痛い出来事

先日のお話です。

その日はお仕置きを含め、仕事とプライベートとぎちぎちにスケジュールが埋まっていて、かなりハードな一日でした。
なのでかなり疲れていたんですね。
その日は夕方に女性と会ってお仕置きをして、その後一緒にお酒を飲んでから別れて電車で帰っていたんですね。

最寄りの駅に着いたときに疲れているし眠かったのでタクシーで帰るかバスで帰るか悩んでいましたんですね。
終バス近い時間だったので結構待つだろうなと思っていたら、その時にちょうどバスが来て、ま、節約にもなるしと思いそれに乗ったんです。
バスだとバス停から5分くらい歩くのでちょっと面倒だったのでほぼタクシー気分だったのですが、タイミングよくバスが来ると「ラッキー!」みたいな嬉しい気持ちになって思わず乗っちゃったんですね^^;

眠いのを我慢しながら乗っていたのですが、睡魔には勝てず気がつくとバスの車庫(終点)に着いていました。
アナウンスでやっと起きた感じで、どこにいるのかもわからない状態(汗)
慌てて降りたのですが、道が分からず運転手に「○○(降りるはずのバス停)はどこですか?」と聞くとそこまで遠くないような感じで説明され、道も先にある信号を右に曲がれば着くとのことでひとまず安心しました。

でも結局は20分以上歩き、やっぱりタクシーで帰ればよかったと自分のした選択にイライラしていました^^;
まぁそんなこといってもしょうがないのでひたすら歩きやっと家につきました。
荷物を置こうとすると

「あれ???」

「道具が無い!」

道具って、そうです・・・。お仕置きのお道具です。
私は見た目に分からないようにケースに入れて持ち歩いているのですが、それが無いんです(汗)
すぐに冷静になりどこで忘れたのか思い出してみると確かにバスに乗ったときには持っていたはず。
終点まで行ったので間違いなく忘れ物として届いているだろうと多少安心しました。
ただ、抜けている運転手だったら気がつかない人もいるかなぁとか、朝のバスでそのままで誰かもっていかないかなとかマイナス的なことも想定していました。

ケースの中身は5種類の道具が入っていてそれぞれに思い入れのある物なんです。
特注品のものが一つ、それ以外でも持ち手の部分を自分で加工してきれいに細工してあるものなんです。
特に特注品はこの世に一つしかないものなので同じものはもう入手できないんですね。
他のケインはただ加工すればいいだけなんですけど、でもやっぱり道具には思い入れがあって、この時に改めてこれだけ道具には愛着をもっていたんだなって実感をしました。

翌日もお仕置き予定があったので次の日の朝にバスの事務所に取りに行くことに決めました。
ちょうどバス車庫の終点で降りたから事務所がわかったものの、そうでなかったらバス会社を調べたりとかなり大変だったでしょうね^^:
でもここでも問題が発生しているんですよね・・・。

そう、忘れ物の中身って必ずチェックされているんですよねー(汗)
場所によっては何が入っていたかの中身を口頭で言わせたり紙に書かせたりしますよね。
公共性のあるバス会社なのでそういう可能性はかなり強いと思い、行くのがとっても気まずかったのですが、最終的には行くしかなくて、、、

恥を忍んで行ってきました^^;

「すいません、昨日の終バスくらいで○○○○いう感じのケースを忘れてしまったんですけど届いていますか?」
と聞くとすぐに「こちらですかねぇ」と返答。
私が「はい」と答えるとその人はその道具を持って私のところに運んでくるのですが、回りにいた5人くらいの人があからさまに他人の振りというか違う方向を見ているんですね。
普通なら朝っぱらに忘れ物を取りに来たならジロジロ見たり、そうでなくても自分の仕事をしたりしているのですが、みんながみんな目が泳いでいたんです(笑)

「この態度はみんな中身を知っているな」
と私は直感的に悟り、気まずい思いをしながらも道具を受け取りました。
中身の確認はなかったのですが、こんなに簡単に渡してしまっていいんだろうかと疑問に残りました。
中身が中身だから特別にそうしたのか、そういうシステムなのかはわかりませんが^^;

