どうにかしたい日常の欲求 2

前記事の続きです。

どんどんと性欲の世界にはまっていかないようにするにはどうしたらいいのか、それには抑制が必要ですが、、、とここまでお話ししましたね。
抑制というのは何かというと、ネットでいろいろと調べないということです^^;
なんだよ!と思うでしょうが、それしかないんですよね・・・。

仮に普通の性知識であれば、いくら調べたとしてもいいと思います、それは彼氏がいればそういう行為をするわけなので問題は無いのですからね。
でもそれが更に進化してアブノーマル系になると彼氏では処理できなくて困ってしまうという可能性はありますよね。

アブノーマルな事って肉体にとどまらず、脳が刺激されるものなので、肉体の快楽に更に快楽を与えてくれるものでもあるんです。
もちろん興味が無い人にとっては何の意味もないことですが、何か感じるものがある人はそこから抜け出せなくなります。
例を挙げると薬物のようなものですね。
薬物は脳内ホルモンの分泌を促して脳に快楽を与えるものなので、そう考えると同じなんです、そして薬物はご存じの通りなかなか抜け出せない危険なものです。

だからあえて自分で調べてわざわざアブノーマルな世界に入ることはしない方がいいんです。
もともとアブノーマルに興味があって調べるのであればそれはその人の性癖なので自由ですけどね^^;
今の時代は好奇心で性的な情報はすぐに調べられて、そこには必ずアブノーマルな情報もあります。
アブノーマルな行為は脳で考え、人によっては快楽を得てしまうものなので、アブノーマルに興味が無かった普通の人でも興味を持ってしまうこともあるんですね。
だからこそアブノーマル行為の低年齢化が進み過ぎているんだと私は思います。

ディシプリンスパの世界でも似たようなことがいえます。
最初はお仕置きがたまたま出てくるようなアニメを見たり、実際に大人に叱られている他人の姿を見て、お仕置きに憧れをもってしまいますが、その時はそれで終わっていたはずです。

しかしネットで調べてみると動画や小説、ブログや掲示板等、今まで憧れていたお仕置きの世界がさらに広がり、妄想力が付き、どんどんとお仕置き願望が膨らんできて、お仕置きを実際にしてほしくなるけど勇気が無い。
そうなると、どうにもならない苦しい思いを感じたりしてきます。

更にいうと、スパのお仕置きとSMのお仕置きは大まかにいうと、支配されることや追い詰められるような精神的な部分が似ていることから、キーさんがSMに流されてしまう事がよくあります。
スパのお仕置きを検索していれば必ずSMの情報も出てきてしまい、それに対して嫌悪を持っている人はそれでいいのですが、興味を持って見てしまうと、スパと違った拘束感や被支配感、隷属感、嫌なことを強要されるようなお仕置き等、スパのお仕置きと似た部分を妄想して、錯覚のような感じでSMに興味を持ったりしてしまいます。

興味を持ってしまえば今度は体験したくなりますから、そうなると見ず知らずの人に会わなければなりません。
ただ、SMはディシプリンスパとは違い性欲処理なので、その性欲処理の為に掲示板で男の人を探すことになるんです。
でも性欲処理のために男を探すなんて絶対にあり得ないこと!と以前みなさんは必ず思っていたはずです。

そのハードルを越えてしまうほどの欲求があって、それで一歩踏み出してしまい、それをしてしまうとなかなか前の純粋な自分には戻れないんです。
もし知らない男の人には会いたくないと、強い意志で我慢していたとしたらそれはそれで妄想ばかりが膨らんでしまい辛く苦しむことになるわけなので、それがわかっているからこそ、アブノーマルな世界は見ないのが一番いいんです。

もちろんいい人と出会う確率もあります、スパでもSMでも掲示板の出会いで結婚した人もいます。
ただそれは確率からいったら低すぎますからね・・・。
リスクを背負って、傷つくのを覚悟で、体をいろいろな男の人に捧げるというのは考える余地がありそうです。

