歯医者

私は3,4か月に一度、歯医者に歯石の除去をしてもらっているんですが、先日詰め物の奥が虫歯になっているといわれ、その虫歯を治療することになりました。
虫歯治療なんて10年ぶりくらいです・・・。
歯石除去のたびに虫歯があるかな?とは考えるのですが、毎回セーフ。
ですが今回久しぶりの虫歯の発見でした^^;

歯医者というと怖がる子が多いですよね、痛いとかあの機械音が嫌いだとか…。
でも私はこれまで虫歯治療で痛いと思った経験がないんです^^;
痛いのは麻酔の注射のときのみ。
なので機械音も不快ではなく、なんか歯の悪い部分が除去されていく感覚に気持ちよささえ感じます(笑)
治療も2回で終わり、今回も痛みは感じませんでした。

歯医者といえばよくキーさんや女の子から耳にする「歯医者さん」です。
「さん」づけするのが可愛く感じちゃうので私は必ず突っ込んでしまいます^^;

歯医者さん、不動産屋さん、パン屋さん、ケーキ屋さん、お医者さん、お花屋さん、等々、子供みたいで可愛いのですが、大人が言うとついつい一言いいたくなってしまいます(笑)
歯の治療をしながらそれを想像してしまったのでちょっと書いてみたくなりました(汗)
ちなみにキーさんは注射と歯医者が極度に嫌いな子がかなり多い気がします…。


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いい子の呪縛

はたからみると間違いなく”いい子に見える”キーさんは、口をそろえて「私はいい子じゃない、真面目じゃない」といいますが、そう考えてしまうのは”いい子の呪縛”に囚われすぎているからなんだと私は思います。
それはキーさんに関わらず、真面目でいい子と言われ続けてきた人全般にも当てはまるでしょう。

「いい子の呪縛」とは、「いい子でいなければ私は愛されない」「認められない」「見捨てられてしまう」というような不安な気持ちが心にあり、そうならないようにという理由でいい子を演じ、その不安から逃れようと無意識に行動してしまうことです。

そんな子たちは、第一印象で「いい子だね」「真面目だね」とレッテルをはられ、そういわれるといい子にしていないと受け入れてもらえないのではないかと錯覚をしてしまい、ついいい子を演じてしまうことがあります。

演じるといってもそう簡単には演じられないものですが、根が真面目だから演じられるものなんですね。
演じる理由の多くは「愛してほしいから」「認めてほしいから」「見放されたくないから」というようなことですが、そんなよこしまな気持ちで”いい子を演じているからこそ、「いい子でも真面目でもない」と思ってしまうのでしょう。

ま、はっきりいって私はよこしまな気持ちとも思わないし、人間が愛されるためには普通の行動であって、それがいい子だと思うのですが、やはり根が真面目な子はそういう理由のためにいい子を演じるのは違うと思うようですね^^;

そうやって自分が納得できない動機でいい子を演じているからこそ、「いい子」といわれるのが嫌で、「私はいい子なんかじゃない」と心の中で反発してしまうのでしょう。
人にいい子と思われたくてそうしてきたわけではなく、そもそもは大人に見捨てられないため、嫌われないため、そして愛される子になりたい一心で頑張っていたわけですからね。

しかしそうやっていい子にしてたつもりでも、肝心な両親には伝わらなかったりして虚しくなることもあるようです。
他にも明るく振舞う苦しさと葛藤したり、いい子を演じ続ける生きづらさを抱えていたりと、苦悩を持っている子は多い気がします。
そうやっていい子を演じて生きていると、いい子でいても何かいいことがあるのか、その先に何があるのかと考えてしまうでしょうね。

これはよくあることなんですが、真面目だからできて当たり前と思われてしまい、頑張っても頑張っても褒めてくれないし、認めてもらえない・・・。
いい子だからこそ、些細な悪いことも見逃されてしまう・・・。
人に嘘をついたり、一生懸命に反抗してみても気づいてくれない…。
これじゃ真面目にいい子を演じても何もいいことが無いと悲観的になってもしょうがないのかもしれません。
大人からしたら手のかからないいい子としてみているだけなのですが、本人からしたら放っておかれて相当寂しいはずです。