でも逆にみんなが興味津々でジロジロ見ていなくて助かりました、きっとあの目が泳いでいたのは気遣い!?であり、ある意味優しさだったのでしょうかね。
そのように前向きに受け止めておきます(笑)
まぁ、ケインだけなら知らない人は知らないので何に使うのかなぁで終わることもあると思うのですが、中にムチも入っていましたからね、見れば何に使うかくらいは想像できるでしょう(笑)

今回のことで道具の大切さを知り、自分の不注意を反省し、どれだけの代償を払わなくてはならないかも認識しました。
道具を大事にはもちろんですが、保管に関しても大事に気を使っていないといけませんね。

しかもバスって地元ですからね(汗)
知り合いが務めているかもしれないし気を付けないといけませんね。
私だからこそ起きる痛く気まずい出来事でした^^;

途中経過

ちょうど一ヶ月半前から始めた炭水化物抜きダイエットですが、なんとかまだ続いています。
まぁ正直言うと大切なお付き合いの席で鯖寿司を2貫、その流れで翌日にラーメン一杯を食べてしまいましたが。
それ以外は炭水化物が多い食材は食べていません。

1ヶ月半前は
体重72,5kg、体脂肪24,7%でした。

今日計ったところ
体重68,9kg(-3,6kg)、体脂肪22,9%、ウエスト-4センチでした。

結構減っているようですが、これでも夜は暴飲暴食の毎日でしたよ^^;
それと女性は内臓脂肪が少なく皮下脂肪が多いので炭水化物抜きダイエットには向かないことが多いそうです。
ご注意ください!

で、一昨日で家のお酒もなくなったのでこれからビールがうまい季節になるまでは家飲みはしません。
少くても6月いっぱいは。
といっても外では飲みますけど(笑)
なので昨日は今年初めてお酒を飲まない日でした。
外でしか飲まないといってもこれまでは毎日飲んでいたのですからそれに比べれば大きな進歩でしょう^^;

また、ここ4,5日前からストレッチを始め、軽目の腹筋も。
これからは本格的な筋トレも含めジョギングもして脂肪を減らし筋肉を付けて体を絞っていこうと思っています。
前は胸が張っていたのですが今は垂れ気味で格好が悪いので頑張ります^^;
ジョギングは今年の初めからやろうやろうと思いつつしていなかったのですが、これからはやりますよ。

軽く体が締まればいいのでそこまでダイエットとかいい体をつくるということではなく、あくまで健康上という趣旨なので体重は65キロ台、体脂肪は10%台、ウエストは70センチ台をキープできるようにしたいと思っています。

これからも誰かしらと美味しいお酒を飲んだり、楽しく人と関わり続けるにはしっかり体を管理しないと心から楽しめませんからね。
人生を楽しむためには体は資本です、先のことを考えて今行動することは今回のダイエットに限らず、どのような事柄でも大切なことだといつも思っていることです。

後回しにせず、今できることは今してしまう、そうすることで心に余裕もできて気持ちもスッキリしますよね。
嫌なことほど先に終わらせてしまうような意識を絶えず持つこと、私も含め、みなさんも心がけましょう^^

お仕置きの受けさせ方 続き(路線変更)

前記事の続きとなりますが、
何でお仕置きの受けさせ方について路線変更しようかと最近思っているのかなんですが
他愛もない話なんですけど、それはある子のお仕置きがきっかけだったんです。

その子は、スポーツをやっていたので筋力も強く、握力も強いんですね。
それにプラスして小柄で細いので抵抗されると押さえつけているにもかかわらず体をすり抜けたりしてなかなか手強いんです^^;

初めて会ったときに
「抵抗しても嫌がっても泣いてもいいから自分の気持ちをそのまま出しなさい」
とは言ったものの反省の「は」の字もないほど抵抗して手がつけられなかったんです。

「反省しているならきちんとお仕置き受けなさい」といっても
「だって抵抗していいって最初に言ったじゃん」
といい、何のためにお仕置きを受けているんだかよく分からない返答をしてきます。
そんな調子でいつも反抗的な言葉ばかりいってお仕置きを受けようとしないので、人それぞれの捉えかたによってはこういうことにもなるんだなぁと考えさせられました^^;

