挫折に弱い人 1

小さい頃から、いくら大人に怒られないように良い子で真面目に過ごしてきても、いくら学業が良い成績であっても、社会人になってからの人生が保障されるわけではありません。
しかしそういう子達に限って、とても挫折に弱い傾向にあります。

まず、悪いことをしないので当然叱られないし、普段真面目だからこそちょっと悪いことをしてしまっても叱られずに許されてしまう。
そうやって生き抜いてきているので当然怒られ慣れていません、なので怒られる事にとても弱いんですね。
対人関係のトラブルも経験はないので、職場で必ずある些細な対人トラブルに、とてもストレスを感じてしまう傾向にあります。
そういった対処の仕方を学生時代に学んでこなかったことから、どうしていいかわからなくなってしまうのです

もう一つ、学校の勉強もそつなくこなすので自分が取り組んだ勉強に対して挫折というものをあまり知りません。
学生時代の勉強は答えがあるので、やればできるのです。
ただ目標である受験に失敗してしまった時には、挫折感が大きくなります。

また、学生時代は頑張れば問題が解けるので何でもこなせるのですが、社会人になったらそういうわけにはいきません。
入社したては分からない事ばかりで仕事ができないのが当たり前なのですが、そんな自分を許すことができません。
それは時間が解決してくれますが、必ずある仕事での失敗や叱責にはストレスを感じ挫折感いっぱいになってしまいます。
真面目だからこそ、ストレスを発散する方法もわからず、疲れているのに息抜きもできず、がむしゃらに戦い続けてしまうのです。

そこで考えるのは、「人生ってなんなんだろう」、「一生懸命真面目にに生きてきてなんでこんなに苦しい思いをしなきゃいけないのか」ということや、「親の言う通り頑張って勉強してきたのに」、「頑張っていい大学に入ったのに」、「良いところに就職できたのに」、「なんで不幸なんだろう」というようなことだったりします。
挫折に弱い人はちょっとした失敗も考え込んでしまい、完ぺきにこなせない自分に苛立ち、人生の敗北まで考えてしまう人もいます。

理想を言えば人間完璧がいいし、そうやって育てられてきたのでしょうが、人間の能力ではそれは無理な話なんです。
完璧より、むしろ不完全な自分を認め、失敗する自分に耐えられる力を身につける事こそ人生には必要だと私は思っています。

もちろん努力は必要だし、目標も大切なことですが、志望校に行けなくても、会社で失敗しても、夢がかなわなくても、それは人生の汚点ではなく、それを受け入れて成長していくことが人生の意義であって、そうであるならば不幸を引きずる必要はないんです。

そういった捉え方、考え方というのは無意識に親が教えてしまっていることが殆どです。
特に教育ママやお受験ママ、学歴至上主義の親たちにとっては学歴は死活問題ですからね。


少し長くなりそうなので、続きはまた、、
この様に育ってきた人も、親の立場の人も、自分のためにも、子どものためにも続きも読んでみて下さい^^


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いい子を演じる辛さ

いい子を演じている人って、いい子といわれている人達の中のほとんどではないかと私は思っています。
まず”いい子”というのは自己評価ではなく他者評価なわけですから、いい子と呼ばれている子たちは間違いなくいい子なんです。本人の心で悪い子と思っていても、他者がいい子と判断したならそれが評価となるんですね。

しかしいい子といわれている子たちは決まって「私は本当はいい子じゃない」といいますよね、それは自己評価です。
その自己評価と他者評価のズレが生じると、自分が過大評価されていると感じ、自己嫌悪に陥ることになります。
それはそうですよね、自分のことは自分がよく分かっているわけで、明らかに他人が思っている自分は違うわけですからね。
それが”いい子を演じている”ということです。

いい子を演じているのにはそれぞれ理由があります。
「心配をかけたくないから」「感情的に怒られるから」「期待されているから」「見捨てられたくないから」「褒められるから」「周りが嬉しそうな顔をするから」「反発できないから」「嫌われたくないから」「親を助けたいから」等々。

でも最初は些細な気持ちでいい子な振舞いをしたとしても、それが当たり前となり、いい子のレッテルを貼られてしまうと、その呪縛から逃れることができず、面倒くさいことや嫌な事、反発したいことがあってもそのキャラから抜け出すことができず、結果いい子を演じてしまうようになるんです。

