いい子の呪縛

はたからみると間違いなく”いい子に見える”キーさんは、口をそろえて「私はいい子じゃない、真面目じゃない」といいますが、そう考えてしまうのは”いい子の呪縛”に囚われすぎているからなんだと私は思います。
それはキーさんに関わらず、真面目でいい子と言われ続けてきた人全般にも当てはまるでしょう。

「いい子の呪縛」とは、「いい子でいなければ私は愛されない」「認められない」「見捨てられてしまう」というような不安な気持ちが心にあり、そうならないようにという理由でいい子を演じ、その不安から逃れようと無意識に行動してしまうことです。

そんな子たちは、第一印象で「いい子だね」「真面目だね」とレッテルをはられ、そういわれるといい子にしていないと受け入れてもらえないのではないかと錯覚をしてしまい、ついいい子を演じてしまうんです。

演じるといってもそう簡単には演じられないものですが、根が真面目だから演じられるものなんですね。
演じる理由の多くは「愛してほしいから」「認めてほしいから」「見放されたくないから」というようなことですが、そんなよこしまな気持ちで”いい子を演じているからこそ、「いい子でも真面目でもない」と思ってしまうのでしょう。

ま、はっきりいって私はよこしまな気持ちとも思わないし、人間が愛されるためには普通の行動であって、それがいい子だと思うのですが、やはり根が真面目な子はそういう理由のためにいい子を演じるのは違うと思うようですね^^;

そうやって自分が納得できない動機でいい子を演じているからこそ、「いい子」といわれるのが嫌で、「私はいい子なんかじゃない」と心の中で反発してしまうのでしょう。
人にいい子と思われたくてそうしてきたわけではなく、そもそもは大人に見捨てられないため、嫌われないため、そして愛される子になりたい一心で頑張っていたわけですからね。

しかしそうやっていい子にしてたつもりでも、肝心な両親には伝わらなかったりして虚しくなることもあるようです。
他にも明るく振舞う苦しさと葛藤したり、いい子を演じ続ける生きづらさを抱えていたりと、苦悩持っている子は多い気がします。
そうやっていい子を演じて生きていると、いい子でいても何かいいことがあるのか、その先に何があるのかと考えてしまうでしょうね。

よくあることですが、真面目だからできて当たり前と思われてしまい、頑張っても頑張っても褒めてもくれないし、認めてもらえない・・・。
いい子だからこそ、些細な悪いことも見逃されてしまう・・・。
人に嘘をついたり、一生懸命に反抗してみても気づいてくれない…。
これじゃ真面目にいい子を演じても何もいいことが無いと悲観的になってもしょうがないのかもしれません。
大人からしたら手のかからないいい子としてみているだけなのですが、本人からしたら放っておかれて相当寂しいはずです。

かたや悪い子はちょっと頑張ったら褒められて認めてもらえる。
当たり前のことしただけなのに大絶賛で注目を浴びる。
悪いことをしたら大人がしっかりと向き合って叱ってくれる。

いい子は褒められるべき立場なのに放任で、悪い子ばかり構ってもらうというのは、よくよく考えるとおかしな世の中ですよね。
本来、いい子といわれている子たちは、叱られたいのでもなく、悪いことをしたいわけでもなく、ただ単に同じように認めてほしいだけなんですけど、それを大人がしてくれないために、不平等感を抱える子が多いような気がします。

いい子にしてても認めてはもらえない、逆にいうといい子だからこそ結果放っておかれる。
そんな生活を繰り返していたら、必然的に叱られたい欲求、構ってもらいたい欲求というものが湧き出てくるのは自然な事で、そうであるからこそ、子供のように叱られて甘えたいという気持ちにもなるんでしょう。
大人になった今なら子供に返って、子供の頃に満たされなかった心の部分を満たすことができるかもしれないと思って当然です。
そしてその心を満たすものが一連のお仕置きの流れで、それがぴったりとはまってしまうんでしょう。

どこで目にしたのかは様々ですが、幼稚園や学校、アニメ、童話などからお仕置きの光景を目の当たりにして、そこに自分の満たされていない部分があると心の隙間にすっと入り込んでしまう子は多いでしょう。
殆どの子は無意識ですが、心の中ではこのようにお仕置きに惹かれるのは必然だと私は思います。