ま、どんな時でも抵抗すればするほどどんどん厳しくなるしお仕置きも終わらないので最終的にはそれ以上の厳しいお仕置きを受けて終わりとなるんですけどね。
そもそもそこまでの悪いことでない時は軽いペンで終わるつもりでいるのですが、反省の色がないのでだんだんと厳しさが増し、終わってみるとかなり厳しいお仕置きとなってしまっています。
でもそれでは私のほうの体力が持たないんですよね、本気で体力を使うのでかなり疲れてしまうし。
冬なのに汗をかくくらいですからね(笑)

だから基本的にはお仕置きを受ける事を前提としておかないと何故お仕置きを受けなければならないのかという本質を見失ってしまうんじゃないかと思うようになっています。
反省をしたからお仕置きはいらないのではなくて、悪いことをした罰として、その償いとしてお仕置きは受けなければならないのですからね。

度を過ぎた抵抗というのはその一番大事な部分が欠落してしまっているからだと思うんです。
反省したからお仕置きはいらないのではなくて、反省しているのは当たり前で、お仕置きはその罪に対しての罰という意味合いだということを相手にしっかりと認識させなきゃいけないと思います。
今まではそんな事分かっているだろうと思っていましたが、確かに「抵抗していいよ」なんて最初から言ってしまっては”お仕置きを受ける”という意識から”お仕置きから逃げよう”という意識に変わってしまう人もいるでしょうからね。

ちなみにその子の身体能力は凄いんです^^;
膝の上にのせてがっちりと体をつかんで身動き取れなくするのですが、まず普通は私側にある相手の手は私の体が邪魔になり、出して来れないはずなんですよね。
もう一方の反対側の手はお尻をかばい、それは容易に阻止できるのですが、そうしているといつの間にか私の体をすり抜けて反対側の手が出てきてしまうんです。

握力も強いし手やケインを握られたら剥がすのに一苦労です。
手の問題を解決したにしても今度は足が来るんですね(笑)
足はバタバタするというレベルではなく、その子は背筋が強くそして柔らかいので両足をお尻の上まで持ってきて静止させるので叩けないんですね^^;

普通は足をばたつかせたりそのような姿勢になったとしても叩ける部分はあるのでその隙間を狙ってペンするのですが、足がお尻の真上まで来て海老反りのような格好を維持しているのでその隙間がないんです^^;
しかもその足を私の足で押さえつけても抵抗はやまず、これもすり抜けて足が出てくるので、なんか柔道の組手のような組み足?な感じてお互いの優位になるように格闘しています^^;

その手と足が邪魔で、しかも力強く逃げようとして、私共々ベッドから落ちそうになったりということがしばしばです(笑)
もうそこまでなったら私の本気度がでて「男の力を見せつけてやる!」なんてムキになって100の力で押さえ込んで、私も体と手と足とフル稼働しがんじがらめにして叩いてしまいます(笑)
そういう格闘をしているうちにその子は、結局はちゃんとお仕置きを受けなければ終わらないんだと認識して素直にお仕置きを受けるんですけどね。
でもそれが毎回って学習能力ないのか!って突っ込みたくなりますけど(笑)

まぁ最終的にお仕置きを受けてシュンとなるので、それはそれでいいのかもしれませんが、なんせ100の力で押さえつけてまでしてお尻を叩くというのは私自身虐待しているような感覚で嫌なんですね。
あと、汗をかくのとても嫌なんです、お仕置きの最中に暑いからといって上半身裸になるとSMっぽくなってしまって自分の思い入れの部分で嫌なのでそうはしたくないし。

結局そういうところで路線変更をしようと思っています。
過度な抵抗にはそのまま放置という手段もありますし、もしそれで終わってしまったとしたらモヤモヤは残るはずなのでいいかもしれません。
やっぱりお仕置きを断固拒否というのは明らかに反省していないし、聞く耳を持っていないということにもなりますからね^^

