映画「3度目の殺人」

先日、「3度目の殺人」という映画を鑑賞してきました。

私的には、この映画はとても心理描写に優れ、楽しめた映画でした。
まぁ殺人事件の映画なので、楽しめるというのは語弊がありますが、心理サスペンス的な部分がよくできているなぁと感じた作品でした。

鑑賞されていない方もいると思うので内容は伏せますが、謎に満ちた映画といいますか、真実は何かということはどうでもよくて、真実よりも他の大切なものを表現したいというような感じでしょうか。
普通に考えたら結末がよくわからず、モヤモヤしてしまう映画なのかもしれませんが、そういう終わり方をする映画ってよくありますよね^^;

ただ、この映画は、私的には結論が謎でモヤモヤするというのではなく、登場人物の言葉や感情面での心理を読み解いていくと、真実というものが自分の中にはっきりと見えてきます。
まぁそもそも演出面や表現の仕方におかしいところや矛盾があったとしたら原作者の思惑と私の受け取り方は違ってきますけどね^^;

こういう映画であればモヤモヤはそれほどでもなく、自分の世界で映画を解釈できます。
そういう意味でとても好きな部類の映画でした。

いくら相手が悪といえど、その相手に対して殺人や犯罪は絶対にNGです。
ただ、私のしているお仕置き活動にも通じている部分もあるので、こういう映画が好きなのかもしれません^^;

全く違う部分は、私の場合は人生を終わらせるのではなく、人生の仕切り直しをさせる事です。
法で裁けないマナー違反や振舞い的な部分、罪から逃れている者、罪悪を感じることに対して、私はしっかりとお説教をしてお尻ペンペンのお仕置きという罰で懲らしめ、罪を清算させます。
自分自身を戒めるために、新たな一歩を踏み出すために、人生の再生をさせるためにです。


気になる方は是非鑑賞してみて下さい、お勧めです^^



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お仕置き欲を無くしたい人へ 3

前記事の続きです。

お仕置きに対しての恥ずかしさや、いけないことをしていると思う事、やめなければならないという思いは消えにくいですよね…。
だからこそ頭にこびりついてしまう、消せるものなら消したい、だけど消せない…。
それではどうしたらいいのでしょうか。

それはもう、”思い込み”しかありません、まずはタブーを解消することですね。
それには「お仕置きは普通のこと」「子供はみんなされているんだから当たり前のこと」「変なことじゃない」「後ろめたいことはない」と、堂々としていることです。
解決策があるように見せて「なんだ、こんなことかよ!」と思われるかもしれませんが、自己暗示でもこれは大切な事です。

幼少期に”愛情のあるお仕置きや愛情のある体罰”を実際に受けてきた人の多くはお仕置き欲はほぼありません、それは普通に体験して普通のことだと思っているからです。
だからこそ叱られたり叩かれたりということに対してタブーと思う気持ちがないんです。
そういう気持ちになればいいのですが、キーさんはすでに脳裏に刻み込まれたまま大人になってしまったのですから、そこが難しいんですけどね^^;
ただ、そこは思い込まないと前には勧めません。

そう意識させる方法としては、お仕置きしてくれる人を固定し、まずは羞恥心やタブーな気持ちを薄めていくことです。
その上で、欠如していた部分の愛情を満たしていき、「向き合って真剣に叱ってくれる人はいるんだ」「どんなことをしても見捨てない人はいるんだ」「人は自分を受け入れてくれるんだ」「認めてくれるんだ」という自己肯定感を養う、そうしていくうちにお仕置き欲の低下にもつながっていくものです。

ただ、そういうことをしてくれる相手がいるかどうかという部分に問題があります。
まずはスタンダードなお仕置きをしてくれる人、次にすべて受け入れて、見放さないで、自分を認めてくれる人。
そうでなければ本当の意味で満たされないかもしれません。
遊び的ではない、恋愛的でもない、スタンダードなお仕置きというのがポイントで、もっと言えばキーさんの理想の形や雰囲気のお仕置きを一つ一つつぶしていくことが大切です。

