お仕置きで興奮すること 3 終わり

前記事の続きです。

「お仕置き」や「お尻ペンペン」という言葉にドキドキと反応してしまう子、お仕置きが頭から離れなくて時によっては日常生活に支障が出る子、つまりそういう子達をキーさんともいうのですが、そういう子たちは家庭的な愛情のあるお説教やお仕置きに惹かれて興奮してしまう、そういう事について書いてきました。

”お説教””愛情””叩く(ビンタ、ゲンコツ)”、それ自体でもその一連の行為でも興奮まではしないものですが、ドキドキとして体の反応が出てしまうほど強烈に興奮してしまう要因というのは、叩く場所が”お尻”だからです。
叩く部分がお尻だからこそ、子供ながらもそこに”性”を感じ、そこが恥ずかしいとか、見てはいけないとか、いけないもの、という認識をしてしまい、スリルや羞恥などでドキドキとし、ドキドキとするから余計意識して頭から離れなくなっていくというお話をしました。
お仕置きで興奮すること1  お仕置きで興奮すること2

そういう厄介なお仕置き欲求をどう抑えるかについてですが、みなさん欲求が上がっていくにはそれなりの原因があるわけです。
最初は子供ですからお仕置きシーンといっても子供が見るようなアニメや本、もしくは実際に友達がされているのを見てというだけです。
それだけでドキドキしているのであればそこで維持できるわけです。

しかしそこからいろんなことを妄想したり、もっと成長すると、お仕置き関連のワードを検索してお仕置き小説を読んだり、実際にお仕置きの世界があることを知ってしまい、それでどんどんと欲求が強くなっていくんですね。

そこで新たな情報を得ることでいろいろな妄想をしたりしてドキドキして、小説でいろいろなシチュエーションを読んではドキドキし、お仕置きをリアルに体験できる場所があるんだと認識することでドキドキし、そうやってどんどんと自分の知らないお仕置きの世界やを知り、自分の理想やシチュエーションもできあがり、そういうものを探すようになり、それに比例してお仕置き欲求が強くなります。

結局欲求が爆発してしまうくらいまで膨らみそれを抱えてモヤモヤとしてしまうんです。
そういうものを見て自分を満たしているつもりが、実はどんどんと欲求を強めて自分を苦しめている要因にもなっているという皮肉な状況になっていくわけです。

そうなってくると、これはあるあるですが、やらなければならないことがある時に限って欲求が高まり、お仕置きの事ばかり考えて何も手がつかない状態になり、苦しくなることにつながります。
やらなければならないことでも忙しくて休む時間もない時や、自分の好きなことに集中している時などは欲は低下するのですが、面倒だけどやらなきゃいけないこと、例えば課題やテスト勉強や試験勉強、期限がある提出物など、そういう時には特に欲求が上がりお仕置きの事ばかり考えてしまって、やらなければならないことを後回しにしてしまいがちです。

また生理前などが絡むと欲が上がりすぎてどうにもならなくなり、そこで勢いでお仕置き体験するという人もたくさんいます。
まぁそういう勢いを借りてでしか勇気が出ないというのが正解なのかもしれませんが、やはり抑えられない欲求で翻弄されるのはとてもつらいことですよね。

だからお仕置き欲をこれ以上膨らませたくないならこれ以上新たなお仕置き関連の小説や動画は見ず、見るのであれば今まで見たことのあるものだけにしておくと新たな世界は広がりません。
ま、これは難しい話ですけどね、でも真剣に考えている方はそうやって実行して新たなものは見ないようにしてみてください。
一切合切禁止にすると余計に爆発しますからね、禁止はせず、お気に入りの小説を何度も見るなど、今まで見た範囲で処理するようにしましょう^^


前記事でお仕置きに惹かれている人は「お仕置きを考えると性中枢が刺激される」と書きましたが、ディシプリンの躾としてのお仕置きや家庭的なお仕置きは、俗にいうエッチな事とは違い、性的な事はご法度だし、性的要素もないものです。
それでもこれまで話してきた背景から、お仕置きを考えることで性中枢が刺激され、体が反応してしまうんですね。
そういう脳の回路になってしまっているということで、だからこそ興奮したりドキドキしたりするんです。

しかしそれはもう変えようがありませんし、そういう自分も本当の自分であって、表の自分も裏の自分も全て認めて受け入れることは、お仕置き欲を薄めたり卒業をする第一歩だと私は思っています。
そして卒業したい人は、何度かお仕置き体験をして欲を薄めていく作業が必要で、それを後手後手に回してしまうと更に気持ちが膨らみ年齢を重ねるごとに欲の薄め方が難しくなっていくんです。
なので若いうちに体験をして未知の世界をみて、欲を薄めていくことがお仕置き欲求を無くしたい人や卒業したい人の近道だと思います。

実際に何度もお仕置きを受けて、どうにもならないまでの欲求が薄まったという人は何人もいます。
何度もお仕置きを受けて自分の欲に決着をつけられたという人もいます。
これまで一人で抱えてきたお仕置きの想いをすべて吐き出したことによって自分を冷静に分析できて落ち着いた人もいます。
私の活動がカウンセリング主体だからこそ、お仕置きを卒業したい人には欲を薄めるカウンセリングとお仕置きを、そうでない人には満たすようなお仕置きということができるです。

お仕置きで興奮してしまう要因というのは人それぞれ違うこともあります、幼少期の衝撃的な出来事、幼少期からの家庭環境、学校での教師や同級生との関係など、それぞれ分析してみることで、自分では気づけなかった部分が見えてきて、要因のヒントが見つかることが多いんです。
それで欲求がなくなるかと言ったらそれはまた別問題ですが、自分を知ることで興奮の正体を知り、その上で体験することで幼少期に欲していた何かが満たされるということがおこり、そうやって欲が薄まるということもあるんですね。

単なるお仕置き、ではなく、心理の面でお仕置きと向き合い、自分のお仕置きのルーツを探り、その上でお仕置き欲を満たすというのは私もそれがしたいことですし、お仕置きを受ける側もそういうことを経験しておいた方が自分と向き合う為にもいいと思います。
ま、それには自分のお仕置きの想いを正直に吐き出していかないといけません。

ということで、長々とお仕置きで興奮することについて書きましたが、どうして体が反応するかなんて普通はわからないことですし、これまで誰しも謎と思っていたことです。
だからこそ性的っぽく興奮している自分に違和感を持ち、自分はMかもしれない、純粋なキーではない、自分だけ変なんじゃないかと考えてしまします。
更には他のキーさんからそういう話も聞かないから自分だけ特別なんじゃないのか、と悩んでしまうんですね。
しかしそれは多かれ少なかれみなさん同じような感覚のはずです、だからそれはそれで認めてあげましょう。