というお話でした^^

お仕置きの受けさせ方 (心構え)

お仕置きの方法や姿勢などはいろいろな好みもあってよく話題にもあがりますが、お仕置きを受ける側の心構えって触れることはあまりありませんよね。
あまりというよりもほとんどといったほうがいいでしょうか。
まぁ最初にお仕置きをするときにお仕置きする側がそういった話はするんでしょうが、それが表に出てくる事はあまりありません。

お仕置きをするにあたって、どのようにお仕置きを受けさせるべきかという心構えはみなさんしっかりと話はしていると思いますが、極端に分けると二通りだと思うんです。

一つ目は悪い事をした罰なのだから痛くても我慢して耐える、耐えることで反省の姿勢を見せる。
二つ目は嫌がって抵抗してもいいけども言葉や態度で反省の姿勢を見せる。
まぁ理由なしという人もいますしお説教なしという人もいますがそれは論外ということで^^;

一つ目は抵抗や嫌がるという事は反省していないとみなされ、悪い事への罰なのだからお仕置きは受けなければならないもの。
我慢できてこそ反省しているとみなされるので必死に我慢して耐えなければお仕置きは終わりません。
ある意味儀式的なお仕置きであり、ある意味では先生と生徒のような上下関係の体罰的なお仕置きだと思います。

また、これにプラスして自分から「お仕置きお願いします」を言わせたりとか、自分でパンツを下ろしてお仕置きの体勢をとらせるとかいうこともさせる場合がありますよね。
耐えるのが基本なのでお仕置き中はあまり会話もなく、本当にこれは罪の償い的で懲罰的な重い雰囲気なんですね。
まぁ自分でした事にはお尻ペンという形でしっかりと責任を取らせる、そして耐えなければ反省とみなされないということなのでそういう心構え、心の持ちようが必要になってきます。

ただこれは痛みを意識的に排除しようとして頭を真っ白にしたり無にしたりするので本来の痛みをそこまで感じないという難点もあるみたいです。
痛いのは痛いのですが、意識的に痛みを麻痺させてしまい痛みの限界点を超えてしまうので、しっかりとお尻の状態を見ていないとお尻に傷が付いたり流血してしまったりということも起きてしまうこともあるので注意が必要だと思います。


二つ目は、嫌がっても抵抗しても構わない、それを押さえつけてお尻ペンをする。
これは日常的な日本の子供に対するお仕置きの雰囲気ではないでしょうか。
日常的といっても現在はほとんどお仕置きはないようですね、少し昔の日常です^^;

でもこれって、本気で抵抗されるとかなり疲れるんです^^;
本当にお仕置きが嫌で逃げたい気持ちがあるから、たとえ悪いことをしたとしても素直に受けたくないんですね。
だから「ごめんなさい」とか「反省した」という言葉で許してもらおうと頑張るのです。
まぁでも悪いことをしたらお仕置きと決まっているのでお尻ペンするのですが、嫌々してしまうところが子供っぽくて可愛い面もありますよね、過度な抵抗は困りものですが^^;
でもそうしているとお仕置きが終わらないし、最悪回数も増やされるという事にそのうち気がつくんです。

結局は静かに我慢して耐えていたほうが早く終わったのにっていう結果になるのですが、学習能力が不足しているのか、毎度毎度こんな事を繰り返すみたいなところがありますよね(笑)
これの利点は、嫌がって声を出したり逃げようとする意識を持っているので痛みもより強く感じると思います。
痛いから嫌だという意識でより痛みを感じるのであって、耐えるお仕置きと違い頭を無にすることはあまりないのでより痛みがリアルに感じることができると思います。

さて、私はどちらのタイプかというと、それはどちらもです(笑)
というか、中間というべきでしょうかね。
そもそもこの二つは極端に分けたものなので、だいたいの人はその中間でお仕置きをしていて、そのどちらの度合いが強いかというところだと思います。

私がどちらの度合いが強いかというと、それは二つ目で説明した抵抗して嫌々するほうの度合いが強いですね。
でも最終的には「反省しているならしっかりとお仕置きを受けなさい」という言葉が出て耐えてもらいますけど^^;
その方が人間の感情ややり取りを感じる事ができて私は好きなんですね。

