自分本位な優しさ

相手のことを想って優しさを表現するのってとても難しいことです。
何でかというとそれが相手が求める優しさなのか、求めていない優しさ(または嫌な事)なのかは分からないからです。
自分だけの思い入れの優しさは相手を傷つけたり疲れさせたりする場合もあるんですね。
私はそれを「自分本位(自分勝手)な優しさ」と表現してよくお仕置きの時に指摘するのですが理解するにはなかなか難しいところでもあります。

相手を想っていろいろと考えているのにも関わらず、結果相手の意に反する行動をとっていたり
相手の気持ちを察しているつもりで発言しても、それが相手にとっては不快な言葉だったり
相手と話もしていないのに勝手に自分で結論を出し、それが一番の選択だと思い込んだり
相手を想って一方的に身を引いたり、そういうことを匂わせてしまったり
相手の都合を考えて行動したつもりでも逆に相手の生活や計画を台無しにさせてしまったり
相手の発言を悪い方向に捉えて気を使っても、実は考えすぎで逆に嫌な思いをさせてしまったり

まだまだいろいろあるでしょうが、しっかりと話し合うことをしなければ相手の意向は分からないし、たとえ話をしたとしてもお互いに遠慮や壁があったらそれこそ踏み込んだ話は出来ないものですよね。
勝手に察するのはいいですが、その推測が間違っていたら相手の意に反することになり、それは最悪の結果です。
そういう人は察したことが絶対に間違っていないと思い込んでしまうため、その結果両者とも嫌な思いになり、誤解のままになっててしまうことになりますし、そのすれ違いで誤解のまま友達関係が終わったり、恋愛関係が終了したりということにもなり得ます。

優しさを受けた側が仮に不快に感じたとしても”心の優しい人”はその優しさに対して「ありがとう」とか「わかった」と気を使って返答するものです。
でも心の中身は余計苦しくなったりして更に気疲れさせてしまいます。
当の本人はそんなつもりは毛頭なく本心で励ましたり考えたりしているのですが、それが更に相手を追い込んでしまうことに繋がることもあるんですね。

人って気を使われて発言された言葉や行動を不快に感じても、さすがに気を使ってくれた人に対しては何もいえませんよね。
だから当の本人は相手がそう思っているなんて想像すら出来ずにいるんですね。
社会生活は人と人とのコミュニケーションで成り立っており、それがうまくできないと心が不安定になってしまいます。
だから不快に感じてしまっても大人の対応としては「ありがとう」といわなければなりません、というかそのように返答する人は多いでしょう。

なんでかというと相手がどれほど自分のことを考えて声をかけてくれたのかは分かっているからです。
でも自分のことを考えてくれたことで”ありがとう”といいますが、心の中身は「分かってくれてないな」と考えているもので、「ありがとう」といわせる事で気を使わせ、余計に苦しませることになるのです。

自分自身が、そう想ってくれたら嬉しい、やってくれたら嬉しいと思う言葉や行動でも人によっては嫌な場合がありますからね。
いろいろな人を見ていると、そんなことの繰り返しで相手を疲れさせてしまい、パートナーと自然消滅になったり、友達関係が気まずくなったり、恋人と原因不明で別れたりすることも結構あるのではないかなと感じます。

こういうことってとてもデリケートな問題で、相手からは指摘されないことが殆どなので自分本位の優しさになっていないかどうか十分に気をつける必要はあると思うんです。
私の場合は相手がお仕置き相手や私を信頼してくれる人であればそこを指摘し教えてあげます。
それは自分のことであっても他人のことであってもです。
そこまでの相手でない場合は相談されたらですがアドバイス的に匂わしてあげることはしています。
でもそこって本当にデリケートな問題なので最初は指摘しても受け入れるのはとても難しいことなんですね。

特にお仕置きに憧れを持ってしまう子って構って欲しいのが根本にあるので自分本位の優しさで気を引こうという気持ちがあるんですね、まぁだからそこが自分本位なんですけどね(笑)
だからその優しさを理解して感謝してあげないと拗ねてしまったりするし、指摘すると人間不信になったりしてしまうんです、とても厄介なんですね。
これでは感謝してほしいから優しくアピールしているだけで、もしそういう優しさなら優しさとはいえず、本末転倒です。

まぁ何かをしてあげているのに感謝の言葉もない人はそれはそれで失礼な人ですし、そんな子はお仕置きですが、もしそうだとしても見返りを求めない無償の愛での優しさであればどうでもいいことでしょう。
親は子供が喜ばなくても何かをしてあげたいという気持ちでしてあげているので、喜ばなくても感謝がなくても気にしないものです。
気にしたとしても他の事してあげたほうがよかったかなと自分の判断を気にするでしょう。
もちろん子供が感謝をしないからといって拗ねてしまう親はいますが、それは精神が子供なだけです、気持ちは分かりますけどね^^;

こういったことを私が指摘したとしても本心では少しは理解しているはずなのに、その通りだと認めたくないので意地でもその優しさを理解して認めて欲しいと頑なになってしまうんです。
自分の優しさに反応や感謝をしてくれないと機嫌が悪くなるのは、結局は大人になりきれていない部分であり、相手に対して甘えたいっていうことなんだと思います。
優しさって本来は甘えさせてあげる行為であるのに、そうではなく自分が甘えたいからそれをしたい、だから自分本位なんですね。