まぁとにかく、どうにもならない欲求を抑える方法は難しいのですが、そこまでではない人はネットの情報を調べすぎないように、アブノーマルな事を妄想しないように、今の妄想の世界を広げないようにしていきましょう。
お仕置き小説であればお気に入りの物だけを見るようにして、それ以上探さないようにするとかの工夫が必要です。
新たなお仕置きのやり方や風景をみてまたお仕置きの世界が広がれば欲求はまた高くなることもあります。
子供の時のようにアニメでお仕置きシーンを見ていただけの頃には戻れませんが、今以上広げることはしない方が欲求を高めない為にはいいかと思います。

お仕置き願望であればここで体験するのもいいでしょう、性欲に関してはここで話をするだけでも薄れることはありますし、実際にどのようなものなのかを私が話をすることで多少さめることもあるかもしれません。
妄想とは所詮妄想で、現実の怖さや虚しさ、実際どういう人が多いのか、どういう事例が多いのか、までは考えられていませんからね。
そういう問題で悩んでいる人は是非お話しに来てください。


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どうにかしたい日常の欲求

どうにもならない欲求で悩み苦しんでいる人は結構いるものです、特にそれは女性に多いでしょうね。
どうにもならない欲求というと「性欲」が一番に上がりますが、それ以外にも満たされたい対象がとても強いのであれば性欲以外にもありえます。
その一つがディシプリン派の性的なことがないお仕置き欲求なんですね。

お仕置き欲にせよ、性欲にせよ、それはかなり深刻な問題であります。
男性であればそういう不満は友達に言えますし、性欲処理をする風俗もあります。
男が風俗に行くというのは彼女や奥さん、女友達には内緒にしている人も多いですが、男同士ではオープンにコミュニケーションの一つとなっていたりします^^;
ですが、女性はそういうわけにもいかず、そういうことを口にしたらどうなるかわかりませんよね。
だから自分の中で抱えてしまい、そしてそれがもっと欲求をためてしまう事にもなるんですね。

ひどい時には涙が出たり、吐き気がしたり、モヤモヤがとれなくてやらなければならないことが手につかなかったり、頭から足先までに電流が走るような感覚に陥ったり、ソワソワして落ち着かなかったり、本当にどうにかしたいけどどうにもできない、日常生活に支障が出るような苦しみです。

スパのお仕置き、SM的な行為、そして性行為と欲求はそれぞれありますが、最近はネットが普及していることもあり、この異常なほど膨らんでしまう欲求の正体は、実はネットなどから仕入れた余計な情報というのは間違いありません。
スパのお仕置きに興味があってそこからお仕置きを検索して妄想を膨らませていく子
若い時に性的な事に興味を持ってネットで調べてはまっていく子
その中でより刺激的なSMに興味をもってどんどんと調べてしまう子

興味があるということはとことん調べてしまいますし、自分の理想やより満たされる妄想があったり見つけたりするわけなので、どんどんと世界が広がっていきます。
妄想してもそれは飽きてしまい、更に刺激的な妄想をしてしまう。
定番の妄想はあったとしても、そこから微妙にストーリーを変えたりしていろいろなことを考えてしまいます。

こういったことを日々考えていたらその欲求を満たしたいと思うのは当然で、でも満たすには見ず知らずの人と会わなければならない。
未経験の人は一度思いとどまりますが、それでも欲求に負けて出会いを求めてしまうこともありますよね。
欲求を満たせないというのは辛いもので、それが悩み苦しみ、日常生活に支障が出るほどになってしまう人もいるんですね。
女性の場合は特に生理前なんかはホルモンバランスが崩れ、性欲が上がりやすくなったり気分が不安定になったりするので、その時期はとても辛いという人が多いようです。