一つ目の「ただ我慢して受けるだけ」のお仕置きは極端になりすぎると人間味がなく奴隷や人形のようで嫌なんですよね、物を叩いているようでなにかしっくりときません。
最終的に人間同士のやり取りの過程があって我慢させるのはいいんですけどね、最初から暗い感じでお尻を叩いてお仕置きを受けさせるような儀式的なのは好きではありません。

なので私の場合は最初は嫌がったとしても、途中から我慢して耐えさせるという雰囲気に持っていくという感じですかね。
まぁどういう形にせよ、相手には愛情を持ち相手の事を想ってお仕置きをすることは前提です。
真面目にお仕置きを受けるような真っ直ぐな考えの人は私は好きなので愛情がもてるんですよね。

余談ですが、私は初対面でのお仕置き前には「暴れても泣いても嫌がってもいいから自分の気持ちを全て出しなさい」というようにしています。
しかしそれも最近になってどうかなって考えています。
体力のある子が限度を超えて嫌がるとそれこそ真冬でも汗だくになって本当に大変なんですよ・・・。
だから基本は耐えることを前提にした上で抵抗させようかなって多少の路線変更を考えています^^:

なんで路線変更しようと最近思ったのか、、、そのお話は次回にでも…。


キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください。

愛とお金の両立

愛情かお金かって永遠のテーマみたいになっていますけど実際問題はどうなのでしょうかね^^

私の経験上、お金持ちの人は愛情を欲しており、貧乏人はお金を欲している人が多いように感じます。
ただ、貧乏人でもお金より愛情だって頑なな人がいますよね、とても素敵です。
結論から言うと私は最低限生活できるお金と愛情があるのが一番かなって思います。
まわりと比較してしまうから貧乏人の枠があるのであって、本来は生活できさえすればいいわけですよね。
ただ、飢餓に苦しむほどの貧乏ではさすがにお金となってしまいそうですけど・・・。

昔はぜいたく品といわれていた物が今では生活必需品となっていたりしますよね。
まわりがみんな持っていればそれは必需品と化してしまうんですね。
携帯電話、テレビ、クーラーなんかもそうですが、それは固定電話、ラジオ、扇風機でも代用できます。
クーラーだって3,40年も前だったら家庭ではあまり普及していなかったですからね。

それでも熱中症になる人が少なかったのはクーラーがなかったため体が自然に体温調節が出来ていたからということもあるんでしょう。
人間には寒さや暑さに体操する調節機能が備わっていてあまりにも年中同じ気温で過ごしてしまうとその機能が働かなくなってしまい風邪をひきやすくなったり免疫力が弱くなったりしてしまうこともおこるんです。
確かに今は昔と比べて多少気温は高めですが、文明の進化が進むにつれて体の機能は衰えていると感じます。

また、今では子供同士ではゲーム機が必需品となっていますよね(汗)
物価も2,30年前から比べてそこまで上がっているわけではないと思うんですけど、給料は上がっているんです。
いつもバブル期の給料と比較しちゃいますが、あれは異常事態であって普通の給料はいくらなのかはよくわかりませんし、いまが正常なのかもしれません。

テレビや冷蔵庫、クーラー、コンポなどの電化製品は2,30年前から比べるとかなり昔より安くなっていますよね。
それに今は100円均一でなんでも買える時代なのでそういう意味では2,30年前から比べて物価は下がっているような気もします。
上がっているのは土地と家賃くらいで生活必需品は同等かそれ以下になっているような気がします。
給料が上がっているのに(バブル時代からは下がっていますがもっと前に比べてです)物価はさほど変わらない。

でもみんな生活が苦しいと悲鳴を上げています。
こうやって過去を振り返ると今は過去よりたくさんの贅沢品がないと生活できなくなってきて、それで悲鳴を上げているに過ぎないと感じます。
塾代などの教育費もみんながやっているから必需となっていることもありあすし、まぁそれが時代と言われればそれでおしまいなんですけどね。