かたや悪い子はちょっと頑張ったら褒められて認めてもらえる。
当たり前のことしただけなのに大絶賛で注目を浴びる。
悪いことをしたら大人がしっかりと向き合って叱ってくれる。

いい子は褒められるべき立場なのに放任で、悪い子ばかり構ってもらうというのは、よくよく考えるとおかしな世の中ですよね。
本来、いい子といわれている子たちは、叱られたいのでもなく、悪いことをしたいわけでもなく、ただ単に同じように認めてほしいだけなんですけど、それを大人がしてくれないために、不平等感を抱える子が多いような気がします。

いい子にしてても認めてはもらえない、逆にいうといい子だからこそ結果放っておかれる。
そんな生活を繰り返していたら、必然的に叱られたい欲求、構ってもらいたい欲求というものが湧き出てくるのは自然な事で、そうであるからこそ、子供のように叱られて甘えたいという気持ちにもなるんでしょう。
大人になった今なら子供に返って、子供の頃に満たされなかった心の部分を満たすことができるかもしれないと思って当然です。
そしてその心を満たすものが一連のお仕置きの流れで、それがぴったりとはまってしまうんでしょう。

どこで目にしたのかは様々ですが、幼稚園や学校、アニメ、童話などからお仕置きの光景を目の当たりにして、そこに自分の欲している部分があると心の隙間にすっと入り込んでしまうんでしょう。
殆どの子は無意識ですが、心の中ではこのようにお仕置きに惹かれるのは必然だと私は思います。

また、そういった目で見たお仕置きではなく、ただ単に悪いことは叱ってもらいたいと思う子もいます。
また、お仕置き関係なく、大人に構ってもらいたいと思って、気を引くために何かちょっかいを出したり悪戯をする子もいます。
叱られたり、罰を受けたり、愛情をもって向き合ってもらうことこそが、構ってもらうにあたって一番しっくりと満たされる愛情表現なんででょうね。

それと、私は演じることが悪いこととは一切思っていません。
人は他人がいて初めて人間らしくなるんです。
人とのコミュニケーションにおいて演じるということは大切で、それができなければそれは単に自己中で関わりたくない人間となるでしょう。

少なからず人間は演じていて、その究極を追求していくとそれは自分の為。
相手のためにというのはそう思い込んでいる幻想なだけで、深層心理下での本当の気遣いは自分の為ではないでしょうか。
だから自分のために演じていてもそれは人間らしさだと感じます。

たとえいい子を演じていたって周りから見た印象はいい子です。
悪いことをする人は不快に感じます、でもそういう人でも演じればいい人になります、でもそれができない人が悪い人なんです。
だから演じていてもいい人になれるのならそれがいい人なんだと私は思っています。
もともと人間は残酷な生き物でそれに蓋をして今を生きているんですからね、腹黒さなんて誰しも持っているものなんです・・・。

だからいい子の呪縛は別に解かなくていいと私は思います、演じてしまえるのは自分を抑えることができるからで、それは人間生活、社会生活を送るうえで一番必要なスキルだと思いますし、そういう子は尊敬に値すると思っています。
それでも「いい子の呪縛」を解きたいと思っているなら、”いい子を演じているという想いに囚われすぎない”ことですかね。

でもまぁ、一時でもいい子の呪縛を完全に解きたいのであれば、私のところにくるのも選択肢の一つです。
子供に返って解き放てばいいんですからね^^
カウンセリング依頼の場合はお仕置きはしませんが、それでも過去と向き合うことができれば何かが変わってくるはずです。
何かが変わればそこに新しい何かが生まれるはずですからね^^
こういうキーさん的な心理はみんな抱えているものです、一人だけではありませんから心配無用です。



