お仕置き理由(自制と罪悪感)

お仕置き理由についての「自制」と「罪悪感」について考えてみたいと思います。

お仕置きは”悪い事をしたとき”にするものですが、その悪い事の基準は、日本においては基本的に日本の社会の基準です。
もちろん個人な価値観でのお仕置きも存在しますが、それが躾としてのお仕置きの基本だと私は思っています。
一方、一般的には悪い事じゃなくてもお仕置きを必要とするときもあるんですね。
それが「自制」や「罪悪感」です。

罪悪感に関しては、その事が社会的に、もしくはお仕置きをする側の基準で悪い事と判断したらもちろんお仕置きですが、悪い事と判断できなければ私の場合お仕置きはしません。
しかしそういう場合でも、本人の基準で罪悪を感じ、その罪悪感を払しょくしたいというのならば、そういう意味合いでお仕置きをするんですね。
つまり罪悪感があり、それについてお仕置きをしてほしいということであれば、それが理由となるということです。

罪悪感とは、人によっては一生消えない過ちであり、過去両親や友達に迷惑をかけたことであったり、後悔していることであったり、いけないことが頭に残っていたりということ等です。
私はそういったケースを聞き、一般的に考えて悪い事ではないと判断した場合は、相手に罪悪を抱えなくてもいいという説明をし、それでもお仕置きを望むのならそれについてはお仕置きをします、それは本人の中では悪い事で、本人の中で清算しないといけないと思うからです。


次に自制に関してですが、自分の意思ではどうにも自制ができないことに対して、厳しい罰を与えてもらってちゃんと自制できるようにしたいという意味でお仕置きを必要としているんですね。
自制の場合「自制できなくて悪い事をしてしまう」という事であれば当然お仕置きですが、そういう自制ではなく、一般的な悪い事ではなく、自分で決めたことを守れないことに関しての自制です。

例えば、
休みの日は10時間勉強したい
23時までに寝たい
ゲームやスマホをいじって家でダラダラと過ごしてしまう
課題を早めに終わらせたいのにいつもギリギリになってしまう
就業時間の30分前には会社についていたい

このような自制はその罪悪の判断は自分次第なわけです。
私からしたらそれができなかったからといって悪いことだとは思わないし、むしろそれに近いことをやっているという意味では尊敬に値します。
心がけは素晴らしいですし、それができなくても他人に迷惑をかけていなければ、そして他のやるべきことに支障がなければ、悪いことではなくお仕置き対象ではありません。

家でダラダラ過ごすのでも夜更かしするんでも、それで有意義に生活できるならそれでいいですし、ゲームや遊びをしすぎてもそのことでリラックスできて仕事がうまく回ったり勉強に集中できるのであれば悪いことでもありません。
自分のしたいことをするというのは人生を謳歌することでもあるし、その中で自制したい気持ちがあればそうすべきだと私は思っています。

しかし自制したいと思っている人は、自制できないのは本人基準では駄目なことであり、自分で決めたことができていないということでお仕置きの力を借りて自制したいということなんですね。
こういう理由でもまず話を聞くのは、どうしてそういう目標を作ったのか、それは達成できる目標なのか、なんでそこまでしたいと思っているのか、という本質的なことをじっくりとお話をし、その上で今後どのように取り組んでいくかを本人に決めさせ、今後はきちんと自制するように約束をします。
話を聞くのは本当に自分にとってやらなければいけない事なのかをはっきりとさせるためです。

勉強だって10時間必要な人もいれば1時間で足りる人もいますし、学校の授業だけで十分という人もいます。
一律に10時間勉強しなければいけないというわけではなく、本人が必要だからそれをしなければならないわけですよね。
だからそうやって自分で決めた事に必要性が無ければやる必要もないし、お仕置きも必要ありません。

なのでそういうお話をして、本人が自制する必要があるのであれば無理のない計画を立てさせて、その後しっかりと”約束”をします。
その時にお仕置き理由は単に自制できなかったことですが、今回約束をしたことによって今後は自制ができなかったことに加え、約束を破ったことにもなるので余計に義務感が生まれ、意志も強固となって今まで以上に頑張れることにつながるものです。

そうはいってもそれが持続するかどうかが一番の問題です、お仕置き直後は誰でもできますが、それを持続することが一番の難関ですからね。
もちろん約束を破ってしまったら厳しいお仕置きが待っていますから、そのお仕置きでまた一からやり直しということになるわけです^^;

自制については”欲”の自制というのが厄介なもので、それで悩んでいる人は結構いるものです、次回はそれについて考えてみたいと思います。



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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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