私は貧乏の中でないと幸せを感じることは難しいと思っていて、そういう意味で贅沢をさせない政治というのは必要だったなって感じます。
なのであの幸せの王国「ブータン」が話題になったときに私は”これだ”と感動してしまいました。
贅沢の中では幸せはあまり感じませんが、同じことでも貧乏の中では幸せに感じることがたくさんあるんですよね。

幸せに感じることがあれば心も満たされ心が豊かになれるんです。
それが人間にとって一番大切というか必要なことだと私は思います。
これはお仕置きにも通じるところがあって、やっぱりお仕置きの後は心が満たされて幸せな気持ちになれるんです。

話がそれてしまいましたね^^;
何が言いたいかというと、いくらお金があっても心が満たされない限り幸せにはなれないし愛情がない限り幸せにはなれないと思うんです。
お金があれば不自由なく暮らすことはできますが、それは肉体的な幸せであって精神的な幸せではないはずです。
お金があって愛があれば申し分ないように思えますが、それがなかなかうまくいくものでもないんですね。
金持ちには金持ちなりの悩みもあるんです。

貧乏人ってお金がない分、好きな人とはお金で一緒になったわけでもなく愛情があるから一緒になるんですよね。
お金以外の性格や人柄やいろいろな面の人間性を好きになるから一緒になるんです。
これは友達でも親友でもそうですが、お金が無くても付き合えるってことは人間性が好きだからなんですよね。

でも金持ちって”お金”が介入することによって大事なものが見えてこないんですね。
金持ちで性格の悪い人って結構いますがそれでもそういう人には友達が多いんです。
普通は友達なんてできませんよね、だからこれは金の力の友達なんです。
で、可哀想なことはその金持ちの一部は自分の人間性が好きでみんなが群がっていると勘違いしていることです。

私はそれに群がる人になるのは魂を売るような感じがして絶対にしたくありません。
だからいくら大金を積まれようが私は買われることはないです。
まぁ私なんて買う価値はありませんけどね(笑)

だから私はお金持ちでもその人の人間性だけを見てお付き合いをするし、お金持ちだという面はプラスではなくてマイナス要素としてその人を見てしまいます。
それでも性格のいい人、心の優しい人はいるものです。
そういう人とは仲良くしますが、知れば知るほど不幸な人だなって余計可哀想に思えてくることもあります。

相手を信用して、それが友情や愛情だと錯覚して結局は騙されてしまうみたいなことがしょっちゅう起こります。
そういう面でお金持ちの人は「所詮私の価値はお金でしかないんだ」と悩んでしまうこともあります。
お金がある以上、これが一生続くし、そうなると精神的には苦しいして、完全に幸せな気持ちになれることはないんじゃないかなって心配な面もあります。

金の力があると、他人から見て自分は人間としての自分を好きなってくれたのか、お金を持っている自分が好きなのかが分からなくなるんです。
そういう意味では不幸なだと私は思います。
相手は口が裂けても「あなたのお金に魅力があるんですよ」なんていえませんからね(笑)

一緒にいる人が心でどう思っているのかは感覚でしか分からず一生疑念を抱いて死んでいくのかもしれませんね・・・。
その点貧乏人はそういう心配はありませんから、変な話、そういった意味では私は幸せだなって感じます。
だから私は金持ちにはなりたくないと思います、それでも生活に困らないほどほどのお金は必要ですけどね^^;

これに似たようなもので、芸能人や有名人も金持ちと同じで、一緒にいることがステータスだったりと、人間性でなくほかの部分に惹かれているという面では可哀想に思います。
持ち上げられて我侭が通ってしまう世界なので性格が悪い人も多いみたいですし、それを叱る人もいなければ、たくさん人が集まってくるので錯覚してくるんでしょうね。。

ちやほやされていると何が大切で何が必要かっていうところが見えてこなくなってしまいます。
天狗になるといいますが、そういう生活を送っていると感覚が麻痺してしまって普通には戻りにくくなってしまうものです。
それでいいと思う人も、もし自分の地位や名声が崩れたら後には何も残りません。
所詮その人の魅力で集まったわけではなく金やステータスで集まっただけなので陰りが見えたら誰も残ってくれません。
もし残ってくれた人がいたとすれば、それこそ友達です。