まぁ本当にこういうことの指摘はしづらいですが、私は相手を成長させてあげたいという思いとそういう関係性があるのでしっかりと教えこみたいんです。
それが私のしたいことでもあるので曖昧に妥協をすることはありません。
優しい気持ちは凄く分かるんですけどね、でもそれは自分本位の優しさだよって教えてあげます。
冷静に客観的立場でお話をするのですが、構ってオーラが強い子はショックが大きいみたいです。

つい自分本位の優しさを出してしまう人はきっと、何か自分の発する気の利いた言葉や行動で相手を元気づけたいという気持ちが強いんだと思います。
でも結局はしてあげたことに対して感謝の言葉がないことでイラっとしてしまう。
これだと自分をアピールしているに過ぎないんですね、だからその優しさを理解してくれないと怒ってしまうことが多いのでしょう。

といっても相手を思いやる気持ちはとても大切で、それだけの目で見るととっても素晴らしいし優しい心の持ち主なんです。
でもそれは所詮自分が相手にそうしてあげたという、自分の”優しさ”に酔っているだけで深層心理では相手への思いやりではなく自分に向けられたものであって、だからこそ自分本位の優しさと表現しているんです。

厳しいようですがどうですか?
もし自分の言葉や行動で相手が不快だと感じていたと知ったらそれが優しさだと本当に思えるでしょうか。
それでもそう思ってしまう人は、それこそ「ここまで考えてあげたのに」と不快になったり落ち込んだりするのでしょう。
結局相手より自分なんですね、少なくてもそこで相手を不快にさせてしまったことに対して申し訳なかったと思えなければ相手を想っている事になりませんからね。

分かりやすい例で言うとお葬式で「早く元気になってね」とかいう言葉も人によっては受け入れられない言葉でもあります。
鬱病の人に「がんばって治そうね!」って励ますのも苦しめる原因になります。
相手の気持ちに立って何か発しようとするときは自分がいわれて嬉しい言葉を言いがちですが、それは人それぞれの感性によって違うので難しいんです。

相手の気持ちになろうともそれができない場合もあるのですからね。
だから葬式の「ご愁傷様です」という言葉って便利だなって思います、それは無難な言葉であり最大の思いやりの言葉だからです。
言葉が見つからなければ無理に言葉を作らなくていいんです。
あえてその場では声をかけなかったりするのも優しさです。

ちょっと話がそれましたが、ここで言いたいのはパートナーや恋人、友達に対しての普段のやり取りなんです。
相手を尊重したり気を使うことは必要ですが、自分勝手な優しさだけは意識して出さないようにしたほうがいいですよね。
分からなければ相手に聞いたっていいと思うんです。
それが壁を作らないことに繋がることでもあるし壁をなくせば相手も壁をなくしてきますから心と心の会話が成り立つものです。
その中で気を使うことを忘れてしまうと自我が出て喧嘩になったりするのですが、そこさえ注意していればより近づけると思います。

相手の気持ちを聞くのが怖い人って少なからずそういう経験をして喧嘩になったり、嫌な思いをしたりしたことがあるのではないかと思います。
それによって自分の殻に閉じこもってしまった人も多いでしょう、勝手に推測して逃げてしまう事もあったでしょう。
気を許すということは自我を出してわがままを言うことではなく、相手には気を使い尊重した上で心を打ち明けるということだと思います。
ありのままの自分を正直に出すという事と自我を出すという事は違いますからそこを履き違えないようにしなければなりません。
まぁ私の場合はあえて自我も出させてそこを叱るという事をしていますが、普通の人には不快になるだけなので出しては駄目です^^;

そういう気持ちを持って真剣に相手と話をすれば相手には通じます、勝手な優しさよりも相手と話して何を求めているのか確認をした上で相手の望むことをしてあげれるようになったほうがお互い幸せに繋がるでしょう。
そういう話を出来ない場合、落ち込んでいる人を励ましたい場合は無難な声かけをして落ち着くのを待つのが優しさだと思います。

あ、ちなみにサプライズとかプレゼントとかは驚かすつもりならそんなことを考えなくてもいいですけどね。
でもたまに「あれには引いた」ということもあるので自分本位のサプライズも考え物かも知れませんね^^;
そんなときは友人数人に相談してみましょう。
もちろんその時でも友人に気を使わせず思ったことをいってもらわないと駄目ですよ。
特に女性は曖昧にするのが好きですからね、それはそれで生きてく手段としては必要ですが…。
本当に微妙なやりとりなので難しいですよね。

このように書きましたが相手を思いやる気持ちや優しさはとても必要な事でそれを持っていることはいいことなんです。
でもその優しさを履き違えてしまうと何もしないほうがましという事もあるんですね。
相手を不快にさせる優しさよりどうせ相手を想うのだったら相手に喜ばれる優しさを出せるようにしていけると180度違ってきます。