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真面目な子とは、いい子とは

前記事で「キーさんを見て思う事」という記事を書きましたが、それを読んで、いろいろな人からのコメントをいただきました。
ちなみに勝手ながらコメントには返事はしていません、ですが楽しみにしているのでドシドシくださいね^^
キーさん的な意見はとても参考にもなりますから、コメントはしっかりと読んでいますよ^^

で、その前記事の中で、私が「キーさんは純粋な人、根が真面目な人が多いんです」と書いたのですが、やはりキーさんらしいコメントが届きました^^;

「私は真面目でも純粋でも無い」とか、
「私は真面目でもないし今はとても一生懸命生きてると言えない状況だからとても恥ずかしい」とか
「本当の自分は真面目ではなく、真面目を装っているだけ」とか
「周りから真面目といわれているけどそんなことはない」とか・・・。

こんな意見もキーさんならではですね^^;
自分を落として見てしまうとか、自己評価が低いとか、マイナスに考えてしまうところとか、そういうキーさんって多いように思います。

それでも私がキーさんを見るとやはり、真面目そう、いい子そう、純粋そうだと感じます、それは表向きの印象ではなく、心の中身で対話して人間性的に感じるものです。

また、キーさんも他のキーさん達を見ると、純粋さは置いといても、真面目そう、いい子そうだと目に映るはずです。
実際に私も直接キーさんに聞いてみると、自分自身は真面目ではないと答えるのですが、自分以外のキーさんは真面目そう、いい子そうに見えるとこたえていました^^;
きっとキーさんが100人いて、それを他のキーさんが見たとしたら100人全員を真面目そうとか、いい子そうとか思うはずです^^;

それなのに自分だけ真面目じゃないとか、いい子じゃないというのはおかしな話なんですね(笑)
まぁ実際に真面目だとかいい子というのは他人の評価であって、その人が持つ雰囲気と言動によって決まるわけです。
自分の心の中身が汚ないだとか、性格悪いことを考えているからとか、腹黒いことを考えてしまうとか、そういう部分で自分は真面目ではないし、いい子でもないと考えてしまうんだと思います。

しかし、私から言わせると、そんなことで真面目じゃないとか、いい子じゃないとか考えてしまうところが真面目なんですよね(笑)
真面目な子だ、いい子だと言われるから余計にそうじゃないと思ってしまうんでしょうし、だからこそ、いい子と言われるのが嫌な人もいるんでしょう。

ま、実際は人間なんて邪悪さを確実に持っているので、そこまで自分を落として考えたら、真面目な子もいい子もほぼ存在しなくなってしまうでしょう。
人間は自分らが生きるために生き物の命を殺し、それを食して生命を維持しています、そして人間に害があるものは排除し殺してる現状があります。
自分には関係ないと思っているでしょうが、我々一人一人が実際にそれをしているのと同じなんですよね。
金を払ってそれを依頼しているわけですから、我々は残酷な生き物ということを心においておくべきと思います・・・。

話が飛んでしまいましたが、そういう邪悪な心、腹黒いところは人間誰しも抱えているもので、それに蓋をして、周りに対して真面目にいい子で生きていれば、それが真面目な子であり、いい子なんです。
だから自分は普通のキーさんと違って真面目じゃないんだ、いい子ではないんだと考えるのはやめましょう、心はまた別物であり、どうしてもそういう邪悪的な事が頭によぎるものですからね。

人それぞれ何かしらの葛藤を抱えています、それを必死に耐え、人によっては限界を超えてしまって疲弊しきっている子もいます。
不器用だからこそ、突っ走るしかできない、息抜きもうまくできない、それでも一生懸命に生きようとしている。
そんな子たちを私は認めてあげたいし、よくやっていると声をかけてあげたい。
上から目線みたいですが、そうではなく、私に欠けているものを持っているような気がして、そういう子たちを私は尊敬しているんです。

