お仕置きと性衝動

お尻ペンペンのお仕置き欲求というのは、俗にいう”性欲”とは違うものです。
性欲とは、一般的には自慰や性交をしたい欲求という意味で使われているので、そういう意味合いで考えると違うわけです。

しかし女性も男性もお仕置き行為やその妄想によって性的な体の反応がおこることが多く、その部分だけをみて「お仕置き欲=性欲」と解釈されがちです。
そこが性的なことを求めていないキーさんが理解されない部分でもあるのでしょう。
※ここでお話しする”性欲”の定義は自慰や性行為、またはエッチなことをしたい欲求という意味です。本来の性欲の定義はもっと広義であるため、一般的に認知されている性欲(自慰や性行為、エッチなこと)というのはその中の一部の欲求でしかないと解釈ください。

先ほど説明した通り、お仕置きという言葉やお尻ペンペンという言葉を見たり聞いたり、お仕置き行為を妄想したりすると性的興奮が起こる場合があります。
エッチなことや性的なこととは違うことなのに、このような反応をしてしまうことに戸惑った経験のある人はほとんどでしょう。
このお仕置き欲の感覚が厄介なもので、ときおりどうしても気持ちが制御できなかったり、ピークの時は日常生活にも支障が出るくらい頭の中がいっぱいいっぱいになってやるべきことも手につかないということになったりと、こういったことで悩んだ経験のある人はたくさんいると思います。

どうしてこういう反応が起きてしまうか、どうしてこのような抑えられない感覚に陥ってしまうのか、みなさん気になるところだと思いますが、それはお尻ペンペンのお仕置きが、脳の性衝動をつかさどる領域を刺激してしまう為に、自動的に体が反応してしまう為です。

何が性衝動なのかというのは、それは人それぞれです。
ただ、一般的な性衝動というのは俗にいう”エッチなこと”であり、それは異性の裸であったり、性行為であったり、性的なことであったりしますが、そのこと自体で性衝動を感じない人もいますし、他のことで性衝動を感じる人もいて、その一つがお尻ペンペンのお仕置きというわけです。

性衝動が反応するからそのこと自体が「エッチなことだ」というのは間違いで、エッチなことではなくても性衝動が刺激されてしまうことは普通に起こりうる現象なのです。
それを経験したことがない人には理解しずらいことなので、なかなか分かってもらえないのはこういうところにあるのでしょう。

どうしてそうなったかというのはそれぞれ要因というものはありますが、幼少期から青年期にかけてにどのような刺激があったか、その刺激の時の環境や身体はどうであったか、などが深く関わっています。
要因は明確に断定できる場合もありますが、おそらくこうではないかという憶測の場合もあります。
どちらにしてもその要因が分かることはとても大切なことで、そのことで自分自身を理解できるようになり、そういう自分を認めるきっかけになったり、欲求を薄めることにつながることもあるのです。

性衝動を感じてしまうメカニズムというものもわかってきており、私のところに依頼にきている人でそこが気になる方にはそういったお話しもしています。
自分がどうしてこうなったのかを分析してみたい人や自分自身を知りたいと思う人は相談してくれれば細かいところをお話ししていきます。
それで断定できるとは限りませんが、どうしてそのようになっていったのかということは教えられるので、それだけでも大分違うはずです。

気になる方は是非ホームページより連絡をしてみてください^^


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Q&A お尻ペンペン時のキーさんへの想い

コメントから来た質問です。
質問があると記事も書きやすいのでスパ関係でも日常のことでもなんなりと質問してきてください^^
なお、質問はアメブロのコメント欄からお願いします。
アメブロのIDがなくても投稿できます、IDを持っていても匿名でのコメント記入もできますからお気軽に。

Q.
いつも思うのですが、京介さんはお仕置きをしながらキーさんをかわいそうに思うことはないのですか?
自ら望んでお仕置きを受けに来ているとはいえ、やっぱり平手や道具で思い切り叩かれれば痛いと思いますし、キーさんの涙を見たり悲鳴を聞いたりしても京介さんは何とも思わないのかなと疑問です。

もちろんプレイではなく、キーさんの成長のために本気のお仕置きをしているのは理解しています。
でも京介さんも子ども時代にお仕置き体験がある分、お仕置きの痛みはよく分かっていると思います。