相手を本当の意味で思いやるということはそういうことです、無償の愛、そして無償の友情なのですから見返りを求めたり構ってオーラを出すことはそもそも自分のためになってしまうんですね。
思いやりや優しさを表現したい場合は自分本位な考えでないか、相手が本当に望んでいるのかを考えて行動していけたらとても素敵だなと感じます。

しかしこのように文章で表現するととても難しい問題で、その場だとすぐに指摘できるのですけどね、誤解を招かないように読んでくれる事を願っています、力不足ですかね。
とにかく今回話したことは人生の目標です、いつかそのような人間になれたらと私自身そう思っています。

キーさんあるある「メールのやり取り」

私の場合、現在もいろいろな人達とメールのやりとりをしているのですが、私はこのブログの更新も含めメールを返信するのは自分の空いている時間、しかもまとまった時間があるときしかしないんですね。
他愛もない内容であれば少しの時間で返信はできるのですが、しっかりと考えなければならない事はある程度の時間がないと個々に真剣に向き合えないので時間が取れるときにまとめて返信作業やブログの更新をしています。

なので飲んで遅く帰ってきて爆睡してしまった時や泊りがけで出掛けている時なんかは返信はできないんですね。
基本的に携帯でネットにアクセスすることはしないのでパソコンがない限りブログの更新やメールの返信はできません。

そういうこともあって、返信が2,3日空いてしまうことは普通にあるんですよね。
そしてそのくらい間が開くことは事前に告知もしてあります。
まぁ、今は2日以内には必ず返信はするようにしていますが。

そうやって返信まで時間が空くと不安になるのはわかりますが、こちらの返信を待たずにその気持ちをぶつけてくるようなメールが来るんですね。

「変なメールをしてごめんなさい」「嫌われちゃいましたか?」「重かったですよね」
と返信がこないのが自分のメールが原因だと思い込んでしまう子がそれなりにいるんです。
その中には普通に4,5日とか1,2週間メールの返信をしてこない人もいて、そんな人が私が2,3日返信できなかっただけで不安になってメールをしてくるんです^^;

しまいには「迷惑ばかりかけてすいません、もう2度とメールしません」なんて書いてくる子もいるんですね。
私がメールを開けた時には何通が続けてメールがあり、すべて自己完結してしまっているメールがたまにあります、気持ちは分かりますが、困ったものです^^;
そういう子はそういうやり方が癖になってしまっているんでしょうね。

まぁ自分本位ですよね。
本人は相手から返信がないことで、自分のメールに問題があったのではないかと不安になることまではわかりますが、相手がそんなこと思っていない場合、その相手は嫌な思いをしますよね。
そこまで考えることができたら、もう少し待ってみる努力はできるはずです。
仮に何日も返事がなかったとしても、返信の仕方を変えて相手の様子をうかがうこともできるはずです。

私は基本的に来たメールに対しては必ず返信するのですが、その内容が完結文であったり、返答を必要としていないような内容と判断した場合は返信をしないことがあるので、ずっとのやりとりが当たり前になっている子は嫌われたと思ってしまうのかもしれませんが、そんなことはありません。

私のメールのやりとりというのは基本的に受身なので、メールの話が終結してしまう文章の場合はこちらから返信することはしません。
それはメル友のように毎日のやり取りをちょくちょくしていては全ての人をさばききれないので、メールは基本的にお仕置き依頼かそれにかかわる相談や質問のみとしているんです。
そこを理解させていない私に問題があるのでしょうけど、やはりそういう文章は私を含め、他にもしてほしくないのでそこはしっかりと指摘して注意するようにしています。

こういったやり取りについてだけではなく、メール内容自体にも相手の自分本位なところは見えてきたりしますね。
私はしっかりとしたメールの内容には真剣にその人に向き合いたいので、一つ一つの言葉に対して反応して書いているんですね。
で、その返信内容について相手も反応して欲しいのですが、それについての返答はなく、全く違う話をしてくる人もいます。

あのメールの内容はなんだったの?悩んでいたり気になっていたんじゃないの?
みたいに思ってしまうのですが、まあただ単に聞いて欲しかっただけということもあるしその程度なんでしょう。
ただ、メールに沿って返答しているんですからそれについて一言あって欲しいです。
私が話を聞いてもらっているのではなくて、相手が話を聞いてほしいと連絡が来るのですからね^^;

一番やっかいなのは私が質問系のことを書いて聞いてもそれさえもスルーして自分の寂しさをアピールしてくる人がいるんです。
そういう気持ちはわかりますが、せっかく分かり合える手段を提供しているのにそこを放棄してしまっては会話が成り立たないし私はつまらないんですね。
一方通行の会話ほど意味がないものはありまえん・・・。

また、私が返信もしていないのに立て続けに2,3通メールを送ってくる人もいます。
一つのメールに対してじっくりと返信をしたいのにいろいろなことを書いてきて3通読んでみると
「1通目の内容には返信する必要ないかな、でもこの言葉には返信したほうがいいかな」
とか考えると訳が分からなくなってしまいます。

思いついたことをその都度話をしたいのはわかりますが、メールも会話なのだからその返信内容によっては2通目の内容も変わってくるはずだし相手に返信しやすいように考えることも必要だし、真剣にメールを読んでもらって真剣に返信して欲しいと思うならそのようにすべきなんですよね。