しかしそうなってしまってはなかなか対処のしようがありません、欲求を抑えるには欲求を満たしてあげることが一番の近道であるわけですからね。
それができないと我慢しかないので、欲求が抑えられなくなってしまっている子はそれは地獄の日々となるわけです。

妄想の力っていうのはもの凄くて、それは現実よりも満たされるストーリーですから最高のシチュエーションなんですね、それをどんどん進化させていったらどうなるかくらい想像は尽きますよね^^;
パートナーやそれを満たしてくれる彼氏がいるのなら問題ないのですが、その相手方がいない子たちはとてもかわいそうです。

性的なことが無いお仕置ならば問題はないと思いますが、そうではなくて自分の”性欲処理”のために知らない男の人と会うという行動は我慢してもらいたいと私は思います。
一度会ってしまったらこれまで守ってきた大切な何かを失ってしまうような気がします。

一度そういう人と会うことを経験した人は、その高いハードルをクリアしてしまったために抵抗力が薄まる、そこで大切なものが麻痺してしまう、そこが怖いと私は思うんです。
そのようにどんどんと性欲の世界にはまっていかないようにするにはどうしたらいいのか、それには抑制が必要ですが、それは次回にまたお話しします。



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お仕置きごっこ

あるキーさんから聞いたお話しです。
どこかのSMサイトのSの人が、ディシプリンスパ(性的な事がない家庭的なお仕置き)のことを「お仕置きごっこ」とか「お遊びのお尻ペン」とか言っていたらしく、それを聞いてとてもイラついた、なんて話をしてきました。
そして後日、別のキーさんがまた同じような話を私にしてきたんですね^^;

やはり本人たちは真剣に向き合っているスパのお仕置きに対してこのようなバカにする表現をされて腹が立ったのでしょうね^^;
「あの一言で全てのキーを敵に回したよ!」なんてことも必死に話していました(笑)

まぁ、私としてはそもそもSMとディシプリンスパを比較していることが間違いだと思うんですけどね。
それはそうですよね、ディシプリンスパは性的要素の”無い”お仕置きで、SMは基本的に性的要素の”有る”お仕置きですから。
ディシプリンスパの基本はSMと違い、痛みを追求しているわけでもなく、快楽を追求しているわけでもなく、プレイをしているわけでもなく、日常にある悪いことがあったらお説教されるというものなんですけど、そこを理解できないSの人が多いです。

どっちがお遊びかといったら・・・、性的にお仕置きをしている方が快楽をむさぼっているわけで、それが例え真剣だとは言え、性的快楽追及ですから、所詮性的欲求そのものですよね^^;

一方ディシプリンスパは間違いなく性的快楽の追求ではありません、そこに愛情や温もりを求めている場合が殆どです。
ただ、お仕置きによって満たされるということは、ある意味欲求の追求でありますし、エロや性的描写ではない、別の性的欲求が混在しているケースもあるでしょう。
そうだとしても性的快楽を追求しているわけではありませんから、そもそもSMの性的なお仕置きと比較にはならないんですね。

ちなみにSMをしているSさんはディシプリンスパを理解できない人が多いようです。
更に言うと、SMをしていないノーマルの人の方がもっともっと理解できないというか、これはSMと思ってしまうんですよね、悲しいことですけど…。
まぁいくら説明してもキーさんという存在は、Sの人にはMの卵であり、ノーマルの人にはMとしか認識されないのが現状のようです。
そこはなんとか変えていきたいものですね、説明したいのならまずは私のブログを読ませることですかね(笑)

もとにかく、それぞれの好きでSMに興味を持ったり、スパに興味を持ったり、多方面に興味を持ったりしているわけで、その良さはがあるから、それぞれそういう世界を選んでいるわけで、それに対してバカにしたりということは大人げないというか、言うべきではないですよね^^;

私の場合はそれぞれの世界の良さをまず理解することからしますけどね、それにはまる人がいる以上、魅力があるはずなんです。
そういう部分を理解し、その上で自分でどっちを選ぶか決めればいいだけで、他人の選択をああだこうだいうのはお門違いだと思います。