本当はいい子じゃないし、出来も悪いと本人は思っています。
それでも周りの期待に応えようと精一杯背伸びして頑張ってクタクタなのに、更に期待されるからもっともっとしなければならない。
これが続くのは辛いし苦しいし、本当の自分をわかってほしい、本当の自分を出して楽になりたいと、どんどん心が重たくなっていくでしょう。

すべて投げ出してどこかに逃げたいと思ったり、このまま消えてなくなりたいと思ってもそうはいかず、演じることを自分でもやめれず、本当の自分をわかってくれる誰かを探し続け、さまよっているような気がします。
表の自分と裏の自分とがいて、それがどっちかわからなくなったりして、本当の自分がなんなのかよくわからなくなって苦しんでいる子もいます。

いい子を演じるということではなくても、一般社会でのことで、一度信頼されて何かを任されたとしたら責任をもってやらなければならなくなったり、出世して部下を持ったら上司としての立場を演じたりとかってありますけど、それと似たような感じでもあると思います。

別の例でいうと親の器が無くても子供が産まれれば親を演じなければなりません、最初から親の器のある人なんてそうはいませんし、誰でも子育ては初めてで素人ですから、やはりそれは子どものために自分を封印して親を演じていかないといけませんよね。

しかしこれらの例は大人になってからの試練なので何とかなるでしょうが、いい子を演じている子は幼少期から演じているわけですからそこから歪みが生じてくるはずです。
幼少期に周りの期待に応えようといい子になろうとしていたら、その時期に必要なわがままや本心をだすこと、また、反発や冒険心を養うことができないまま大人になってしまうので、それは不健全な成長なんです。

幼少期から背伸びして良い子してれば疲れてしまいます、それだけの演じる力がついてない時点でそんなことしていたら無理があるし、気づいたころには辛く、自分が自分ではないと感じて、自分が根っからの良い子だったらよかったのにと思うようになるでしょう。

先日「嘘の許容範囲」というブログを書きましたが、それは幼少期に我慢して、甘えることやわがままをだす経験しなければ、健全な心の成長ができず、心の認知が歪んでしまうというような記事です。「嘘の許容範囲2」
いい子を演じてそれが苦悩に思ってしまうというのもそれに関連していることだと思います。

同じように悩み苦しんでいる人は沢山いると思います、本当の自分を出したいけど身内や友達には話せない、そういう人がいたら私が話をききますよ^^
一度吐き出してスッキリしたい人は沢山いるはずです、そういう人はサイトの方から気軽に連絡してみて下さい。

ここの活動のメインはお仕置き活動ですが、話を聞くだけのカウンセリングもしていますし、お仕置きに全く興味がない人でもたまに連絡が来ていますので、そこら辺は気にせず連絡してみて下さい。
そういう人にはお仕置きをすることはありませんからどうぞ心配しないでくださいね^^;


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嘘の許容範囲 2

日常生活で人と関わるにあたっての必要な嘘でも、罪の意識を感じてしまう子、そこまで偏っていなくても、そういうことを少しでも考えたことがある子は、どうしてそこまで偏った思考になってしまったのか、それは真面目でいい子なキーさんに見られがちですが、その背景には何が隠されているんでしょうか、というところの続きですね。

そういう思考に偏り過ぎている子もいれば、少なからずそういった事を考えてしまう事もあるという子もいますし、度合いは違えど真面目でいい子を演じてきた子はそのような傾向があるのではないかと感じます。

優しさのための嘘でも
気遣いのための嘘でも
空気を読んだ嘘でも
心で思っていることと違うことをいったりしても

どんな理由があったとしても”嘘”をついてしまったというくくりで考えてしまい、他人を騙しているという罪悪感を感じ、偽りの自分を演じていることに虚しさを感じたり、心が苦しくなってしまいます。
本当の自分を吐き出したい、本当の気持ちを伝えたい、そういう気持ちが心にあるのは事実です。

それじゃそれを言えるのかといえば、それは100%NOです。
なんでかというと、それがマナーでもあり、礼儀でもあり、なによりコミュニケーションには必要な事だということは誰よりも理解しているからです。