さすがに1週間以上返信がこないのであれば2通目、3通目のメールは構わないのですが、それは催促メールというか「メール届いていますか」「何かあったんですか」的なものにしてほしいですね。
まぁ緊急な事態や気持ちの変化が起きたなら別に何通でもメールを送ってもいいのですけどね。

このようにいずれかに当てはまる子は少なからずいると思います。
というより性格的には何かしら経験があるのかもしれません。
その経験から今は直しているというか、マシになったという人もいるでしょう。

私はそういう人にはしっかりと言い聞かせるのですが出来ない人は出来ないんですね。
実際に会っている人なら理解できてもメールの段階、メールだけのやりとりではなかなか理解してもらえないところがあってそれはそれで仕方のないことだと思っています。

そもそも「嫌われる」とか「重い」とか「変なメール」とか気にすることはなく、もし私が駄目と思えば「直しなさい」と言うだけなんですよね。
それに対して聞く耳を持たなかったり理解しようとしなかったり、直す気持ちがなかった時に、初めて”無理だな”となるのであってそれは価値観の違いだからしょうがないです。

でも聞く耳を持とうとする気持ち、理解しようとする心、直そうとする努力が多少なりとも見えていれば何度間違いを繰り返してもそれはそれで構わないし嫌いになることは絶対にありません。
私はそれに対して叱るだけだし、それを受け止めてくれるのであればそれでいいんですね。
でも叱るとみなさん「嫌われちゃったかな」と思ってしまうみたいですが、私の場合嫌いな人は叱りませんから。

でもなんか変だと思いませんか?
私はいろいろな人に直して欲しいところは叱ったり厳しくしたりしていて、そのことは皆分かっているはずだし、それを求めているはずの子が変に勘ぐった捉え方をしてしまっているんです。
そのような関係であるからこそ叱っているのに、傷ついてどっかに行ってしまう人も中にはいます。
他で出会っているカーさんにそうやって見放されたという経験を持っている人だったら仕方ないかもしれませんが、私に関してはそういうことはないので、そこは信頼してほしいと思っています。

そうではなく、私の言葉が足りなかっただけの落ち度ということもあるのでしょうね。
人によってどこまで理解できるか心を探り、細かいところで変えなければいけないですからね。
でもそういう子が「嫌われたかな」とか、後ろ向きに考えてしまうのは、結局世の中の多くの人が気に食わなかったら見放したりとか離れたりするのが当たり前になっているからなんでしょうね。
個人の感情が優先となり、冷静に客観的に物事を捉えられない、そして相手を包み込むことが面倒に思っている人が多いんでしょうね。

私はその人の将来を考えて、直さなければならないことや直して欲しいことを叱ったり、覚えていたほうがいいことを教えたりするのが親で友人であると思って接しています。
そして私は相手を子供として見ているので嫌うとか感情的に怒るとかいう”レベル”に到達することはありません。
これからの人間関係、自分自身の生き方やあり方に対して将来を考えてあげたいという思いです。
例え人間的に腐っていてもダメダメでも何度も同じ過ちをしたとしても、その時はその子のためを想ってその子の将来のためにお仕置きをするだけなんです。

嫌なことや傷つくこと、痛いことはあるでしょうが、それでも必死になってついてきてくれる子が私は好きなんですね。
お説教やお話をして私の考え方やものの見方に共感してくれることが嬉しいのもあります。
だからこそ真剣に叱れるし気持ちを込めてお尻ペンができるんだと思います、気持ちを込めたお尻叩きは痛いんですけどね。
ま、悪い子にはお仕置きが必要なことですから痛みは症がありません。

あ、メールのあるあるのお話がこんな結末になってしまいましたね。
自分本位はダメです、そして相手の気持ちを考えすぎた自分本位というものもありますから皆さん気を付けてくださいね。

油断大敵

ここだけのお話ですが、

ある子が熱を出して会社を休み、さらにその影響で友達の約束もドタキャンをしたんです。
その件で体調管理がなっていないということでお仕置きをしたんですね。
体調管理がなっていないせいで、会社に迷惑をかけ、友達にも迷惑をかけてしまったのだから当然です。

とくにその職場は一人でも急に休まれると大変に混乱してしまう環境なんですね。
その子は以前の不安定な精神状態から変わり、最近は私生活も仕事も安定しているのでその部分はよかったんですけど、そこで安心感が生まれ、そこからの緩みというのが原因だというのは明らかだったんです。
まぁここまではいつもある日常のお話です。

で、お仕置きをしてしっかりと?反省ができたのでホテルを出てから飲みに連れて行ってあげて、その後それぞれ家に帰ったんです。
私は少し飲み足りなかったので更に帰宅前に近所で飲んだのですが、それが飲みすぎたようで翌日は軽い二日酔いでした^^;

私はその前日もかなり飲んでいて、二日連続で飲みすぎてそのまま布団をろくにかけずに寝たせいか、翌日は二日酔いと何か違和感を持ちつつ仕事をしていました。
眠気があり、具合も悪かったので、車の中で仮眠をとったりしたりしていたんですね。
ま、それも体を冷やす結果になったのでよくはなかったのですが・・・。