自分は変だ、こんな自分は嫌だ、こんなこと考えないようにしたい、と思う人はお仕置き依頼で欲を薄めてみましょう。
卒業ということではなく、そういう自分を受け入れてお仕置きで満たされたいと思う人はお仕置き依頼で欲を満たしてみましょう。

ここでのお仕置きは基本的には反省することがあって、それに対する罰です。
ビンタやゲンコツで痛い目を見るのと同じで、その類似行為としてお尻を叩くわけですから、後ろめたさなど感じず、むしろ健全だと思ってお仕置きを考えてみてください。

その方が精神的にも健全ははずです^^



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お仕置きで興奮すること 2

前記事の続きです。

前回はお仕置きで興奮することについて書きましたが、今回は性的な事がない家庭的なお仕置きなのにどうして興奮してしまうのか、どうして頭から離れなくなってしまうのか、ということについて書いていきたいと思います。

前記事にも書いたとおり、躾としての家庭的なお仕置きに惹きつけられる一番重要な要素は「愛情」です。
叱られる愛情、厳しくされる愛情、見放されない愛情、自分だけを見てくれる愛情、自分のために考えてくれる愛情、自分を認めてくれる愛情、スキンシップの愛情など、愛情といっても様々ですが、単純に甘やかす愛情でも恋愛の愛情でもなく、その子の成長のためにその子に真剣に向き合う愛情です。

しかしこの愛情だけではドキドキと興奮はしません、人間に一番大切といってもいい愛情は誰しも絶えず欲するものですが、恋愛感情とは違う愛情の場合、それでドキドキと興奮することはありませんよね。

もう一つの要素である叩くことですが、お仕置きとして叩く行為であっても、何発も頭をげんこつで叩いたり、何発も往復ビンタをするようなものであれば、虐待的に感じて、それでドキドキと興奮することはないものです。
お仕置き願望を持ってしまった後にはそういう行為も類似行為として反応する人もいますが、お仕置きに惹かれてもいない時点では、そういう行為に嫌悪を感じる人がほとんどでしょう。

ではこのドキドキの要因は何かというと、それは”親から子への愛情”でもなく”叩く”でもなく、実はそこに”お尻”が介在するからです。
いくら子供といっても”お尻”というのは”性”を感じさせるものですし、女性というのはそういう部位には特に敏感です。
服の上からお尻という部分を叩くだけでもドキッとするのに、それがお尻を丸出しにされた状態でペンペンされたらどう感じるでしょうか。

もしお尻を丸出しにされてお仕置きをされているのを見てしまっては、それはとっても衝撃的だし、見てはいけないもの、考えちゃいけないもの、恥ずかしいものを見てしまったと思ってドキドキとして赤面してしまうのは当然のことです。
そういう恥ずかしくて赤面してしまうような事は後になって思い出してしまうものですが、そんなこと考えちゃいけない、忘れなきゃいけないと思えば思うほど意識してしまうものです。

お仕置きシーンを見るたびにお尻が目に入って羞恥心で顔を赤らめたり、丸出しのお尻を見ている事が、いけないこと、悪い事、あるいはエッチなことのように思ってしまいます。
そういうことを過剰に意識してしまうのは真面目で純粋なんでしょう、感受性が豊かということもあるでしょうね。
そういう子だからこそ、こんなことを考えてはいけないと自分に禁止の指令をかけてしまうんです。

しかしその禁止をかけるということが逆効果になることがあります。
人間の性中枢は禁止やタブーを犯すことによって刺激されるという報告もあり、刺激されることによって体が反応してしまうんです。
禁止やタブーとは、見てはいけないもの、隠されているもの、してはいけないこと、恥ずかしいこと、人が嫌がることなど、それを犯すときに不安やスリルという感覚が後押しし、それでゾクゾクして興奮してしまうことにつながります。

お仕置きシーンを見ても何も反応しない人は、それが変な事とか恥ずかしいこととかエッチな事とか、そういうことをさほど考えないから「あ、お仕置きされてる」くらいにしか感じないんです。
一方過剰に意識をしてしまう人は、それは恥ずかしい事だとか見ちゃいけないことだと考えるから余計にお仕置きが頭から離れなくなるんですね。
しかもそれを禁止しようとすると、逆効果で更に意識をしてしまい、そうやってお仕置きに惹かれていき、性的な事をしているわけではないのにお仕置きシーンで性中枢を刺激する回路が出来上がってしまうんです。

つまり無意識的に性中枢を刺激してしまっているので、自分ではコントロールできずに勝手に体が反応するし、そのうち「お仕置き」とか「お尻ペンペン」という言葉だけでも反応するようになっていくんです。
これは脳が「お仕置き=性中枢で反応」と組みこんでしまっているからで、だからこそ興奮もするし頭から離れないものとなってしまうんですね。
しかも一度そうやって脳で出来上がってしまった回路を遮断したり変更することは脳科学的に無理なようです。

無理だからこそ、お仕置き欲求を無くすことが難しく、だからこそ薄めていくことの方が理にかなっているんです。
欲求を薄めるには欲求を満たすことが必須となるので、それにはお仕置き体験をしなければ難しいということになります。
お仕置き欲求を薄めたい人にとっては深刻な事ですから、これは単なる欲求の解消ではなく、カウンセリングと体験による”治療”と考えれば、お仕置きを受けることに対してある意味割り切って考えられるかもしれませんね。

楽しみたい人はそのままでいいですが、卒業したい人は”治療”という名目でお仕置き体験すれば後ろめたさもかなり軽減できるのではないでしょうか。
私のお仕置き活動は欲求を薄めたい人にはそういう方向でカウンセリングとお仕置きをしていますし、そのままの自分を受け入れて欲求を満たしたいという人にはそのように接しているので、要望を言ってくれれば対応しています。
ま、実際にどちらのタイプにしても、スタンダードなお仕置きよってお仕置き欲求は薄まっていくものですけどね^^


ちょっとまた長くなりそうなので、ここらへんで切ります。
もう少し書いてみたいこともあるので、続きはまた^^



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お仕置きで興奮すること 1

キーさんというのはお仕置きに惹かれているので、お尻ペンペンのお仕置きシーンを見たり聞いたりすると、いくら動じないようにしようと思っても、胸がドキドキとして反応してしまいますよね。
幼少期に見たアニメのお仕置きシーンや絵本でのワンシーン、もしくは実際にお仕置きを目撃したことがお仕置きに惹かれる主なきっかけとなり、それが頭から離れなくなってしまうというケースがほとんどです。

何も反応しないという人は平然とお仕置きシーンを見ることができるし、「お仕置き」や「お尻ペンペン」という言葉も恥ずかしげもなくすんなりと発言することができます。
しかしお仕置きでドキドキしてしまう人は「お仕置き」や「お尻ペンペン」という言葉さえも恥ずかしくて発言できないのですからそれは明らかな違いです^^;
更に言うと、そのワードを書くことさえ恥ずかしくてできない人もいるので、もうこれは相当意識しちゃっているということですよね。

