キーとカーとお仕置きと私 

私はスパ系のサイトやブログというもの全くといっていいほど見ません。
何故かというとそこからは何かを得ることも勉強になることもあまりないんじゃないかなって思うからなんです。
そこで何かを学ぶなら全く別の視点で関連したことを学ぶ時間に使った方が有意義だからです。

こんなことを書くと私は頭が固い頑固者で何も受け入れないように思われるかもしれませんがそうではありません。
悪い事があったら罰を与えて痛い思いをしてもらう、その元には精神的な癒しや心の成長があり、人の心に焦点を当てているので、スパ関係のサイトやブログよりも心理学的な読み物を優先してしまうんです。

何よりも実際の対話やメールのやり取りでいろいろな人達と関わって、そこで日々自分のスキルを上げるように吸収しています。
なので、スパ系のサイトやブログでの他人の話やお仕置きの仕方などはあまり意味のないことなんです。
といってもキーさんが過去にされたお仕置き方法を「これはいい!」と参考にしたことはたまにありますけどね^^;

まぁそもそも私はスパマニアでもないし、お尻ペンペンするのが好きというわけではないんです。
だから動画や小説を見ても興奮しないし、それを見たいとは思わないんですね。
家庭的なお仕置きを好んでいるのはそういう理由では全くないんです、お尻を叩きたいだけで活動しているわけじゃないんです^^;

それに私はリアルに親が子供にするお仕置きを実践しているので他から得る必要はなく、単にお説教をしてお仕置きをしてアフターフォローをするだけなので、その方向性は変えようがなく、そこはもうできあがったものなんです。
私が成長しなければならないことはお仕置きの探求ではなく、人の心をもっと知り、その人達が楽に生きられるようにしてあげられるスキルを身につけることなんです。
だからサイトやブログを見ること自体、私には必要なく興味もないことなんですね。
まぁそうはいっても関わった人のブログはその人を理解するためにも読んだりしますけど。

こんな私ですが、つい最近、キーさんについてちょっと検索して調べてみたんです。
そうすると結構ブログを書いている人が多くて、それも1年以内に書き始めた人が多かったです。
まぁパートナーと別れては新規につくり、別れたら閉鎖してってことが多いのでそれは当てにならないかもしれませんが、間違いなく昔よりもキーさんがかなり増えていることは間違いないです。

ブログの内容はそれぞれサラっとしか見てませんが、私はその内容よりもプロフィール的なことに興味があってそっちを見てしまうんです。
だけど残念なことにそのプロフィールを省く人が多くていまいち楽しめませんでした^^;
ブログの内容は作り上げられたものが入り込んでいますが、プロフィールはその人の生きてきた人柄みたいなものが少なからず感じられるからそこに興味が出てしまうんです。

で、昔から感じていましたが、キーさんって妄想の塊な方が多いですよね(笑)
昔はそういうのに違和感を感じてちょっと避けていた部分がありました。
でも、最近私自身がブログを始めて、お仕置き関係の記事を書いたりしていると自分でも気が付かなかった何かを感じ始めたんですね、
それでキーさんとも会話する機会も増えて、更に感じてきたわけですよ。
純粋なキーさんは可愛いって。

何でそういう目で見れるようになったかというと、私は過去支配関係にこだわっていた時があって、それがあってこそ自分が楽しめるという感じがありました。
だからそういう支配関係的な目でキーさんを見ていた部分があったんです。
支配関係って結構重くて、非日常なことなので今度は日常というものがなかなか出せないんですね。

そこは割り切ってお仕置きの時だけ非日常を演出する関係もあるのですが、それは私には出来なくて会った日はずっと非日常なんですね。
まあ、それはそれでいいのですが、こっちも気分がのらない時とかあるわけで、それが続くと面倒くさくなったりしてしまうんですね、特に仕事やプライベートで忙しいときなんかは。
結局放置してしまって、強い子は耐えられるのですが、心が不安定な子は離れていきます。

でも支配関係のない場合はそれは非日常ではなくて、日常なんじゃないかなって思うようになったんですね。
以前記事に書いたように私は日常でも友達にお尻叩きをしているからなんです(笑)
それってもう既に非日常の楽しみではなくて、日常の楽しみなんですよね。

そういう場面に出くわしたときにしか出来ませんが、何か悪い事があったら仲のいい友達のお尻を叩く、もしくは叩くふり、だけの行為が凄く楽しいんですよ。
まぁそこはカー目線ではなく、S目線での行為になっていましたが…。
でもこんなことは今まで考えたこともなかったのですが、スパのお仕置きって私にとっては日常の行為だったということです^^;
つまり、支配関係にこだわりを持つ必要はなく、普段仲良くしている子がいけないことをしたらお尻をペンペンする、それだけなんです。

これまでは非日常の中でほんの少し日常が混じっていた事を、今度は日常の中でほんの少し非日常が混じるという感じですかね。
支配関係だけに捉われていたのですが、キーさんとの関係性は支配関係とは違い、多少の上下関係はあってもお互いに対等な立場で話ができる関係性だなと感じます。

子供のように、イヤイヤして、我侭を言って、お尻を丸出しにされて、お尻を叩かれ、ごめんなさいをいい、反省をする。
キーさんとは、対話やお仕置きによって話を聞き入れることのできる、そして躾がいのある可愛い子だなと感じるようになったのは事実です。
叱りつけるという事はその子のことをよく分かっていないとできないことです、そういう意味では信頼関係のある深い間柄なんですよね。

あと、私は一生懸命な人が好きで、葛藤している人とかも好きで、そして何よりも私を必要としてくれる人が好きなんですね。
仮に、私が凄く好きになった人がいたとしてもその人が私を必要でないと思ったのならばその瞬間私の気持ちは冷めしまうくらいなんです。

これ何なんでしょうね?
心の闇だと思うのですが、必要としてくれる人にしか魅力を感じないんですよね。
例えば付き合っていて大恋愛をしていたとしても、彼女が好きな人が出来て別れたいといった場合、私は彼女がそれで幸せになるのならばそんなに悲しくなりません。

感情が人と違っておかしいのか自己防衛しているのか分かりませんけど・・・。
私が必要でなくなったとしても私はその人が幸せになるならば嬉しい気持ちになるんです。
第一にその人の幸せを望んでしまうからなんですけどね。
でも私自身、必要とする人間がこの先現れるのかどうか、これは心の問題かもしれませんね^^;

スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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