仮に自分の本当の中身が不真面目で、悪い子で、純粋ではないと思っていたとしても、それを私だけにでも素直に言えれば、それが純粋さであり、真面目さであり、いい子でもあるわけです。
そしてそれは普通の人にはなかなかできない素晴らしいことなんだと私は思っています。

誰にも打ち明けず一人で重い荷を抱えたままこの世を去るよりも、一人だけでもそのことを知っていてくれるというだけで心が軽くなるものです。
私はどんなに邪悪な事、忌まわしい事でも一切引くことはありませんし、二人きりでの場所の話はそこから外に持ち出すことも一切しません。
一度重い話をして相手に引かれた経験のある方はなかなか勇気が出ないでしょうが、気になった方は勇気を出して思い切って連絡をしてみて下さいね。


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キーさんを見ていて思う事

私はこの活動で、いろいろな人と会って、いろいろなお話を聞いています。
話といっても楽しかったという話ではなく、悩みや嫌な事、これまでの人生についてのあまり人に話せないような重い話が多いですね。

本人たちは決まって「他の人と比べたら、たいした悩みではない」といってきますが、自分が真剣に悩んでいることは他人と比べるものではなく、本人がどれだけ精神的に参っているかだけなんですね。
つまり他人と比べた悩みの種類ではなく、心の辛さという自分の中で比較することなんです。

だから私はそういった話を重く受け止めて、どんな悩みでも、そのすべての登場人物に共感し、それらの心理を読み取りながら客観的にお話をしています。
本人の思い込みが激しかったり、偏った解釈をしていることもありますから、そういう思考の歪みを指摘していったりしています。

私の場合、若い頃から仕事の立場上、そういった話をよく聞いていたので、人間の汚なさや純粋さ、そこで繰り広げられる裏の人間模様などには、そこらの人よりは理解しているつもりでした。
でもここに来るキーさんは、私がこれまで接してきた人間よりも更に純粋な人、根が真面目な人が多く、本人は真面目ではないとか、腹黒いとか、性格が悪いと言ってはいても、私から見たら純粋で真面目にしか映りません。

まぁそれは真剣に自分のことを私にさらけ出しているからかもしれませんが、それでもやはり今までかかわった人とは人種が違うというか、真面目で一生懸命に生きているなって感じます。

そういう子たちを間近に見ていると、その子たちを通して、自分の人生を見つめなおせているような気分にもなるんですね。
それは、その子たちの世界に入り込んで、その出来事を共有したり、またはそれを自分の人生に当てはめてみたりしてみてです。

んー、何でしょうかね、みんな共通している部分は純粋なところですから、私がその純粋さを補充したいのかもしれませんね。
多分キーさんといて満たされるのはそういう部分に触れているからでしょうかね。

まぁそれでもいろいろなタイプの人がいますけどね、素直に赤裸々にしゃべる人は多いですけど、強がって本心を話そうとしない人もいます。
それも話していてわかるんですけどね、突っ込むと意地を張るだけなので、いつかそういう壁がとれればなと感じたりもします。

ちなみに、私はお仕置き活動をしていますが、お仕置きとお話(カウンセリング)は別物なんですね。
話を聞いてあげたい欲、話を聞きたい欲というものがあるんです。
それは先ほど書いた自分の心を埋める為なのかもしれません、そして私の言葉で多少なりとも心が軽くなればという欲もあるのでしょう。

それとは別にお仕置き欲というものがあります。
悪いことがあったり、見逃されてきたことがあったら、それに対してお仕置きをしたくなります。
お仕置きは、相手は嫌がる気持ちがあり、懲らしめの為のお仕置きですね。

その二つは別物で、二つの欲があるからこそお仕置きの世界に居続けたいのかもしれませんね。
まぁだからこそ、話を真剣に聞きたいし、全てを受け止めてあげたいとも思うんだと思います^^