しかしその”ドキドキ”というのは何者なんでしょうか。
小さい頃になんでかわからないけどお仕置きというワードやお仕置きシーンにドキドキしてしまうと、キーさんは口を揃えていいますけど、それは何なんでしょう。

そのドキドキの正体は何かというと、それは「興奮」なわけです。
家庭的なお仕置きをされていて、性的な事をされているわけじゃないのに興奮してしまう、そこに戸惑いや”なぜ?”という疑問が生まれますが、性的じゃないことでも性的興奮に似た現象が起こることはあるんです、特に女性脳はそういう部分の感受性が豊かなんですね。

例えば好きな人のスポーツしている姿や働いている姿、スーツ姿やカッコいいと感じるしぐさなど、性的な事でなくてもそういうところで気持ちが舞い上がったり、それがただの興奮だけではなく性的に興奮するというのも女性にとっては正常な事でもあります。
しかし男はというと、そういうことでの性的興奮はほぼありません。
一般的には女性の裸や性的なことなど、直接的な要素で性的興奮をするのが男性脳ですから、女性のこういった感覚が理解できないのはしょうがないでしょう。

こういうことからも、性的な事では無くても人によってはお仕置きにドキドキする、興奮するという現象が起こります。
で、お尻を出したり、お尻を丸出しにして叩かれたりというのは、見てはいけないものであったり、特に女性にとっては恥ずかしいと感じることでもあります。
そこがキーポイントとなりますが、お尻を出したり、お尻を出して叩かれるというのは、一番のドキドキの要因ではありますが、キーさんが求めているものという意味ではこれは副産物的なもので、単純にお尻叩きそのものだけであればお仕置きに惹きつけられることはなかったでしょう。

それでは何が一番の要素かというと、それが「愛情」なんですね。
叱られる愛情、厳しくされる愛情、見放されない愛情、自分だけを見てくれる愛情、自分のために考えてくれる愛情、自分を認めてくれる愛情、頭を撫でられたり良い子良い子したりするスキンシップの愛情、、、、など
こうした感覚的な愛情が土台で、これが無ければ幼少期にお仕置きにドキドキすることはないでしょう。

いくら幼い子供でも、無条件で愛されている行為だと無意識に感じるからこそ惹きつけられるんですね。
脳裏に焼き付いてしまった今ではお尻を叩かれることでドキドキと反応してしまいますが、その根底には必ず”愛情で満たされる”というものが隠れているはずです。

その上でのお尻ペンペンです。
無償の愛情だけでは興奮はしませんが、そこでお尻を丸出しにしてペンペンするからこそドキドキして興奮してしまうんです。
逆に、愛情がないお仕置きだとしたら全く興奮はしないでしょうし、そうであるならお仕置きに興味を持つこともなかったでしょう。

このように考えると、愛情で満たされることとお尻を叩く行為は、別々で考えたら興奮するものではありませんが、それが合わさることによって相乗効果でドキドキとしてしまい興奮してしまうんでしょうね。

こういうことからもお尻ペンペンでドキドキとして興奮してしまう事は愛情を求めているということにすり替えもできるので、それは正常な想いであり、それを気にする必要は全くありません。
特にお仕置き未経験者はそれが膨れ上がりすぎてどうにもならなくて苦しいくらいになっている人は多いようです。

実際のお仕置きでは痛が伴うので、お尻ペンペンされている時に興奮することはほとんどないことです。
そして痛いからお仕置きは嫌だというのも本音です。
小説の世界ではなくて現実のお尻ペンペンではそうなるものです。

ただそれでも一連のお仕置き行為に惹かれているわけなのでどうしてもお仕置きを求めてしまうんですね。
お尻を叩かれて痛いし、気持ちよくないし、嫌だけど、それを乗り越えないと最後の許しとスキンシップまでいけない、そこにたどり着けば理想の満たしがある、そこまでがセットだからこそ痛くても乗り越えなくてはいけないんですね。

しかし実際のお仕置きは痛くて嫌で興奮はしなくても、妄想のお仕置きは興奮するものです。
痛くてその時は二度とお仕置きは嫌だと思っても、家に帰ってからその時のことを思い出して興奮したり、動画や小説を見て興奮してしまうのもキーさんでしょう。
そういう自分は変だ、自分だけかもと悩む人はいますが、お仕置きに憧れを持っている人にとってはそっちの方が普通です。
お仕置き中は痛くていやだけど、お仕置きが終わった直後にはもう少し叩かれたいと思ったり、キーさん心理は複雑です^^;

男性はその興奮をすぐにセックスに結び付けますが、これはセックスとは違う興奮、もっというと、お仕置きの流れで性的な事やセックスがあるとお仕置きが台無しになって、逆に嫌悪してしまうんですね。
だから性的な事と家庭的なお仕置きを別物としてとらえないと価値観の違いが生まれてしまう事になるんです。


少し長くなりましたのでこの続きは次回に^^;
次回は性的な事がない家庭的なお仕置きで興奮してしまう事、なぜ頭から離れなくなってしまうのか
以前も似たようなことを記事にしたと思いますが、そこら辺についてもう少し書いてみたいと思います^^



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様々な性衝動

前回はお仕置きと性衝動について記事を書きましたが、性衝動が起きるのは、性的なことやエッチなことだけではなく、お仕置き(性的ではないお仕置き)という行為を見たり聞いたり体験したりということでも起こるというお話をしました。

誤解があるのは、性衝動というのは俗にいう、エッチなことでなくても起こり得ることで、それが分かってないからどんなに説明しても理解されないし、もっといえば本人も分かっていないから心と体の反応に悩んでしまうわけです。
今回は様々な性衝動(性的ではないこと)についてお話ししたいと思います。

性的ではないお仕置きを広義で捉えると、叩かれて嫌な思いをしたり苦しむことでもありますよね。
一つの叩かれる行為を細かく指定していくと、それは家庭的なお仕置きにもなるし、SM的にもなるし、虐待にも、暴力にもなるわけです。

叩く場所はお尻、体勢は膝の上、叩くのは平手のみ、お説教に始まり、お尻をペンペンして、お仕置きが終わったら許されて甘えられる、そういう指定の上で家庭的なお仕置きというものができあがるのです。
この指定の詳細は人それぞれ違いますが、おおまかにはそういう雰囲気を家庭的なお仕置きと想定しているはずです。