私がこれまでキーさんを見てきて感じたことは、お仕置き欲というのはスタンダードなお仕置きを何度も繰り返していけば自然と薄れていくもので、「やめなくてはならない」、「卒業しなきゃ」という思いをあまり持たないようにしていると、自然とお仕置きが無くても平気になる人が多いように思います。

また、カーさんと名乗っても多少なりとも性的な事をする人が結構いるようなのですが、そういう人とあたると、キーさんが思う自分の理想のお仕置きではないので、根本が満たされません、そうなると当然根本のお仕置き欲求は残ったまんまになります。
パートナーを変えたとしてもなかなかそういう人はいないので、いろいろな人を転々とすることにも繋がっていき、結果キーさんをやめれないで葛藤していくことになるので、もし卒業したいと思っているなら、そういったことにも注意は必要です。

ちなみに、カーさんの中には性的な事をするのがお仕置きのセットと考えている人もいるようなので、そこはしっかりと確認しておかないといけません。
私のサイトにも書いてありますが「カーさん=性的な事をしない人」というのは間違った認識です。
スパにはいろいろな形があるので、どれが本当かの正解はありません。

ただ、私の場合は私のルールの中で活動していますし、コンセプトを掲げてやっています。
私の中でのお仕置きは、性的なことが一切ないお仕置きなのですが、そこは私のお仕置き観で決めていることです。

また一方、お仕置き欲を封印してしまう人が結構いるんですよね。
でもそれだとなかなか欲求の解消はできずに余計に長引かせてしまったり、爆発してしまったり、人によってはSMに走ってしまったりしてしまう傾向が強いように思えます。

SMがダメといっているわけではないです。
ただSMを知らない人がSMの味をわざわざ知る必要はないんじゃないかなって私が思っているだけです。
SMというのは知的な要素が無ければ精神的に盛り上がることは難しく、だからこそ嵌まってしまうと快楽の追求に歯止めがかからなくなるものなんですね、M気質を持っていればの話ですが、SMとはそういう世界なんです。
男性ならまだしも女性なら蜜の味を知らないほうが幸せじゃないかなと私は思いますけどね^^;
蜜の味を知ってしまった人はとことん追求すればいいことですから、それはそれで幸せなのかもしれませんけどね^^

こういったことを全て考慮すると、私のようなスタンダードなお仕置きをするようなサイト運営者に依頼するのが一番かもしれません。
一番のネックは自分ひとりだけのカーさんではないこと、いろいろな人が来ている中の一人であることです。
それが寂しくて一人のパートナーを求める人もいますしね。

でも私の場合は一人一人と全力でぶつかっていますし、私の中では全員に対して一対一と思っているんですね。
そこらへんを割り切って、それでも自分の心が満たせそうならばサイトへの依頼は一番いいのではないかと思います。
って、宣伝ではないですよ、本心で思っていることですからね(笑)
私のところに限らずって意味ですから^^;

まぁ、はっきり言ってお仕置き欲求を消したいのであれば、その欲求を満たしてあげる事は必然です、そうしていくことによって欲求というものは薄まっていくものですからね。
平和や生活が保障されている日本では、生活的な欲求は満たされているわけですが、その後に求めてしまう欲求というのが、承認される欲求であり、愛で包まれる欲求ともいわれており、それが無ければその先のステージには進めないものです。

お仕置きに惹きつけられてしまう人はそういう部分を満たしてあげることが必要であり、そこが満たされない限り、お仕置き欲求も薄まらないものです。
つまり、一番欲している承認される欲求や、愛で包まれたい欲求は、一連のお仕置き行為の中に全て含まれていて、タブーな思いも含めるとやはりお仕置きで欲求を満たし、欲求を薄めていくのが一番の卒業への近道だと思います。
それだけお仕置きは理にかなっている行為なんですね。