お仕置き中に時にはキーさんがかわいそうになることがあるのか、全くそうはならないのか、はたまた毎回心を痛め心を鬼にして仕方なくお仕置きしているのか(笑笑)
そこら辺の京介さんの心の動きをブログで取り上げてほしいなと思います(*^ω^*)


A.
まず最初に、私は子供時代にお仕置きを受けたことはありません、というより、叩かれたことはありますが、それをお仕置きと認識していないという表現の方が正しいでしょう^^;
記憶にあるのは、一度布団叩きで叩かれたようなイメージはあるのですが、実際に叩かれたのか、叩かれてないのかが記憶にない感じですね、過去のブログにも書いたかと思いますが、明確な記憶はありません^^;
その他にも親や先生に、げんこつやビンタをされた記憶はありますが、お尻を叩かれた記憶はありません。

とにかく過去の私は良い子ではなく、大人をなめていて、言う事をきかない子だったので、そりゃ怒られますよね(笑)
その上で、成人してからですが、いろいろな人からの話の中で、良い子の葛藤や、良い子の精神状態を共感できるようになり、良い子も悪い子もよく理解でき、それだから偏った考えはなく、客観的にものが言えるのかもしれません。

両方の心理状態を理解していないと心の葛藤に寄り添うことはできません、この活動を通じても心理面を勉強できることはたくさんあり、その都度吸収していって今の私ができているのだと思います、まだまだ未熟ですから今後もどんどんと吸収していきたいと思っています。

前置きが長くなってしまいました(汗)
ご質問の件は随分と答えにくい質問ですね^^;
それもあって、前置きが長くなったのかもしれませんが(笑)

それで、キーさんをかわいそうに思うかどうかですが、ある意味ではかわいそうに思います、それは痛いですし、中には泣く子もいますからね。
まぁ確かに私も叩かれた痛みはよくわかっていますが、叩かれ続けたことはないのでお仕置きのような何発も連続で叩かれる痛みは未経験です^^;
それにお尻を何発も叩かれるって、よほど痛いでしょうから、そこまでの痛みは未知の世界ですし、とてもつらいでしょうね・・・。
でも叩きながらの反応で、痛みの想像はしていますよ^^;

それと、お仕置き中に時にはキーさんがかわいそうになることがあるのか、全くそうはならないのかということでは、かわいそうになることはあります、ただそれは「悪い事をしたばかりにこんなに痛い思いをしてかわいそうに」という第三者的な感じでしょうかね^^;

毎回心を痛め心を鬼にして仕方なくお仕置きしているのかどうかについては、その通りとさせておいてください(笑)


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聞く耳を持てる人と持てない人

人間の成長にとって大切なことは、自分に欠けているものを補っていくことだと思います。
しかしそれには限界があって、いくら自分で補ったとしても気づけないことはたくさんあって、そこは指摘されない限りわかりません。
指摘とはお説教も含めてです。

そして指摘やお説教をされた時に、聞く耳をもって自分の成長につなげる力のある人と、一方、聞く耳を持たずにひどいことを言われたとマイナスに捉えてしまう人がいます。

聞く耳を持てる人は、叱られたことをプラスに捉えて自分のものにし、成長しそれがエネルギーにもなり、幸福感をどんどん感じ取っていくものです。
聞く耳を持てない人は、叱られるといじわる言われた思ったり、自己否定されたと感じ、全てをマイナスに捉えてしまします。
これでは成長ゼロであり、腹を立てたり相手を憎んだりして、負の感情ばかりが心の中に宿り、そこからは幸福感を感じることはできず、不幸感に支配され続けるわけです。

素直な人は褒められたら嬉しく感じるし、優しくされたら感謝の気持ちを持ちます。
秘密を打ち明けられたら自分を信頼してくれた証だと喜び、慰められたら心も癒えます。
そして自分の悪いところを真剣に叱ってくれたら、親身に考えてくれていると感じて、心が満たされるものです。
それが素直な人であり、聞く耳を持てる人で、幸福を呼び込む人でもあるのでしょう。

一方、ひねくれた考えをしてしまう人は、褒められたら馬鹿にされたと思い、優しくされたら裏があると思ってしまう。
秘密を打ち明けられたらその裏の意図を探ろうとしたり、慰められたら同情されたと屈辱感を抱いたりします。
そしてその人のために親身に叱っても、いじわるやひどいことを言われた、全否定された、と感じ、落ち込んだり傷ついたり怒ったりして心がどんどん病んでいってしまいます。
これでは不幸を呼び込んでいるのと一緒で、聞く耳を持たない人からは幸福も逃げていくでしょう。
一つでも当てはまったり思い当たる節があるのなら、そのような思考になってしまっている可能性があるので要注意です。