この「叩く」という行為で性衝動が起きてしまう人は家庭的なお仕置きを求める人だけではありません。
性的行為は一切ない条件でも、SM的に滅多打ちにされたい、虐待的に叩かれたい、ボコボコに殴られてみたい
そういったことを妄想したりそういった小説や動画を見て性衝動が起きる人もいるんです。
ちなみに家庭的なお仕置きを好む人は”叩くだけ”では性衝動は起きず、お説教に始まりお尻叩きがあり、許されていい子いい子されるまでの一連の愛情のあるお仕置きの流れをセットで妄想して性衝動が起きます。

家庭的なお仕置き以外での「叩く」という行為で性衝動が起きてしまう人は、例えば絶望感を感じたかったり、精神的に追い詰められてみたかったり、ダメ人間だと落とされてみたかったり、何者かに捕らわれて理不尽に扱われたいと思ったり、自罰感情であったりと、いじめられ、いたぶられる感覚を欲したりと思いは人それぞれですが、共通していることはそのことで性衝動が起きてしまうことです。

叩かれるのではなく、嫌な思いだったり、苦しむという定義では、くすぐられて笑いながら苦しむ、お灸やろうそくでの熱責め、洗濯ばさみやその他の道具を使用しての折檻、浣腸での腹痛や便意の我慢、排尿排便の管理など、これは一見性的行為に見えるものもありますが、実際は性感帯を刺激したり性的な接触をするわけではないので、性的なこととは言いきれないでしょう。

鞭やベルトで滅多打ちにされたり、拳や足で殴ったり蹴ったりしてボコボコにされたり、そういう場面を見たり聞いたりすると性衝動が起き、体が反応してしまう人はいるんです。
そんなバカなと思う人もいると思いますが、これは単純なことです。
性衝動が起きる要素が、エッチなことなのか、それがエッチではない家庭的なお仕置きなのか、それとももっと暴力的な苦痛なのか、それ以外なのか、ただそれだけの違いなだけなんですね。

それを複数で感じる人もいますし、一つでしか反応しないという人もいますが、何で反応するかというのは別にして、厄介なのはそれを意識的にはコントロールできないことです。
それは幼少期から青年期にかけての様々な環境や状況、目にしたものやその時の身体的反応によって、どこでどう脳内にインプットされるかは意識的にはできないからです。
叩かれることや苦しむこと以外にも、性的とはいえない様々な行為で性衝動は起こり得ます。

以前ブログで書いたことがありましたが、ピアノの演奏中にエクスタシーを感じてしまう人、お気に入りのオーケストラの曲でエクスタシーを感じてしまう人、好きな人を考えているだけでエクスタシーを感じてしまう人、これらも性的な事では無いけど脳内では性的興奮をして性衝動が起きているんです。

エッチなことではないのに体が反応してしまうと悩んでいる人は多いと思いますが、それは悩まなくていいんです。
実際にそれをエッチな事、エロイことと捉えているのではなく、脳の反応がそうであるだけなんですから。
性的でないお仕置きを好んでいるはずなのに、本当は違うのかななんてことは一切悩まなくていいんです。

誰に話しても理解してくれなくて悩んでいる人、誰にも話せないとふさぎ込んでいる人、一般的な人とは求めるものが違うのかもしれませんが、そのようになっていく脳内のメカニズム的なお話しもしていますので、相談したい方はお気軽に連絡してください。
お仕置きを望まない人はカウンセリングだけでもお受けしていますので、その場合はカウンセリング依頼からご連絡ください。




※いろんな角度から検証したい方は下記の関連記事もご覧ください。
れてしまう事について
お仕置きの欲求と性的欲求の違い
お仕置きで濡れる事
濡れるのが恥ずかしいキーさん
惹きつけられる”背徳感”とは
性癖とは

お仕置きと性衝動

お尻ペンペンのお仕置き欲求というのは、俗にいう”性欲”とは違うものです。
性欲とは、一般的にはエッチな事や性交をしたい欲求という意味で使われているので、そういう意味合いで考えると違うわけです。

しかし女性も男性もお仕置き行為やその妄想によって性的な体の反応がおこることが多く、その部分だけをみて「お仕置き欲=性欲」と解釈されがちです。
そこが性的なことを求めていないキーさんが理解されない部分でもあるのでしょう。
※ここでお話しする”性欲”の定義は性行為やエッチなことをしたい欲求という意味です。本来の性欲の定義はもっと広義であるため、一般的に認知されている性欲(性行為やエッチなこと)というのはその中の一部しかありません。

先ほど説明した通り、お仕置きという言葉やお尻ペンペンという言葉を見たり聞いたり、お仕置き行為を妄想したりすると性的興奮が起こる場合があります。
エッチなことや性的なこととは違うことなのに、このような反応をしてしまうことに戸惑った経験のある人はほとんどでしょう。
このお仕置き欲の感覚が厄介なもので、ときおりどうしても気持ちが制御できなかったり、ピークの時は日常生活にも支障が出るくらい頭の中がいっぱいいっぱいになってやるべきことも手につかないということになったりと、こういったことで悩んだ経験のある人はたくさんいると思います。

どうしてこういう反応が起きてしまうか、どうしてこのような抑えられない感覚に陥ってしまうのか、みなさん気になるところだと思いますが、それはお尻ペンペンのお仕置きが、脳の性衝動をつかさどる領域を刺激してしまう為に、自動的に体が反応してしまうからです。

何が性衝動なのかというのは、それは人それぞれです。
ただ、一般的な性衝動というのは俗にいう”エッチなこと”であり、それは異性の裸であったり、性行為であったり、性的なことであったりしますが、そのこと自体で性衝動を感じない人もいますし、他のことで性衝動を感じる人もいて、その一つがお尻ペンペンのお仕置きというわけです。

性衝動が反応するからそのこと自体が「エッチなことだ」というのは間違いで、エッチなことではなくても性衝動が刺激されてしまうことは普通に起こりうる現象なんです。
それを経験したことがない人には理解しずらいことなので、なかなか分かってもらえないのはこういうところにあるのでしょう。

どうしてそうなったかというのはそれぞれ要因というものはありますが、幼少期から青年期にかけてにどのような体験があったか、その体験時の心境や環境、そして身体はどう反応している状態であったか、などが深く関わっています。
要因は明確に断定できる場合もありますが、おそらくこうではないかという憶測の場合もあります。
どちらにしてもその要因が分かることはとても大切なことで、そのことで自分自身を理解できるようになり、そういう自分を認めるきっかけになったり、欲求を薄めることにつながることもあるのです。

性衝動を感じてしまうメカニズムというものもわかってきており、私のところに依頼にきている人でそこが気になる方にはそういったお話しもしています。
自分がどうしてこうなったのかを分析してみたい人や自分自身を知りたいと思う人は相談してくれれば細かいところをお話ししていきます。
それで断定できるとは限りませんが、自己分析をしたり、体の仕組みや脳の仕組み等は教えられるので、それだけでも大分違うはずです。