このままでは体調がもっと悪化しそうだったので、自宅に帰りあったかい風呂につかって体を温め、それからすぐに布団に入ったのですが、だんだんと具合が悪くなり熱を計ったら体温が高かったんです。
私の場合、熱に弱く37度ちょいくらいでもだるくなってしまうんですよね、周りからは大げさと言われるのですが大げさというわけではないんです(汗)

それと熱が出始めるとだいたい最低でも2,3日は続きます。
その時に1番最初に頭に浮かんだのは昨日お仕置きした子のことでしたね(笑)
あれだけ叱っておいてその翌日に自分が熱を出すなんて、さすがにこれはまずいと私自身強く反省をしました。
そしてこれは意地でも早く治さなければならないと気合を入れてみました。

翌日は最低限の仕事をこなし、曖昧な約束もあったのですが、それは延期をしてもらい体力を温存しました。
翌々日はある程度楽になったのですが油断をせずに栄養を取り体力を温存して安静にしていました。
いつもよりは早めに回復して3日後には普段通り動けることができました。

ま、仕事には穴をあけなかったし、約束といっても”曖昧”なものであったので、(詳しくいえば約束ではなく確定していない待ち合わせみたいな感じ)良しとしましょう。
あれ、なんか言い訳みたいになっているような^^;

でも仕事は最低限こなしたし確定した約束はしていないので問題ないでしょう。
迷惑はかけていないということでオッケーとしましょうね^^;

私の場合風邪をひかないことは、躾る立場からしたら当たり前のことで、万が一風邪をひいてしまっても最低限の責任をはたし、周りに迷惑をかけないことが絶対条件だと思っています。
相手に風邪を移してしまうことも迷惑をかけることですからね、風邪をひいて迷惑をかけないということはとても困難なことですが、私の場合はそれは絶対的にしてはいけないことなんです。

今回のことで久しぶりに自分自身に喝を入れることができ、まぁそういう意味では良かったかなと思えます。
これから寒い時期が続きます、風邪をひきやすい季節なので普段通りではなく、普段より気を付けて過ごすことが風邪予防で最低限必要なことだと感じます。

みなさんも日々の体調管理に気を付けましょう^^

ダイエットのお話

前記事で
「ダイエットに関する正しい知識をお話します」
なんて大げさなことを書いてしまいましたがこれからお話することは基本的なことです。
当たり前のことなのですが、それを知らない女性が多すぎるので興味ある方は読んでみてください^^

まずダイエットというものは楽して痩せるというものは存在しません。
存在するとしたら「胃バイパス手術」くらいでしょうかね。
これは簡単にいうと手術によって胃を小さくして少量の食事で満腹感を得られるようにするものです。
摂取カロリーが少なくなるので必然的に痩せるというわけです。
基本的に保険適用ではないので手術費用は100万〜200万はするでしょうね。
もう一つは脂肪吸引ですが、これも目立たないところとはいえある程度の手術痕が残るのとリスクと隣り合わせという部分がありちょっと怖い面がありますが、この二つのダイエット方法は一般的に考えてあり得ない選択だと思います。

本題に入ります。
人間の体っていうのはその人それぞれの骨格や体型というものが決まっています、
ウエストのクビレがない人、胸だけが小さい人、足だけが太い人、体型が四角い人、ポッチャリ型の人。
まだ様々ありますけど基本的にその体型自体は変えることはできないんですよね。
ダイエットをして理想の体型になったという人は一部であり、元々そういう体型の持ち主であったということがほとんどだと思います。

また、エステで部分痩せというものがありますが、あれは一時的にその部分の脂肪を柔らかくして移動させたり水分を出したりしているだけで数時間経ったら元に戻ってしまうんです。
だからエステで痩せることはありません。
エステと併用してダイエットをすることは効果があるのですがエステだけで痩せるということはないんです。
エステによって痩せたという人がいたとしたら、それは単純に通常ある水分が抜けた状態なのか、痩せることを意識しているために自然と食事に気を使っていかということでしょう。

あと、女性は1kg増えたり減ったりしただけで喜んだり落ち込んだりしていますが、これも意味の無いことです。
昨日より500g体重が減っていたら「痩せた!」と大喜び、逆の場合は「太った」と落ち込む。
例えば私だったら3時間もあれば最低でも5kg痩せられますしそれは実証済みです。

種を明かせばそれは痩せたのではなく水分が5kg分なくなっただけなんですよね。
有酸素運動とサウナで5kg減ったのですがそのほとんどが水分です、脂肪は数百グラムしか減っていないはずです。
そして翌々日くらいになれば体重は元に戻っていますので、要は水分が体にどのくらいあるかだけの話です。
つまり1kg増えた減ったと気にするのは変な話で、水を1リットル飲めば1kg増えるんですよね。

うんちが腸の中にあれば多いときには1kgくらいはあるし、オシッコだって500mlで500gあるんですよね。
それを外に出してしまえば1.5kg体重が減るということです。
おしっこはある程度排出することはできますが、うんちはそうは体から出て行きませんよね(笑)
だから1kg前後で痩せたの太ったのといっているのはおかしな話なんです。

