親から子への家庭的なお仕置き

この間、お仕置き終わりの雑談時に家庭的なお仕置きについての話になったのですが、それが私のお仕置き観が変わるくらいの話にまで発展してしまいました^^;

それは私の平手が痛すぎて、これは親から子への家庭的なお仕置きじゃないんじゃないかとクレームのような話になったのがきっかけでした。
私の中での親から子への家庭的なお仕置きとは、SMっぽくなく、性的な行為もせず、感情的にならないで諭すようにお説教をして、冷静にその子のためを思ってお仕置きをすることです。

人によっては膝上で平手のみじゃないと家庭的に感じないとか、ケインはよくても鞭はSM的に感じてしまうとか、道具自体がダメな人、そして道具はダメでも家庭にあるような物差しや定規、布団叩きなら家庭的に感じるという人もいて、人それぞれです。
そこは相手のお仕置き観を聞くために、まずはカウンセリングでその部分は聞いて、その人に合わせた家庭的なお仕置きをしているんです。

ところがお仕置きの強さや厳しさについては、要望が無ければある程度の痛みは与えるというのが私の家庭的なお仕置き観でもありました。
もちろん「軽め」や「超軽め」については強くは叩きませんが、普通レベルでも最後の仕上げの十数発は力を入れて叩いたり、それまでの過程でも多少力を入れて連打をして痛がるくらいのお仕置きが当たり前のようになっていました。

でもその子がいう家庭的とは、「そこまで痛くないのが家庭的」ということだったんですね。
私もよくよく考えてみたら、親から子供に対する家庭的なお仕置きであれば、相手は子供ですからそこまで痛くする必要はなく、逆に手加減をしなければただの虐待になるなぁと、これまで蓋をしていた部分に光が当てられた気分でした^^;

そう考えていると、今までの私のしてきた、痛みを感じさせるお仕置きは家庭的ではないような気がしてきたんですね。
これまでは「家庭的で親が子供に対するお仕置き」というのは”形”にはこだわっていましたが、痛みについては蓋をしていました。
それでも虐待的にならないように意識をしてお仕置きをしていたのですが、そこは子供じゃなく大人だし、ある程度厳しくて構わないだろうと私の主観で考えて、それにプラスしてS的要素がそういう部分に蓋をして見て見ぬふりをしていたんでしょうかね^^;

でもちゃんと考えるとそれは変で、子供に対してするようなお仕置きと考えたら、厳しくしたら虐待になるし、「普通レベル」のお仕置きであるなら軽めのペンペンをした方が、家庭的といえば家庭的ですよね。

もちろん厳しくないと反省した気持ちになれない人や、ある程度の痛みを欲している人、そして強烈な痛みを求めている人も含めて、軽めじゃ物足りないという人も多数います。
ですが、その場合はやはりカウンセリングでよくよく話をして、その日の要望を聞く形で対処できることです。

厳しくしてほしい人は単純に厳しくすればいいので対応できますが、そうでない人にそれなりの痛みを感じさせるお仕置きをしてしまっては、その人の家庭的なお仕置き観からは外れてしまうかもしれません。
ただ、自分で申告するのは恥ずかしいから察してほしい、と言う人もいて、そうなると本当に難しいものですね^^;

まぁそういうこともあるので、すべて私の判断でこれまでお仕置きの厳しさを勝手に決めてしてきましたけど、でもそこは必要でしょうから、厳しくしてほしい人は恥ずかしがらずに申告するようにしてください。

サイトを立ち上げた当初はかなり厳しくしていましたが、今はそれと比べるとかなり優しめです。
そして最近というか今後はもっと優しめにお尻ペンペンをしていこうかと思っています^^
物足りない方は強烈なお仕置きもできますからそこはご安心を(笑)

しかし今になってお仕置き観が変わるとは思ってもみませんでした。
この件に限らずですが、自分が出来上がっているなんて思ったらいけませんね。
過去の考えに囚われず、そして固執せず、何かヒントがあればそれを生かして、新しい何かを見つけることは大切なことだと思います^^


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くすぐりの刑

くすぐられるのが好きな人って世の中にはいて、スパのお仕置きの世界のキーとカーのように、くすぐりの世界も掲示板でパートナーを探すなんてことがあるんですね。
私の場合、お仕置き後にお話ししている時にちょっとした悪さとかルール違反をした時にお尻叩きではなく、くすぐりをすることがよくあります、私の中ではこれもお仕置きで、くすぐりの刑と認識しています^^;