ちなみに、心配している人は非常に多いと思いますが、お仕置きを受けたからといって、お仕置きにどんどん嵌まりこんでいくということはまずありません。
それはディシプリン派のお仕置き欲は、性欲とは違う次元の欲求ですからね、お仕置きには上限があり、欲求を追求してしまうということが無いからです。
ただ、思い違いをして痛みを追求してしまう人はいます、そうなるとそれはSM的な意識になっていって、嵌まる可能性はあります。
だからこそ、それを調整することができる相手を選ぶことが重要となってくるのです。

なので、そこらへんも見てくれる相手を選ぶか、もしくは自分自身に痛みを追求しないような意識を維持していれば、お仕置きに嵌まってしまうことはまずないと考えていいと思います、安心して大丈夫ですよ^^
お仕置きを受けてみようかと思った方々、勇気を出して一歩を踏み出してみて下さい、いつでも受け付けていますからね。



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お仕置き欲を無くしたい人へ 2

「厄介な要因があります」というところで前記事は終わっていましたね、意味深に終わらせてみました^^;
前記事の続きです。

愛情を満たしてあげてもそれだけでは欲求が収まらない厄介な要因というのは、性的ではないお仕置きだとしても、キーさん自身が、「これはいけないこと」「変態行為だ」「恥ずかしいことだ」「誰にも知られたくない」と強く思えば思うほど、お仕置きの欲求は脳裏から離れないことです。
お仕置きに惹きつけられる要素として、タブーを冒しているという心の動揺が大きく関係しているんですね。

子供の頃に目撃したアニメや童話では、お尻を丸出しにされて叩かれている描写が多いですよね、また幼少時にお尻叩きを目撃した人も少なくありません。
そこで現実に他人のお尻を目撃し、しかも叩かれている行為に「見てはいけないものを見てしまった」「自分がされたら恥ずかしくて生きてけない」など、個人差はありますが、タブー的なものを感じているはずです。

このタブーというのが性欲中枢と結びついていて、タブーであるからドキドキとしてしまったりモヤモヤとすることにつながり、脳裏から離れなくなることがあるんです。
タブーが性欲中枢と結びついているというのは、性的な事を感じる全てはタブーであるといっても過言ではないからです。

例を挙げると、裸を見たら性的興奮をするのはいつも服を着ているからであって、見てはいけないものを見てしまったとか、恥ずかしい、というタブーを冒しているからで、アマゾンにいる部族で裸に近い恰好をしていても、その民族間ではそれが普通であるために性的な興奮はしません。
ただ、それをテレビで見る日本人は多少なりともドキッとはしますよね、そういう部分がタブーと性欲中枢が結びついているというところです。

タブーな事だからといって全てが脳裏に焼き付くわけではありません、何かのきっかけ、何かの環境、性格的なもの、状況、体調や気分などにより、その事が無意識に頭から離れなくなるということは我々の身に普通に起こっていることです。
それをどう防ぐかということは、個々の感受性や環境の違いなどもあり、不可能なのかもしれません。

また性欲とは別物で、性欲以前にアニメや童話などで見るお仕置きというのは、とてもあたたかい愛情を感じ、それが自分が欲しているであろう愛情であるから、その愛情の部分で強く惹きつけられ、その愛情こそがお仕置き欲の大部分を占める要素であると私は思っています。

その欲している愛情とタブー(お尻丸出しのペンペン)という別物の二つが複合しているからこそ、更に惹きつけられ、その二つの相乗効果で自分の行動を制御できなくなるくらいにお仕置き欲求が高まってしまうのでしょう。

つまり性的ではない普通のお仕置きを見てしまっただけでも無意識に性欲中枢が反応し、その原因が「羞恥心」であり「いけないことをみてしまった」ということでもあるんです。
「お仕置きに反応してドキドキするなんていけないことだ、考えないようしなきゃ」と思うのもタブーで、これが逆効果になるんですね。
でもこれって日本人なら普通に恥ずかしいですよね、お尻を叩かれるのもそうですが、それよりもスカートをまくられたり、下着を下ろされるわけなので、それを「恥ずかしく感じるな」「いけないことと思うな」というのは無理でしょうね^^;