私自身その発言を聞いたわけでもなく、単にキーさんから聞いたことですからどこの誰の発言かは分かりませんし、別に攻撃しているわけではないのですが、SMが好きであればSMはSMで楽しめばいいのではないでしょうか。

それでももし、他の世界を馬鹿にしたり、ディシプリンスパにいちゃもん付けたり、純粋なキーさんにちょっかい出してみたりするのであれば私がお仕置き!なんてことも有り得るかもしれませんね(笑)
しかしそういう人はディシプリンスパを、ラブスパと思い込んでいたり、遊び感覚やプレイ的にお仕置きをしているのと勘違いしているのでしょうし、更にはSMのお仕置きの手加減版とでも思っているのでしょう。
そうであるならば、それは確かに”お仕置きごっこ”ですし、そういった発想は仕方ないですね^^;

ま、結論から言ったらそんな言葉気にしないことです、信念をもってディシプリンスパに誇りを持っていればそれでいいだけです。
性的なSMと性的要素のないディシプリンスパは明らかに別もんですからね^^
それにごっこ的にスパをしている人もいますし、ラブスパや楽しみながらのお仕置きをしている人も実際いることはいますからね。
だからそんなことで腹を立てず、大人げないおこちゃまの戯言と捉えておけばいいのではないでしょうか。
そして自分自身は偏見を持たず、興味のない世界であっても認めてあげる、そういう広い心を持っていきましょう。




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コメントについて

何人かの人から問い合わせがあったので、ブログのコメントについてお話しします。

私のブログのコメント欄は非表示にしてあります、それとコメントに対しての返事はしておりません。
まぁこれは個々に対処しきれなくなるということもあるのですが、連絡手段としてはサイトもあるのでそのようにしているんです^^;

といってもコメントを拝見するのは私としても楽しみの一つなので、私からの返事が無くてもかまわないという人はどんどんコメントくださいね^^
記事を書くたびに、それについてコメントが何件かありますが、やはりうれしいものですからね。

私の話に共感する方、異論がある方、違う見方をする方、それは人それぞれです。
でも、コメントに関してはどれをとっても私としては関心がある事なので、何か主張したいという方でも、軽い気持ちで一言いいたいという方でも、気軽にコメントを残してくれれば幸いです^^

反対意見、違った見方等も大歓迎ですからね、いろいろな見方や考え方があります、偏った考えは排除し、客観的に物事をとらえる上で、とても参考になる事なので、そういう意味でも気軽にコメントをください^^;




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とても切ない応援歌

理不尽な事、悲しい事、どうにもならない事、不安な事、誰かに認めてもらいたい、対人関係の悩み、親子の確執、子育ての苦悩、、、

こういうもの背負って日々を送っている人
がむしゃらに頑張って、ボロボロになっている人
そんな中でも生き続け頑張ろうとしている人

こういう真面目で不器用な人たちが私のところに多くやってきます。
いきなりですが、そんな人たちにエールを送るにふさわしい詩です。

私はいろいろな人の苦悩を思い浮かべてこの詩を読むと涙がほろりとでてきそうになります…^^;
戦っている本人たちにはどう響くかわかりませんが、この活動を通してのみなさんへの応援歌として、しっかりと歌詞を胸に刻み、この曲を知っている人でも改めて心の奥底で聴いてみてほしいと思います。

こういう歌詞の曲ってありそうでなかなかないんですよね、私のとてもとても好きな曲です。
この活動のテーマ曲にもぴったりだと思ってます^^



「田園」

石コロけとばし 夕陽に泣いた僕
夜空見上げて 星に祈ってた君
アブラにまみれて 黙り込んだあいつ
仕事ほっぽらかして ほおづえつくあの娘

何もできないで 誰も救えないで
悲しみひとつもいやせないで
カッコつけてないで
やれるもんだけで
毎日 何かを 頑張っていりゃ

生きていくんだ それでいいんだ
ビルに飲み込まれ 街にはじかれて
それでも その手を 離さないで
僕がいるんだ みんないるんだ
愛はここにある 君はどこにもいけない

