嫌だけど好きなお仕置き

お仕置きというのは嫌なものです。
しかしその嫌なものを求めてしまうのがディシプリン派のキーさんですよね。

ほとんどのキーさんはお尻ペンペンのお仕置きが好きですが、それはお仕置きは嫌なものという前提だからこそのお仕置き好きなんですね。
なんか矛盾していますが、キーさんにとってのお仕置きは、嫌だ嫌だしているシチュエーションであったり心理面で嫌なものというもので、その”嫌”があるからお仕置きに惹かれてしまうんです。
それが嫌だけど好きということなんですね。

キーさんと言えど、自分のミスやダメなところを叱られるのは誰しも嫌ですよね
お尻を叩かれるのだって痛くて嫌なはずです
更にはお尻を丸出しにされるのはとってもとっても恥ずかしくて嫌ですよね
しかしそれでも、自分のために、自分と向き合ってくれ、自分だけを見てくれている、というシチュエーション下でのお仕置きであればゾクゾクとしてくるものです。

まぁ実際はそんな単純なものではなく、子供のように叱られることや、お尻ペンの痛みを我慢して耐えきって許してくれた時の安堵感、体が触れ合うことで感じる温もり、お仕置きが終わった後に見捨てられてない、愛されているんだという安心感、更にはスキンシップや抱っこなど個々に求めているシチュエーションもありますが、結局は最初から最後まで、一連のお仕置きの流れが好きなのであって、叱られるだけ、叩かれるだけ、スキンシップや抱っこだけというのではなかなか満たされないのが家庭的なお仕置きを求めるキーさんでしょう。

こんなこと考えている自分は変だと思って悩んでいても、ネットで調べていくうちに同じような人がいることが分かり嬉しくもあり、それで安心するものです。
小さい頃から自分だけおかしいんじゃないかと悩んできた子にはこれはとても嬉しい知らせみたいですね。

それでもリアル経験のないキーさんはネットで知らない人と会ってお仕置きを受けるのは怖いので、自分にブレーキをかけてしまい、それで前に進めない子が多いようです。
しかしそれによって更に自分が苦しくなり、日に日にやらなければならないことに集中できなくなり、余計に辛くなることになっていくものです。
お仕置きを経験できたら楽になると思っていても勇気が出ない、そんな風に思っている人はたくさんいるようです。

初めてのお仕置きを受けるキーさんのほとんどがそんな感じで、気持ちが爆発してどうにもならなくて勢いで連絡をしてしまったと、お会いした時によく聞きます。
ブログやサイトがあるから安心できるというわけではなく、それでも不安でしょうがないみたいですね^^;

実際はやはり思い切って一度お仕置きを受けると、これまで溜めてきたものが吐き出せ、心がリフレッシュするものです。
スタンダードなお仕置きを1回経験してみて欲がおさまる人もいますし、そうでなくてもそれなりに欲は薄まります。
一時的に欲が上がることはありますが、これも何度か経験するとお仕置き欲求は薄まっていくものです。

お仕置きは罰ですからね、いけないことなんて思わずに、どうしようもなく欲求が膨らんでしまっている人は是非勇気を出して連絡してみてください。
痛そうなのが恐怖ということであれば軽めのお仕置きでとりあえず経験するというのできますからね^^

キーさんであればお仕置きを受けたい、お仕置きを求めている、お仕置きが好きだ、ゾクゾクする、という気持ちがあるのは当然ですが、心の中では「お仕置きは嫌だ」と思っていてくださいね。
そう思い込んでおけばいいだけのお話しです^^



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「嫌だ嫌だ」の心理 続き

前記事の続きです。

「嫌だ嫌だ」という言葉でより満たされたり、その言葉があるからスパが成立するというのは、心理的なもので、極力子供がお仕置きをされるという形にもっていくにはどうしても必要なことでもあるんです。

キーさんの多くは子供に返って、その子どもがお仕置きをされるということを心の奥底では想定しているのですが、そこにはどうしても飛び越えられない壁があるのです。
それは小さい子供はお仕置きを求めていないというところなんですね、そこを埋めるためには「嫌だ嫌だ」という呪文は必要なことでもあるのです。

はたからみると、なにやらプレイみたいな感じになってしまいますが、少なからず大人のお仕置きには心理的に「嫌だ!」と思い込まなければスパのお仕置きは成立しません。
それはお仕置き願望がある大人と、お仕置き願望の無い子供の差なのでそこは目をつむるしかないんですね。
そしてそこをどうするかということを考えているわけではないのですが、そこで無意識に「嫌だ嫌だ」発言なんでしょうね。
まぁ痛いのが嫌だというのであれば、それが本気の”嫌だ”になるので、それでいいんです。

親から子へのような雰囲気、そして家庭的なお仕置きを理想としていても、そこの部分は決して埋めることのできない、そして多少の違和感も感じてしまうところでもあります。
悪いことをして反省をしたいのに、欲求でもあるお仕置きを求めているのは違うのではないかと考えてしまう要因です。