ただ、それを繰り返していくうちに、同じ相手であれば多少の羞恥心も消えていくだろうし、欲求も満たされ、結果欲求を減らしていくことにつながるのは必然だと思います。
それが一番の卒業の近道じゃないかと私は思っています。

年齢を重ねて再発したら、それこそどうにもならなくなってしまうことが多いですし、それこそ修行僧的にならないとSM的な事にシフトしてしまう危険性が高いようです^^;
だからこそ若いうちにお仕置きを経験しておくことは、欲求を薄める意味でも人生全体を考えたらやるべきことなのではないかとも思います。

そうはいっても恥ずかしさや、いけないことをしていると思う事、やめなければならないという思いは消えにくいですよね…。
それではどうしたらいいのでしょうか。

また長くなりそうなので、続きは明日・・・・。





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お仕置き欲を無くしたい人へ 1

お仕置きという言葉にドキッとしてしまう人、お仕置きをされたいと思う人をキーさんといいますが、キーさんの中でもお仕置き欲を受け入れてしまって、キーのままでいいと思う人、キーを楽しもうと思う人もいます。
一方、お仕置きなんて欲求は無くしてしまいたい、キーを卒業したいと思う人もいます、圧倒的にいずれお仕置き欲を無くしたいという人の方が多いようですけどね。

私からすればそれはどちらでもいいとは思うのですが、やはり女性だからこそ、そういう欲求を持っていること自体を消しさりたいだろうし、この先ずっとこの思いを持ち続けるのも不安だろうと思います。
そして今パートナーがいる人やお仕置きされる環境にある人も、それが永久的に続くとは思っておらず、お仕置き欲があり続け、お仕置きされない環境が続くことを想像すると今のうちに卒業しておきたいと思うこともあるのでしょう。

よくあるのが、その欲求自体を抑えて無理矢理キーを卒業しようとする人ですが、それだといずれ爆発してしまう可能性が高いようですね。
半年、1年我慢しても我慢しきれなくなって、いろいろな人とお仕置きで会って暴走してしまう人、そして何十年も我慢してきて、40代になってから爆発し、年齢的に探すのも一苦労、少人数の中から自分にあった人は見つからず、スパではいないので、お尻を叩いてもらえるならとMに走ってしまう人など、欲求の我慢にはその欲求を更に大きくする弊害もあるんですね。

遊びを封印して勉強をする、目標の体重まで食事制限を徹底するという欲求の抑圧であれば、その後の欲求の解放があるから、ある程度意志が強ければできますが、そうでない限り欲求の封印は難しいのです。

ただ、ディシプリン派のキーさんの一般的なお仕置き欲というのはこれらの欲とは種類が違います、それは基本的にお尻を叩かれて欲求が解消されるわけではなく、そこにはお仕置きの流れで必要な、「悪いことに対してのお説教」「お尻叩き」「その後に受け入れられること」「スキンシップ」という、体感的な欲求はもちろんありますが、心を満たす愛情という欲求の方が大きく潜んでいるからです。

キーさんのお尻を叩かれる行為というのは愛情で心を満たすためのプロセスであり、SMのように叩かれることで被虐感を得て満たされるものではありません。
そこを曖昧にしてしまったり、叩く側がSM的に誘導してしまうとスパからSM的な思考にシフトしてしまうことはよくありますからそうならないように、キーさん自身で洗脳されないようにスパへの思いをしっかりと固定するのは対策の一つです。

私の場合はお仕置きの際、SM的な思考にシフトしないように考えながらお仕置きしていますが、カーさんと名乗ってもS的な思考でお仕置きをしている人も多く、そこはキーさん自身で自覚して気を付けなければならないと思います。
もしSM的な思考になってしまったら、今度は性的快楽や被虐感の欲求となってしまうので、それこそ抜け出せなくなってしまうことにつながります。

何度もブログで書きましたが、ディシプリン派のお仕置きで何を求めているかというと、最終的には愛情であり、受け入れられる安心感、子供の頃に満たされなかった愛情の一部分の補充という人が殆どで、それを得るためには一連のお仕置き行為というのがピッタリとはまるんです。

