お仕置き理由(欲の自制)

今回はお仕置き理由の”欲の自制”について考えてみたいと思います。

前記事にも書きましたが、お仕置き理由というのは悪い事全般です。
しかしお仕置き理由が悪い事ではない場合もあり、その一つが”自制”というものです。

もちろん、自制できなくて悪い事をしてしまうという事であれば、普通に悪い事になりますが、そういう自制ではなく、自分で決めたことを守れないことに関しての自制です。
自制に関しては私が悪い事ではないと判断しても、本人の中で直したいことであったり悪い事であるならば立派なお仕置き理由となるわけです。

その中でも私が普段「悪い事ではないししてもいいんだよ」と言っていることでも、本人の中では自制したいことであり、それをお仕置き理由として申告してくることがあります。
その代表的なものは「お仕置きのことを考えてしまう事」と「自慰行為」です。

お仕置きのことを考えて他のことが手につかないというのはキーさん特有の悩みでありますが、自慰行為に関しても本気でそういう欲を無くしたいとか、そういう行為や妄想をしたくないという人には切実なことでもあります。
お仕置きのことをばかり考えてしまうことについては、寝る時にいろいろと妄想してしまってなかなか寝れなくて翌日寝不足だったり、授業中や仕事中にずっと頭の中で考えてしまって集中できなかったりと、こんなこと考えてしまう自分をお仕置きしてほしいとなるわけです。

しかもこういう欲求には大きな波があり、生理前だったり、面倒だけどやらなければならないことがあるとき(試験勉強や課題など)に特に強い波が出てきてしまい、それがとても苦しくて、どうにもならなくなって悩んでいる人は多いものです。
それを感情のコントロールだけで自制するというのは無理がありますし、修行僧じゃあるまいしと思ってしまいます^^;

自慰行為についても同じです。
男性なら気にしないことでも、女性だからそういう行為や妄想をしたら恥ずかしいとか、誰にも言えないとか、周りでは自分だけじゃないのかな?とか、罪悪感が強く出てしまうこともあり、人によって普通に受け入れている人もいれば、深刻に悩んでいる人もいます。

ただ、私的にいうと、ブログでもお話ししている通り、お仕置きは愛情表現の一部であって、寂しさを埋める事やスキンシップでの安心感、そして叱られる事などで愛情を求めているのであって、決しておかしいことではありません。
そこにお尻ペンペンという、お尻を丸出しする行為があるから恥ずかしく、考えたらいけないことだと感じてしまうのであって、そこだけをクリアすれば普通の愛情表現であり、実質ビンタするのと何ら変わりがありません、叩く場所の問題なだけです。

なので当然欲している愛情や欲求を埋めるためにお仕置きのことを考えてしまうのは当たり前のことだし、その欲を解消するために私は”スタンダードなお仕置き”を受けることを推奨していますから、私的にお仕置きを考えてしまう事に対してはお仕置きをしにくいです^^;

欲求というのは体験すれば無くなることがありますから、お仕置き欲を無くしたいと思うなら思うほどスタンダードなお仕置きを受けることは必要で、実際にお仕置き欲求が薄まっていく子は私の元にはいるんですね。
逆に我慢すればするほど欲求は過度になり、どんどん苦しくなってしまいます。
恋する乙女みたいにお仕置きに恋をしたような感じになり、だからこそ頭から離れずに四六時中考えてしまう、そういう感覚ではないでしょうか。

ただ、お仕置きを推奨しているといっても本人の要望でお仕置きを考えることをやめて自制したいというのならその部分は伏せて、「自分がそうしたいなら一切考えないようにしなさい」という意味でお説教します。
その時には普段言っている事と逆のことを言ったりすることもあります^^;
お仕置きを推奨しているのにお仕置きのことを考えるなというのは矛盾していますが、それが本人にとっての要望であればそうやって自制させるように仕向けるしかありませんからね^^;

自慰行為に関しても同じです、自慰行為は悪い行為ではなく、人によっては気分を良くしたり、モヤモヤしている心を安定させたりと、いい面もあるわけです。
自慰行為で心やホルモンバランスを整えることも必要な場合もあるので、「自慰行為はしてはいけないことだよ」とは言えません。
もちろん過度にしてしまうのは問題もありますから、そこは少し自制するよう言うかもしれませんが、一切しないように禁止することは言いません。

更にいうと先ほどのお仕置の事ばかり考えて変になりそうだという時に自慰行為をして気分を静めたり、切り替えしたりする人はいます。
そういうことも可能な行為でもあるので、それはそれで一つの解決策になることもあります。
まぁ結局その二つが重なるとそればかりしてしまうということになる場合もあるので、過度な場合はお仕置き対象ですけどね。
というよりお仕置きを何度も受けていればそういう欲は薄まるものだと経験すればわかるんですが、そこは難しいところです^^;

なので本人の自制の問題として私が悪いことと認識していなくても、「お仕置きのことを考えないようにしたい」「自慰行為をやめたい」というのであれば、それに対してはお仕置き理由になりますし、約束をしてそれを破れば次回もお仕置きとなっていきます。

また、そういったお仕置き理由では本気でやめたいではなく、そういうシチュエーションでお仕置きしてもらいたいというキーさんもいます。
「お尻ペンペンなんていけないことを考えてばかりの私をお仕置きしてほしい」
「自慰行為なんてはしたないことをしている私をお仕置きしてほしい」
という感じで「そんな子はお仕置きです!」というようなゾクゾク感を味わいたいという人もいますし、子供もお股をいじって叱られるなんてことがあるので、そういう描写と重ねている人もいると思います。

なのでそういう理由についても私の中では有りで、お説教もそれに合わせてしてあげます^^;
本気でそれをやめたいのかそうではないのかは話し合いをしている時に感じ取れますからね、直接的に言わなくても大丈夫です^^
要するに”自制”と名がつけば、私が良しとしていても、どんなことであってもお仕置き理由になるということです。



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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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