罪悪感の処理

前記事の「お仕置きを受けるべきか」の内容に質問があったので、この場でお答えしたいと思います。

最後の方のところに書いたのですが
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つまり私のお尻ペンのお仕置きは、二段階なんですね。
第一段階は、反省するまでしっかりとペンをします。
しっかりと反省したら第一段階のお仕置きは終わりです。
そして次に第二段階に移り、悪い事の罰としてペンをしていきます。
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という部分で

「2段階目の お尻ペンで 罪を償ったとして、罪悪感はきえるんですか?」
という質問がきました。

強い罪悪感に駆られたときにそういった質問をしてくるキーさんは結構います。
罪悪感は消えるかどうか。
これは気になることですし、厄介な罪悪感なんて消し去りたいものでもありますからね。

ただ、罪悪感というものを全て消し去ってしまっていいものでしょうか。
確かに罪悪感という部分に対してもお仕置きをしていますが、私の基本姿勢は、罪悪感を消し去る事ではありません。
どんな悪い事をしてしまったとしても、それを反省し、そのことによって成長をさせることが目的です。

なので、本来はその罪悪感は忘れる事のないように、今後もそのことを肝に銘じて過ごし、同じ過ちをしないと意識し続ける。
そういうことが大切だと思っています。

それとは逆に、本人が罪悪感を消すことでプラスになるならば、消し去ってもいいとも思っています。
ただ、普通であればいくら反省しても、いくら罰を受けても、そして罪を償ったとしても、心に残るような大きな罪悪感というものはきっと忘れることはできないものですよね。
忘れても、ふとした時に思い出すものです。

私はいつまでも大きく罪悪感を抱えたままでは前に進めないと思っているので、罰を受けた事である程度罪悪感に終止符を打ち、それをけじめとして、または落としどころとして心の整理をつけることが大事だと考えてお仕置きをしています。

罪悪感を薄めるために痛みのある罰を受ける
ある程度の痛みを受けて前を向けるようにしていく。
そう考えていけばいいのではないでしょうか。

なにも痛みを感じずに、ただ心の反省だけではやはり心に罪悪感が残り続けてしまうものです。
そのような状態でいるよりも、しっかりとお仕置きを受けて、痛みという罰を受ければ何もしないよりはいいはずです。
そしてなにより、そのことを教訓に、決して忘れることなく今後の人生を送っていくことが大切なのです。

罪悪感を消すためにお仕置きを受けるのもいいでしょう、罪悪感を薄めるためにお仕置きを受けるのもいいでしょう。
ただ、お仕置きを受けたからといって罪悪感は消えるものではありません。
それはそれぞれの心の持ちようで、その区切りとしてお仕置きがあると考えてみてはどうでしょうか。


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お仕置きを受けるべきか

私のところにこんな質問が届きました。
ただ、この質問、返信ができない状況だったので、ちょっとブログに書いてみることにしました^^

その質問は
「自分の中で消してしまっていても、自分で反省して次に活かし成長できていたとしてもお仕置きは必要ですか?」

という内容だったのですが、こういうことで考えてしまう人はまぁまぁいるでしょうね^^
悪い事をしてしまったとしても、しっかりと反省をし、そのおかげで成長していればいい方向に進めたということですからね。
しかもそのことを自分自身で消したいと思っているのでしょうから、なおさらお仕置きを受けなくてもいいのではないかと考えてしまうでしょう。

もしかしたらそうではなくて、この方はキーを卒業したくて、できる限りお仕置きを受けない方向に考えてるのかもしれませんね。
しかしそれでも反省しなきゃいけない事をしてそのままというのができなくて心に残ってしまうんでしょう。
そうであるならば、この方はどこまでもキー気質な方なんですね^^

で、私の見解ですが、悪い事をしてしまった事に対して、反省して成長したからといって許されるわけでもないし、そのことによっていい方向にいったからといって、自分の中から消していいという事ではないと思うんですね。

誰かに対して何かしらの迷惑をかけたり、不快な気持ちにさせたのならば、相応の罰を受けて償うことは必要だと私は思います。
もちろん他人に迷惑をかけていなくても、自分に対する罪悪感があるのであればお仕置きを受けるべきです。
ただ、自分に対しての罪悪感に関しては自分のことなので、反省しなくてもいいと思っているのであれば、お仕置きの必要はないと私は思いますけどね

話は大きくなりますが、何かしらの刑法違反の場合は、どんなに反省をし、その事によって成長し、仮に国に多大なる利益をもたらしたとしても、その罪から逃れることはできませんよね、そこには必ず刑罰という罰があります。