そう考えると日ごとに痩せた太ったというニュアンスは必ずしも正確ではないことがほとんどなんです。
あくまで体重は目安であって、1kg前後の誤差は気にしちゃいけません、しっかりと毎日の体重管理をしてその平均で判断しないと正確ではありません、排便をしたあとに体重計に乗るようにするのもいいかと思います。

更には、女性は生理というものがあり、その全段階では水分を体にため込むようになり、よって生理前は500g~1,5㎏ほど体重が増えますが、これは全て水分です。
食べようとしなかったり水分をとらないようにしても体にたまるもので、生理が終わたら尿とともに排出されるので、それも考えて体重を管理しないといけません。

とにかく女性は体重が何キロかということに重点をおいていますが、それは間違いだと思うんですよね。
体重は目安です、実際は見た目を気にしているのであって体重ではありませんよね。
筋トレをすると体重が増えるから嫌だという話をよく聞きます。
脂肪より筋肉の方が重いので体重が増えることは間違いないのですが、見た目は痩せます。

脂肪でブヨブヨよりも筋肉を付けて締まった体にして痩せて見えるようになったほうがいいはずです。
体重で比較するというのはそれは一般的に比較しやすいからであって、本来の比較対象は見た目ということをお忘れなく。
また「筋トレは筋肉が付きすぎるのが嫌だからしない」という人がいますが、そういう人はただの怠け者であって自分に言い訳をしているだけです。

筋肉が付きすぎるほどの筋トレがどれだけ大変か、特に女性は男性と違い筋肉をつけるのには相当の筋トレが必要ですし、筋肉質になろうとしても並大抵の努力じゃできません。
また、筋肉が付きすぎないようするための筋トレもあるし、筋トレなんだから自分で調整も出来ますからね。
筋肉をつけることによって体が締まる、そして基礎代謝もあがる、それはとてもいいことです。

筋肉質になるということではなく、ある程度筋肉を付けて痩せやすい体と締まった体を手に入れることは重要だと感じます。
ただ、女性は男性と違い筋肉は付きにくく、よって基礎代謝もあがりにくいんです。
それでも体はある程度締めることができるのでチャレンジしてみましょう^^

それで、ダイエット方法についてですが、様々なダイエット本がでていますし、それによって成功した人が出しているので本当であることがほとんどだと思います。
ただ、ダイエットというのはその人にむいているものでなければ意味がないものですからまずは自分に合ったダイエット法を探すことが大切かもしれませんね。

一例を挙げると、昔流行した「炭水化物抜きダイエット」ですが、これは男性には効果ありますが、女性にはあまり効果がありません。
これはなぜかというと炭水化物を抜くとエネルギーが必要になります、エネルギーを貯蔵してあるのは内臓脂肪です、そして内臓脂肪は簡単に減らすことができるんです。
それは内臓脂肪はエネルギーの補給が必要になったときに使う貯蔵庫のようなものだからです。

男性の体は内臓脂肪がたまりやすく女性はたまりにくいんですね、たまっている脂肪が多ければ多いほどダイエットできるという意味で男性の方が炭水化物抜きダイエットに適しているということです。
女性は内臓脂肪自体が少ないのであまり効果がありません、内臓脂肪がなくなると今度は皮下脂肪へとエネルギーを求めてしまいますが、皮下脂肪を燃焼させるのはとても困難なことなんですね、とっても頑固で減らしずらいのが皮下脂肪です。
そして悲しいことにこの皮下脂肪が付きやすいのが女性なんですね。
ま、こういうことも知識として持っておくと役に立つかもしれません。

で、基本的なダイエット方法としてのお話をします。
ダイエットとは=食事制限といっても過言ではないでしょう。
効果を倍増させるには食事制限プラス運動ですね。

まず基礎代謝というものを知ってください、これは1日に人間が何もしなくても消費しているカロリーのことです。
呼吸をしたり心臓を動かしたり脳や内蔵を動かすために消費しているカロリーです。
それはだいたい1500キロカロリー前後なのですが、これプラス行動パターンで1日に2000キロカロリー消費している人もいれば1600キロカロリーしか消費しない人もいるでしょう。
つまり太りやすい人はこのカロリー以内に食事を制限しないとどんどんと太ってしまうんですね。

満腹になるような食事は一食600〜800キロカロリーなので一日1600キロカロリーというと一食あたり530キロカロリーで、質素な朝食を三食のみということになります。
こういう計算の下に食事制限をしていかないと太ってしまいます。
これは太りやすい人の例です、太りにくい人はいくら食べてもそれほど太りません。
私も若い頃はそうでしたし、今でも食べている割には太りません、こればかりは体質なのでどうしようもありませんね。

それとお菓子やジュース、アルコールはお腹にたまらないのにカロリーだけ高い、でもやめられないという危険なものです。
500mlのジュースでもアルコールでもそれ一本だけで200キロカロリー前後もしてしまいます、ポテトチップなんて一袋500キロカロリー前後もあるんですよね。
「筋肉を付けて基礎代謝をあげなさい」なんて指導する人は多いですが、これは最低限必要なこととはいえ、基礎代謝を上げたとしてもせいぜい50キロカロリー位がいっぱいいっぱいです。
それ以上あげようとなるとボディービルダーのようにムキムキにしなくてはならないでしょうから^^;