また、そういった目で見たお仕置きではなく、ただ単に悪いことは叱ってもらいたいと思う子もいます。
また、お仕置き関係なく、大人に構ってもらいたいと思って、気を引くために何かちょっかいを出したり悪戯をする子もいます。
叱られたり、罰を受けたり、愛情をもって向き合ってもらうことこそが、構ってもらうにあたって一番しっくりと満たされる愛情表現なんででょうね。

それと、私は演じることが悪いこととは一切思っていません。
人は他人がいて初めて人間らしくなるんです。
人とのコミュニケーションにおいて演じるということは大切で、それができなければそれは単に自己中で関わりたくない人間となるでしょう。

少なからず人間は演じていて、その究極を追求していくとそれは自分の為。
相手のためにというのはそう思い込んでいる幻想なだけで、深層心理下での本当の気遣いは自分の為ではないでしょうか。
だから自分のために演じていてもそれは人間らしさだと感じます。

たとえいい子を演じていたって周りから見た印象はいい子です。
悪い人は不快です、そういう人でも演じればいい人になります、でもそれができない人が悪い人なんです。
だから演じていてもいい人になれるのならそれがいい人なんだと私は思っています。
もともと人間は残酷な生き物でそれに蓋をして今を生きているんですからね、腹黒さなんて誰しも持っているものなんです・・・。

だからいい子の呪縛は別に解かなくていいと私は思います、演じてしまえるのは自分を抑えることができるからで、それは人間生活、社会生活を送るうえで一番必要なスキルだと思いますし、そういう子は尊敬に値すると思っています。
それでも「いい子の呪縛」を解きたいと思っているなら、”いい子を演じているという想いに囚われすぎない”ことですかね。

でもまぁ、一時でもいい子の呪縛を完全に解きたいのであれば、私のところにお仕置き依頼、カウンセリング依頼をしてみて下さい。
子供に返って解き放てばいいんですからね^^
カウンセリング依頼の場合はお仕置きはしませんが、それでも過去と向き合うことができれば何かが変わってくるはずです。
何かが変わればそこに新しい何かが生まれるはずですからね^^
こういうキーさん的な心理はみんな抱えているものです、一人だけではありませんから心配ご無用です^^


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真面目な子とは、いい子とは

前記事で「キーさんを見て思う事」という記事を書きましたが、それを読んで、いろいろな人からのコメントをいただきました。
ちなみに勝手ながらコメントには返事はしていません、ですが楽しみにしているのでドシドシくださいね^^
キーさん的な意見はとても参考にもなりますから、コメントはしっかりと読んでいますよ^^

で、その前記事の中で、私が「キーさんは純粋な人、根が真面目な人が多いんです」と書いたのですが、やはりキーさんらしいコメントが届きました^^;

「私は真面目でも純粋でも無い」とか、
「私は真面目でもないし今はとても一生懸命生きてると言えない状況だからとても恥ずかしい」とか
「本当の自分は真面目ではなく、真面目を装っているだけ」とか
「周りから真面目といわれているけどそんなことはない」とか・・・。

こんな意見もキーさんならではですね^^;
自分を落として見てしまうとか、自己評価が低いとか、マイナスに考えてしまうところとか、そういうキーさんって多いように思います。

それでも私がキーさんを見るとやはり、真面目そう、いい子そう、純粋そうだと感じます、それは表向きの印象ではなく、心の中身で対話して人間性的に感じるものです。

また、キーさんも他のキーさん達を見ると、純粋さは置いといても、真面目そう、いい子そうだと目に映るはずです。
実際に私も直接キーさんに聞いてみると、自分自身は真面目ではないと答えるのですが、自分以外のキーさんは真面目そう、いい子そうに見えるとこたえていました^^;
きっとキーさんが100人いて、それを他のキーさんが見たとしたら100人全員を真面目そうとか、いい子そうとか思うはずです^^;

それなのに自分だけ真面目じゃないとか、いい子じゃないというのはおかしな話なんですね(笑)
まぁ実際に真面目だとかいい子というのは他人の評価であって、その人が持つ雰囲気と言動によって決まるわけです。
自分の心の中身が汚ないだとか、性格悪いことを考えているからとか、腹黒いことを考えてしまうとか、そういう部分で自分は真面目ではないし、いい子でもないと考えてしまうんだと思います。

しかし、私から言わせると、そんなことで真面目じゃないとか、いい子じゃないとか考えてしまうところが真面目なんですよね(笑)
真面目な子だ、いい子だと言われるから余計にそうじゃないと思ってしまうんでしょうし、だからこそ、いい子と言われるのが嫌な人が多いんでしょう。