まぁそんな人でも私のところにくれば悪いところやダメなこところはしっかりと指摘して真剣に愛情を持ってお説教してお仕置きしてあげますけどね(笑)
私を必要としてくれて聞く耳を持って前向きであるならばそういう子は私は大好きですしいつまでも見守っていてあげます。
ちゃんと秘密厳守しますし、個人情報はしっかりと守るので本当の人間性を見てもらいたい人はどうぞ^^


話を戻します^^:
結局今の時代ってお金お金ですよね。
でもお金で愛情や友情は買うことはできません。
買うことができてもそれは偽物の愛ですから心は満たされません。

お金で幸せに感じる人はお金を愛しているのでしょう。
人とのコミュニケーションがなくても幸せと感じるならばそれもいいでしょう。
少くても私の考えは、人間は他人がいるから生きているのであって生まれた意味があるのだと思っています。
だから私は四六時中仕事をして金儲けするのではなく仕事は最低限にしてできるだけ人とのつながりを持つ時間を大切にしています。

もう一ついいたかったのは貧乏人の苦労もあるけども金持ちもそれなりの苦労はあるってことです。
金持ちの家庭や有名人の家庭に生まれた人ってそれをどうすることもできませんからね。
貧乏な家庭に生まれた人は金持ちの家庭が良かったと思うし、金持ちも愛情や友情といった面では金持ちの家庭に生まれたことを悔やむこともあるでしょう。
結局人間はないものねだりなんでしょうけども、やっぱり一番は愛情のはずです。
それが言いたかっただけなんですが、だらだらと長くなってしまいました。

お金は持ちすぎると心の弊害がでてきます、根本は愛情や幸せが人間の心には必要ですからね。
最低限生活できるお金が保障されていると安心なんですけどね、なかなか難しい問題です。
お金を持っていれば無条件に幸せということではありません、だから今の幸せを大切にする、当たり前のことは当たり前ではなく、感謝の気持ちを持てるようにする。
それが幸せになり、心が豊かになることの第一歩となることにつながることは間違いないですから^^

今日から気持を切り替えて、意識を変えて生活してみましょう。

服装の印象

3月に入ってからとっても忙しかったのですが、今週でようやく落ち着きそうです。
でもその忙しさというのは殆どお仕置き関係なので精神的には満たされているんですけどね(笑)
仕事も最低限なことしかやってきていなかったので来週からは仕事にもしっかりと気持ちを入れて取り組んでいこうと思っています^^;


本題に入ります。
まぁ自分の話でどうでもいいお話なんですけどね。

私の印象は、まぁ普通だし優しそうな顔とはよく言われるんです。
自分で自分の顔の評価ってできないもので、こればかりは周りからいわれるしか感じ取ることができません。
生まれてからずっと付き合っている顔なので今更どんな感じの顔だかなんてわかりませんよね。
他の子の情報でしかないのですが、優しいときは優しいけどお説教やお仕置きの時は顔が怖くなるそうですが、それ以外は優しい顔だそうです。

気を使って言っているのかな?とも思いますが、自分自身イカツイ顔とは思っていないしそんなタイプではないのは分かっているので、言われたことを間に受けているのですけど。
でも実際はというとお仕置きでの初対面の人には怖がられるんですよね^^;
特に冬期限定で(笑)

お仕置きで初めて会ったとき、みんな怯えたようにしているんですね。
ま、それは緊張感でと思っていたのですが、それぞれ後から聞いてみたら違う理由からという部分が強いみたいで・・・。
ま、緊張が後押ししているのでしょうけど。

それがなんなのかというと服装です^^;
私は真冬の寒さになると暖かそうなコートを着ているのですが、それが原因なんですね(笑)
12月中旬くらいから3月中旬くらいまで限定で着るのですが暖かいし何といっても私のお気に入りなんです。
やっぱり顔と同じで服装も自分ではどんな印象か判断つかないのですが、はたから見るとイカツイみたいです^^;
ほぼ全員にそのコートを突っ込まれるのでそうなんだなぁと最近再認識をしているところです(苦笑)

