キーさんあるある「メールのやり取り」

私の場合、現在もいろいろな人達とメールのやりとりをしているのですが、私はこのブログの更新も含めメールを返信するのは自分の空いている時間、しかもまとまった時間があるときしかしないんですね。
他愛もない内容であれば少しの時間で返信はできるのですが、しっかりと考えなければならない事はある程度の時間がないと個々に真剣に向き合えないので時間が取れるときにまとめて返信作業やブログの更新をしています。

なので飲んで遅く帰ってきて爆睡してしまった時や泊りがけで出掛けている時なんかは返信はできないんですね。
基本的に携帯でネットにアクセスすることはしないのでパソコンがない限りブログの更新やメールの返信はできません。

そういうこともあって、返信が2,3日空いてしまうことは普通にあるんですよね。
そしてそのくらい間が開くことは事前に告知もしてあります。
まぁ、今は2日以内には必ず返信はするようにしていますが。

そうやって返信まで時間が空くと不安になるのはわかりますが、こちらの返信を待たずにその気持ちをぶつけてくるようなメールが来るんですね。

「変なメールをしてごめんなさい」「嫌われちゃいましたか?」「重かったですよね」
と返信がこないのが自分のメールが原因だと思い込んでしまう子がそれなりにいるんです。
その中には普通に4,5日とか1,2週間メールの返信をしてこない人もいて、そんな人が私が2,3日返信できなかっただけで不安になってメールをしてくるんです^^;

しまいには「迷惑ばかりかけてすいません、もう2度とメールしません」なんて書いてくる子もいるんですね。
私がメールを開けた時には何通が続けてメールがあり、すべて自己完結してしまっているメールがたまにあります、気持ちは分かりますが、困ったものです^^;
そういう子はそういうやり方が癖になってしまっているんでしょうね。

まぁ自分本位ですよね。
本人は相手から返信がないことで、自分のメールに問題があったのではないかと不安になることまではわかりますが、相手がそんなこと思っていない場合、その相手は嫌な思いをしますよね。
そこまで考えることができたら、もう少し待ってみる努力はできるはずです。
仮に何日も返事がなかったとしても、返信の仕方を変えて相手の様子をうかがうこともできるはずです。

私は基本的に来たメールに対しては必ず返信するのですが、その内容が完結文であったり、返答を必要としていないような内容と判断した場合は返信をしないことがあるので、ずっとのやりとりが当たり前になっている子は嫌われたと思ってしまうのかもしれませんが、そんなことはありません。

私のメールのやりとりというのは基本的に受身なので、メールの話が終結してしまう文章の場合はこちらから返信することはしません。
それはメル友のように毎日のやり取りをちょくちょくしていては全ての人をさばききれないので、メールは基本的にお仕置き依頼かそれにかかわる相談や質問のみとしているんです。
そこを理解させていない私に問題があるのでしょうけど、やはりそういう文章は私を含め、他にもしてほしくないのでそこはしっかりと指摘して注意するようにしています。

こういったやり取りについてだけではなく、メール内容自体にも相手の自分本位なところは見えてきたりしますね。
私はしっかりとしたメールの内容には真剣にその人に向き合いたいので、一つ一つの言葉に対して反応して書いているんですね。
で、その返信内容について相手も反応して欲しいのですが、それについての返答はなく、全く違う話をしてくる人もいます。

あのメールの内容はなんだったの?悩んでいたり気になっていたんじゃないの?
みたいに思ってしまうのですが、まあただ単に聞いて欲しかっただけということもあるしその程度なんでしょう。
ただ、メールに沿って返答しているんですからそれについて一言あって欲しいです。
私が話を聞いてもらっているのではなくて、相手が話を聞いてほしいと連絡が来るのですからね^^;

一番やっかいなのは私が質問系のことを書いて聞いてもそれさえもスルーして自分の寂しさをアピールしてくる人がいるんです。
そういう気持ちはわかりますが、せっかく分かり合える手段を提供しているのにそこを放棄してしまっては会話が成り立たないし私はつまらないんですね。
一方通行の会話ほど意味がないものはありまえん・・・。

また、私が返信もしていないのに立て続けに2,3通メールを送ってくる人もいます。
一つのメールに対してじっくりと返信をしたいのにいろいろなことを書いてきて3通読んでみると
「1通目の内容には返信する必要ないかな、でもこの言葉には返信したほうがいいかな」
とか考えると訳が分からなくなってしまいます。