ま、実際は人間なんて邪悪さを確実に持っているので、そこまで自分を落として考えたら、真面目な子もいい子もほぼ存在しなくなってしまうでしょう。
人間は自分らが生きるために生き物の命を殺し、それを食して生命を維持しています、そして人間に害があるものは排除し殺してる現状があります。
自分には関係ないと思っているでしょうが、我々一人一人が実際にそれをしているのと同じなんですよね。
金を払ってそれを依頼しているわけですから、我々は残酷な生き物ということを心においておくべきと思います・・・。

話が飛んでしまいましたが、そういう邪悪な心、腹黒いところは人間誰しも抱えているもので、それに蓋をして、周りに対して真面目にいい子で生きていれば、それが真面目な子であり、いい子なんです。
だから自分は普通のキーさんと違って真面目じゃないんだ、いい子ではないんだと考えるのはやめましょう、心はまた別物であり、どうしてもそういう邪悪的な事が頭によぎるものですからね。

人それぞれ何かしらの葛藤を抱えています、それを必死に耐え、人によっては限界を超えてしまって疲弊しきっている子もいます。
不器用だからこそ、突っ走るしかできない、息抜きもうまくできない、それでも一生懸命に生きようとしている。
そんな子たちを私は認めてあげたいし、よくやっていると声をかけてあげたい。
上から目線みたいですが、そうではなく、私に欠けているものを持っているような気がして、そういう子たちを私はどこかで尊敬しているんです。

仮に自分の本当の中身が不真面目で、悪い子で、純粋ではないと思っていたとしても、それを私だけにでも素直に言えれば、それが純粋さであり、真面目さであり、いい子でもあるわけです。
そしてそれは普通の人にはなかなかできない素晴らしいことなんだと私は思っています。

誰にも打ち明けず一人で重い荷を抱えたままこの世を去るよりも、一人だけでもそのことを知っていてくれるというだけで心が軽くなるものです。
私はどんなに邪悪な事、忌まわしい事でも一切引くことはありませんし、二人きりでの場所の話はそこから外に持ち出すことも一切しません。
一度重い話をして相手に引かれた経験のある方はなかなか勇気が出ないでしょうが、気になった方は勇気を出して思い切って連絡をしてみて下さいね^^


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お仕置き欲を無くしたい人へ 3

前記事の続きです。

お仕置きに対しての恥ずかしさや、いけないことをしていると思う事、やめなければならないという思いは消えにくいですよね…。
だからこそ頭にこびりついてしまう、消せるものなら消したい、だけど消せない…。
それではどうしたらいいのでしょうか。

それはもう、”思い込み”しかありません、まずはタブーを解消することですね。
それには「お仕置きは普通のこと」「子供はみんなされているんだから当たり前のこと」「変なことじゃない」「後ろめたいことはない」と、堂々としていることです。
解決策があるように見せて「なんだ、こんなことかよ!」と思われるかもしれませんが、自己暗示でもこれは大切な事です。

幼少期に”愛情のあるお仕置きや愛情のある体罰”を受けてきた人の多くはお仕置き欲はほぼありません、それは普通に体験して普通のことだと思っているからです。
だからこそ叱られたり叩かれたりということに対してタブーと思う気持ちがないんです。
といっても、それは幼少期から感じてることで、大人になってしまったからこそ難しいんですけどね^^;
ただ、そこは思い込まないと前には勧めません。

そう意識させる方法としては、お仕置きしてくれる人を固定し、まずは羞恥心やタブーな気持ちを薄めていくことです。
その上で、欠如していた部分の愛情を満たしていき、「向き合って真剣に叱ってくれる人はいるんだ」「どんなことをしても見捨てない人はいるんだ」「人は自分を受け入れてくれるんだ」「認めてくれるんだ」という自己肯定感を養う、そうしていくうちにお仕置き欲の低下にもつながっていくものです。

ただ、そういうことをしてくれる相手がいるかどうかという部分に問題があります。
まずはスタンダードなお仕置きをしてくれる人、次にすべて受け入れて、見放さないで、自分を認めてくれる人。
そうでなければ本当の意味で満たされないかもしれません。

私がこれまでキーさんを見てきて感じたことは、お仕置き欲というのはスタンダードなお仕置きを何度も繰り返していけば自然と薄れていくもので、そこにはやめなくてはならない、卒業しなきゃという思いはあまり無く、自然にお仕置きが無くても平気になるというような感覚の人が多いように思えます。