キーさんではなくても、キーさん的な性格の人は自分一人で背負って、自分で何とかしようとしてしまいます、友達や家族に話せないこと、そういう話でも私のような第三者には話はしやすいと思います。
私のところは住所や氏名、個人情報に関しては言う必要はありませんから、そして私との話は他で話したり、ブログ等で書いたりも一切しません、私自身に科した守秘義務で他に漏らすということはしていませんのでそこは心配いりません。

ここはお仕置きが無しで、お話しだけでも受け付けているって知らない人がいるようですが、大丈夫です、お仕置き無しでお話しだけでも受け付けていますし、それで来ている人もいますからね^^
行き詰まりそうな人、相談したい人、どうしていいかわからない人は気軽に連絡ください、そこらのカウンセリングルームより刺激になるかもしれませんよ。





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満月のお話

前記事で「中秋の名月」のお話をしましたが、何人かの人からコメントがあり、その中で「話が難しい」というコメントもありました^^;
よくよく考えてみたら月の満ち欠けの仕組みがよくわかっていない人には意味が分かりませんよね・・・。
分かりやすく説明したつもりでしたが、それは月の満ち欠けの仕組みが分かっている人だけにしか通じなかったかもしれません^^;

なので、今回は満月の仕組みを簡単に書いてみようと思います。
単純に説明すると、満月になるのは、「太陽」「地球」「月」が一直線にならんだ時です。

地球は太陽の周りを回っていますから、地球から見ると、地球と太陽は常に一直線ですよね。
そして月は地球の周りを回っていますから、当然「太陽」「地球」「月」が一直線になる時があります、それは2回です。

1回目は
太陽-月-地球
2回目は
太陽-地球-月
です。

1回目に一直線になる時は、太陽の光は地球から見ると月の”裏側”に当たっているので見た目は光っていません、なので月が見えないんです、これを新月及び朔日といいます。
それが旧暦でいう毎月1日で、2日目からは太陽、月、地球が一直線でなくなることで太陽の光がかすかにあたって月が光りをおび、3日目が三日月といいます。
そうやって日にちを追うごとに月が満月に近づき、2回目の一直線になる時に満月となるんです。

その2回目に一直線になる時は、太陽の光は地球から見ると月の”表側”に当たっていて、月の球体の反面全体に光が当たり、満月となるんです。
そうやって月は地球の周りを一周するのですが、その1周する日数が約29,5日なんですね。

「太陽-月-地球」と並んだときは旧暦の1日=朔日=新月(地球から見ると月に光が当たっていないので月がないように見える)
「太陽-地球-月」と並んだときは旧暦の15日~17日の間のどれか=望月=満月(地球から見ると月反面に光が当たっている状態)

で、満月になるのが旧暦でいう15日~17日と不定期なのは前記事で書いたように月が地球を半周する速度が一定ではないので、月が地球を半周する日にちがその都度違ってくるんです。
半周に13,9日の時もあるし、15,5日の時もあるのですが、もう半周して一周するときには約29,5日となるという不思議な現象が起きています・・・。
それにプラスして、旧暦は30日と29日が交互になっているので(現在の暦は30日と31日)満月になる日にちが一定ではないんです。
ということで十五夜が満月ではないというお話を前記事でしました。
まぁこれで月のお話は簡潔です^^


ちなみにコメントに「三日月が好きです」という人もいましたね、コメントの返事は恐縮ながら一律していません^^;
ただ、勝手ながらコメントはドシドシと受け付けていますので^^

私も三日月は大好きです。
三日月を見ると良いことが起きる幸運の月ともいわれていますよね。
意識をしていれば見れますが、意識をしていなければまず拝むことができない月なんですね。
だから私は満月とともに三日月も好きなんです^^

新月(月が光ってないので無い状態)が1日ですからその2日後が3日目の月で三日月です。
三日月が出現しているメインの時間は昼間ですが昼間は光りませんよね。
太陽が沈んでから三日月が光るのですが、その頃にはすでに西の低い位置にいますから、建物や山などがあると、それにさえぎられて、タイミングを合わせても見ることができないこともあります。