それでも体重を増やさないで食べたい、飲みたいとなると後は有酸素運動しかないでしょうね。
でもこれって体力を使う割にそこまでの効果はないんです、達成感があるのにあまりやせらないというのはこういうことなんですよね。
私がジョギングするときは5kmを30分位という感じのペースで走っていますが、30分走ってだいたい消費カロリーはたったの350キロカロリー前後くらいだけなんですよね。
喉が渇いたといって500mlの缶ビールを2本飲んでしまったらそれだけで50キロカロリーのオーバーとなり、それだったらジョギングしない方が痩せる計算ですよね。
ま、でも筋肉や肺活量がつき、健康的になるという面ではとってもいいことなんですけどね。

ちなみに350キロカロリーを消費したとしてどのくらいの脂肪が減るかというとたったの50gくらいです。
でも実際は2キロぐらいは体重が落ちていてその体重減少の殆どが水分なんですね。
ジョギングで50g減ったとして週3日走れば150g、1ヵ月で600g、5ヶ月でやっと3kgという計算です。
しかも食事制限をした上で更に週3日5kmのジョギングした結果ですからね、
こうやって考えてみるとダイエットというのはいかに大変なものか分かるでしょう。

ただこれは数値だけでの計算であって太りやすい人の例といったほうがいいと思います。
私を含め太りにくい人や痩せやすい人はこのデータでは説明できないような結果になります。
これは体質からくるのですがギャル曽根さんがそうであるように太らない人は太りません。
また数値以上に痩せやすい人は体重を落とすことができてしまうんですね。

太らないようにするには結局は自分の1日の摂取カロリーの限度を知り、それを一生続けていくことなんですね。
そんな苦しい生活が長く続くわけもなく、だからいつか挫折してリバンドをしてしまう人が多いんだと思います。
理想の体重になったとしたら今までよりは楽な生活ができますが、しかし今度はそれをキープするために摂取カロリーだけは守らなければいけないんです。
人間にはそんなことなかなかできませんよね、一生好きなものも思いっきり食べれないなんて誰もが嫌だと思います。
体を商売としている人は必要なことだから出来るのでしょうが、そうでない人は難しいですよね。

このようにはたからみたら無謀なダイエットでもそれを続けるにはやはり体の構造をしっかりと知る必要があると思います。
例えば1日に自分の消費カロリーを超えたら次の日にその分が脂肪になると思いますか?
人間はロボットではありませんからそんなことはありませんよね。
日々の積み重ねでトータル的に脂肪になるのであって一時的であればその殆どは脂肪になるのではなく便として排出されてしまうんです。
だからダイエットをする中でも1週間に1度は贅沢をするとか過食をするとかそういう特別な日を自分へのご褒美と決めれば続けられると思います。
痩せるのには時間がかかりますが、ダイエットとしては続けられるような気がします。

またジョギング等の運動も義務ではなく出来る時にやる、週に3日は目標だけど最低週1日はやる。
気が向かない時や具合が悪いとき、気持ちが切れそうなときはジョギングではなくウォーキングにしたり走る距離を短くしたりすることでもいいと思います。
しっかりと決め事をしてしまうとその気持ちが切れてしまったときに挫折してしまい達成できなかったと決めつけてやめてしまいますからね。

ウォーキングさえも面倒になる日があれば歩くだけでも意識していれば良しとすればいいと思いますよ。
また、「今日はどうしようかな」「明日にしようかなって」考えるのではなくて、「明日雨が降ったらできないから今日頑張ろう」とか「明日具合悪くなったらできないから」「とりあえず今日やって明日休もう」とか今しかできないかもしれないということを考えれば表に出る勇気が出るのではないでしょうか。

運動している最中は音楽を聴いたり考え事をしたり自分を見つめる時間にもなりますからね、健康的だしダイエット効果もあるしなにより終わったあとの気持ちよさはいいものです。
ただ、記録にこだわってはダメですよ。
タイムを縮めることは悪いことではないのですが、病気をしたり怪我をしてしまってジョギングができない期間ができてしまうことはあります。
筋トレもジョギングも休んでしまうと元に近い状態に戻ってしまいます、その時にここまで記録を縮めたのにとショックを受けていては挫折の原因となってしまうので、時間は気にせず距離や動くことを重点に置くほうがいいと思います。

ここまで書いてきましたが、私的には「ダイエット、ダイエット」という意識よりも健康でいたいという意識でいたほうが一生続けられる要素はあると思います。
体重や見た目を気にするのではなく自分のペースで出来ることはやる、結果は1年後、2年後でもいいし最低限今をキープして太らなければいいって意識の方が健康的です。

以上ざっとですがかなり長くなってしまいました(汗)
まだ話足りない部分はあるのですが、このようなことを踏まえた上でダイエットをしていったほうがより効果的であると思います。
カロリーを落としてみたり揚げ物をさけたり少ない食事で満腹感を得る方法とかいろいろとありますが、まずは基本的なことを理解してからでないと結果は残しずらいと思います。
カロリーもコツをつかめば食事を見て判断できるようになるので多少の勉強も必要ですね。
ちょっとした意識や知識でダイエットの幅は広がります、自分なりの自分にあった健康的なダイエットをやってみてはどうでしょうか、今年の目標として^^