気になる方はサイトから連絡をしてみてください。


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お仕置き欲求 1

本来のスパのお仕置き欲求とは単純にいうとお尻を叩かれることへの欲求です。
その欲求でも、理由なくお尻を叩かれたいというタイプは今回除外してお話をします。

ディシプリン派のキーさんの欲求は、理由があって、その罰としてお仕置きがお尻叩きなんですね。
理由がなければお仕置きは成立しないし、その後には必ず許しが無ければならず、もっというと、その許しの印として甘えがあるわけです。

なぜお仕置きに惹かれてしまうのか、自分は変だ、おかしいと悩んでしまって考えないように決めても、急にまた欲求の波に襲われて日常生活までもが狂ってしまう子は多くいます。
理由もわからずに、ただ「お仕置き」「お尻ペンペン」という言葉や、それの関わる妄想に囚われてしまうのは辛いところでしょう。

しかしなぜお仕置きに惹かれてしまうのか、その要因がある程度明確になれば辛さは半減するものです。
それによってお仕置き欲求がなくなるかどうかは別にして、理由がなんとなくわかっただけでも心が軽くなるものです。
そういう心理面のお話は、私のところに依頼で来るキーさんとは必ずしていて、特にお仕置き欲求を消したい人や薄めたい人にはその部分を重点的にお話をし、欲求を薄めていくにはどうするか、そして今後のお仕置きに対しての捉え方や考え方などをアドバイスして、あまりにも抑えられないお仕置き欲求を静めていくようにしています。

どうしてお仕置きに惹かれてしまうのかということに関しては人それぞれですが、
お尻ペンペンという強烈な印象にプラスして、そのお仕置きを通じての愛情を欲しているということが一番にあります。
お尻ペンペンの強烈な印象とは、ここではあえて書きませんが、人間の心理に響いてしまうもので、キーさんにとっては強烈な要素があるわけです。

また、愛情とは、スキンシップであり、甘えることであり、抱っこであり、絶対に見放されないこと、自分を認めてもらいたい、どんな自分でも受け入れてほしい、自分だけをみていてほしいという部分が大きくかかわっています。
子供に返りたかったり、子供のように扱って欲しかったり、意識にはなくても幼少期に欲していた愛情を満たしたかったり、周りが羨ましくて欲求不満を抱えていたりと、そういった自分にも気づかない心理が心にあるものです。

それは幼少期の愛情不足が原因だったり、叱られたことがない子は、逆に叱られる愛情を欲したり、感情的に怒られていた子は、愛情をもって叱られたい欲を持ったり、過保護で育った子は厳しい愛情を求めたり、弟や妹が産まれて母親を独占できなくなった子は甘えたい欲を持ち続けたり、単純に過去甘えていた心地よさを求めてしまったりと、だいたいはこのようなケースが当てはまるでしょう。

この様な事を中心に話をしていくと、要因を探る事にもつながり、それだけでかなり心は軽くなるもので、その上で今後どのようにしていったらいいのかというアドバイスもしますので、そうすると随分と気持ちが楽になるようです。
私のところに来て過度なお仕置き欲求から卒業できた子もいますし、欲求自体薄まったという人もいますし、ほとんどの子はそれまでの欲求よりは薄まっていると話しています。

私はそのように誘導しながらカウンセリング的なお話やお仕置きをしていますし、お仕置き自体や私自身に依存しないように、それを一番に考えてこの活動をしています。
理由は、それがその人の成長の為だからです。

しかし、よくあるパートナーでのお付き合いになると、どんどんとお仕置きに依存していってしまうことが多いようですが、それはパートナーという関係性上、必然なのかもしれません。
しかし私は自立できないような依存はマイナス成長だと考えているので、単純にお仕置きを求めてスパの世界に足を踏み入れた子は、慢性的な依存にならないようになってほしいのです。

ちょっと長くなるので、ここで話を打ち切ります・・・。
次回は良い依存と悪い依存というテーマで詳しくお話しします^^




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お仕置きを求めてしまう子たちの苦悩 2

続きです。

お仕置きに惹きつけられてしまう子たちが抱えている苦悩を心理的に捉えてみると、変でも何でもなく、むしろ正常であり、それは人間の成長過程において一番必要な愛情もしくはそれに類似するものを求めていると分析できるんですね。
しかしほとんどの子たちは、お仕置き願望が愛情を求める純粋な心から来ているということを知りません。

それはそうです、「お仕置き=愛情」とストレートに直結しているわけではなく、いろいろな要素や心理が間接的に介在しているから自分のことであってもよくわからないんでしょう。
子供の頃に悪さをしたり、駄々をこねるのは、それが構ってほしい=愛情を求めているということで、それに気づかないのと同じでなんですね。

お仕置きという行為やワードが気になるようになってしまうのには様々なケースがあります。
アニメであれば誰でも共通に感じることは、アニメのお仕置きを虐待ととらえる人は少なく、むしろ愛情に溢れていて、見ていても可愛いですよね^^
決してお仕置きをされてかわいそうとは思わないのではないでしょうか。

しかしそこには落とし穴があります。
幼少期にアニメのお仕置きを目にしてしまうと、そこには何やら温かい愛情のようなものを感じてしまい、かわいいしうらやましいなって思うことがあるんですね、そこは大人も子供も一緒だと思います。
更にそのお仕置き行為で衝撃的なことは”お尻を丸出しにしていること”なんですね。

お尻という部分は普段は隠さなければならない部分で、我々服を着ている民族の中では裸のお尻には無意識に性的なものを感じてしまいます。
だからこそ見てはいけないものを見てしまっている、恥ずかしいものを見てしまっているという背徳感を感じ、その背徳感によって、より脳裏に焼き付いてしまう現象が起きるのです。
それは人間は否定すればするほどそのことが頭から離れなくなるものだからです。

また、背徳感というのは、タブーをおかしてしまったという意味で心理的にも、より心に残ってしまうんです。
なのでお仕置き行為に対して、無意識に愛情を感じ、更に”お尻丸出し”という恥ずかしいシーン、見てはいけないシーンが背徳感として脳裏に焼き付いてしまい、どうにもお仕置きが頭から離れなくなってしまうんですね。

しかも背徳感というものは性欲中枢を刺激してしまう為、ゾクゾクという感覚が体でも反応してしまい、記憶にとどまりやすくなるんです。
そのシーンが絵本であり、アニメであり、リアルお仕置きであり、叱られている人を見てなど、人によって違いますが、幼少期にそういった背徳的なものを目撃することでキーさん的思考が出来上がっていくのでしょう。

更にキーさんの多くは叱られたことがない人、叩かれたことがない人、感情的に怒られてきた人などが多く、「隣の芝生は青く見える」ように、自分が経験したことがない部分を求める、つまり叩かれる愛情をうらやましく思い、そして求めてしまうこともあるんですね。

