪い方向にいってしまったり、成長の場が単なる甘えの場になってどんどん相手を困らせるようにはならないでほしいんです。

私もお説教でみんながみんな当たり前のように納得していると、どんな時でも自分が正しいと思い込み、相手の意見をしっかりと聞くことがおろそかになることがあります。
そうならないように日々初心に戻って気をつけてはいます^^;
みなさんも聞く耳を持てる人間になっていきましょうね^^




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Q&A 女性らしさ

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Q.
そもそも、なぜ女性は行儀よくしなくてはいけないんですか?
そういう話しを聞いてみたいです


A.
そうですね、一般的にはそういう風潮はありますけど、これははっきりいって男女差別であるし、女だからこうしなさいとか、男だからこうしなさいというのは理由がなければ到底納得いくものではないですよね。

ただ私の場合は躾の一環として、女性としての行儀や立ち居振る舞いが悪かったら「女の子なんだから~しなさい」という言葉を使い、その点についてお説教をし、必要であればお仕置きもしています。
そんな中、当然口のたつ子は「なんで女だからってしなきゃいけないの?」って反論をしてくることがあります^^;

まぁそうですね、その通りだと思いますし、女に生まれたからってそうする義務はどこにもないのですからね。
なので私はそういう時には「本気でしたくないならしなくてもいいんだよ」と返答しています。
ただし、日本で生きていく以上は女性としての品性に欠けるようなことをしていたら、それだけで悪く見られたりして孤立するだろうし、女性の魅力というのは女性らしさであると、特に日本では認識されているので、そういう変な目で見られることに抵抗なければ、と一言付け加えています。
そういう世の中はどうなんだろう、理不尽なのではないか、という話は置いときます^^;

人間的には女性だから女性らしくしなきゃいけないなんてことはないですが、人間社会で生きていく以上はそういう風習であればそれに従わなければ幸福感は得にくいわけです。
逆に女性が男らしく振舞う、男性が女性らしく振舞うような風習の国が仮にあったとして、そこで生活をするのならそうすべきということです。
それがそれぞれの性別の魅力となり、それを擁護する人が多い限り受け入れられ、幸福感につながるからです。

ただ、それでも自分に信念があって、自分独自の考えで生きた行きたいという思いがあればそれを優先すべきと思います。
批判や孤立など恐れず、自分らしく生きたいと思うのはとても強い信念で、ある意味賞賛すべきことでもありますし、その場合は私はその考えを尊重します。

ちなみに女性らしさというのは私にとっては大きな魅力でもありますから、基本的には女性としての振る舞いや行儀に関しては厳しく指摘していますが、そのことに納得のいかない人には強要はしません。
それは個々の生き方の問題ですから、もし男らしく生きたいという女性がいたらそれはそれでいいと思います。

ま、実際問題反論してくる子でもここまで説明したら納得はしますけどね^^


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愛情を与える側ともらう側

家庭的なお尻ペンペンのお仕置きは、愛情のやり取りで成立しているものです。
それは、そこに愛情がなければ「家庭的なお仕置き」とはならず、「虐待的お仕置き」となってしまうからです。

その愛情のやり取りではお仕置きをする側が”愛情”を与える側であり、お仕置きを受けるキーさん側が愛情を受け取る側となっています。
家庭的なお仕置きというのは親から子へのお仕置きの事を指していますから、親が子供に愛情を与えているのは当然で、子供はその愛情を受け取っています。

子供はその愛情を受け取るのに必死で、愛情を欲し、それを満たすために試行錯誤したりします。
それが泣いたりわめいたり、いたずらをしたり困らせたり、黙り込んで意固地になったり、時にはひどい仕打ちをして、構って構ってとやるわけです。

そういう行動をしたとしても、無償の愛で子供を育てている親は、それに反応してあげて、時には叱ったり、時にはなだめたり、時には機嫌をとったり、時には言いなりになったりして愛情を与えているものです。
まぁこれはスパのお仕置きに通じていますよね、お仕置きをする側と受ける側でもこういった愛情の交流は普通にありえますが、そうはいっても過度なわがままや行動、そしていつまでも言うことをきかないとなると、私の場合は絶対に許すことはありません^^;