もっというとその根底には、自分勝手になりたいわけでもないし、場の空気を乱したいわけでもない、相手を傷つけたいわけでもない、そう思っているので言えないのは当然のことです。
じゃあなんで・・・・、とここから先は堂々巡りとなって、永遠と続くループとなっていってしまいますよね・・・。

本当の心はどこにあるのか、偽りの自分を演じたくないのも本心、しかし他人に迷惑をかけることは絶対にしたくないのも本心、そうなると、出口のない迷路のように答えがみえてこないのですが、少し角度を変えてみると隠れている本質がみえてくるのではないでしょうか。

本心はどっちなのか、本当はどう考えているのか、その本心は

自分を偽りたくないというのが実は本心で、それに付随して
本当の自分をわかってほしい
自分勝手でもいいから全てをさらけだしたい
わがままをきいてほしい
そんな私でも認められたい、そういう自分も含めて愛してほしい、それでも見捨てない無償の愛がほしい
というのが根底にあるんだと思います。

しかし、それを周りの人たちに向けてしまいたいと思うのは錯覚で、その向ける相手は実は母親に対してなのでしょう。
母親に対してといっても今現在の母親ではなく、幼少期の時の母親にです。
幼少期に満たされなかった部分を、無意識に周囲の人に向けてしまっている、そういう思考になってしまっていると考えると、二つの相反する考えは矛盾ではなくなり、ストンと心に落ちていくような感覚になるのではないでしょうか。

どうしてそういう思考になってしまったかというと、それは幼少期に我慢してきたことが原因だと思います。
理由は様々で人によって違いますが、一般的には小さい頃にわがままをいったり、自分のしたいことをアピールするのは当たり前の行為で、それが健全な子供の心なのですが、その心を抑圧してしまったからでしょう。
理由としては

様々な環境から、両親に心配や迷惑をかけたくないと強く感じて自分を出さなくなってしまう
親の言動から、わがままをいったり、期待を裏切ったら見捨てられると思ってしまい、親のいいなりになってしまう
自分の下に妹や弟がいるから母親を譲らなければならない思い、甘えられないのは当然と思ってしまう
家族をバラバラにさせないようにと幼いながらに強く感じて、親の機嫌を取る為に必死に自分を偽ってしまう
幼少期に感情的に怒られ続け、そうならないようにと心を抑圧して我慢するようになってしまう

このような様々な理由やきっかけで良い子を演じてしまうことが多いでしょう、そうではなく、根っからの性格からそのように行動してしまう子も実際にはいます。
もちろん性格的な面もあり、同じ環境でもそうならない子はいます。
なのでこういう状況にない人には理解できないかもしれませんし、逆にこういう思いをした本人なら理解はできるでしょう。

本当はわがままを言ったり、自分の意見を言ったり、意思表示をしてありのままの自分をさらけ出したかった。
でもそうできなかった幼少期の満たされない思いは、記憶には残っていなくても心の中では消えないものです。
自分を偽って、本当の自分とは違う良い子を演じてること、それが母親や周囲に嘘をついているという認識になってしまいます。
でもそのように育ってしまうのは当然のことのように思います。

本来これは立派な気遣いの嘘(ついていい嘘)であって、子どもは幼いながらも葛藤して、自分や家族を守るために必死に気を遣っているものです。
しかし幼少期に自分を偽ること(嘘)が日常になっていたら、「本当の自分を偽っている」「周りを騙している」と思うのは当然のことでしょうね。
なぜかというと、我々は大人だから嘘は必要だと冷静に判断できるからであって、幼少期の子どもはその判断能力が欠けているからです。

特に子供の頃は嘘はいけないことだと教え込まれ、嘘つきは泥棒の始まりとか、地獄に行くよとか、狼少年の話とか、そうやって嘘はいけないと純粋に育てられます。
しかしまだ心も知能も成長初期なので”いい嘘”だとしてもひとくくりの”嘘”と認識してしまっても不思議ではありません。
だからこそ気遣いの嘘だとしても大人になった今でも罪悪感が残ってしまうのでしょう。

通常は子供の頃は嘘は悪いことと教えられていても、それから幼稚園(保育園)小学校、中学校、高校、大学、社会人と上がるごとに、気遣いのためには、そして他人と仲良くしていくには、つかなければならない嘘というものは必要だと学んでいきます。
気遣いの嘘や自分の思いと違うことを発言するのは、悪い嘘とは全く違う絶対必要枠であることは無意識にわかっていくことで、それが健全な成長過程でもあるんですね。
それが幼少期に抑圧された環境で過ごすと、良い嘘だとしてもマイナスの形で認識をしてしまうのはよくわかる気がします。