自分が経験したことがないお尻叩きやお説教、それは親からの愛情がなかったからなのかと思い、悩んでしまったりもします。
大人が一人の子供と向き合って真剣に叱り、そしていい子になってほしいからとお尻を叩く。
そのような愛情がほしいと願ってしまうこと、それが無意識に働き、お仕置きに魅力を感じてしまうのだろうと思います。
そのことをお仕置きに惹きつけられる子たちが理解していないから、余計に悩み、自分は変だと苦しんでいるのでしょうね。

ずっといい子で過ごしてきた子は、大人というものは悪い子を真剣に構って、良い子は放置するという世の中の理不尽さを無意識にも感じています。
そうなると必然的に
「悪いことをする」→「お説教、お仕置きをされる」→「構ってもらえる」→「自分の存在を認めてくれる」→「深い愛情で満たされる」
という図式になっていくのでしょう。

お仕置きを求めてしまうのはこのような間接的な要因が複雑に組み合わさっていることがあげられると思います。
ま、それが分かったとこで悩みは解消されませんが、とりあえず理由があることくらいは理解してほしいですね。

キーさんの苦悩の原点は、「なんでお仕置きを求めてしまうんだろう」ということに尽きると思います。
愛情を求めているからと説明してもそこは深層心理の部分なのでピンとこない人も多くいます。
ただ、冒頭にお話ししたように、”心理的”にはそれは変でも何でもなく正常な心なんです。
そういうことをすべて受け入れてしまえば気持ちは楽になります、自分のような人は他にもたくさんいること、そしてそういう気持ちを理解してくれている人が少なからずいるということ。

まぁ例外のキーさんもいますけどね、お仕置きをされ続けてきた人は憧れというものではなく、最悪の思い出でも自分が悪いことをしたら罰を受けなければ許されないと思い込んで恐怖と戦いながらお仕置きを受けに来る人もいますけど、そういう例は今回は省いています。


その他にもお仕置きに惹きつけられる子は様々な傾向があります、そこには「追い詰められる感」「縛られて」「無理やり叩かれる」「自由を奪われる」「SM的」等、そこには性的な行為はないのですが、性的な臭いがすることなので悩んでしまい、唯一見つけたスパの世界でも、そしてパートナーさんにも言えないでいる人も多いようです。

私の場合はキーさんたちがそういう妄想をしても、そこに被虐心を感じて興奮しているわけじゃなければ完全なキーさんだと思っています。
そして繰り返しいろんなパターンのお仕置きを妄想していくうちに、そういう気持ちになることは理解できます。

だからこそ私のところに来るキーさんたちに深く話を聞いていくとこのような話が出てくるんだと思います。
そういったことも併せてお話ししてあげるとみなさん気が楽になるようです^^
ただ、やっぱりこういうことはキーさんなら必ず悩み、それがキーさんの苦悩なんですよね

そんなこんなで悩みが尽きないキーさん達ですが、それではどうしたらいいのか。
私はこれまでキーさんを見てきて感じたことですが、まずはそんな自分を受け入れてしまうことです。
否定していても頭から離れないのであれば、そういう嗜好なんだと自分を認め、妄想の中でもいいので満たしてあげることです。

また、未経験の方はスパの性的ではない普通のお仕置きを思い切って受けて体験してみることもいいと思います。
お仕置き体験後は、しばらくはお仕置き欲が盛り上がることもありますが、同じことを繰り返すことによってある程度の欲求は満たされ、少しずつ欲求が薄まっていくものです。

それと、お仕置きを受けてお仕置き欲をどうにかしたいと思うなら若ければ若いほどいいと思います。
年齢を重ねてからでは、お仕置き相手も見つからないことから欲求が収まらず、そのことで更に欲求が高まり、相手がいないからと妥協して変な人にひっかかてしまったりとか、SMに走ってしまったりとかになりがちです。

それに我慢に我慢を重ねて40代にもなってくると欲求が収まらなくなるケースもありますからまずはスタンダードなお仕置き体験をすることは大切な事だと思います。
私の方はお仕置き体験はいつでも受け付けていますので、お仕置き依頼はサイトからお願いします。




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お仕置きを求めてしまう子たちの苦悩 1

お仕置きに魅力を感じてしまい、お尻を叩かれることや、お尻ペンを妄想してしまう人をキーさんと呼んでいますが、そんなキーさんでも、キーさんならではの苦悩というものがあるんですね。
傍から見るとお仕置きを楽しんでいるように見えてしまいますが、実際は楽しんでいる人ばかりではないものです。

それは女性ならではの問題でもあるのですが、お仕置きに興味を持ち、お尻を叩かれたいと思ってしまう自分に対して「自分は変だ」と何度も何度も悩んでしまうことです。
しかも厄介なことに、「こんな自分は変だから、もう今後はお仕置きを考えるのはやめよう」と思っても、お仕置きに対する気持ちは冷めるどころかもっと膨らんで、余計モンモンとしてしまうことはよくあることです。

ネットを介して検索してみると、それがスパの世界のキーである事を知り、そういう人は結構いるんだという事が分かり、そこでだいぶ安心することはあっても、それでもお仕置きを妄想して満たされようとする自分が嫌でそこから抜け出したいと思うものです。

それと、誰でも最初はスパの世界があることなんて知らないのですから、それこそ自分は変なんだと思い悩むことが続きます。
お仕置きに興味を持つのが大人になってからならまだしも、キーさんの多くは幼稚園や小学校低学年くらいには既にお仕置きに惹きつけられているものです。

そんな子供がスパの世界など知るわけがありませんよね、知りえたとしてもSMです。
なので当然スパの世界を知らない子は、自分は変でMなんだと思い込んで悩むんです。
もう一歩進むと、SMを見て、SM行為は気持ち悪いから私はMではないかもと安心し、それでもなぜかお仕置き妄想がやめられずに嫌悪し、そんなことを繰り返しているうちに自分が何なのかがよく分からなくなるものです。

お仕置きの世界を知ってからは、お仕置きは性的なことがセットなのはしょうがないと思い込んだり、そういうものだとカーさんに教えられたりして、性的な事のない純粋なお仕置きというものが存在していることを知らない人もいるんですね。
でもそれを経験して嫌悪して傷ついたりするのですが、性的なことは嫌だけどお尻は叩かれたいから我慢してしまう人もいて、結局お仕置きを求めてしまう自分が嫌になり、出口のない迷路にはまったようになってしまうケースもあります。

そういう人には私のように性的な事のない家庭的なお仕置きを好んでいる人もいるし、探せばそういう人はいるんだよということを広めたい、そういう気持ちで私はサイトを始めたんですね。
こういう情報がないとわからないことだらけですからね。