ところがそのうちの一人が何年か後にくすぐられフェチだったとカミングアウトしてきたんですね^^;
嫌がっていると思ってたら実は嬉しかったようで、これじゃくすぐりの刑になってなかったんだなと少し悔しかったんですが、私自身が相手をくすぐってその反応を見るのがだんだんと楽しくなってきていたので、まぁいいか、という感じで収めましたけど^^;
もしかして私もくすぐりの世界の一員になっているのかもしれませんね(笑)

その世界では、くすぐる方を「ぐり」くすぐられる方を「ぐら」と呼び、グリとグラという絵本のような可愛いネーミングとなっているようです^^;
まぁその世界ではくすぐりがメインとなっているので、本格的なくすぐりをしているようですが、私のは忠告の意味でお仕置きとしての軽いくすぐりの刑ですから、マニアからしたら可愛いものでしょう。
しかし仮に本格的にくすぐられたいという人がいたらそれもまた検討しますのでそういう人は申請してみてくださいね(笑)

そういうことはおいといても、実際にお尻を出してまで叩くことでもないような軽いいたずらや軽めの悪いことは、お尻ペンペンよりもくすぐりの刑の方が簡易的で合っているような気がして、それで私は昔から当たり前のようにしてきたんじゃないかと思います。
まぁそういうことをされたくない人はちょっかいを出したり、いたずらをしたり、軽口を叩いたりしないように注意をしてください^^
もちろん度が過ぎるようであれば強烈な平手が降ってきますけどね(笑)

くすぐりで楽しそうに、嬉しそうに笑っている顔を見ると私はほのぼのしますが、当の本人は苦しいしやめてほしいと思っている、その矛盾がまた面白いものです^^;
一応これもお仕置きです、嫌な人にはしませんが、その代わりお尻ペンペンになりますからね^^


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納得させてからのお仕置き

私がお仕置きをするにあたって重きを置いているのは、反省内容についてお説教をし、それについて相手が納得をすることです。
納得をしない限りは基本お仕置きはできません。

それは納得もしないのにお仕置きをしてしまったら単なる虐待になってしまいますし、そうなるとお仕置きをされる側にとって公正なお仕置きではなくなってしまうからです。

だから納得していないような反応であればいろいろな例をあげ、完全に納得できるように説明をしています。
私は主観ではなく、客観的にみてお話をしているので、大体は納得するのですが、中には自分の正当性が少しでもあればそこに固執して意地でも理解しようとしない子もいます。

それとは別に本当はわかっているのに相手を困らせるためにだったり、非を認めたくないために意地でも納得しないような困った子もいますね^^;
そうこうしているうちに自己欺まんに陥って、幻想を真実と思い込み、頑なに反抗してしまうケースもあります。

そういう困ったちゃん達には正攻法では太刀打ちはできませんよね^^;
相手が納得しなければ私は基本的にお仕置きはしませんから、そうであるならこのまま野放しになってしまいます。
そうなったとしても、そこから本人の良心に訴えるようなことをいったりすると結局は納得せざるを得なくなるものです。

結局は根が真面目だからでしょう。
不真面目で反社会的な人であればそうはいきませんが、そもそも反省の気持ちがない人は私のところには来ないでしょうからね^^;

おまけでいうと、本当にお仕置きがないと困るのはお仕置き欲があるキーさんですから、嫌だ嫌だと言うのはいいのですが、これで本当にお仕置きが無かったらと思うと納得せざるを得ないでしょう^^;
でも実際はというと、今日は本気でお仕置き無しでって子もいますし、そうなるとお仕置きを求めているのか求めていないか、そこは本当にわからない領域でもあるんですね、奥が深いです^^



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お仕置きで濡れる事

女性キーさんはお仕置きのことを考えたり、小説を読んだり、理想のシチュエーションを妄想したりすると、自然に濡れてしまうケースって結構あって、その事で悩んでいる人は多いものです。
そもそもお仕置きを考えているなんて人には言えないし、仮にキーさん友達がいたとしてもそういったことは聞きにくく、自分だけじゃないか、私だけ変じゃないかと1人だけで抱え込んでしまうんですね。

自分は変じゃないかと思うのは、一般的に濡れるというのは、エッチなことを考えたり、実際にエッチな行為をしている時に起こる現象だと解釈されているからです。
ディシプリン派のお仕置きは、性的な要素が一切ない、エッチでもない、正当な理由であり、躾としての家庭的なお仕置きであり、それを純粋に求めているのに、それで濡れてしまうということは、自分はキーではなく、Mなのではないか、私だけ特別なんじゃないか、と悩んでしまう要素なんですね。