また、カーさんと名乗っても多少なりとも性的な事をする人が結構いるようなのですが、そういう人とあたると、キーさんが思う自分の理想のお仕置きではないので、根本が満たされません、そうなると当然根本のお仕置き欲求は残ったまんまになります。
パートナーを変えたとしてもなかなかそういう人はいないので、いろいろな人を転々とすることにも繋がっていき、結果キーさんをやめれないで葛藤していくことになるので、もし卒業したいと思っているなら、そういったことにも注意は必要です。

ちなみに、カーさんの中には性的な事をするのがお仕置きのセットと考えている人もいるようなので、そこはしっかりと確認しておかないといけません。
私のサイトにも書いてありますが「カーさん=性的な事をしない人」というのは間違った認識です。
スパにはいろいろな形があるので、どれが本当かの正解はありません。

ただ、私の場合は私のルールの中で活動していますし、コンセプトを掲げてやっています。
私の中でのお仕置きは、性的なことが一切ないお仕置きなのですが、そこは私のお仕置き観で決めていることです。

また一方、お仕置き欲を封印してしまう人が結構いるんですよね。
でもそれだとなかなか欲求の解消はできずに余計に長引かせてしまったり、爆発してしまったり、人によってはSMに走ってしまったりしてしまう傾向が強いように思えます。

SMがダメといっているわけではないですよ、ただSMを知らない人がSMの味をわざわざ知る必要はないんじゃないかなって私が思っているだけです。
SMというのは知的な要素が無ければ精神的に盛り上がることは難しく、だからこそ嵌まってしまうと快楽の追求に歯止めがかからなくなるものなんですね、SMとはそういう世界なんです。
男性ならまだしも女性なら蜜の味を知らないほうが幸せじゃないかなと私は思います^^;
まぁ蜜の味を知ってしまった人はとことん追求すればいいことですから、それはそれで幸せなのかもしれませんけどね^^

こういったことを全て考慮すると、私のようなスタンダードなお仕置きをするようなサイト運営者に依頼するのが一番かもしれません。
一番のネックは自分ひとりだけのカーさんではないこと、いろいろな人が来ている中の一人であることです。
それが寂しくて一人のパートナーを求める人もいますしね。

でも私の場合は一人一人と全力でぶつかっていますし、私の中では全員に対して一対一と思っているんですね。
そこらへんを割り切って、それでも自分の心が満たせそうならばサイトへの依頼は一番いいのではないかと思います。
って、宣伝ではないですよ、本心で思っていることですからね(笑)
私のところに限らずって意味ですから^^;

まぁ、はっきり言ってお仕置き欲求を消したいのであれば、その欲求を満たしてあげる事は必然です、そうしていくことによって欲求というものは薄まっていくものですからね。
平和や生活が保障されている日本では、生活的な欲求は満たされているわけですが、その後に求めてしまう欲求というのが、承認される欲求であり、愛で包まれる欲求ともいわれており、それが無ければその先のステージには進めないものです。

お仕置きに惹きつけられてしまう人はそういう部分を満たしてあげることが必要であり、そこが満たされない限り、お仕置き欲求も薄まらないものだと私は考えています。
つまり、一番欲している承認される欲求や、愛で包まれたい欲求は、一連のお仕置き行為の中に全て含まれていて、タブーな思いも含めるとやはりお仕置きで欲求を満たし、薄めていくのが一番の卒業への近道だと思います。
それだけお仕置きは理にかなっている行為なんですね。

ちなみに、心配している人は非常に多いと思いますが、お仕置きを受けたからといって、お仕置きにどんどん嵌まりこんでいくということはまずありません。
それはディシプリン派のお仕置き欲は、性欲とは違う次元の欲求ですからね、お仕置きには上限があり、欲求を追求してしまうということが無いからです。
ただ、思い違いをして痛みを追求してしまう人はいます、そうなるとそれはSM的な意識になっていって、嵌まる可能性はあります。
だからこそ、それを修正することができる相手を選ぶことが重要となってくるのです。

なので、そこらへんを見てくれる相手を選ぶか、もしくは自分自身に痛みを追求しないような意識を維持していれば、お仕置きに嵌まってしまうことはまずないと考えていいと思います、安心して大丈夫ですよ^^
お仕置きを受けてみようかと思った方々、勇気を出して一歩を踏み出してみて下さい、いつでも受け付けていますからね^^