ひだまりのなか がむしゃらに走る僕
そろばんはじいて 頭かかえてた君
からのミルクビンに タンポポさすあいつ
道をはずれちゃって とほうに暮れるあの娘

何もうばわないで 誰も傷つけないで
幸せひとつも守れないで
そんなに急がないで
そんなにあせらないで
明日も何かを頑張っていりゃ

生きていくんだ それでいいんだ
波に巻き込まれ 風に飛ばされて
それでも その目を つぶらないで
僕がいるんだ みんないるんだ
そして君がいる 他に何ができる

生きていくんだ それでいいんだ
ビルに飲み込まれ 街にはじかれて
それでも その手を 離さないで
僕がいるんだ 君もいるんだ
みんなここにいる 愛はどこへもいかない





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美女と野獣

先日、「美女と野獣」という映画を鑑賞してきました^^;
当初はディズニーだし、女性や子供が見るものと決めつけていたのですが、見た人達からはすごく良かったという話を何度も聞いて、それならば一度見てみようかと思い立ったわけです。

鑑賞されていない方もいらっしゃるので映画の内容は伏せておきますが、とてもとても深い内容だと感じましたね。
深いというのは、人間の本質的なことをいろいろと考えさせられる内容で、そういう映画は私は凄く好きなんですよね^^

女性の方はほぼ全員、美女を自分に重ね合わせていると思いますし、それが普通だと思いますが、私は見ていて野獣側の女性も少なからずいるよなって思ってしまいました(笑)
それは顔が醜いということではありません、心が醜いということです、結局心が醜いから野獣にされたわけですからね。

なんで私がそう感じたかというと、人間の価値の重点を金や名誉、学歴や見てくれで判断してしまう女性もまぁまぁいるからです。
そういう人こそ、自分は美女側と勘違いしちゃうんでしょうけど、実際は野獣側ですから(笑)
やっぱり人間の価値の重点は心です、それが人間の本質なんですね、心が重点だからこそ愛を与えられるし、愛情で満たされるんです。

もちろん男もですが、男女共通でそういった心よりも経済的な面、見てくれな面、学歴的な面を重要視しすぎてしまうところがあり、それは他人の評価を気にしているからで、いつの間にか大事な心よりも地位や名誉のような上流階級的なものを目指してしまい、そうすると大切な心の部分を二の次にしてしまうことになっていきがちです。
まぁこの映画でいう、野獣的な考え方ですよね。

一方、この美女の素晴らしいところは他人の評価を気にしないところですね、人間少なからず他人の評価を気にして生きています、だから人間ではない野獣とはお付き合いできないんですよね。
でもこの美女は自分の信念を貫き通した、それは他人にどう思われようと、自分が幸せになる道を選べる人ということ。
偏見を持たずに誰とでも接することができるから、相手が野獣であれ、心の優しさに惹かれたんだと思いました。
もちろん実際に野獣であれば賛否両論でしょうが、まぁめちゃくちゃ醜い男として捉えた方がより現実的でしょう。

人間の価値を金や名誉、学歴や見てくれと考えてしまうのはそれに価値を置いている人にとっては理想です、でも本当の理想は心があって、他の要素は全て二の次なんですね。
その大事な部分を二の次にしてしまっていては本物の愛情にはたどり着けないと私は思いますし、いつかそれに気が付く時が来るはずです。
最悪死ぬ間際にその事に気が付き、後悔して死んでいくのかもしれません。

心を満たせるのは心であり、愛情です、決して地位や名誉、お金や見てくれではない、それは一時しのぎの満足で恒久的にみたら心は満たせないことを知っておかなければなりません。

