いい子を演じる辛さ

いい子を演じている人って、いい子といわれている人達の中のほとんどではないかと私は思っています。
まず”いい子”というのは自己評価ではなく他者評価なわけですから、いい子と呼ばれている子たちは間違いなくいい子なんです。本人の心で悪い子と思っていても、他者がいい子と判断したならそれが評価となるんですね。

しかしいい子といわれている子たちは決まって「私は本当はいい子じゃない」といいますよね、それは自己評価です。
その自己評価と他者評価のズレが生じると、自分が過大評価されていると感じ、自己嫌悪に陥ることもあります。
それはそうですよね、自分のことは自分がよく分かっているわけで、明らかに他人が思っている自分は違うわけですからね。
それが”いい子を演じている”ということです。

いい子を演じているのにはそれぞれ理由があります。
「心配をかけたくないから」「感情的に怒られるから」「期待されているから」「見捨てられたくないから」「褒められるから」「周りが嬉しそうな顔をするから」「反発できないから」「嫌われたくないから」「親を助けたいから」等々。

でも最初は些細な気持ちでいい子な振舞いをしたとしても、それが当たり前となり、いい子のレッテルを貼られてしまうと、その呪縛から逃れることができず、面倒くさいことや嫌な事、反発したいことがあってもそのキャラから抜け出すことができず、結果いい子を演じてしまう傾向にあります。

本当はいい子じゃないし、出来も悪いと本人は思っています。
それでも周りの期待に応えようと精一杯背伸びして頑張ってクタクタなのに、更に期待されるからもっともっとしなければならない。
これが続くのは辛いし苦しいし、本当の自分をわかってほしい、本当の自分を出して楽になりたいと、そんなことではどんどん心が重たくなっていくでしょう。

すべて投げ出したいと思ったり、このまま消えてなくなりたいと思ってもそうはいかず、演じることを自分でもやめれず、本当の自分をわかってくれる誰かを探し続けてさまよっているように感じます。
表の自分と裏の自分とがいて、それがどっちかわからなくなったりして、本当の自分がなんなのかよくわからなくなって苦しんでいる子もいます。

いい子を演じるということではなくても、一般社会でのことで、一度信頼されて何かを任されたとしたら責任をもってやらなければならなくなったり、出世して部下を持ったら上司としての立場を演じたりとかってありますけど、それと似たような感じでもあると思います。

別の例でいうと親の器が無くても子供が産まれれば親を演じなければなりません、最初から親の器のある人なんてそうはいませんし、誰でも子育ては初めてで素人ですから、やはりそれは子どものために自分を封印して親を演じていかないといけませんよね。

しかしこれらの例は大人になってからの試練なので何とかなるでしょうが、いい子を演じている子は幼少期から演じているわけですからそこから歪みが生じてくるはずです。
幼少期に周りの期待に応えようといい子になろうとしていたら、その時期に必要なわがままや本心をだすこと、また、反発や冒険心を養うことができないまま大人になってしまうので、それは不健全な成長なんです。

幼少期から背伸びして良い子してれば疲れてしまいます、それだけの演じる力がついてない時点でそんなことしていたら無理があるし、気づいたころには辛く、自分が自分ではないと感じて、自分が根っからの良い子だったらよかったのにと思うようになるでしょう。

先日「嘘の許容範囲」というブログを書きましたが、それは幼少期に我慢して、甘えることやわがままをだす経験をしなければ、健全な心の成長ができず、心の認知が歪んでしまうというような記事です。「嘘の許容範囲2」
いい子を演じてそれが苦悩に思ってしまうというのもそれに関連していることだと思います。

同じように悩み苦しんでいる人は沢山いると思います、本当の自分を出したいけど身内や友達には話せない、そういう人がいたら私が話をききます。
一度吐き出してスッキリしたい人は沢山いるはずです、そういう人はサイトの方から気軽に連絡してみて下さい。

ここの活動のメインはお仕置き活動ですが、話を聞くだけのカウンセリングもしていますし、お仕置きに全く興味がない人でもたまに連絡が来ていますので、そこら辺は気にせず連絡してみて下さい。
そういう人にはお仕置きをすることはありませんからどうぞ心配しないでくださいね^^


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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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