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お仕置き欲を無くしたい人へ 2

「厄介な要因があります」というところで前記事は終わっていましたね、意味深に終わらせてみました^^;
前記事の続きです。

愛情を満たしてあげてもそれだけでは欲求が収まらない厄介な要因というのは、性的ではないお仕置きだとしても、キーさん自身が、「これはいけないこと」「変態行為だ」「恥ずかしいことだ」「誰にも知られたくない」と強く思えば思うほど、お仕置きの欲求は脳裏から離れないことです。
お仕置きに惹きつけられる要素として、タブーを冒しているという心の動揺が大きく関係しているんですね。

子供の頃に目撃したアニメや童話では、お尻を丸出しにされて叩かれている描写が多いですよね、また幼少時にお尻叩きを目撃した人も少なくありません。
そこで現実に他人のお尻を目撃し、しかも叩かれている行為に「見てはいけないものを見てしまった」「自分がされたら恥ずかしくて生きてけない」など、個人差はありますが、タブー的なものを感じているはずです。

このタブーというのが性欲中枢と結びついていて、タブーであるからドキドキとしてしまったりモヤモヤとすることにつながり、脳裏から離れなくなることが稀にあるんです。
タブーが性欲中枢と結びついているというのは、性的な事を感じる全てはタブーといっても過言ではないからです。

例を挙げると、裸を見たら性的興奮をするのはいつも服を着ているからであって、見てはいけないものを見てしまったとか、恥ずかしい、とかというタブーを冒しているからで、アマゾンにいる部族で裸に近い恰好をしていても、その民族間ではそれが普通であるために性的な興奮はしません。
ただ、それをテレビで見る日本人は多少なりともドキッとはしますよね、そういう部分がタブーと性欲中枢が結びついているというところです。

タブーな事だからといって全てが脳裏に焼き付くわけではありません、何かのきっかけ、何かの環境、性格的なもの、状況、体調や気分などにより、その事が無意識に頭から離れなくなるということは我々の身に普通に起こっていることです。
それをどう防ぐかということは、個々の感受性や環境の違いなどもあり、不可能なのかもしれません。

また性欲とは別物で、性欲以前にアニメや童話などで見るお仕置きというのは、とてもあたたかい愛情を感じ、それが自分に欠落しているであろう愛情であるから、その愛情の部分で強く惹きつけられ、その愛情こそがお仕置き欲の大部分を占める要素であると私は思っています。

その欠落している愛情とタブーという別物の二つが複合しているからこそ、更に惹きつけられ、その二つの相乗効果で自分の行動を制御できなくなるくらいにお仕置き欲求が高まってしまうのでしょう。

つまり性的なお仕置きではなくても無意識に性欲中枢が反応し、その原因が「羞恥心」であり「いけないことをしている」という思いであるんです。
でもこれって日本人なら普通に恥ずかしいですよね、お尻を叩かれるのもそうですが、それよりもスカートをまくられたり、下着を下ろされるわけなので、それを「恥ずかしく感じるな」「いけないことと思うな」というのは無理でしょうね^^;

ただ、それを繰り返していくうちに、同じ相手であれば多少の羞恥心も消えていくだろうし、欲求も満たされ、結果欲求を減らしていくことにつながるのは必然だと思います。
それが一番の卒業の近道じゃないかと私は思っています。

年齢を重ねて再発したら、それこそどうにもならなくなってしまうことが多いですし、それこそ修行僧的にならないとSM的な事にシフトしてしまう危険性が高いようです^^;
だからこそ若いうちにお仕置きを経験しておくことは、欲求を薄める意味でも人生全体を考えたらやるべきことなのではないかとも思います。

そうはいっても恥ずかしさや、いけないことをしていると思う事、やめなければならないという思いは消えにくいですよね…。
それではどうしたらいいのでしょうか。

また長くなりそうなので、続きは明日・・・・。





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お仕置き欲を無くしたい人へ 1

お仕置きという言葉にドキッとしてしまう人、お仕置きをされたいと思う人をキーさんといいますが、キーさんの中でもお仕置き欲を受け入れてしまって、キーのままでいいと思う人、キーを楽しもうと思う人もいます。

