キーかMか、萌えポイント

キーさんの中には自分がキーであることに自信が持てず、Mなのかもしれないと悩んでいる子が多いんですね。

具体的には、生理や排卵日の前後に欲求が高まりお仕置きを求めてしまい、これは性欲ではないかと考えてしまう例
お仕置きのことを考えたりお仕置きを受けたりすると濡れてしまう例
性的なお仕置きは嫌なはずなのに小説を見ながら自慰行為をしてしまう例
羞恥心をあおるようなことや被虐的なことを考えて自慰行為をしてしまう例
性的なことへの関心が明らかにMである例

と、このようなことで悩んでいる人もいるのですが、何度かブログでも書いているように、性的でない家庭的なお仕置きを受けたいと望んでいる子は間違いなくキーさんなんです。
そのキーさんの性癖的な部分がMであることはそれはそれでいいんです。

よく、スパは非日常と考えている人がほとんどなのですが、実際は自分の間違っていることや悪いところをしっかりと叱ってほしいという、向上心のある人であり、それは間違いなく日常なんですね。
叱られて悪いことのお仕置きとしてゲンコツをするのって日常ですよね、その場所がお尻になっただけですからね。
だから私的には、家庭的なお仕置きは日常であり、SMは非日常であると考えているんです。
つまり真面目に家庭的なお仕置きを望んでいいれば、ドMさんでもその時は正真正銘のキーさんなんですね。

また、お仕置きに対する萌えポイントもキーさんそれぞれです。
特殊な例でいうと、
叱られることもされたいけど、やりたく無いことを強要されて体を抑えつけられたり 、嫌なことでも逃げ道をふさがれて責められるなど。
そして、それらがちゃんと出来たら認められたり褒められたり、甘えられるみたいな。

一見ただのSMと思ってしまいますが、このような心理も突き詰めれば、純粋なお仕置きを求める心理と似てる部分が少なからずあると私は思うんです。
どんな命令でも従い、痛いのは嫌だけど、支配されて追い詰められることを求めてしまう。
これはSMのなにものでもないように見えますが、それでも純粋な気持ちで考えているのならば立派なキーさんなんですね。

すべて突き詰めて考えていくと、自分の悪い部分に対し、理不尽ではないお説教を望み、性的でないお仕置きを求めるのがキーさんであり、お仕置きに対する萌えポイントは心でどのように捉えているかの違いなんですね。
深層心理では同じようなものかもしれませんが、私は違うと思っています。

一番大事なのは感覚で、その行為によって被虐感を感じたいと思っているのか、それで興奮しているのか。
もしそうであるならばMでしょうね。
でも被虐感は嫌だし、被虐感で興奮なんてしない、というのであればそれはキーさん的思考でしょう。
そういうことを基準として考えてみるとMなのかキーなのかということも少しわかってくると思います。

まぁキーさんは実際のお仕置きでは興奮しないのですが、小説や妄想では興奮するものです。
そこがまたMなのかなって悩む要因でもあるんですよね。
わかってくれますかね?説明が難しいですね^^;



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今更プロフィール

今更プロフィールなんですけど、FC2のブログにあるプロフィールなのですが、これってパソコンからしか見れないのを最近知りまして…。
で、一部の人の要望があったので、今更ながらプロフィール的な自己紹介をさせていただきます^^;
お仕置き観、方向性、価値観などを書いてますので、ここでのお仕置き依頼を考えている方は是非読んでみてください。


自己紹介(プロフィール)

初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。


京介




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濡れてしまう事について

以前、お仕置きの記事の中の補足的な形で、体の反応で”あそこ”が濡れてしまう事について書いたのですが、みなさんかなり気にしているようなのでそれについてです。
結構前に書いたのですが題材が違う内容だったのでどこかに埋もれてしまっています^^;
なので今回は濡れてしまう事について、重複しますが書きたいと思います。

よく相談があるのですが「私はキーなのかMなのか」と悩んでしまう要因というのがあります。
それはお仕置きのことを考えていたり、小説を読んでいるだけで”アソコ”が濡れてしまう事です。
当然、リアルで会ってもそうです。
お説教をしてるとき、お尻叩きをしているとき、性的興奮をしているわけでもないのに”アソコ”が濡れてしまうんですね。

普通に考えると濡れるということは、性的興奮をするからと考えられているので戸惑ってしまうのは当然のことです。
「濡れるということは性的興奮をしていることだから私はM(マゾ)なのかもしれない」
「性的でない家庭的なお仕置きを求めているのに本当は違うのかもしれない」
このように考えてしまうのは濡れてしまう事への知識が乏しいので仕方ないのかもしれません。
そして私はMなのかもしれないと思って、SMの世界に入り込む人もいます。

まぁ実際には女性の多くはM的要素があるのでMであってもそれはそれで構わないのですが、仮にMの人でも、お仕置きに関してはSMではなく、性的要素の一切ないお仕置きを受けたい人がいるのが現状で、その時点でキーさんなんです。
つまり”キーでありMである”ということです。
逆に、SMには全く興味はなく、M要素の一切ないキーさんも当然のことながら存在しています。

性的な感覚やいやらしい気持ちでお仕置きを考えているわけでもないのに濡れてしまう。
「エッチな事→性的興奮→濡れる→性欲を処理」
というのが一般的な捉え方ですが、この図式に当てはめてしまうのは普通の性知識では当然のことですし、戸惑ってしまうでしょう。
だからこそ自己嫌悪の対象にもなりうるし、そんなところを相手側に見られたくないという気持ちも当然働きます。