あ、運動時の注意事項を書いておきます。

運動をしていなかった人は運動を始めて慣れた頃にだいたい怪我をしてしまいます。
慣れない筋肉を使うことによって筋肉が疲労し硬くなり、そこから関節を痛めてしまったりします。
また疲労を自然とかばうことで捻挫をしたり筋を痛めたりしてやっと体が慣れた頃に走れなくなってしまい挫折することが多いです。

日常生活にはさほど影響はなくても一ヶ月くらいはジョギングはできないので気力がなくなることにつながります。
要は走る筋肉、運動する筋肉がない状態で走ることは危険なんですね、1ヶ月、2ヶ月くらいは筋肉が我慢して頑張ってくれますが、3ヶ月くらい経つとだいたい怪我が出てきてしまうものです。
なので少しずつ筋肉を付けていくつもりで運動を始めることをおすすめします。
3ヶ月くらいは走ったり間を空けて休んだりを繰り返し物足りないくらいの運動を心がけたほうがいいと思います。

今年の抱負

!謹賀新年!

無事新しい年を迎えることができましたね、昨年はいろいろなことがありましたが、今年はみんなが前向きな気持ちを持って行動していきたいですね。
そうしていけば最終的にはいい方向に行くと思います。
政治でも景気でも全てにおいてマイナスな考えばかりです、これでは個々の人々の心もマイナスになってしまいますよね。
マスコミはマイナス思考のかなりの要因を発信していますから、そういうところからプラスに変えていきたいものです。

経済も景気も明るさも心も、”雰囲気”が一番大切なことです、気持ちを開かなければ何も変わることはありません、対策云々よりも気持ちを盛り立てて雰囲気作りをすることが大切だと私は思います。


で、ここからは個人的などうでもいいお話なので読まなくていいですよ。


個人的なことですが、本日4ヶ月ぶりに体脂肪計に乗りました。
4か月前までは時間のあるときに5kmほど走っていたんですよね、週に3,4日ですが。
ジョギングの後にはストレッチをしていたので体調的にもとても良かったんです。
まあ、走っているといっても去年の1月からだったので8ヶ月ほどですけど。

しかし、去年9月辺りからブログやメールのやり取り、私生活等で時間がとられ、走らなくなってしまったんです、
といっても時間を作れば出来たことなので怠けていたというのが本当のところかもしれません^^;
新陳代謝も悪くなってくる歳だし相変わらずの暴飲暴食、しかも見た目にも4か月前はそれなりに良い体だったのですが、現在は胸は少しタレてお腹も出てきてしまっているので(私の場合お腹だけに出ます)そろそろ運動しなくてはと思ってはいたんですけどね。
忘年会シーズンは楽しみたいのでそれを過ごし、やっと体重計に乗ることにしたということです。

ちなみに私は10年ほど前から体脂肪等のデータを記録しているのですが、ここ数年はたまに計る程度です。
4か月前のデータをみてみると体重66.2kg、体脂肪19.0%でした。
今回計ってみると体重70.6kg、体脂肪23,3%でした。
ちなみに身長は172センチです。

正直72kgは軽く超えていると思っていたので一安心ですが、体脂肪が高すぎますね。
今までのピークは3年前の72kgでした。
過去、狂ったように有酸素運動にはまっていたときは7年前で62,9kg体脂肪14,5%でした。

2年前くらいは65kg前後をキープしていたんですけどね、筋トレをしていた分65kgから67kgあたりが私のベストなのですが、今は筋トレ全くなしで70.6kgですからひどいものです。
詳しくお話すると、筋肉は重いので体重も増えます、だから筋肉がある状態の70kgと無い状態の70kgは見た目が全く違うんですね。
つまり筋肉がない状態の70kgはかなり太って見えるっていうことです。
まあ、手首や肩の手術で2年ほど筋トレという筋トレはしていないのでしょうがないのですけどね。

ということでこれからジョギングを始めることにしました。
今は知人からもらったブランデーやウィスキーがあるので(なぜか両方ともクリスマスプレゼントでした)
それを飲み干してから走るつもりです、飲み干してから走るということは家飲みは基本しません。
飲みたくなったら外で飲みます(汗)
それでも毎日欠かさずに飲んでいたお酒なので感覚があけば体にもいいし、深酒して朝走れないということもなくなるので良しとしました。

現在は体重70.6kg、体脂肪23,3%なので
体重67kg以下、体脂肪20%未満を絶えずキープするように運動をしていきたいと思っています。
筋トレもしていくので65kgから67kgの範囲内でいれば十分でしょう。
体脂肪の理想は18%位でしょうかね。
ジョギングとストレッチ、筋トレをして理想に近づけます。

これが私の今年の抱負です。

ここに宣言をしてしまったのでやらざるを得ないでしょう^^;

そうそう、こういう話がでたので次回はダイエットについてお話しましょうね。
女性にはとても魅力的な話ですからね、でも絶望を感じてしまうかもしれません。
そう、楽して痩せようなんて手術以外にはありえないことですから…。

ダイエットに関する正しい知識をお話します。

スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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