先ほど普通の欲とは種類が違うと書きましたが、それはそもそもお尻を叩かれたい欲求ではなく、お仕置きの一連の流れが必要で、その先の愛情を求めているからです。
愛情で満たされたいという欲求は物欲や食欲、性欲とは違い、人間が本能で持っている心を満たす欲求なんですね。
もっというと、お仕置きの行為の最終欲求は、母親や父親が子供を抱擁するような母性的な愛情を求めていて、その部分を欲しているから無意識にそこを満たそうするケースが多いようです。
両親に甘えられない人、両親には甘えたくない人、そのように思っていても潜在意識の中では求めているものです。

そういう部分を満たすのっていうのは特に大人になってからはなかなかできません。
親にも頼めないし、恩師にも頼めない、彼氏にもそこまでは頼めないということもあるでしょうから、どうしても満たしたいのであればお仕置きしてくれる相手を掲示板で探したり、サイトの運営者に依頼するしか選択肢はなくなりますよね、だから皆さんこんな出会いはありえないし怖いと思っても行動してしまうんでしょう。

つまり、お仕置き欲求の根本的な欲求は愛情ですから、まずは愛情を満たすこと、いずれ親から自立するように、たくさん甘えて、お尻ペンペンを通してお腹いっぱいになるまで経験していけば自然と離れられることにつながります。
だからそういう部分を満たしてキーを卒業するためには、逆にお仕置きを我慢する必要はないということになります。

ただ、一つ厄介な要因があります。

と、長くなりそうなので、続きは次回に持ち越しです。


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国会議員の不倫騒動

最近国会議員がいろいろな不祥事で世間を騒がせていますね。
とくに不倫やダブル不倫など、男女の関係が発覚し、ワイドショーでも極悪人のごとく叩かれていますね・・・。

まぁ私個人の見解ですけど、政治家は国民のためによりよい生活や安全確保のために存在しているわけで、それが仕事なんですよね。
不倫はいけないことですが、不倫をしたからといって議員を辞めろとか、極悪人のように扱うとか、それはちょっと違うんじゃないかなって私は思うんですね。

政治家は公人で国民の代表だから”聖人君子”でなければならないというのが世の常識のようになっています。
ただ、私は国をいい方向に変える力があれば、それこそが政治家だと思っているので、聖人君子である必要はないと思っているんです。

といっても何をしてもいいわけではなく、悪質な法律違反をしたらそれは議員失格です。
軽度な法律違反ならいいというわけではなく、軽度でも、例えば外でおしっこをしてしまったとか(軽犯罪法違反)、無意識的にそのような誰でもついうっかりしてしまう法律違反はあるわけで、法律違反は即議員失格というのは違うんじゃないかという意味です^^;

だから不倫したから何なんだって感じです(笑)
不倫とはそもそも倫理観の問題で、法律違反ではありません。
不倫は刑事事件ではなく、民事的な問題なので、当事者同士が話し合い、相手を傷つけたのであればそれなりの賠償や謝罪をするものなので、第三者がああだこうだいう事ではないはずです。

そんなプライベートな事でつついて、政治家として優秀な議員や政治能力のある総理大臣達を政治の世界から追い出していったら、結局苦しむのは国民です。
明治維新に関わった人たちはみんな聖人君子だったでしょうか、明治維新に関わらず、日本を変えた立役者は沢山いますが、不倫をした人を全て追放していたとしたら日本はここまで変わっていなかったでしょう。
まぁ、現在不倫をした政治家や疑惑で追い詰められた総理大臣らが優秀かどうかは私は分かりませんけどね^^;

公人が大っぴらに「不倫しています」と堂々としているのなら、それは倫理の問題で悪影響となりますが、ちゃんと隠れてしているのですからね(笑)
バレたら同じだという人もいるでしょうが、わざわざ尾行して秘め事を暴き、それを拡散したんですから、悪影響を与えているとしたら、それはマスコミです。