しかし人はいつか、愛情をもらう側から与える側に移行していかなければなりません。
それが心の成長であり、そして与える側になれた時に本当に満たされることがどういうことなのか気がつくものです。
ただ、愛情を与えるといっても、甘やかしたり、奉仕したり、尽くしたりということとは場合によってはイコールではありません。

仮に与える側になれたとしても、やはり人間はいつまでも子供じみた面はありますし、甘えたいときは甘えたい、愛情がほしい時は欲しいのですから、そういう時は非日常でもあるスパのお仕置きで満たすというのもいいのではないでしょうか^^
日常は大人になって人に愛情を与える、そしてたまに感じる不足分は非日常であれ何であれ、子供に戻ったり、大人の自分を維持するために何かしらで補えばいいのです。

しかし、そういった心の成長ができずに、日常生活で愛情をもらう事ばかり考えていたらどうなるでしょうか。
愛情を与えてくれなければ寂しいし、不安だし、心が満たされなくなり、幸福感は味わいにくいでしょう。
そして無理にでも愛情をもらうために、相手を試すようなことをしてみたり、困らせたり、時には傷つけるようなことまでしてしまう人もいます。

そうなってしまうのは幼少期の養育環境が大きくかかわっていることもあって、親の躾や接し方の問題もあるんですね。
なんでもかんでも過保護のように愛情を与えたり、逆に子供が何を言っても聞く耳を持たなかったりすると、愛情を求めることでしか満たされなくなることもあります。
しかしそうだとしても自分を変えていかなければそこから抜け出すことはできません。

何かを変えなければ現状維持どころか、月日が経つにつれてどんどんと不幸の泥沼にはまり込んでしまいます。
自分が誰かに愛情を与えるという行動で自分が愛情で満たされることもあるということ、そしてそれこそが本当の意味で愛情で満たされることであること、そういったことを実感すれば徐々に変わってくるでしょう。
愛情を与えているだけでも、愛情を与えられているのと同じで、実は愛情で満たされるものです。
これを理解できなくても無理にでも認識して実行してみることです、それが幸福感を得る第一歩になるでしょう。

ま、とにかく相手を困らせたり傷つけたりして愛情をもらおうとするのは間違っています。
スパのパートナー関係でもそういったわがままな子供に戻って、相手を試そうと困らせるようなことをしたり、いたずらをして構ってもらおうとしたり、そういう形で愛情を感じようとする人はいるものです。

でも子供に戻るのはいいとしても、そういう子供に戻ってはいけませんし、それで愛情を満たすようになったら癖になってどんどんと要求がエスカレートしていくものです。
そしていずれ相手側が離れていってしまうでしょう。
それは相手が嫌な思いをしているから離れるんです。
いくらお仕置き相手であってもそういう思いをさせてはいけません、結局は本当の親ではないのですから限界があるものです。

まぁどうしてもそうしたいのであれば、お互いに了承の上でならばいいと思います。
が、いくらお仕置きのパートナーであったとしても相手を困らせたりいたずらをしてのお仕置きはやめたほうがいいでしょうね。
なぜかというと、それは歪んだ愛情の受け取り方だからです。
相手を困らせて得る愛情はすべきではありませんし、そこをお仕置きに持ち込むのは私はご法度だと感じます。
だからやるとするならお仕置きとしてじゃなく、幼児ごっことしてやってほしいものですね(笑)

とにかくそこまでではなくても愛情を与えてくれないと幸せに感じることができないという人は自己を変えることをしてみましょう。
与える側も満たされるんですよ^^
無償の愛で赤ん坊を育てている母親も、そんな何もできない赤ん坊から愛情を受け取っているんですからね。

ちなみに私のところは”過度すぎる”困ったちゃんや構ってちゃんはビシッと叱りますけどね(笑)


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スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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