性癖とは

性癖についてお話ししたいと思います。

性癖っていう言葉の意味を理解している人って結構少ないんですよね。
以前から私はキーさんのことを「性癖ではなく性格なんですよ」と表現してきましたが、これは誤解を避けるための言い回しです。

性癖というと一般的に”性的嗜好”と捉えてしまいますが、これは間違いで、正確には人間が持っている偏った癖や嗜好、性格等の性質のことを指します。
性的嗜好は性癖の一部ではありますが、「性癖=性的嗜好」ではないのでそこは誤解しないように注意が必要です。
性癖の性とは”性的”の性ではなく”性質”の性ということなんですね。

綺麗好き過ぎればそれは性癖ですし(潔癖症)、万引きがやめられないのも性癖(盗難癖)、更には収集癖、虚言癖、放火魔等も性癖です、また、眼鏡好き、コスプレ好きなどのフェチも性癖です。
これらは全て性的ではないことですが、性癖というんです。

これと同じ解釈で、「性的でないお仕置きを求めているキーさん」も同じ部類の性癖であり、決して性的嗜好ではないと私は思っています。
これまでは、性癖と表現してしまうと”性的嗜好”と捉えられてしまうのでその言葉を使用することを避けていました。
今後もお仕置き好きを性癖と表現することはあまりないと思いますけどね^^;

それでは性癖とはなんなのでしょうか。
その正体は”その行為やその物”を欲し、求めてしまい、それによって心や体が満たされる”何か”です。
そしてその行為をすることや求めることをやめたくてもやめられない、それだけ強く求めてしまうものなのです。
何故かというとその行為によって何よりも、より満たされるからです。

そしてその欲を満たそうとすればするほどエクスタシーを感じたくなるものなんですね。
その行為をしたり妄想したりして気分が高揚し多幸感を得ますが、さらにもっと追求したいと思ったらそれが自慰行為につながるわけです。
自慰とはエッチな妄想ということに限らず、単純に脳内ホルモンの分泌を促して更に幸福感を得られるように、よりエクスタシーに導けるようにするための手っ取り早い方法なだけです。

その証拠にエッチなことを妄想しなくてもエクスタシーを感じられる女の子はいますし、このブログを読んでいる方の中にもそういう経験はしている人はたくさんいるはずです。
性癖で興奮を高めて、エクスタシーを得ようとすると本能的に直接性器への刺激へと進むことになりますが、これは身体の構造上の本能的な行動といってもいいのでしょう。

人間の欲求は持って生まれたものなので、これは先天的に本能で求めてしまうものです。
しかしその欲求が偏ってその比重が増えると”性癖”と呼ばれるんですね。
なので全て欲求に過度な偏りがなければ性癖とはいいません、それは一般的な標準より偏りがあることを性癖と呼ぶからです。
だから性癖がまったくないなんて人間は存在しないでしょうね。

性癖はどうやって作られていくかというと、生きていく過程でたまたま出会ってしまった何かなんですよね。
よく記憶がないという人がいますが、おそらく記憶にないだけで何らかの形で遭遇しているものです。
幼児期、心地がいい時にたまたま目にしてしまった物や行為、たまたま偶然に性的刺激があったときに目にしてしまったものなど、きっかけやその時の環境は様々です。
同じ環境でも違う方向に行くことは普通に起こることですから、どういうきっかけでどういう性癖を持つかは、過去を振り返ればわかることが多いですが、予測は決してできません。

このブログでの性癖というとやっぱりお尻叩きのお仕置きが好きなキーさんということになりますが、このお仕置きの根本というものは性的なことではなく、単純に”愛情”なんですね。
相手と親身に向き合って悪いことを叱ってお仕置きをし、許しとその後のスキンシップの光景は絵本やアニメで最初に目にしてそれがきっかけになることがほとんどですが、そのポイントはお尻叩きの行為も含めた愛情表現で、本来はそういう形の愛情を求めているんですね。

これは人間にとって一番必要な心と心の温かみのあるコミュニケーションであるから魅力があるんでしょう。
いろいろな性癖はありますが、人間対人間の愛情表現にの究極な形でもある”お仕置き”というのはとっても健全でありと思いますし、これは性癖ではなく普通に求めてしまう愛だと私は思っています。