経済的な面や学歴にこだわりすぎている方々は要注意です、いつか麻痺して心より優先してしまう事がないように、なにがなんでもとこだわっていたらいつか麻痺して心が二の次になってしまいますよ^^;
こういったことを改めて考えさせられた映画でした^^;


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節目

今日は7月1日ですね。
上半期も終わり、今日から下半期、ついこの間年始を迎えたと思っていたらもう1年の半分が終わってしまいました。
1日1日は長いものですが、振り返ってみるとあっというまで、この半年間何をしてきたかと考えると後悔するものですよね。

今年の始まりである1月1日には多くの人が「今年の抱負」を考えた事と思います。
しかしそんなこと忘れかけていませんか?
こういう節目の日だからこそ、もう一度原点に返って、今年目標にあげた抱負を振り返ってみてはどうでしょうか。

あわただしい毎日、悩みや苦悩を抱えながら頑張ってきた毎日、1日1日はそんなこんなで必死で何もできなかった人もいるでしょうが、この6か月というスパンで考えると、日々少しでも何かをできたのではないか、それが積もれば成長できたはずではないか、そう考えると後悔を感じます。

節目というものはそういった日々の慣れを改めるためにもあるものです、大きな節目は年末年始ですが、その他にも様々な節目、行事がありますよね。
その都度の節目を意識して、自分を振り返り、怠慢や邪心などの心の”ケガレ”を落としていくのは大切なことです。

目標を立てて何かを達成しようとしている人でも、高い目標を掲げてしまうとなかなか自分の思い通りにならないもので、そういう自分に嫌気がさすことでしょう。
自制がなかなかできなくても、こういった節目を利用して原点に返って考えてみると、忘れかけていた初心がよみがえってくるものです。
長期間の自制なんてそもそもなかなかできるものでもありませんから、節目に初心を思い出し、その繰り返しでいいのではないでしょうか。

また、節目というものは何かの行事ごとに限らずに1日の中でも意識することはできます。
それは1日の行動の中で自分の節目を作ればいいんですね。
受験で長期間勉強漬けの人、資格取得で必死な人、会社の仕事に追われている人、毎日の生活に追われている人、人間関係で悩んでいる人、そういう人に必要なのかもしれません。

その節目は自分自身の神聖な儀式と考え、その都度自分を振り返り、邪念、邪気、迷い、病み等の”けがれ”を落とすんです。
節目は自分自身で決めなければなりませんが、例を上げると、朝家を出る時、会社や学校に入る時、誰かとあいさつを交わした時、勉強や課題に取り組むとき、仕事に取り掛かる時、夜寝る時、朝起きる時と何でもいいわけです。
人によっては朝早く起きての散歩やジョギング、掃除やラジオ体操でもいいでしょう。
また、靴を脱いだ時にきれい揃えたり、出かける前に服装などの乱れを確認したり、靴がきれいかどうか、そして身だしなみを確認したり、そういう事でも気が引き締まり、けがれが落とせるものです。

その節目の時に、少しの時間でも瞑想して心を無にしたり、深呼吸したりして、”けがれを落とす”儀式をしていくと気持ちに変化が起き、新たな気持ちに切り替わるものです。
どういう儀式かは人によって考えればいいことですが、それを毎日の日課としていけばといつも新鮮な気持ちで朝を開始できるのではないかと思います。

こういう考えで、気持ちを切り替える節目を作ってみたらどうでしょうか、ほっておけば心に”けがれ”は溜まっていくものです。
神社やお寺でお祓いしてもらわなくても、日々の小さな”げがれ”は自分で落とすことはできるものなんですよ^^

あ、、ちなみにお尻ペンのお仕置きは神社やお寺のお祓いよりも、違う意味で効果あるのではと私は思っているんですけどね^^;
”げがれ”を落としたい人は一度考えてみるのもいいかもしれません。


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スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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