結局そういうスキャンダルを狙うのは会社の利益の為ですが、その行為が今後もずっと続くとしたら恐らく日本の成長を阻害している行為と言えるかもしれません。
暴くなら不正や犯罪行為に絞ってほしいものです。

私が思うに、政治家は日本をよりよくする政治力があればいいだと思うんです、なのでその為ならちょっとした性癖は見守ってあげましょう^^
そして力のない政治家は、それこそどんどん叩いて辞めさせればいいんです。

しかしまぁ、不倫くらいコントロールできればいいんですけどね、バレたら議員生命に関わるとわかっていても止められないのですからそれは、性癖である痴漢さんと同じかもしれませんね^^;
まぁ痴漢は悪質な法律違反なので行為としては全く別物ですけど、精神的には歯止めがきかないという点で同じでしょう^^;
私はこういうスキャンダルを見ていると、本能的で動物的で面白いですけどね^^

ただ、そういう行為、別の意味では許しません、政治家の資質としては関係なくても、議員といえどお尻ペンのお仕置きです。
男性は受け付けていませんが、不祥事を起こした女性議員、周りを不快な思いにさせた、傷つけてしまった、不安にさせた、そういう事実がある以上、しっかりとお仕置きをしますので、反省したい気持ちがあるのなら罰を受けなければなりませんよ^^




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お仕置き時の心理

お仕置きの時のキーさんの心理についてお話ししたいと思います。

キーさんの心理もそうなんですが、理想や好みも含めたお話しです。
まぁキーさんもいろいろなので心理も理想も好みもそれぞれです、それらをまとめてみようと思います。
もちろんこれはディシプリン派である、性的な事がない家庭的なお仕置きを好むキーさんの事ですからね^^

まず、キーさんのお仕置きの心理はお仕置きをされに来ているのに”お仕置きをされたくない”という矛盾的なものがあげられます。
それはお仕置きというのは嫌なもの、罰的なもので、喜んで受けるものではないからです。
もし喜んで受けるものという心理があったとしたらそれはM的な心理となってしまいます。

なので心では「お仕置きは嫌だ」というものを持ちながらお仕置きを受けることになるのです、これがキーさんの心理ですね。
まぁ実際は痛いのは嫌なのでそういう意味で訴えれば本心からの「お仕置きは嫌!」になりますけどね。
その基本の前提が無ければディシプリンスパのお仕置きとは路線が違ってくるのです。
矛盾と言えば矛盾なのですが、”お仕置きは嫌だ”という前提がなければ、キーさん自身が求めているお仕置きではなくなるのです^^;

キーさんの理想は本当の親と子供のように、悪いことを叱られて、その罰としてお尻ペンペンのお仕置きがあるのですが、当然嫌だし逃げたくなるし泣きたくなるという実際の描写を現実に再現したいので、お仕置きされたいけどされたくないとなるわけです。
だから自分がその子供になり切ることで模倣して萌えるわけですね。

そしてこういうことを頭で考えているなんて恥ずかしくて言えないのはもちろんですが、言ってしまっては全てが崩れてしまい、やらせとかお仕置きごっこに近くなってしまうので、それも理想とはかけ離れてしまいます。
なのでそこはお仕置きをする側がうまくリードしなくてはなりません。
いろんなタイプのキーさんがいるので、そこがすごく難しいことなんですけどね^^;

お仕置きの厳しさに関してですが、
それなりの痛みは感じたい人は、それなりの痛みを感じることがしっくりとくるということでしょう。
悪いことに応じて厳しさも変えてほしい人は、とっても悪いことをしたのに軽めだと反省ができないし、逆にそんなに悪いことじゃないのに厳しめだったら違和感を感じるので、それに応じた厳しさがしっくりくるということでしょう。

軽めのお仕置きがいい人は、子供に対するお仕置きのイメージが軽めであるからそれが一番しっくりくるのでしょう。
また他の面では軽めだと心地のいい痛みでもあるのでお仕置きに浸れるという心理も働くのではないかと思います。