だからこそ、昔から三日月をつかさどった兜や象徴があるんでしょうね。
まぁ見かけたらラッキーなことが起きると思っていて間違いないでしょう^^
今夜は満月の夜、いい感じで雲もあり、綺麗な月です、昨日に引き続き、十五夜気分で晩酌します^^


補足
分かりずらくなるので詳しくは書きませんでしたが、月の周期は地球1周約29,5日と書きましたが、実際は29,530589日です。
そしてもう一つ、正確にいうと29,530589日というのは月の平均周期で、実は月々によって地球一周の日数は変わります。
月が地球を一周する実際の日数は29.27日~29.83日の間のどれか不定期で、これは月の複雑な楕円軌道によるものです。
それを平均して29,530589日としているわけです。



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中秋の名月

今夜は中秋の名月ですね^^
外は良い感じの雲も出ていて情緒あふれる雰囲気を醸し出しています。

中秋の名月とは、一年で一番美しく見える月であり、それゆえにお月見をして宴やお酒を飲んだりするようになったようですね。
旧暦でいうと8月15日の夜であるので十五夜と名付けられています。
その時期は、空気が澄み、月がいつもより明るく輝いて見え、更に虫の声も交じり、 より風流を感じられるからこそ、中秋の名月と名付けられたのでしょう。
私は月の神秘的なとこが好きなので、十五夜のお月見は必ずしています^^

ここで少し月のお話を。
基本的に十五夜のお月見というのは、一年で一番美しい状態の月の満月を鑑賞するというものです、しかし今回の満月は10月6日と2日後になっていますね。

どういう事でしょうか。
月の周期は約29,5日です、旧暦では30日と29日を交互にして調整していたので、結局は月の周期と同じ29,5日となり、ずれた分は閏年で調整していました。
なので、基本的に旧暦15日=十五夜(十五夜というのは毎月の15日の夜のこと)=満月なんですね。

なぜ今回ずれたかというと、実は月というのは地球を一周する速度が一定の速度ではないんですね、早くなったり遅くなったりして一周するんです。
地球を一周約29.5日で周っていますが、そうすると満月になるのは半分の14,75日と計算上はなりますよね。
しかしそれは計算上であって、実際は14日くらいの時もあれば、15,5日の時もあります。

月は地球が太陽を回るような正確さはありません。
最初の半周を14日くらい~15,5日くらいの不定期で周り、もう半周して、最終的に一周は約29,5日となるわけです。
それには理由があるのですが、そういう物理学的な難しい話は省きますね^^;

だから単純に最初の半周が14日としたら、もう半周を15,5日で周り、また最初の半周が15,5日なら、もう半周を14日で回っているんです。
その関係にプラスして、旧暦は一か月29日と30日の月が交互なので、満月は15日から前後にずれ、旧暦の15日=毎回満月とは限らないんですね。

本来の趣旨のお月見は満月のはずです、十五夜というのは基本満月であろう日なのでお月見をするわけで、本当の中秋の名月は旧暦8月15日付近の満月の日、つまり10月5日の明日が一番最高な満月なんですね^^
なので私は明日は晩酌で月見酒を楽しみます^^

何故明日が満月なのか?カレンダー上では10月6日が満月なので1日早いと思った人いませんか?
実は満月というのは一瞬の出来事です、それはそうですよね、月は移動しているんですから。
一瞬ですが、完璧な満月になる時間を調べてみると10月6日の午前3時40分だそうです。

なので月見で最高の満月に近い形を見るのは明日、10月5日の夜ということになります。
10月6日の夜よりも満月に近いわけです、こういったこともわかったうえでお月見をすればもっと楽しめるかもしれませんね^^
そういう考えなら、たとえ十五夜が曇りや雨で残念でも、お月見のチャンスがあるわけですから。

最後に
「月に替わってお仕置き」というフレーズがあるように月とお仕置きはもしかしたら関連が強いのかもしれませんね(笑)
私が月に替わってお仕置きしますからね。



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スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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