お仕置き欲を無くしたい人へ 2

「厄介な要因があります」というところで前記事は終わっていましたね、意味深に終わらせてみました^^;
前記事の続きです。

愛情を満たしてあげてもそれだけでは欲求が収まらない厄介な要因というのは、性的ではないお仕置きだとしても、キーさん自身が、「これはいけないこと」「変態行為だ」「恥ずかしいことだ」「誰にも知られたくない」と強く思えば思うほど、お仕置きの欲求は脳裏から離れないことです。
お仕置きに惹きつけられる要素として、タブーを冒しているという心の動揺が大きく関係しているんですね。

子供の頃に目撃したアニメや童話では、お尻を丸出しにされて叩かれている描写が多いですよね、また幼少時にお尻叩きを目撃した人も少なくありません。
そこで現実に他人のお尻を目撃し、しかも叩かれている行為に「見てはいけないものを見てしまった」「自分がされたら恥ずかしくて生きてけない」など、個人差はありますが、タブー的なものを感じているはずです。

このタブーというのが性欲中枢と結びついていて、タブーであるからドキドキとしてしまったりモヤモヤとすることにつながり、脳裏から離れなくなることがあるんです。
タブーが性欲中枢と結びついているというのは、性的な事を感じる全てはタブーであるといっても過言ではないからです。

例を挙げると、裸を見たら性的興奮をするのはいつも服を着ているからであって、見てはいけないものを見てしまったとか、恥ずかしい、というタブーを冒しているからで、アマゾンにいる部族で裸に近い恰好をしていても、その民族間ではそれが普通であるために性的な興奮はしません。
ただ、それをテレビで見る日本人は多少なりともドキッとはしますよね、そういう部分がタブーと性欲中枢が結びついているというところです。

タブーな事だからといって全てが脳裏に焼き付くわけではありません、何かのきっかけ、何かの環境、性格的なもの、状況、体調や気分などにより、その事が無意識に頭から離れなくなるということは我々の身に普通に起こっていることです。
それをどう防ぐかということは、個々の感受性や環境の違いなどもあり、不可能なのかもしれません。

また性欲とは別物で、性欲以前にアニメや童話などで見るお仕置きというのは、とてもあたたかい愛情を感じ、それが自分が欲しているであろう愛情であるから、その愛情の部分で強く惹きつけられ、その愛情こそがお仕置き欲の大部分を占める要素であると私は思っています。

その欲している愛情とタブー(お尻丸出しのペンペン)という別物の二つが複合しているからこそ、更に惹きつけられ、その二つの相乗効果で自分の行動を制御できなくなるくらいにお仕置き欲求が高まってしまうのでしょう。

つまり性的ではない普通のお仕置きを見てしまっただけでも無意識に性欲中枢が反応し、その原因が「羞恥心」であり「いけないことをみてしまった」ということでもあるんです。
「お仕置きに反応してドキドキするなんていけないことだ、考えないようしなきゃ」と思うのもタブーで、これが逆効果になるんですね。
でもこれって日本人なら普通に恥ずかしいですよね、お尻を叩かれるのもそうですが、それよりもスカートをまくられたり、下着を下ろされるわけなので、それを「恥ずかしく感じるな」「いけないことと思うな」というのは無理でしょうね^^;

ただ、それを繰り返していくうちに、同じ相手であれば多少の羞恥心も消えていくだろうし、欲求も満たされ、結果欲求を減らしていくことにつながるのは必然だと思います。
それが一番の卒業の近道じゃないかと私は思っています。

年齢を重ねて再発したら、それこそどうにもならなくなってしまうことが多いですし、それこそ修行僧的にならないとSM的な事にシフトしてしまう危険性が高いようです^^;
だからこそ若いうちにお仕置きを経験しておくことは、欲求を薄める意味でも人生全体を考えたらやるべきことなのではないかとも思います。

そうはいっても恥ずかしさや、いけないことをしていると思う事、やめなければならないという思いは消えにくいですよね…。
それではどうしたらいいのでしょうか。

また長くなりそうなので、続きは明日・・・・。





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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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