また、現在お仕置き願望があるにもかかわらずお仕置き未経験の人は、それはそれはたくさんいると私は思っています。
キーさんの多くは根が真面目な人が多いので、ネットで知り合った人に会うことさえもためらう人が多いでしょう。
しかもそれがお仕置きとなると、さすがに勇気が出ないものですから、お仕置き願望を心に秘めて我慢している人はかなりいるはずです。

そんな未経験キーさんの中で、どうにもお仕置き欲求が抑えられなくて、どうなってもいいやという感じで勢いで連絡をしてしまう人がリアルを経験していることが多いでしょうね。
そこまでになってしまうと怖い思いも吹き飛ぶほど気持ちが麻痺してしまっていることでしょう。
私のところにお仕置き依頼をする子も口を揃えて同じような事を言います。
「自分が連絡したこと自体がいまだに信じられない」とか、「勢いでメールしてしまったけど翌日になって後悔している」とか、「ネットの人と会うなんて絶対にありえないと思っていたのに」など、とにかくそれほどの想いなんですね。

私はキーさんと会った時には、お仕置きに目覚めた時の話や今感じていることなどのお話を聞くのですが、やっぱりみなさん、自分が変な子だと思い、誰にも相談できずにずっと一人で心に抱え込んでいたと口をそろえて言います。
なので私は、「これはみんなそう思っていることで、あなただけ悩んでいるわけではないんだよ」と、他のキーさんの苦悩をお話ししてあげるようにしています。
それは、そうしてあげることにより、気持ちがほぐれ、安心することが多いように感じるからです。

この苦悩はキーさんにしか理解できないことでしょう。
他の人に話せばそれはMなんだといわれ、性的な欲求だと勘違いされてしまうし、自分自身もそうではないかと悩んでいたこともあるのですから話すことはできず、心に蓋をしてしまうものです、それが人間というものです。
特にそれが女性であればそれは深刻な問題で、真剣に心の中からお仕置き願望が出ていってほしいと願うのは当然でしょう。
かといって追い出せないから悩みは尽きないんです、、、、それが苦悩なんですね。

しかしこの苦悩は心理的に捉えてみると、変でも何でもなく、正常であり、むしろ愛情を求めてしまう純粋な心なんですね。
そこら辺のお話は次回に持ち越しで・・・。

惹きつけられる”背徳感”とは

お仕置きに求めるものは一つずつさかのぼっていくと、そこには愛情という温かいものがありますよね。
抱擁感を感じたり、温もりに包まれたいと思ったり、そして自分を見てもらえて、認めてもらえるということで、人間が誰しも持つ承認欲求というものが満たされるのがお仕置きの一連の流れであり魅力です。

これは、”なんでお仕置きを求めているかわからない”という多くのキーさんの話を突き詰めていくと全てが愛情にたどり着くからなんですね。
なので、今の段階でなんでかわからない、自分は変だと思っている人たちは、その途中のプロセスは分からなくても、愛情を求めているということは間違いのない心の欲求なので、そこはそういうもんだと認識してください。
決して変ではありませんからそこは安心していいと思います。

それで、お仕置きに求めているものは分かっても、お仕置きに惹きつけられる理由っていうのがよく分からないものですよね。
惹きつけられるものは愛情だということは分かっても、そこでなんでお仕置きなのか、お仕置き以外ではどうして満たされないのか、普通に考えたらこんな事思うのも変だし、できたら考えることもやめたいと思うでしょう。

他のことで満たされたい、でもお仕置きを考えているときが一番満たされる、、、お尻ペンペンされたい・・・。
そういう欲求は我慢すればするほど溜まっていって、パンクしそうになってしまうんですよね。
このやめたくてもやめられないという心理には愛情がほしいということがあるのですが、その愛情を受け取る手段としてのお尻ペンペンには”背徳感”という厄介な魔力が関係しています。

背徳感というものは心理的にも隠されているから、隠したいものだからこそ、余計その存在に強く欲情してしまうものなんですね。
簡単な例をあげると、私たちの生活の中で裸を見ると欲情したりドキッとしたりしますが、これが裸族の人たちであれば欲情することはありませんよね。

それは何故かというと我々は衣服を着て、胸や性器は見せてはいけないものとして隠しているからなんですね。
隠しているからそれは見てはいけないんですが、それを見たいと思うことは背徳的なことですよね。
なので、隠されていることに興味を持つこと自体が背徳感の一つで、それによって欲情し、見たいという欲求につながり、いけないとわかっていてもそれを求めてしまうものなんですね。

人間が誕生したころの大昔、性行為や排泄行為は無防備で外敵から襲われる危険性があるので、必然的に隠れてするようになりますよね。
そうして隠していくうちにその行為に羞恥心を感じるようなったのかもしれません。
人間の欲求はそれが隠されているからこそ、そして貴重だからこそ感じるものです。
それがさらに禁止の制約を破る背徳感により、高揚感が更に高まるものなんですね。

結局そうした羞恥心や背徳感が快感を生むわけですから、そうなると「私はいけないこと考えてる、私は変だ」という意識を持ってしまい、それは真面目な人ほど強く思い悩んでしまう事なんですが、そう思えば思う程背徳感を更に感じ、どんどん引き込まれていってしまう事につながります。

またもう一つ、相手を叩いてしまう事、同等に叩かれる事、こういう加虐や被虐の暴力的な事も”してはいけなタブー”であり、背徳感を感じる行為でもあります。
過激で厳しい懲罰的なお仕置き小説でもドキドキしたり知らないうちに濡れてしまったりするのは、この背徳的行為を自分に置き換えているためで、快楽を得ているわけでもないのに体が反応してしまっているということも起きる場合があります。
これは人によって反応が違うので、全ての人に当てはまるわけではありませんが、これらがお尻ペンペンに惹きつけられる背景にあるのでしょう。

心理学的に人は自由を制限されると自由を回復しようとすると言われています。
「~しては駄目です」と言われると、やりたくなってしまう心理が働くものです。
なので人は禁止されればされるほど、それに対して興味が湧いてしまうという本能的なものを持っているんですね。。

いろいろな例がありますが、それが不倫であったり、一人エッチであったり、痴漢であったり、暴力的な事であったり、そしてお尻ペンペンであったりと様々ですが、これらに禁止をかけてしまうともっと欲求が上がったりすることがありますよね。
特に痴漢なんていうのは捕まったら地位も名誉も職も奪われ、全てが終わるような大変な犯罪なのに背徳的な心の高揚により、理性をおさめることができない人もいるわけですよね。

禁止やタブーには背徳感がつきもので、その背徳感は性欲中枢を刺激するので、ちょっとしたきっかけでそれに惹きつけられるととても厄介なことになるものです。
不倫、浮気、というものは誰しも恋愛を知る前は嫌悪の対象であり絶対にしないと思っているものです。
禁断の恋もそうですが、それが惚れてしまえば禁止が背徳感となり、いけないことと分かりつつもより興味がわき、周りから反対されればされるほど、想いが強くなってしまうことがあります