刑法違反と同じように、それがマナー違反であっても、他人に迷惑をかけたり不快な思いをさせた場合であっても、私は同じように考えています。
刑罰ではありませんが、お仕置きという罰を受けて償いをしたり、様々な事にけじめをつけたりするのです。

また、お説教はなぜするかというと、それは悪いことに対して、どうして悪い事なのかを説明して、今後それを生かしてどう成長すべきかということを理解させるためにあると私は思っています。
なのでこの方の場合は、反省して成長できているわけですからそこまでのお説教は必要ないと思いますが、お尻ペンのお仕置きは、悪い事の罰として受けなければ、償ったことにはならないでしょう。

私のお仕置きへの考えはこういうことを基本としています。
反省して謝ったからといってお尻ペンをしなくていいことにはなりません、キーさんはそろって「反省したからペンはいらない」といいますが、そういう事ではないんですよね^^;

つまり私のお尻ペンのお仕置きは、二段階なんですね。
第一段階は、反省するまでしっかりとペンをします。
しっかりと反省したら第一段階のお仕置きは終わりです。
そして次に第二段階に移り、悪い事の罰としてペンをしていきます。

なので、しっかりと反省していい子になっている子の場合は、ただ単に第一段階のお尻叩きがないだけで、第二段階の悪い事の罰としてのお尻ペンはしっかりとあるわけです。
つまり、私のお仕置きはそういった言い逃れができないシステムとなっているんですね(笑)




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コメントありがとうございます

ブログへコメントをいただいている方々、ありがとうございます^^

返信はしていませんが、コメントは興味深く読ませてもらっていますので、一方通行となってしまってますが、どしどしと皆さんの思いをコメントください^^
とても励みになるのと、人によって捉え方が違うので、そういう部分でとても勉強にもなります。

私と違った目線でのコメントにはハッとさせられることもあります。
私が分かるだろうと書いていることもわかりずらい部分があったり、違うニュアンスで受け取ってしまったりとか、そういうことはコメントでしかわかりませんからね^^;
なので良いことでも悪い事でもコメントはお待ちしています^^

コメントに対しては一切返信をしていないのですが、それは意図的なものです。
いろいろと考えがあっての判断ですので、そこはご容赦ください^^;

ただ、コメントの内容によっては返信したいと思うものもあるのですが(特に質問系)、一律に返信をしないと決めていますし、仮に返信をするとコメントが公開されてしまうので、心苦しいのですがそのままにしています^^;
どうしても返信がほしいというほどの内容の場合はHPの問い合わせから連絡ください。

それと一人、「何回かコメントを送ってしまい、すみませんでした。来年は、読むだけにします。ごめんなさい、もうコメントしません」と自己解決している方がいましたが、そんなことを思わずにどしどしコメントくださいね^^
年齢的な事を考えたのかもしれませんが、そこは気にしないでください、気持ちのこもったコメントはとても参考になりますからね。

コメントにはなにも返答が無くとも、すごくうれしくコメントを拝見している事だけはお伝えしておきます^^


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文春砲

週刊誌の取材で著名人の不倫が暴かれていますよね、今回は小室哲哉さんが芸能界引退するということにまでなってしまいました。
最近話題の殆どの人たちが不倫を否定し、一線は超えていないと発言していますが、世間は黒だと決めつけているようですね…。

不倫は良いことではありません、だからこそ隠れてしているんでしょうけど、隠れてこそこそしているのをわざわざ探し出して暴くことって必要でしょうか。
まぁ商売的な利益としては必要でしょうがけどね、その方向性が問題なわけです。

誰かの浮気を目撃したり、人から聞いたりした時にわざわざその相手側に教える事って普通はしませんよね。
友達が被害にあっている場合は教える事もありますが、それでも余程悩んだ末に伝えるでしょう。

人によっては「浮気は気づかれないようにしてくれればいい」という人もいます。
本音でそうやって言う人もいますが、実際は嫌なんだろうけど、気づかないんだから何事も変わらないというニュアンスの人もいるでしょう。

それなのにわざわざ浮気の事実を伝えてショックを与える必要はありませんよね。
それに不倫は配偶者を傷つけるという意味では不貞行為であり慰謝料が発生する事案なのですが、これは法律違反ではありません。
しかも戦後から少し立つまでは不倫は法律違反でしたが、その法律をわざわざ廃止しているくらいですからね。
(昔の法律は、罰するのは女性の不倫のみで、罰を受けるのはその女性とその相手だけという不平等なもの)
※ちなみにここで書いている不倫というのは「セッ.クス」を指しています。