一方、お仕置きなんて欲求は無くしてしまいたい、キーを卒業したいと思う人もいます、圧倒的にいずれお仕置き欲を無くしたいという人の方が多いようですね。

私からすればそれはどちらでもいいとは思うのですが、やはり女性だからこそ、そういう欲求を持っていること自体を消しさりたいだろうし、この先ずっとこの思いを持ち続けるのも不安だろうと思います。

そして今パートナーがいる人やお仕置きされる環境にある人も、それが永久的に続くとは思っておらず、お仕置き欲があり続け、お仕置きされない環境が続くことを想像すると今のうちに卒業しておきたいと思うこともあるのでしょう。

よくあるのが、その欲求自体を抑えて無理矢理キーを卒業しようとする人ですが、それだといずれ爆発してしまう可能性が高いようですね。
半年、1年我慢しても我慢しきれなくなって、いろいろな人とお仕置きで会って暴走してしまう人、そして何十年も我慢してきて、40代になってから爆発し、探すのも一苦労、少人数の中から自分にあった人は見つからず、スパではなく、SMに走ってしまう人など、欲求の我慢にはその欲求を更に大きくする弊害もあるんですね。

遊びを封印して勉強をする、目標の体重まで食事制限を徹底するという欲求の抑圧であれば、その後の欲求の解放があるから、ある程度意志が強ければできますが、そうでない限り欲求の封印は難しいのです。

ただ、ディシプリン派のキーさんの一般的なお仕置き欲というのはこれらの欲とは種類が違います、それは基本的にお尻を叩かれて欲求が解消されるわけではなく、そこにはお仕置きの流れで必要な、「悪いことに対してのお説教」「お尻叩き」「その後に受け入れられること」「スキンシップ」という、そこには体感的な欲求はもちろんありますが、心を満たす愛情という欲求の方が大きく潜んでいるからです。

キーさんのお尻を叩かれる行為というのは愛情で心を満たすためのプロセスであり、SMのように叩かれることで被虐感を得て満たされるものではありません。
そこを曖昧にしてしまったり、叩く側がSM的に誘導してしまうとスパからSM的な思考にシフトしてしまうことはよくありますからそうならないように、キーさん自身で洗脳されないようにスパへの思いをしっかりと固定するのは対策の一つです。

私の場合はお仕置きの際、SM的な思考にシフトしないように考えながらお仕置きしていますが、カーさんと名乗ってもS的な思考でお仕置きをしている人も多く、そこはキーさん自身で自覚して気を付けなければならないと思います。
もしSM的な思考になってしまったら、今度は性的快楽や被虐感の欲求となってしまうので、それこそ抜け出せなくなってしまうことにつながります。

何度もブログで書きましたが、ディシプリン派のスパのお仕置きで、何を求めているかというと、最終的には愛情であり、受け入れられる安心感、子供の頃に満たされなかった愛情の一部分の補充という人が殆どで、それを得るためには一連のお仕置き行為というのがピッタリとはまるんです。

先ほど普通の欲とは種類が違うと書きましたが、それはそもそもお尻を叩かれたい欲求ではなく、お仕置きの一連の流れが必要で、その先の愛情を求めているからです。
愛情で満たされたいという欲求は物欲や食欲、性欲とは違い、人間が本能で持っている心を満たす欲求なんですね。
もっというと、お仕置きの行為の最終欲求は、母親や父親が子供を抱擁するような母性的な愛情を求めていて、その部分が欠落しているから無意識にそこを埋めようと欲してしまうというケースが多いようです。
両親に甘えられない人、両親には甘えたくない人、そのように思っていても潜在意識の中では求めているものです。

そういう部分を満たすのっていうのは特に大人になってからはできません。
親にも頼めないし、恩師にも頼めない、彼氏にもそこまでは頼めないということもあるでしょうから、どうしても満たしたいのであれば掲示板で探したり、サイトの運営者に依頼するしか選択肢はなくなりますよね、だから皆さんこんな出会いはありえないし怖いと思っても行動してしまうんでしょう。

つまり、お仕置き欲求の根本的な欲求は愛情ですから、まずは愛情を満たすこと、子供の頃に満たされなかった欠落部分を補えば、いずれ親から自立するように、たくさん甘えて誰にでも受け入れられるんだということを認識できれば自然と離れていくことにつながります。
だからそういう部分を満たし、キーを卒業するためには、逆にお仕置きを我慢する必要はないと私は思っています。

ただ、一つ厄介な要因があります。

と、長くなりそうなので、続きは次回に持ち越しです。


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スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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