補足でいうと、正義として認識していたものが実は建前だったとか、大人の汚い世界を目の当たりにしてショックを受けたりとか、ある程度は世の中の嫌な部分も含めて受け入れなければ普通の精神状態での生活はできませんよね。
それを幼少期にぶち込んでしまったら間違った認識になるでしょうし、正常に認識をするには長い学生生活を経て、社会人になってと、長い年月をかけて少しずつ力をつけ身につけていかなければなりません。
それをいきなり幼少期にぶち込んでしまうのは、体力のない幼児に50㎏の荷物を乗っけるようなものです、当然つぶれてしまいますよね。

まぁだからこそ幼少期の教えを未だに信じているような真面目な不器用な子はとても生きづらい世の中なのでしょう。
でもそういう心は必要ですし、私はとってもとってもそういう人を尊敬をしています。
そして私を含めた臨機応変に心を対応できるような器用な人は、自分の心を守るためにそういった純粋さをどこかに置いていってしまったんでしょうね・・・。

真面目で不器用な子はそれができない、尊敬に値しますが、本人たちは生きるのが辛いという変な世の中です。
ま、話が少しずれましたが、気遣いの嘘は絶対に必要なので、罪悪感を感じてしまう人はそういう認識に変えていきましょう。
気遣いの嘘という人間関係には絶対に必要な技を幼少期に取得していたというだけの話です、こういった背景を振り返ってみて考え方を変えていきましょう。
罪悪感を抱える必要はありませんよ^^

ちなみに普通の人は気遣いの嘘については、罪悪感を抱えるどころか、嘘という認識はないし、大げさにいうなら相手に気を遣えた自分の広い心に満足しちゃう人までいますしね(笑)
認識が全く違うものなんです。

ただ、良い嘘、悪い嘘の基準も判断も範囲もそこは微妙に違うもので、そこでトラブルもあることも事実です。
そこは人それぞれの価値観や思想によって変わりますので、ここで書いた話は「一般的な範囲での良い嘘」ということですからね^^;


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嘘の許容範囲

嘘には、「ついていい嘘」と「悪い嘘」とがあると思いますが、その境界線は人それぞれであり、その人の価値観によっても違うものです。
でもキーさん的な真面目なタイプの子の一部は、一般的には良い嘘といわれるものであったとしても、”嘘”をついているという行為で罪悪感を抱えてしまう子もいます。

それは自分を偽わって、周りを騙している、本当は良い子じゃないのに良い子のふりをしているという罪悪感です。
その度合いは人それぞれですが、それが極端になってくると生きるのがとても辛くなっていくものです。

人間は他人への気遣いのために些細ながらも嘘をついて生きているものです、これはほぼすべての人間がそのようにしているはずです。
逆に嘘をつかないで正直に自分の思いを発信していたら、ただの自分勝手な変わり者としてみられ、社会から孤立してしまうでしょう。

人は気遣いのために日常的に些細な嘘をついているわけですが、その嘘が自分を苦しめてしまいます。
かといって本心を言うと相手を傷つけてしまう、、、だから本心を隠して取り繕ったことを言うしかない、、、、、だけどそれが人を騙しているようで苦しい、、、、、、と、そこから逃げ出せないジレンマに苛まれ、そうなるととても生きるのが窮屈になってしまうものです。

つかなければならない嘘は普通にあるものです。
相手への優しさのためにつく嘘も確実に必要なものです。
周りの空気を読んで、みんなに合わせるためにつく嘘も大切であり、それがコミュニケーション能力というものでもあります。

このように、日常生活で自分が他人と接する以上、どうしてもつかなければならない嘘というものがありますが、そういった必要な嘘でも、大きな意味合いとしての「嘘」とひとくくりにしてしまい、他人を騙していると罪の意識を感じてしまうようです。

そこまで偏っていなくても、そういうことを少しでも考えたことがあるキーさんは結構いると私は思っているんですけどね。
どうしてそこまで偏った思考になってしまったのか、その背景には何が隠されているんでしょうか。