痛みを追及する人は、お仕置きで満たされる対象が痛みになってしまっています。
最初お仕置きという言葉にドキドキしていたころは、おそらく痛みの追求ではなく、温かい愛情の追求であったはずです。
痛みはそれなりにと思っていたのがいつのまに痛みを求めるようになり、厳しくされないと満たされなくなるようです。

しかしお仕置きをする側は相手がどのくらいを求めているのかが手探りなんですね。
大雑把なところは聞いていても、キーさん自身が自分の好みのお仕置きをああしてこうしてというのは違うし、そこを察しなくてはいけないのがお仕置きをする側の難しいところなんですね^^;

キーさんは演技で大げさに嫌がる人もいたり、痛いのに声が出せない人もいたり、限界だなって思わすような人もいます。
そういう様子を見て厳しさを緩めたりもするのですが、キーさんの心の中では「それでも許されずに叩いてほしいのに」と思ったり、そういうシチュエーションを求めているのにと思う人もいるので本当に難しいんですよね。
本当に限界だったらそれは虐待とか恐怖とかになってしまいますしね^^;

またキーさんの理想では、手を出してもそれを押さえつけて欲しいとか、手を出せないように縛って欲しいとか、お仕置きを拒否しても決行してほしいと思ったり、暴れるのを無理やり押さえつけられたいと思ったりと様々です。
でも人によってはそういうのは虐待と思ったり本気で嫌がっているかもしれないし、でもお仕置きの最中に本心を聞くことはご法度だし、、って感じです^^;

キーさんが「ヤダヤダ」といったからって素直にこっちが叩くのを緩めたりお仕置きをやめてしまったらキーさんは満たされません。
かといってキーさん自ら「やっぱり足りないからもっと叩いて」とも言えませんからそのさじ加減は非常に難しいことなんですね。
一番ややこしいのは、本気で痛がって、もう限界で本気で無理っていうケースです。
まぁそれは普通にあるんですけど、そういう時は「この子は本当に限界だな」と感じたらある程度の目安でお仕置きを終えます。

しかし、お仕置きが終わったらそれまで本気に無理って思っていたはずなのに、もう少し叩かれたいと思うようなんですね…。
それがキーさん心理というものなのかもしれません^^;
痛いお仕置きが終わってしまうと、もう叩かれない安心感と、もう少し我慢できたかもという気持ちが湧きあがり、お仕置きが終わったからこそ、追加の欲が出てきてしまうんでしょう。
しかも帰り際に「もっと痛くても平気だった」と捨て台詞を吐いてくのは気を使った損です(笑)

まぁ結局は限界まで厳しくお仕置きをして、そして許してあげてお仕置きが終わるんですが、キーさんはお仕置きが終わって解放されたからこそ、もう少し叩かれたいという心理が働くんだと思います。
終わらない状態であれば本気で終わってほしいと思う、でも終わったからこそ求めてしまうんです、おもしろい心理です。
でも口では言えず、物足りない感じで帰り、そして次につながっていくのでしょうね^^;

こんなに様々なキーさんの様々な理想をどのようにこなしているかというと、お仕置きと関係のない時に理想ややってみたいことを聞いているんですね。
こういう希望をお仕置きの時に聞いたら本来の親と子のお仕置きの再現はできなくなり、違うものになるので聞かないし、キーさんも言えない(言ったら違うものになるため)しそこで冷めてしまうので、出来る限りその場の打ち合わせみたいにならないように事前に話をしたり、メールでそれとなく要望を聞いたりしています。

お仕置きの後の確認でもその後のメールでも、「もう少し叩かれたかったかも」「もう少し厳しくてもよかったかも」と、そういう情報を聞いて次回に生かすようなことはしています。
その話はそこだけの話に留めておけば打ち合わせみたいにはならず、親から子へのお仕置きそのものの再現がよりリアルにできるわけです。

まぁ私は私なりにそういう苦悩があります、人それぞれ理想も好みも心理も違いますからね。
手探りでも理想のお仕置きをしてあげて、キーさんが満たされるようにという気持ちはしっかりとあるのでそこまでできるんでしょうけどね^^


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スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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