思いついたことをその都度話をしたいのはわかりますが、メールも会話なのだからその返信内容によっては2通目の内容も変わってくるはずだし相手に返信しやすいように考えることも必要だし、真剣にメールを読んでもらって真剣に返信して欲しいと思うならそのようにすべきなんですよね。

さすがに1週間以上返信がこないのであれば2通目、3通目のメールは構わないのですが、それは催促メールというか「メール届いていますか」「何かあったんですか」的なものにしてほしいですね。
まぁ緊急な事態や気持ちの変化が起きたなら別に何通でもメールを送ってもいいのですけどね。

このようにいずれかに当てはまる子は少なからずいると思います。
というより性格的には何かしら経験があるのかもしれません。
その経験から今は直しているというか、マシになったという人もいるでしょう。

私はそういう人にはしっかりと言い聞かせるのですが出来ない人は出来ないんですね。
実際に会っている人なら理解できてもメールの段階、メールだけのやりとりではなかなか理解してもらえないところがあってそれはそれで仕方のないことだと思っています。

そもそも「嫌われる」とか「重い」とか「変なメール」とか気にすることはなく、もし私が駄目と思えば「直しなさい」と言うだけなんですよね。
それに対して聞く耳を持たなかったり理解しようとしなかったり、直す気持ちがなかった時に、初めて”無理だな”となるのであってそれは価値観の違いだからしょうがないです。

でも聞く耳を持とうとする気持ち、理解しようとする心、直そうとする努力が多少なりとも見えていれば何度間違いを繰り返してもそれはそれで構わないし嫌いになることは絶対にありません。
私はそれに対して叱るだけだし、それを受け止めてくれるのであればそれでいいんですね。
でも叱るとみなさん「嫌われちゃったかな」と思ってしまうみたいですが、私の場合嫌いな人は叱りませんから。

でもなんか変だと思いませんか?
私はいろいろな人に直して欲しいところは叱ったり厳しくしたりしていて、そのことは皆分かっているはずだし、それを求めているはずの子が変に勘ぐった捉え方をしてしまっているんです。
そのような関係であるからこそ叱っているのに、傷ついてどっかに行ってしまう人も中にはいます。
他で出会っているカーさんにそうやって見放されたという経験を持っている人だったら仕方ないかもしれませんが、私に関してはそういうことはないので、そこは信頼してほしいと思っています。

そうではなく、私の言葉が足りなかっただけの落ち度ということもあるのでしょうね。
人によってどこまで理解できるか心を探り、細かいところで変えなければいけないですからね。
でもそういう子が「嫌われたかな」とか、後ろ向きに考えてしまうのは、結局世の中の多くの人が気に食わなかったら見放したりとか離れたりするのが当たり前になっているからなんでしょうね。
個人の感情が優先となり、冷静に客観的に物事を捉えられない、そして相手を包み込むことが面倒に思っている人が多いんでしょうね。

私はその人の将来を考えて、直さなければならないことや直して欲しいことを叱ったり、覚えていたほうがいいことを教えたりするのが親で友人であると思って接しています。
そして私は相手を子供として見ているので嫌うとか感情的に怒るとかいう”レベル”に到達することはありません。
これからの人間関係、自分自身の生き方やあり方に対して将来を考えてあげたいという思いです。
例え人間的に腐っていてもダメダメでも何度も同じ過ちをしたとしても、その時はその子のためを想ってその子の将来のためにお仕置きをするだけなんです。

嫌なことや傷つくこと、痛いことはあるでしょうが、それでも必死になってついてきてくれる子が私は好きなんですね。
お説教やお話をして私の考え方やものの見方に共感してくれることが嬉しいのもあります。
だからこそ真剣に叱れるし気持ちを込めてお尻ペンができるんだと思います、気持ちを込めたお尻叩きは痛いんですけどね。
ま、悪い子にはお仕置きが必要なことですから痛みは症がありません。

あ、メールのあるあるのお話がこんな結末になってしまいましたね。
自分本位はダメです、そして相手の気持ちを考えすぎた自分本位というものもありますから皆さん気を付けてくださいね。

スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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