不倫はおいといて、みんなそれぞれ隠しておきたい悪事というものは何かしら持っていると私は思っています。
キリストが言う「つみびと」といえばわかりやすいでしょうか。
大まかにいうと、キリスト教ではその罪を神父や牧師に告白して許される的なことがありますよね、神父や牧師には守秘義務があってそれが漏れることはありません。
(キリスト教について間違いがあったら指摘してください^^;)

でも週刊誌にマークされてしまったら全てが公になってしまいます、、、恐ろしすぎです。
不倫に限らず、いろいろな道徳違反や法律違反、または心に思ってしまう悪事なんか何かしら持っているものです。
でもこれが晒されたら人間の尊厳というものが無いのと同じですよね。

著名人だからこそ狙われるのですが、こういう報道があるたびに、スキャンダルの本人ではなく、発信した側に嫌悪感を抱いてしまいます。
もちろん法律違反であれば、マークしてでも探り出して、とことん追求すべきだし、そういう報道だとそれこそ正義だと思いますけどね。

今回小室哲哉さんという超大物が引退という”無言の抗議”をすることで、雑誌社におけるやりすぎの是正になってくれればと思いました。
超大物がもう一人二人出てくれば自粛する世の中になってくるのではないでしょうか。

かといって不倫がいいとは言ってませんからね、もし不倫や浮気をするならパートナーに許可をとってするべきでしょう。
風俗も同じですよね、商売とはいえ、性欲を満たしてもらっているのですから、もし隠れてしているとすれば浮気と同じようなものだと思います。

ただ、人間ですから欲に負けて浮気をしてしまってもしょうがない部分はあると思います、人間は弱い生き物ですからね。
特に性欲というものは人によっては女性も男性も強すぎて、それで悩んでいる人も結構いるもので、だからこそしょうがない部分もあるとは思うんですけどね^^;

でも浮気をしてしまって、それで仕事にかなりの影響が出てしまうというのは行き過ぎだと思います。
それはパートナーと二人の問題なので、当事者同士が騒ぐのなら問題ないのですが、関係のない第三者が探り出して問題にして、社会的制裁を与えるというのには違和感を感じずにはいられません。

賛否両論はありますが、不倫のいい悪いではなく、やりすぎのスクープというものは何とかしないとと感じた文春砲でした^^;
ちなみに浮気をしてしまった人は罰を受けなくてはなりません、浮気以外にも自分の中で消してしまっている悪いことにもそれなりの罰を受けなくてはなりません。
誰かに迷惑をかけたり不快な思いをさせたのならそれは当然だと思います。

もちろん自分自身に対する罪悪感も含めてですが、そういったことは私が聞いて、お尻ペンのお仕置きという形で罰を与えますので、心当たりのある方はサイトから申し込んでみて下さい^^
守秘義務はしっかりと守っていますからね、私との一対一の話は、私と会う他のキーさんであっても話すことはしていませんのでそこはご心配なく^^

え?お仕置きなら彼氏や旦那に内緒でもいいのかって?
罪の告白ですからね、そこは神父や牧師と同じです。
自分の成長のためのお仕置きであり、気持ちを切り替えるためのお仕置きですからそれはいいんです。
私自身も何も後ろめたいことは一切ないですしね^^



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映画「8年越しの花嫁 奇跡の実話」

先日「8年越しの花嫁 奇跡の実話」という映画を観てきました。
まぁ実話という事だったので興味があって観に行ったのですが、これこそ純愛というか究極の愛って感じでしたね^^

この映画を観た後ですが、モデルとなった二人とその家族のドキュメンタリー映像をテレビで観ました。
主人公の二人の話では、この映画は実話を忠実に再現されていると話していたので、それを聞いて更に気持ちが入り込んでしまいました^^;

ドキュメンタリー映像で実際の二人の顔をみて、二人の話を聞いて、闘病生活の写真を見て、両親の話などを聞いたりしていると、映画では感じられなかったものが心に届いてきます。

恋愛や結婚をするにあたって、いくらお金があっても、学歴や勤務先が優秀でも、ルックスが良くても、それは形だけの幸せです。
当たり前ですがそこに愛がなければ心の幸せはつかめません。
ただ、生活のことを考えたり周りの目を考えたりすると愛より形に走りがちになってしまう事もあるでしょう。

しかしこの映画の主人公の場合は、全てが無くなったとしても結婚したでしょうし、愛だけで幸せになれる心の持ち主だなぁと感じました^^
綺麗事をいっても、実際は愛だけではなかなか結婚には踏み切れないものですが、それでも一緒になるというのが純愛というのではないでしょうか。