しかし、それは特別なことでもでもなんでもなく、キーさんであれば当たり前のことです、それはM的な要素が一切なく、キー的要素しかない人でもです。
もちろん濡れない人もいますが、そっちの方が少数ですから、そういう意味でも気にしなくて全然大丈夫です。

キーさんであれば
「お仕置き」
「お尻ペンペン」
「お尻出しなさい」
というような言葉に、萌えたりドキッとしたりと何かしらの反応をする子は多いですよね。

「悪い子はお尻丸出しにして真っ赤になるまでお尻ペンペンだよ、お仕置きするからこっちにきなさい」
こんな言葉を聞いたり読んだりすると、なんだか恥ずかしくなって、条件反射的に体の奥がゾクゾクとして、考えないようにしたとしても頭から離れなくなります。
こういうドキドキはキーさんだからこそ起こる現象ですが、エッチなことじゃないのに濡れてしまう脳回路はドキドキしてしまっている時点で出来上がってしまっているのです。

とにかく性的ではなく、エッチでもないのに濡れてしまうことに対して、自分だけが変だということはありません、それだけは認識しておいてください。
実際のお仕置き時に濡れてしまうと、勘違いされたり誤解されるんじゃないかと抵抗があったり、気まずい気持ちになってなかなか踏み込めない人はいると思いますが、私はそういう現象は脳的にもよく理解しているのでその心配はいりませんからね。

キーさんの場合は濡れたからといっても全てにおいて発情しているわけではないし、エッチをしたいと思っているわけでもありません。
そのように誤解をしてしまう男性は多いですが、それは女性の脳や濡れる仕組みをよく理解していないからなんですね。

以前も濡れることについて何度か記事を書いていますが、性的なことでなくても濡れることは女性にはあることなんですね。
それが性欲として体が反応して濡れていたとしても、妄想していることが性的なことではなければ、セックスという意味では発情しているわけじゃないんですね。

まぁそういうこともしっかりと理解しているカーさんじゃないと、安心してパートナー関係にはなれないでしょうし、勘違いされたまんまだと価値観の違いを生み、意思の疎通もなかなかできないことにつながります。
これは一般的には理解されていないことなので、悩んでいる本人も戸惑って誤った認識をしてしまう人もいますし、なにより男性自身が理解できないことでしょう。

とにかく「濡れるからM」ということはありません、濡れてもキーさんだし、そこに仮に性欲を感じていてもキーさんです。
Mとキーさんの思考回路は違いますが、境界的にいうとかなり微妙な違いですから難しいところではあります。
でもMに対して違和感を感じているのであれば、それはMではなく、キーさんということでいいでしょう。
何度も言っている通り、Mだけの人、キーだけの人、Mでキーの人と様々いますから、そこは別に気にしなくていいと私は思いますけどね^^

どうしてエッチなことではないのに”濡れる”という体の反応が生まれるのか、気になる方にはお会いした時に直接説明しますので、気軽に依頼でもしてください^^



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子供へのお仕置き(体罰)について

先日「体罰禁止法制化」という記事を書きましたが、その関連として子供に対してのお仕置き(体罰)について考えてみたいと思います。

”お仕置きやお尻ペンペン”と”体罰”って何か違うような感覚ってありますよね。
スパの世界でのお仕置きやお尻ペンペンは何やらファンタジーの世界のようですが、体罰というと少し暴力的な印象を受けてしまいます。
ただ、当たり前のことですが、お仕置きやお尻ペンペンは体に罰を与えているので立派な体罰なんですね。

キーさんの中では”お仕置きやお尻ペンペン”というワードでキュンとする人は多いのですが、”体罰”というワードではそうでもありません。
それはおそらく”お仕置き”やお尻ペンペン”というのは家庭的であったり愛情があるように感じますが、”体罰”というと愛情がなく、少し暴力的な印象を受けるからでしょう。

まぁ暴力的なことや虐待的、SM的なお仕置きを好む人もいますからそういう人は”体罰”でキュンとくるのでしょうけど、家庭的なお仕置きを好む人は”体罰”というワードはちょっと怖く感じてしまうでしょうね。

前置きが長くなってしまいました^^;
そういうわけで「”お尻ペンペン=体罰”」ということで、実際の子共にこの体罰をすべきかどうか、禁止したほうがいいのかどうかについて考えてみたいと思います。

私はこの活動を通して、子供の頃に親からお尻ペンペンのお仕置きを受けてきた人ともお話をしてきましたが、ほとんどのみなさんは口をそろえてお仕置きは恐怖であったし、手加減なしで叩かれてメチャクチャ痛かったと話しています。