私はこの活動を通して、日常的に相手の悪い部分を指摘してお説教をしています。
またブログにもこのような形で様々な意見を書いています。

聞く耳を持つタイプの人は、私の言葉には、ことごとく前向きに捉えるわけですが、一方、なんでもかんでも悪くとらえて、批判的に考えてしまう人や落ち込んでしまう人、怒りだす人も稀にいるんです。
両者に同じことを言っているにもかかわらずこの対象的な考え方は、やはりプラス思考マイナス思考の違いもあるでしょう。
しかしこの差が人生においての幸福感の差に現れるのだと感じます。

もちろんこのような思考回路になったのは養育環境やこれまでの人間関係が大きく影響しているのでしょうから、それを直すことはとても難しいことです。
後ろ向きな性格の人に前向きになれといっても難しいし、マイナス思考の人にプラスに考えなさいと言っても、理解はしても持続は難しいものです。

ですが、そういったマイナス思考の人にも幸福感を味わってほしいものですし、そうなるにはやはり聞く耳をもってプラスに、そして楽観的に言葉を捉えるということが必須だと思います。
人を信用できない人でも、自分を守りつつ、他人の指摘は真摯に受け止めて自分のプラスに考える、落ち込むのではなく一つ成長したと喜ぶ、親身に考えてくれたんだと心を満たす、そういう思考を意識して自分を変えていかなければ何も変わりません。

近親者のお説教や指摘は素直に受けることは難しいです、それはそこには少なからず利害関係があるからで、家族的になると余計です。
しかし私のようなサイト運営者や、その他のカーさん等がお説教をすると、そこに利害関係がないので、素直にお説教がきけることがよくあるんです。
もちろん私のところには依頼してくるわけですから、聞く耳を持っていて、その点ではお説教で納得させることは難しくはないのでしょう。

ただ、聞く耳を持っても納得のできないことに納得する必要はありませんし、納得いかないことをお説教してくるような人であればそれはあなたには合っていないということですからすぐに離れるべきです。
それでも自分の落ち度が1%でもあるのであれば、真摯に反省することは必要で、それが究極の聞く耳を持つことではないでしょうか。

そしてしっかりと納得できたら今度は罰であるお尻ペンペンのお仕置きを受けて、気持ちを切り替えることが必要でしょうね^^
お仕置きはネガティブなものではなく、ポジティブなものであってほしいし、マイナスの場ではなく、プラスの場であってほしい。
変に相手を構ってしまうことでもっと悪い方向にいってしまったり、成長の場が単なる甘えの場になってどんどん相手を困らせるようにはならないでほしいです。

困らせることで相手を振り向かせたり、それで反応してくれることに無意識に喜び、試すように愛情確認をしているようではいけません。それはマイナスのスパとなってしまうからです。
そうならないように私はいろいろと考えて対応していますが、自分自身の自覚が一番大切なことだと思います。
人間は気分が落ちた時には普段と違う思考回路で考えてしまったり、突発的に騒いだりしてしまいますが、そうならないようしていく努力は必要です。

私もお説教ばかりしていると、自分が正しいと思い込み、しっかりと相手の意見を聞く耳を忘れがちになることがあります、気をつけないといけません^^;
みなさんも聞く耳を持てる人間になっていきましょう。



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愛情を与える側ともらう側

ディシプリンスパの中の家庭的なお尻ペンペンのお仕置きは、愛情のやり取りで成立しているものです。
それは、そこに愛情がなければ「家庭的なお仕置き」とはならず、「虐待的お仕置き」となってしまうからです。

その愛情のやり取りではお仕置きをする側のカーさんが”愛情”を与える側であり、お仕置きを受けるキーさん側が愛情を受け取る側となっています。
家庭的なお仕置きというのは親から子へのお仕置きの事を指していますから、親が子供に愛情を与えているのは当然で、子供は愛情を受け取る事しかできません。