人間は一人では生きていけません、孤独にも耐えられません、寂しかったら満たされません、そういう生き物なんですね。
心が苦しい人、完璧を求めすぎてしまう人、失敗することを恐れすぎてしまう人、罪悪感を感じやすい人、そんな人は苦しみながら日々を過ごしています。
心が折れそうなとき、前を向きたいときには、私が会話やお仕置きによってたくさんの愛情を補充してあげて元気にさせ、そして生まれ変われるような、そんな活動を目指していきたいと思っています^^

このように性癖について説明してきましたが、お尻叩きのお仕置きが好きだからと言って自分が変だと思うのは違います。
確かにそれをより多く求めてしまう事では性癖という表現になってしまいますが、これは単純に愛情の補充です。
パパやママに抱きしめられたい、甘えたい。

恋人や尊敬する人に褒められたい、認めてもらいたい、抱きしめてもらいたい。
そして愛されたい。
こう思うことがどうして変なのでしょうか。

変ではありません。
正常です。
他の人がなんて言おうが私は正常だと思っていますから、正常どころかこれからの社会においては、とっても大切な心温まる行為だと強く感じていますからね^^
お尻叩きを性的に思ってしまう一般の人の方が意識のし過ぎで変態さんだと思います(笑)





※いろんな角度から検証したい方は下記の関連記事もご覧ください。
れてしまう事について
お仕置きの欲求と性的欲求の違い
お仕置きで濡れる事
濡れるのが恥ずかしいキーさん
惹きつけられる”背徳感”とは

キーかMか、萌えポイント

キーさんの中には自分がキーであることに自信が持てず、Mなのかもしれないと悩んでいる子が多いんですね。

具体的には、生理や排卵日の前後に欲求が高まりお仕置きを求めてしまい、これは性欲ではないかと考えてしまう例
お仕置きのことを考えたりお仕置きを受けたりすると濡れてしまう例
性的なお仕置きは嫌なはずなのに小説を見ながら自慰行為をしてしまう例
羞恥心をあおるようなことや被虐的なことを考えて自慰行為をしてしまう例
性的なことへの関心が明らかにMである例

と、このようなことで悩んでいる人もいるのですが、何度かブログでも書いているように、性的でない家庭的なお仕置きを受けたいと望んでいる子は間違いなくキーさんなんです。
そのキーさんの性癖的な部分がMであることはそれはそれでいいんです。

よく、スパは非日常と考えている人がほとんどなのですが、実際は自分の間違っていることや悪いところをしっかりと叱ってほしいという、向上心のある人であり、それは間違いなく日常なんですね。
叱られて悪いことのお仕置きとしてゲンコツをするのって日常ですよね、その場所がお尻になっただけですからね。
だから私的には、家庭的なお仕置きは日常であり、SMは非日常であると考えているんです。
つまり真面目に家庭的なお仕置きを望んでいいれば、ドMさんでもその時は正真正銘のキーさんなんですね。

また、お仕置きに対する萌えポイントもキーさんそれぞれです。
特殊な例でいうと、
叱られることもされたいけど、やりたく無いことを強要されて体を抑えつけられたり 、嫌なことでも逃げ道をふさがれて責められるなど。
そして、それらがちゃんと出来たら認められたり褒められたり、甘えられるみたいな。

一見ただのSMと思ってしまいますが、このような心理も突き詰めれば、純粋なお仕置きを求める心理と似てる部分が少なからずあると私は思うんです。
どんな命令でも従い、痛いのは嫌だけど、支配されて追い詰められることを求めてしまう。
これはSMのなにものでもないように見えますが、それでも純粋な気持ちで考えているのならば立派なキーさんなんですね。

すべて突き詰めて考えていくと、自分の悪い部分に対し、理不尽ではないお説教を望み、性的でないお仕置きを求めるのがキーさんであり、お仕置きに対する萌えポイントは心でどのように捉えているかの違いなんですね。
深層心理では同じようなものかもしれませんが、私は違うと思っています。

一番大事なのは感覚で、その行為によって被虐感を感じたいと思っているのか、それで興奮しているのか。
もしそうであるならばMでしょうね。
でも被虐感は嫌だし、被虐感で興奮なんてしない、というのであればそれはキーさん的思考でしょう。
そういうことを基準として考えてみるとMなのかキーなのかということも少しわかってくると思います。

まぁキーさんは実際のお仕置きでは興奮しないのですが、小説や妄想では興奮するものです。
そこがまたMなのかなって悩む要因でもあるんですよね。
わかってくれますかね?説明が難しいですね^^;



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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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