お仕置き欲求 1

本来のスパのお仕置き欲求とは単純にいうとお尻を叩かれることへの欲求です。
その欲求でも、理由なくお尻を叩かれたいというタイプは今回除外してお話をします。

ディシプリン派のキーさんの欲求は、理由があって、その罰としてお仕置きがお尻叩きなんですね。
理由がなければお仕置きは成立しないし、その後には必ず許しが無ければならず、もっというと、その許しの印として甘えがあるわけです。

なぜお仕置きに惹かれてしまうのか、自分は変だ、おかしいと悩んでしまって考えないように決めても、急にまた欲求の波に襲われて日常生活までもが狂ってしまう子は多くいます。
理由もわからずに、ただ「お仕置き」「お尻ペンペン」という言葉や、それの関わる妄想に囚われてしまうのは辛いところでしょう。

しかしなぜお仕置きに惹かれてしまうのか、その要因がある程度明確になれば辛さは半減するものです。
それによってお仕置き欲求がなくなるかどうかは別にして、理由がなんとなくわかっただけでも心が軽くなるものです。
そういう心理面のお話は、私のところに依頼で来るキーさんとは必ずしていて、特にお仕置き欲求を消したい人や薄めたい人にはその部分を重点的にお話をし、欲求を薄めていくにはどうするか、そして今後のお仕置きに対しての捉え方や考え方などをアドバイスして、あまりにも抑えられないお仕置き欲求を静めていくようにしています。

どうしてお仕置きに惹かれてしまうのかということに関しては人それぞれですが、
お尻ペンペンという強烈な印象にプラスして、そのお仕置きを通じての愛情を欲しているということが一番にあります。
お尻ペンペンの強烈な印象とは、ここではあえて書きませんが、人間の心理に響いてしまうもので、キーさんにとっては強烈な要素があるわけです。

また、愛情とは、スキンシップであり、甘えることであり、抱っこであり、絶対に見放されないこと、自分を認めてもらいたい、どんな自分でも受け入れてほしい、自分だけをみていてほしいという部分が大きくかかわっています。
子供に返りたかったり、子供のように扱って欲しかったり、意識にはなくても幼少期に欲していた愛情を満たしたかったり、周りが羨ましくて欲求不満を抱えていたりと、そういった自分にも気づかない心理が心にあるものです。

それは幼少期の愛情不足が原因だったり、叱られたことがない子は、逆に叱られる愛情を欲したり、感情的に怒られていた子は、愛情をもって叱られたい欲を持ったり、過保護で育った子は厳しい愛情を求めたり、弟や妹が産まれて母親を独占できなくなった子は甘えたい欲を持ち続けたり、単純に過去甘えていた心地よさを求めてしまったりと、だいたいはこのようなケースが当てはまるでしょう。

この様な事を中心に話をしていくと、要因を探る事にもつながり、それだけでかなり心は軽くなるもので、その上で今後どのようにしていったらいいのかというアドバイスもしますので、そうすると随分と気持ちが楽になるようです。
私のところに来て過度なお仕置き欲求から卒業できた子もいますし、欲求自体薄まったという人もいますし、ほとんどの子はそれまでの欲求よりは薄まっていると話しています。

私はそのように誘導しながらカウンセリング的なお話やお仕置きをしていますし、お仕置き自体や私自身に依存しないように、それを一番に考えてこの活動をしています。
理由は、それがその人の成長の為だからです。

しかし、よくあるパートナーでのお付き合いになると、どんどんとお仕置きに依存していってしまうことが多いようですが、それはパートナーという関係性上、必然なのかもしれません。
しかし私は自立できないような依存はマイナス成長だと考えているので、単純にお仕置きを求めてスパの世界に足を踏み入れた子は、慢性的な依存にならないようになってほしいのです。

ちょっと長くなるので、ここで話を打ち切ります・・・。
次回は良い依存と悪い依存というテーマで詳しくお話しします^^




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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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