しかし、大人が子供に思いっきり力を込めて叩いたらどういうことになるか、お尻の状態も併せて話を掘り下げていくと、実は手加減して叩いていたということがわかってきます。
しかし子供は痛みに敏感だし、恐怖だし、そこで手加減なしで叩かれたと感じ、それがトラウマになってしまっている子も実際にいるんですね。

つまり大人が子供に対して家庭的なお仕置きをしたとしても本気で手加減をしないと、当の子供にとってはそこには愛情がなく、ただの暴力的な体罰としか受け取りません、そこが怖いところなんですね。
大人の意識と子供の捉え方が違っていたら、親の意思はどうであれ、子供はただの感情的な暴力や虐待にしか感じないということです。
それは実際の子供は、キーさんのように妄想上でのお仕置きイメージが存在していないわけで、そんな子がお仕置きを受けたらそれは辛いことです。

キーさんは大人になってスパの世界を知り、家庭的なお仕置きに憧れたり興味を持ったりしますね。
その状況でスタンダードなお仕置きを受けると、そこにイメージしたような愛情を見出せるのでお仕置き行為が成り立ちます。
そこが実際の子供との大きな違いで、子供自体がお仕置きを求めていないし、その上で力をもって体罰を受けるという形ですからこれはスパのお仕置きではありえないことです(本気で嫌がってもお仕置きを求めてカーさんと会っているため)

それでは実際に子供にお仕置きをして家庭的な愛情を示すにはどうしたらいいでしょうか、それは可能なのでしょうか。
私が考えるに子供をお仕置きするとしたら、親が冷静に諭すように悪い事を説明し、説得し、その上でかなりの手加減をして、痛くない程度の軽めのペンペンをする、その後は抱きしめて「もうするんじゃないよ」と全てを許し、スキンシップを十分にして、「あなたをこの世で一番愛しているよ」というような言葉をかけてあげるようにすれば、叱られた内容にも納得し、愛情を感じられると思います。

かなりの手加減とは、軽めにペンペンと叩く程度で、それはお尻を丸出しにする必要はなく、服の上からでもいいし、お尻ではなく頭や手をペンペンでもいいわけです。
子供は叩かれるまでは恐怖を感じるかもしれませんが、叩かれた後にはスキンシップや言葉掛けで心地よく感じられるのであれば、愛情を感じ、それならば子供に対する体罰は成立します。が、それは現実的に無理がありそうですね。
まぁでもこの程度で体罰と認定されたら困ってしまいますけどね^^;

体罰をする親はだいたいは感情的に手を出すという人が多く、そういう人が冷静に諭すようなお説教をして、しかも軽めにペンペンなんてできるはずはありません。
これができる親というのは、そもそも”優しい親””叩かない親””感情的にならない親”にだけできることで、子供の頭をなでて褒めて育てるのと同じように、お仕置きもその一環として扱える親にしかできないのではないかと思います。

それが子供の感じるであろう愛情のある家庭的なお仕置きでしょう。
私もお仕置きをするときに感情的に怒ることはありません、この活動だからこそ感情的にならずに冷静さが保てるのかもしれませんし、そもそもキーさんなので、もうちょっと厳しく、もうちょっと痛くとエスカレートしていくものですから、子供が感じる家庭的なお仕置きと、キーさんが感じる家庭的なお仕置きは厳しさや痛さという面ではだいぶ違ってくるのです。

まぁそれでも実際に普段の家庭の生活の中で、感情的にならずに冷静に諭すようにお説教をして、軽くペンペンをしていくなんてことはそういう性質を持っていない限り難しいでしょうね。
そしてここまで虐待的な親が植えてきた以上、子供に対する体罰は禁止にすべきでしょう。
手加減できなかったり感情的になってしまうことは躾を超えた虐待ですが、法律ではそこの明確な線引きができませんから一律禁止にせざるを得ないでしょう。

しかし、禁止になったらその抑止力で、ある程度は虐待的や暴力的な体罰は少なくなっていくでしょうね。
その代わり手加減をした、体罰とは言い難い軽いペンペンは増えていくのではないかと思います。
でもそれが実際の子供にとっての愛情のある家庭的なお仕置きですね^^

しかしそこから一部の人はキーさんになり、そんなお仕置きでは物足りなくなり、欲求によってもっと痛く、もっと厳しくと追求していくのは不思議なことです^^;
結局は、大人のキーさんでも、ただの子供でも、お仕置きの厳しさや強さの加減次第で、愛情のある家庭的なお仕置きは感じられるのではと私は思いますけどね^^;



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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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