性的(SM的)なお仕置きと、性的(SM的)ではないお仕置き

お仕置きって一言で言っても大きく分けて性的なお仕置きと性的ではないお仕置きがあります。
ディシプリン派のキーさんは性的ではないお仕置きを求めているものですが、それさえもわからないキーさんもいるんですね。

性的なお仕置きを求めるキーさんというのはもちろんいます。
性的な分類というのはピンからキリまであります、ピンまで行けばモロにSMのお仕置きだし、キリであればSMのお仕置きとまでは言い切れないけど性的なことを連想させるようなお仕置きですね。

そういうことがわかっている人であればいいのですが、SM的なお仕置きのSMというものが何なのか理解できていない人も実際にいます。
そうなってくると自分がどのようなお仕置きを求めているかが見えない状態になってしまいます。
お仕置き的なアニメやドラマ、様々なシーン、そして単純にお仕置きという単語に「ドキッ」っとしてしまう自分って何なのか。
当然自分は変だ、他の人とは違う、Мなのか、変態なのかと一人悩んでしまう人が多いようです。

だからといってお仕置き欲は抑えることができなくて、そうなると必然的に掲示板を利用することになります。
そしてお仕置きについて何もわからない状態なので、出会ったカーさんのするがままのお仕置きを受けることになります。
しっかりと打ち合わせもできていないと当然に性的なことをされることになりますが、「これがこの世界のお仕置きなんだ、自分のお仕置き欲を満たすには多少の性的なことはしょうがないんだ」と無理に納得する人もいます。
だけどやっぱり何かわからないけど違和感が生じ、様々な人を渡り歩き、さらに自分自身を嫌悪し、傷つけていってしまうんですね。

それではどのように心の整理をして、どのように求めるお仕置きを考えたらいいのでしょうか。
これは大事な問題で自分を知るために必要な第一歩ではないかと私は思っています。

私の場合、性的(SM的)なお仕置きか、性的(SM)ではないお仕置きかをどこで区分けしているかの基準を設けています。
まぁそれは誰にもいっていることですし、これまでもブログで書いてきたことなんですけどめちゃくちゃ単純なことなんですね。
それは単純に”親から受けるお仕置きと比較”するだけです。
親から受けるお仕置きにその行為は許容されるかどうか、違和感がないかを考えてみてください。
それは妄想の世界でもいいんです、まずは自分が妄想するお仕置きを考えるのですが、それが親だったり、アニメだったり、小説だったり、その人が憧れているお仕置きのイメージです。
それを考えた時に何がNGかということは見えてくるはずです。
そこが第一歩目でそこから本当の意味で求めているお仕置きを違和感を感じながら探していく作業をしていけば自分を見つめることができるし、その過程でたくさんの愛情を受ければ自然とキーを卒業できるきっかけにもなるかもしれません。
お仕置きで満たされることを経験してみないとキーを卒業することは難しいのではないかと感じます。

その行為(性的、SM的)とは例えば、
体をひもなどで拘束する、首輪をする、浣腸をする、おむつをはかせる、お触りをする(性器、肛門、胸)、罰と称して性的なことをしたりさせたりする、お尻や性器に物を挿入する、等です。
こういったお仕置きで満たされるのならそれは性的なお仕置きを求めていることになりますし、こういった行為を嫌悪するのであれば性的でないお仕置きを求めている(ディシプリン派)ということになります。

お仕置きを受けたい欲望を抑えることができない、その欲を満たすためには多少の性的なことは我慢するという子は実際にいますが、そうであればパートナーは必要ではなく、私のようなサイトを利用したほうがいいのではないかと感じます。

この活動でキーさん達に実際の会ってみると、過去そういう悩みがあったという話や、現在もそうで、そのことの相談とかをしてくる子が結構います。
もちろんメールの段階でそのような相談もありますし、私のこのブログをきっかけに心の整理ができたという人もいます。

自分の心が謎のまま理解できない辛さは相当なものです、しかもその謎は人には言えない背徳的なことですから一生そのことを抱えていかなければなりません。
だからこそ唯一の吐き出せる場所として私のようなブログやサイトは必要だと思っています。
性的でないお仕置きに対する心の動きをしっかりと理解できる人間というのは一般的にはいませんからね。
みんながみんなお仕置きはSMだと考えるでしょうし、たんなる痛みを求めるМだと勘違いするでしょう。
丁寧に説明しようとしても相手側のキャパが狭ければ無理ですしね。

実際に親友に自分がキーだと打ち明けるために、自分の言葉よりも私のブログやサイトを見せて理解してもらったという人もいます。
とにかく一言では説明できない複雑さを持ち合わせていますから説明は難しいですよね。
でも私のブログを通してでもしっかりと説明ができれば、”私もキーかもしれない”という人はたくさんいるんじゃないかなって私は思っているんです。
そしてキーさんの割合が少しでも上がればお仕置き自体、後ろめたい行為ではなく、普通の行為となります。
変かどうかはただ単に少数かそうでないかで決まりますからね、人数が増えれば必然的に一般的となるんです。
そのような世の中にしていきたいと思ってます^^
けどまぁ、現実的には難しいですね…^^;

話を戻します。
性的なお仕置きを望んでいなくてもお仕置きのイメージが好きで楽しみたいとか、軽いお尻ペンでお尻がうっすらと赤くなるのが好きとか嗜好は様々です。
お仕置き理由はなくても単純にお尻を叩かれたいと思ったり、単純にお仕置き欲を満たしたいと考えるキーさんもいて、それは人それぞれです。
お仕置き行為に性的なものを求めていないのならそれはディシプリン派としてもいいんじゃないかなって、最近特に思うようになりました。
区分けなんて境界線は曖昧なものですからね(笑)

厳しくないお尻ペンも最近するようになりましたし、毎回厳しすぎるお仕置きもどうなんだろうなとも感じます。
もちろんしてしまったことの重大性に応じては厳しくしますが、どんな罪でも限界ぎりぎりのお仕置きをしていては、逆に痛みを求めてしまう結果になりかねないので逆効果な面もあるはずです。
そういうこともあって、たいした悪さでなければ軽いペンで終わらせたり、人によっては厳しくと希望する子には厳しくしたりと、最近は独自観を貫き通すというよりも、臨機応変にお仕置きをしています^^





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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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