それと普段の私は昼間サングラスをしているのですが、さすがにサングラスは初対面の時は外します。
それはイカツク見えるのはよくわかるしそういうところを初めから見せて威圧したくないし、何といっても普段の顔を見て欲しいというのが強いんですよね。
ま、サングラスをしていると格好よく見えますよね、私の場合はまぁまぁサングラスが似合うので格好よく見えちゃうんですよ(笑)
普段の顔とサングラスをした顔は違いますからね、似合わない人は似合わないし。

だから威圧したくないという部分もそうなんですが、ずっとサングラスをしていて外したときに幻滅!なんてことがないようにっていう理由もあるんです^^;
たまにいますよね、サングラス外すと笑っちゃうくらい印象が変わる顔が・・・、思わず笑ってしまう事もありますよね^^;
私はそうは見られたくないので必ずサングラスを外した顔を印象づけてからかけるようにしています。
こうやって普段何気ない行動でも気を使っているんです(笑)
私はイケメンでも何でもありませんからね、最初に格好悪い顔を見せておかないといけません^^;

だからそのコートにサングラスをしているとちょっと印象が悪くなりすぎるので待ち合わせ到着する前くらいからサングラスを外す念の入れようなのですが、結局は服装だけで相手を怖がらせてしまうようです。

ところが一度だけ初対面でサングラス姿を見られたことがありました。
コンビニの地下で待ち合わせをした時の話なのですが、その時には私は待ち合わせの20分前には到着していて、待ち合わせ場所の確認でコンビニの地下に行ったんですよね、まさか既に待ち合わせている人が来ているとは思わずに。

下に降りてみると一人だけ女性がいましたがその時は違う人だと思っていました。
フリーメールの不具合もあって連絡が取れず服装や印象などの重要な情報が何もなかったのもありますし、当日はその不具合で音信不通状態だったので(後から分かったことです)ドタキャンかなっていう思いが既にありました。
その後、上の階に上がりサングラスを外して立ち読みをして時間まで待っていたのですが、結局誰も来ず、私はもう来ないと思い食事をしに行きました。

食事をしている最中にその地下にいた女性を思い出し、もしかしてと思い、既に30分を過ぎていたのですが、コンビニの地下に行くとその女性はまだいました。
しかもその地下にはその女性一人だけです。
しばらくその場にとどまっていたのですが、その女性は一切振り向きもせず微動だにせず化粧品をみていたので声をかけることもできずその場を後にしました。
もし待ち合わせだったら一瞬でも顔を見たりそわそわしますからね、それもないのに声をかける勇気はありませんでした^^;
完全にドタキャンだと思いとりあえず何かあったのかもしれないのでメールを入れてそこを後にしました。

で、結局そのコンビニにいた子が待ち合わせの子だったんです(汗)
結局はその子とは後日会ったのですが、その時のことを詳しく聞いてみると、
私は気がつかなかったのですが、最初私が待ち合わせ場所の確認でサングラスをして地下に降りたとき一瞬私を見たそうです。
印象と違って怖くて、この人だったらやめておこうと思ったらしいです^^;
で、結局コンビニの地下に再度いったときも(この時はサングラスを外していました)そういう理由から振り向くことはしなかったようです。

こんなこともあるんですね・・・。
だからサングラスだけは今はいろんなことを想定して外すようにしています(苦笑)
そしてみなさんに”あのコートはやめな”って言われています(笑)

今はようやく暖かくなったのでそのコートは着ることはありません、なのでしばらくは問題ないでしょう。
でも服装での印象ってそこまで強烈なんだなって改めて考えさせられました。
自分ではお気に入りなんですが、今時はやりじゃないというか時代にあってないからやめようかなとも。
きっとそういうコートを着ている人があまりいないのでそういう印象なんでしょう^^;

というお話しでした。

スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

カレンダー
03 | 2012/04 | 05
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
カテゴリ
月別アーカイブ
プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QR
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示