この体の反応は実際に人と会ってお仕置きを受ける時にも出てくることがありますが、これは性的興奮によってのものではありません。
この濡れる現象は、自分の欲しているものが満たされる時に起こるのですが、これは実は脳の錯覚であって、それで濡れてしまうんですね。

そしてこの現象は体内のいくつかのホルモンの影響によるものです。
これらのホルモンは性的興奮と同じような神経伝達物質の配分なのでこのようなことが起きるのですが、肉体の刺激によって起こるものではなく、脳内の反応です。
特に分泌が増すホルモンとしては、オキシトシン、セロトニン、ドーパミン、エンドルフィンです。

欲していたお仕置きが実現することによる満足感や安心感、そしてその一連の行為で愛情を感じとることによって肉体が反応することがあります。
それに欲していた妄想が現実化してもホルモンは同じように分泌するものですし、現実では興奮はしていなくても脳内が妄想時と錯覚してその時と同じような体の反応が出てしまうのは不思議ではありません。

妄想時は性的な事を考えているわけではないですが、性的に興奮する時と同じようなホルモンを分泌してしまうんですね。
なので当然エッチな事を考えてなくても濡れてしまうし、性的に興奮をしていなくても勝手に体が反応してしまうんです。
こうやって心と体と違う反応が出るのは仕方のないことで、脳はそこまで精密にできているわけではなく、そういった意味では脳は結構いい加減な器官なんですね。

それにプラスしてこれからスカートをめくられてしまうとか、お尻を丸出しにされると思ったり、そして実際にお尻を丸出しにされてしまうとかなり強烈な羞恥心や背徳感がでてきてそれが強く影響してきます。
お仕置きにドキドキし過ぎていたり、お仕置き行為に慣れていなかったり、恥ずかしさがいつまでも消えなかったり、いけないことをしている感覚に陥ったりすると、その羞恥心や背徳感が濡れることの手助けをしてしまいます。
また、男性の前で服を脱ぐ行為はだいたいはエッチをするときくらいですし、普段見せないところを異性に見せるというのは恥ずかしいしエッチに感じる人は多いので、その特殊な羞恥心を脳が勝手に錯覚してしまうこともあるかもしれませんね。

脳というものは本当に簡単に錯覚してしまうものなので、”強烈な羞恥心と背徳感”だけで体の反応に出てしまうことがあります。
そしてこの脳内の反応は無意識下なので止めることが出来ません、よって"濡れる"ということも止められないんですね。
緊張したり恥ずかしかったり好きな人と手を握ったりしたときの”心臓がドキドキ”は止めることができませんよね。
それと似たようなことなんです。

例えば卑劣で許せない痴漢行為ですが、痴漢されてメチャクチャ嫌な思いをしているのに濡れてしまう場合があるのも、エッチな事をされているという意識、そして大事なところを触られるなんて絶対にダメな事だ、周りの人にバレてはいけない、という強烈な羞恥心と背徳感によるものが大きいんです。
決して性的な事やエッチな事を考えているわけでないのにこうして体が反応するということはあるということです。

濡れてしまう要因は単純にこういうことから起きるので、体が反応してしまうと落ち込んでいる女性はもう悩む必要はありません。
カーはそこで性的興奮として捉えてはいけませんし、それを煽るような発言はダメですね。
もしそんなことをしたらキーさんとしては一気にお説教やお仕置きの陶酔感が冷めてしまいますよね。
決して性的興奮をしているわけではなく、お仕置きの時は純粋なキーであることは間違いない事実ですし、それはわかっているので安心してください^^

濡れてしまったことはキーさんにとってはそれは屈辱でしょうし見てもらいたくない部分ですよね。
でもそれを見られたくないからといって下着を下ろしたくないとか、お仕置きを受けられないとか、そういう考えは捨てたほうがいいです。
私はそんなことは込みでキーさんを見ていますし、私にとってはそんな些細な事なんです。

それなのに我慢して欲求に翻弄され続ける方を選ぶのは間違った選択だと思います、まずはその欲求を薄めるためにお尻を出してお仕置きを受けることです。
真面目な話、それってかなり重要な要素なんですね。

濡れてしまう事に対してはこれまで説明したように悩む次元ではないので安心していいんです^^
それに何度も同じ人にお仕置きをされていればそのうち脳は正常に判断していき、いずれ濡れなくなりますからね、そしてその時がキーを卒業する一つの目安にもなるのかもしれません^^

ちなみに”実際のお仕置き時”に被虐的な感覚で興奮したり快楽を感じる人はMです、当然濡れるものです。
キーさんは実際のお仕置きの時には興奮はしませんが、これまで思い描いていたものが実際に起きているという困惑と背徳感、それに加えて小説や妄想のシーンが頭によぎるとドキドキ感が増して、それが興奮につながることはあります。
それは小説を読んだり妄想するときはエッチな事でなくても性欲中枢を刺激するような興奮は少なからずあるからです。
なのであえてそういうことを考えてお仕置きに浸るというならばお仕置きで興奮していることになりますが、まぁそれはそれでいいででしょう。

その感覚が被虐欲からくるものでなければMではないということなんですが、まぁそこまで明確にどっちかって悩む必要はないでしょう。
それはどちらでもいいですし、もし被虐欲求があるならば教えといてくれると私も感覚を変えてお仕置きをしてあげられます。
といっても性的な事は絶対にしてあげれませんからね^^;
そういう目で見てあげる、そういう感覚でお仕置きをしてあげるってことです。




※いろんな角度から検証したい方は下記の関連記事もご覧ください。
お仕置きの欲求と性的欲求の違い
お仕置きで濡れる事
濡れるのが恥ずかしいキーさん
惹きつけられる”背徳感”とは
性癖とは

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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

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