子供はその愛情を受け取るのに必死で、愛情を欲し、それを満たすために試行錯誤したりします。
それが泣いたりわめいたり、いたずらをしたり困らせたり、黙り込んで意固地になったり、時にはひどい仕打ちをして、構って構ってとやるわけです。

そういう行動をしたとしても、無償の愛で子供を育てている親は、それに反応してあげて、時には叱ったり、時にはなだめたり、時には機嫌をとったり、時には言いなりになったりして愛情を与えているのです。

まぁこれはスパのお仕置きに通じていますよね、お仕置きをする側と受ける側でもこういった愛情の交流は普通にありえますが、そうはいっても過度なわがままや行動、そしていつまでも言うことをきかないとなると、私の場合は絶対に許すことはありません^^;

しかし人はいつか、愛情をもらう側から与える側に移行していかなければなりません。
それが心の成長であり、そして与える側になれた時に本当に満たされることがどういうことなのか気がつくものです。
ただ、愛情を与えるといっても、甘やかしたり、奉仕したり、尽くしたりということとは、場合によってはイコールではありません。

仮に与える側になれたとしても、やはり人間はいつまでも子供じみた面はありますし、甘えたいときは甘えたい、愛情がほしい時は欲しいのですから、そういう時は非日常でもあるスパのお仕置きで満たすというのもいいのではないでしょうか^^
日常は大人になって愛情を与える、そしてたまに感じる不足分は非日常であれ何であれ、子供に戻ったり、大人の自分を維持するために何かしらで補えばいいのです。

しかし、そういった心の成長ができずに、日常生活で愛情をもらう事ばかり考えていたらどうなるでしょうか。
愛情を与えてくれなければ寂しいし、不安だし、心が満たされなくなり、幸福感は味わいにくいでしょう。
そして無理にでも愛情をもらうために、相手を試すようなことをしてみたり、困らせたり、時には傷つけるようなことをしてしまう。
それは必然なのだと思います。
そういう人は自分の存在意義や、相手からの愛情を感じるためにはそういう行動をとる事しか選択肢がないのでしょう。

ただ、そこには幼少期の養育環境が大きくかかわっていて、親の躾や接し方の問題もあり、子供がアピールしたらなんでも無条件に愛情を与えたり、逆に子供が何を言っても聞く耳を持たなかったりと、そういった図式が出来上がっていたりします。
また家庭に問題はなくても、学生時の何かしらのトラウマで、そこから自分を守るためにも表現の仕方を変えていかざるを得なかったというケースも多くあるものです。

しかしそうだとしても自分を変えていかなければそこから抜け出すことはできません。
何か新しいものに気づかなければそこからは何も生まれません、過去に固執していたり、勇気が出なかったり、どうにもならないとしても、今のままでいたくないのであれば何か行動しなければなりません。
何かを変えなければ、現状維持どころか、月日が経つにつれてどんどんと不幸の泥沼にはまり込んでしまいます。

自分が誰かに愛情を与えるという行動で、自分が愛情で満たされることもあるということ、そしてそれこそが本当の意味で愛情で満たされることであること。
愛情を与えているだけでも、愛情を与えられているのと同じで、実は愛情で満たされるものです。
これを理解できなくても無理にでも認識して実行してみることです、それが幸福感を得る第一歩になると私は思っています。

ま、とにかく相手を困らせたり傷つけたりして愛情をもらおうとするのは間違っています。
そうしたいのであれば、日常ではなく非日常の世界でそういったパートナーを見つけて二人で消化すればいいことですから、それはそれでいいと思います。
まぁ私のところは”過度すぎる”困ったちゃんはガチで叱りますけどね(笑)


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お仕置き理由(欲の自制)

今回はお仕置き理由の”欲の自制”について考えてみたいと思います。

前記事にも書きましたが、お仕置き理由というのは悪い事全般です。
しかしお仕置き理由が悪い事ではない場合もあり、その一つが”自制”というものです。

もちろん、自制できなくて悪い事をしてしまうという事であれば、普通に悪い事になりますが、そういう自制ではなく、自分で決めたことを守れないことに関しての自制です。
自制に関しては私が悪い事ではないと判断しても、本人の中で直したいことであったり悪い事であるならば立派なお仕置き理由となるわけです。

その中でも私が普段「悪い事ではないししてもいいんだよ」と言っていることでも、本人の中では自制したいことであり、それをお仕置き理由として申告してくることがあります。
その代表的なものは「お仕置きのことを考えてしまう事」と「自慰行為」です。