そこら辺のお話は次回に持ち越しします^^


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サンタさんのプレゼント

ちょっと前のキーさんとのお話。

クリスマスは嫌な思い出しかないというキーさん・・・。
まぁそのキーさんは、母親からかなり突き放すような躾をされていて、それが原因で今でも母親との確執があり、そこを乗り越えようと頑張っている最中なんですけどね。

私から見ると母親はそのキーさんをよりよく育てようと必死で愛情もあったのでしょうが、その躾の仕方や、言葉の選択を間違っていたので、キーさんは愛情を感じず、意地悪だ、私のこと嫌いなんだと思い込んで大人になってしまったのでしょう。

ただ、このような躾であっても、どのような躾であったとしても間違いとは言えません、私がいう間違いと言うのは、その愛情が子供に伝わらないことです。
厳しくても優しくてもスパルタでも過保護でも、子供自身が親の真の愛情を感じて、良好な親子関係の構築とともに、自立した社会生活が送れてさえいれば、それが躾の正解なんだと私は思っています。

話を戻します…。
で、クリスマスは何で嫌なのかと私が聞いてみたんですね。
家でクリスマスはしてくれなかったのか、プレゼントはくれなかったのかと具体的に。
すると、クリスマスはしてくれたしプレゼントはくれたと返答してきました。

なんでそれで不安なの?と聞くと
豪華なプレゼントではあるものの自分の欲しいものとは違い、プレゼント自体が大きくて自分の狭い部屋にはおいても邪魔だけと。
しかもいつも口癖のように「お金がないない」という癖に、プレゼントは見栄を張ってか、高価なものを買ってくると・・・。
自分がほしいものをねだっても買ってくれない、欲しいクリスマスプレゼントは高価なものではなく安価なのに…。
クリスマスプレゼントは毎回そんな感じなので、そういう事をする親は意地悪だとも言い出す始末です^^;

まぁ訴えたい気持ちは分かりますけどね・・・。
でも、そのプレゼントは親としては、子供が喜ぶと思って用意したプレゼントで、そこには親が子供時代に欲しかったという気持ちが入り込んでいたのかもしれませんが、それでもサンタに扮してサプライズのプレゼントなんですよね。
だから私は、「そのプレゼントが嫌だとしても愛情は感じないとダメだったんだよ、子供の頃はそう感じていても今は感謝の気持ちを持てるようにならないと」と話をしました。

するとその言葉に反発するように
「欲しいものを買ってくれるのが普通だもん!それがサンタさんのプレゼントだもん!」と本気で訴えてきます^^;
私は
「プレゼントをもらう側が指定するのはそもそも間違っているんだよ、サンタさんだって本来はいい子にプレゼントを配るだけで、それぞれの欲しいものをあげているわけではないんだから」
といい、「プレゼントをくれたというその行為で感謝して喜べる人になれないと、幸せも感じられなくなるんだよ」とちょっと厳しめに話をしました。

すると、その前から少しシクシクと泣いていたのですが、今度は号泣しながら
「違うもん!欲しいものをくれるのがサンタさんだもん!!」と大きい声を出し、泣き出してしまいました・・・(汗)

私「・・・・。」

もう20代も後半になるのに、こんなことでも必死に泣きながら真剣に訴えるのを目の当たりにして、、、子供のように純粋だなぁ、可愛いもんだなぁと感じていましたけどね(笑)
子供じみた考え方は直さなければなりませんが、そういう心の部分をさらけ出して、私にぶつけてくれるというのは私としては嬉しいものなんですね。

その後、それではよしとせず、しっかりと感謝の気持ちは持つように、逆恨み的な考え方はしないようにとお説教をして納得はしたみたいですけどね…。
もちろん欲しいものはどうしても欲しいし、子供だから余計にそう思うのはわかりますが、その気持ちをごっちゃにして、せっかくのプレゼントを嫌悪して、プレゼントをくれた人を悪く思うというのは間違っていますから、そこはしっかりと切り離さないとですよね^^;

ま、今回の子供のような大泣きにはビックリしたのと、ちょうどクリスマスイブという事もあり、ちょっとブログに書いてみました^^
些細な事でも感謝の気持ちが持てるようになりましょう、できない子はお仕置きするかもしれませんからね^^


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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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