お仕置き欲求も同じようなもので、タブーを犯しているという事実でより惹きつけられ、欲求に繋がっていくのでしょう。
幼い頃に見てはいけないと思ってしまうようなものを見てしまうとそれが性癖のきっかけになることがあります。
(性癖とは性的な嗜好ではなくその人の偏った性質という意味です。性癖とはを参照してください)

だからこそ、幼少時や子供のころに目撃したアニメや絵本のお仕置きシーンや、他人が叱られたりお仕置きされたりしたのを目撃したのをきっかけに、お仕置きを忘れることができなくなる人、その虜になる人がいるんだと思います。
ドキドキしてしまった時点で背徳感を感じますよね、いけないことだ、こんなこと思ったらいけないと自分に禁止をかけてしまいます。

それがお尻ペンペンの裏に潜む”背徳感”の魔力であり、そうやって真面目に禁止をかけてしまう人ほど、お尻ペンペンのお仕置きに惹きつけられてしまい、脳裏に刻み込まれて一生頭から離れなくなるでしょう。
だからこそお仕置きという言葉だけでドキドキしたりキュンキュンと反応してしまうんでしょうね。

ただこの時は頭の中での脳内でのお仕置きの妄想でそれに興奮しているにすぎません、実際に真面目にお説教され、痛いお仕置き受けている時には興奮はありません。
といっても余裕がある時に自分の妄想と重ね合わせようと意識したとしたら興奮はするでしょうが、それをするかどうかは人それぞれです。
小説を読んだり妄想したりのお仕置きと、実際にされるお仕置きとはまた脳内の捉え方が違うものです。
それはキーさん自身がよくわかっていると思いますが。

まぁ禁止はよくないということです、だからいつもいっている通りにこうなってしまったら禁止をするのではなく、体験して欲求を薄めていく作業が必要なんです。
本当に欲求の波の高い時は苦しいでしょう、このサイトももっと気軽に依頼を申し込めるようになるといいんですけどね。
まぁとにかく気持ちがどうにもならないような時は勇気を出して依頼してみましょう。



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キーさん達のタブー

キーさん達のタブーについて触れたいと思います。
これはキーさんであればあるほど一人で抱え込んで悩んでいることでもあります(キーさん限定ではありませんが)
自分が変だと思い、自分を理解できなくなり、誰にも打ち明けられないことでしょう。

その”タブー”とは一人エッチの時の妄想のお話です。
自慰行為自体他人には言えないことですよね、普通の女性であれば、もし聞かれたとしても「したことない」と答えるでしょう。
しかし、ここでいおうとしているのは、”したことがある、したことがない”というお話ではなく、一人エッチの時に妄想する内容についてです。

自慰行為なんてやっていて当たり前のことなんです、それは人間であれば性欲というものが存在し、性交経験がなくても、性行為が嫌いでも、何かの機会やきっかけさえあればしているものです。
もちろん意識してあえてしない人もいれば、やり方がわからなかったり、快楽と気づかなくてしない人もいます。

逆に、幼児期に偶然快感を知り、それが一人エッチだと知らずにいじってしまう子も普通にいます。
幼児期に性感帯をいじる行為でも、ただ単に無意識にいじる子や、妄想していじる子と様々で、その行為は幼児自慰として認識されています。

でもそれはそれ、女性としては隠したい部分、誤魔化したい部分なので人に言う事ではないんですよね。
男性の自慰行為は常識化しているので変態とは思われませんが、女性の自慰行為はタブーとされているので変態のような烙印を押され、またたくさんの人がそういう行為をしているという情報もないために心細いものなんだと思います。

自慰行為とは女性のタブーなんですが、ここでのお話は更に切り込んだキーさん達のタブーです。
そのタブーとは妄想内容です。
その妄想によって自分自身がわからなくなり自己嫌悪してしまう人もいます。
誰にも言えないし、誰にも聞けない、そして自分の殻に閉じこもって自分は変なのか、Mなのかと一人悩んでしまいます。

そのタブーとは、お仕置き小説や妄想、過去にされたお仕置きを思い出してしてしまうということです。
純粋なキーであると思っていればいるほどその行為に嫌悪し自分が何なのかわからなくなってくるんですね。
Mかキーかよくわからなくなってしまう人、キーなはずだけどもしかしてMなのかなと思ってしまう人などは悩み続けるでしょう。
キーでありMでもあると認識している人はさほど悩むこともないのかもしれませんが。

でも、そんなに悩む必要はないんです、心配しないで大丈夫です。
お仕置きを妄想しながら自慰行為をしたからと言って、それが変であるとか、Mであるというわけではありませんから。
実は一人エッチというのはエッチ(エロ)なことを想像したり見たりしてするものと考えられていますけど、それは男性目線からの話です。

実際は女性に多いのですが、「エッチ(エロ)なこと以外」を妄想してもエクスタシー(イクこと、もしくはそれに準ずること)は得られます。
性知識や情報は男性中心なので、男性目線で考えた時に、自慰の時はエッチなことを考えるのが常識であり、そうでないのはおかしいという認識になっているのでしょう。
一人エッチの時にエッチな行為を想像してしているほうが当然エッチですよね^^;

実際は人間の体の構造的に、脳内ホルモンの分泌という側面から説明すると、幸福感を感じられる何かがあればそれがエクスタシーに導く要素となるんですね。
その要素(妄想)とは、愛情を感じる何かであったり、感情を揺さぶる声であったり、好きな人であったり、音楽であったりと、それを強く求める気持ちがエクスタシーに導くエネルギーとなるわけです。
そしてそれは知能(頭の良し悪しというわけではなく)の高い人や感受性が豊かな人ほどそういう能力が高くなる傾向にあるようです。

なので一人エッチはエロいことを考えてする行為という認識をなくしたほうがいいんですよね。
例えば、ピアノを弾きながらエクスタシーを感じる人もいますし、オーケストラを聞いてエクスタシーを感じる人もいます。
でもそれはエッチなことを想像しているわけではありませんからね。
そういう例はたくさんありますし、私もいろいろと実体験を聞いているので間違いのない事実ですので、そういったことで悩んでいる方は安心していいんですよ、悩まなくても大丈夫です。

ま、エクスタシーを感じるということは興奮しているということですが、エッチなものでなくても興奮するということは起こり得るということです。
エッチな要素はなく、性的でない家庭的なお仕置きだからこそ興奮してしまうということがあるんですね。
それでも実際にお仕置きを受ける時にはガチで叱られて痛いお尻ペンをされていますし、心でお仕置きに浸る余裕がなければ興奮はおきないものです。

ま、このような悩みや相談がありましたら恥ずかしがらずに気軽にお話しください^^
私はそういう話は超真面目に解説してしまいますから^^;



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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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