お仕置きのことを考えて他のことが手につかないというのはキーさん特有の悩みであり、自慰行為に関しては女性特有の悩みなのでしょうね、そういう欲を無くしたい、そういう行為や妄想をしたくないという、その人にとっては切実なものなんです。

お仕置きのことをばかり考えてしまうことについては、寝る時にいろいろと妄想してしまってなかなか寝れなくて、翌日も寝不足だったり、授業中や仕事中にずっと頭の中で考えてしまって集中できなかったりと、こんなこと考えてしまう自分をお仕置きしてほしいとなるわけです。

しかもこういう欲求には大きな波があり、生理前だったり、面倒だけどやらなければならないことがあるとき(試験勉強や課題など)に特に強い波が出てきてしまい、それがとても苦しくて、どうにもならなくなって悩んでいる人は多いものです。

自慰行為についても同じです。
男性なら気にしないことでも、女性だからそういう行為や妄想をしたら恥ずかしいとか、誰にも言えないとか、罪悪感が強く出てしまうこともあり、人によっては受け入れている人もいれば、深刻に悩んでいる人もいます。

ただ、私的にいうと、ブログでもお話ししている通り、お仕置きは愛情表現の一部であって、寂しさを埋める事やスキンシップでの安心感、そして叱られる事などで愛情を求めているのであって、決しておかしいことではありません。
そこにお尻ペンペンという、お尻を丸出しする行為があるから恥ずかしく、考えたらいけないことだと感じてしまうのであって、そこだけをクリアすれば普通の愛情表現であり、ビンタするのと何ら変わりがありません。

なので当然欠けている愛情や欲求を埋めるためにお仕置きのことを考えてしまうのはしょうがないことだし、その欲を解消するために私は”スタンダードなお仕置き”を受けることを推奨していますから、私的にお仕置きを考えてしまう事に対してお仕置きはしません。

欲求というのは体験すれば無くなることがありますから、お仕置き欲を無くしたいと思うなら思うほどスタンダードなお仕置きを受けることは必要で、実際にお仕置き欲求が薄まっていく子は私の元には結構いるんですね。
逆に我慢すればするほど欲求は過度になり、どんどん苦しくなってしまいますから、そういう事にならないように、早めにお仕置きを受けることを推奨しています。

ただ、本人の要望で自制したいというのなら推奨している部分は伏せて、「自分がそうしたいなら一切考えないようにしなさい!」とお説教では普段言っている事と逆のことを言ったりすることもあります。
お仕置きを推奨しているのにお仕置きのことを考えるなというのは矛盾していますが、それが本人にとっての悪いことであればそういうことを言って自制させるように仕向けます。

自慰行為に関しても同じです、自慰行為は悪い行為ではなく、人によっては気分を良くしたり、モヤモヤしている心を安定させたりといい面もあるわけです。
自慰行為で心やホルモンバランスを整えることも必要な場合もあるので、「自慰行為はしてはいけないことだよ」とは言えません。
もちろん過度にしてしまうのは問題もありますから、そこは少し自制するよう言うかもしれませんが、一切しないように禁止することは言いません。

なので本人の自制の問題として、「お仕置きのことを考えないようにしたい」「自慰行為をやめたい」というのであれば、それに対してお仕置きもしますし、約束をしてそれを破れば次回もお仕置きとなり、これも立派なお仕置き理由となります。

また、本気でやめたいと思う人と、そうではなくてお仕置き理由として
「お尻ペンペンなんていけないことを考えてばかりの私をお仕置きしてほしい」
というキーさんもいます、それはシチュエーション的な理由であり、自慰行為も含め、「そんな子はお仕置きです!」というようなゾクゾク感を味わって満たされたいという人もいますから、そういう理由についても私の中では有りです。

ただ、矛盾点もあり、それはお説教をするにあたって、それは”いけない事”であり”はしたない事”であり”悪い子”という事になるので、普段私がブログで話している事とは180度違ってきます^^;
それでも本人がそう望んでいるのであればその子のためのお説教に切り替える事も大切なことと思っているので、お説教中に「ん??」と思ってもそこは気にしないでいてもらわないと困ります(笑)

ま、要するに”自制”と名がつけば、私が良しとしていても、どんなことであってもお仕置き理由になるということです^^



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スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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