お金では心を満たせません、満たせたとしてもそれは一時だけです。
地位や名誉、学歴や職業なども同じことです。
一生懸命に勉強をしていい企業に就職することが幸せではなく、これは幸せになるための手段の一つです。
幸せとは形も必要な事はありますが、それよりも優先すべきことは愛のはずだと私は思っています。

永久的に心を満たしてくれるのは「愛」だけです、そんなことはないと思っている人も死の直前には気がつくかもしれません。
まぁその永久的な愛を得るのが難しいのであって、得ようと思っても得られるものでもないんですけどね、その想いは大切だと思います。
そんな基本的な事を考えさせられる映画でした^^



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はじめてのおつかい

先日テレビ番組で「はじめてのおつかい」をたまたま見る機会がありました。
ちょっと用事があったので1時間ほどしか見れなかったのですが何か見入ってしまう魅力のようなものがありますよね^^;

小さい子供の言動はいつも正直なので、そういうところが魅力なのかもしれません。
時には傷つく言葉を口にしますが、優しい言葉や想いもたくさん持っていて、小さい子供が口にする思いやりの言葉はグッとくるものがあります、それは確実に本心からと分かるからでしょう。
そういう部分って大人になるにつれて変わっていきますよね・・・。

いい面ではありますが、相手を傷つけないような発言をして、自分の本心をしまったり
悪い面では優しい言葉がけも気恥ずかしくなって言わなくなってきたり、
素直な自分を見せないように強がってみたり、
大人になるにつれて成長という名の元、人間の大事な部分も消えていくような気がします。

なので「はじめてのおつかい」での小さい子供の必死な姿や、ありのままの自分を出す姿、そして純粋さに対して人間の本質を感じ、それで魅せられてしまうんだろうと感じます。
私のところに来るキーさんでも、子供のように必死に話をしてくる子、ちょっとからかったことをいうとムキになって抗議してくる子など普通にいますが、私から見たらそういう姿は小さい子供そのもので、「可愛いなぁ」と思う一部分でもあります^^;

今回私が見たお気に入りの場面は男の子と女の子の二人でのおつかいでした。
お母さんにお団子を買うのですが、荷物が多いからといって二人の分はその場で食べてしまい、お母さんの分だけを持って帰ることになったんですね。
そしてもう少しで家だという時に安心感もあったのか、喜びながら走り出したんです。
私はその時にその子が転んで泣いてしまう姿を不謹慎ながら妄想していたのですが…、
その瞬間に転んでしまい、団子が道端に転がり、その女の子は大泣き・・・。
転ぶ直前までは満面の笑みが、転んだ瞬間に真顔になり、徐々に大泣きになる、可愛いですね^^

自分のおやつでも悲しいのに、お母さんのために頑張って持ってきた気持ちのこもった品物だったはずです。
その女の子の気持ちを考えると、とても切なく、何とも言えない思いになってしまいますよね・・・。
ただ、私の場合はそういう姿にキュンとしてニヤけてしまうんですけどね^^;
可愛すぎてキュンとしてニヤけてしまうということですから誤解のないように(笑)

でも、ああやって悲しい場面に人目を気にせずに大泣きできる純情さや素直さは大人になるにつれて忘れてしまいますよね。
大人になってもそういう部分は持ち続けてほしいと私個人では思っていますし、そうできないのであれば私の前だけでは本当の自分をさらけ出して、ありのままの姿を見せてほしいと思ってしまいます。
そう考えていたら、そういう部分を求めて私もお仕置き活動をしているのかもしれないと、この番組を見て少し考えてしまいました^^;

この番組はたまにしかやっていないようですが、なぜか何かのきっかけで番組の一部は見ているという不思議な番組なんですよね、調べてみたらだいたい年2回しか放送されていないようです。
次回は予約録画をしてじっくりと見てみたいと思いました^^;

大人になった今、子供に返ってみたいとか、子供のように無邪気になってみたい、昔の願望を叶えたいなど、そういう部分で自分を満たしてみたいと思う方は是非お話を聞きますよ^^


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明けましておめでとうございます^^

新年明けましておめでとうございます。
2018年、良い年になるといいですね^^

お仕置きの活動は3日よりしています。
なかなか踏み切れない人は勇気をもって連絡してみて下さいね
もちろん経験のある人もどしどし来てください、歓迎しますよ^^

軽め希望の人は軽めにお仕置きしてますので怖がらずにどうぞ^^



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スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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