しかし実際は痛いお尻叩きをされている時に快楽を感じてしまう人は極稀で、通常はお仕置きに憧れていても本気で痛みで苦しみ、そこで悪いことの罰は成立するのです。
しっかりと罰を受けたという感覚があれば、それが償いとなり、なんら問題はありません。
その時の痛みが本気で嫌という意味の「嫌!」であればそれは本物の「嫌!」なんですけどね。

そうした子が満たされたり快楽を感じるのは、その苦痛を耐え抜いた達成感や、怖い雰囲気から許されたという解放感とのギャップ、そしてその一連に”あなたのためを思ってという愛情”があるからであり、痛みが快楽という事ではないのです。
厄介なのは痛みを快楽に感じてしまう子達でしょう。
本気で反省をしたいのに痛みを快楽に感じてしまう、そこまでになってしまった時には自分の心の中でスパのお仕置きが成立しなくなってきます。

極度に痛みを追求してしまったり、恐怖を感じるほどの痛みに耐えなければならない状況とかを体験した場合、防衛本能として痛みの感覚が鎮静化し、逆に快楽に変わることが稀に起きるのです。
過度な痛みを与えると脳内ホルモンの分泌によって、精神を守ろうとするのですが、脳がそのように反応してしまうのです。

なので強く叩かれて快感を感じる人たちはそのような体験を少なからずしているはずです。
私の場合はそうならないように気を付けて、いつまでも痛みの感覚を感じられるようにお仕置きをしています。
もちろん軽めに叩いて感じる多少の快楽は、体をなでるのと同じで誰でも起こる反応なのでそこは気にしなくて大丈夫です。


かなり脱線しましたが、また話を戻します^^;
お仕置きを求める人の「嫌だ嫌だ」という言葉が、全て無意識下に求めているのかというとそれは違います。
下着を下ろしたり、道具をつかったり、体勢を変えたりするときでも、中には本気の本気で嫌だということもあります。

しかしお仕置きをする側は、それを含めて”嫌なことも罰だ”という認識なので、強引にお仕置きをしがちですが、やはりお仕置きを受ける側が、その行為に虐待的と感じてしまったり、精神的な苦痛になってしまったり、卑猥に感じてしまったり、恥ずかしすぎて本気で無理だったりするならば、それは罰という範疇を超えてしまっていて、本来の趣旨の家庭的なお仕置きではなくなってしまいます。

その範囲はお仕置きをする側が決めるのではなく、お仕置きを受ける側の心の中身で決めなくてはならないのですが、そこはかなり高度な心の中身を読み解く洞察力がないとできないことなんですね。
ま、普通の人間には無理な領域かもしれませんが、やはりこういう本気に無理な次元に関しては事前に打ち合わせは必要なんだと思います。

家庭的なお仕置きというのは相手のために悪いところを叱り、しっかりと反省させるため、償わせるため、全てを清算させるためにするものであって、それが精神的に虐待に感じてしまっては逆効果になり、相手のためにもならないし成長にもつながりません。
しかしそこに「嫌だ嫌だの心理」が入り込んでしまうと複雑すぎるんですね。
キーさん側も本当に嫌なのかどうかはしてみないとわからなかったり、しなかったら逆に寂しかったりと、自分で自分が分からない迷路に陥り、お仕置きする側がその心をわかり得るというのは非常に困難なんですね。

そうはいってもそこは正当性があるお仕置きであって、信頼があれば溝は埋まるんじゃないかと私は思います。
正当性があるお仕置きとは相手のために愛情をもって、相手の成長のためにする。
それさえあれば最終的には相手に通じるのではないかと感じます。
いつも思うのですが、そこら辺の心理は本当に難解です^^;

もちろん虐待的なお仕置きとか、性的なお仕置き、それを感じさせるようなお仕置きは論外ですけどね^^;
ちなみにここで話している「スパ」とはディシプリンスパ、すなわち、性的ではなく、躾のために行われる、その人の成長のための罰という意味です。
しかし、嫌だ嫌だもほどほどに^^;
子どもに返りすぎてイヤイヤ期に突入しないように要注意です

イヤイヤ期とは魔の二歳児とも言われていますが、何かにつけて「あれもイヤ、これもイヤ」と泣きわめいたり暴れたりする第一次反抗期です。
確かに2歳児くらいまで退行しているような聞き分けの無い子も稀に私のところに来ますが、そんな子はどうあがいても許しません!

しかも体の不調に講じて、私が手を出せない前提で調子に乗る確信的な悪い子もいますからね、そういう子は回復したらつけを清算してもらいます!
2,3回警告しても直らないようであれば、、、
そうならないように素直にお話は聞きましょう^^



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「嫌だ嫌だ」の心理

お仕置きをするときには、多くの子は「嫌だ!」という言葉をつかいます。

お仕置きしようとするとき
膝の上に乗せようとするとき
下着を下ろそうとするとき
道具を遣おうとするとき
お仕置きの体勢を変えるとき
なかなかお仕置きが終わらないとき
追加のお仕置きを宣告するとき
立たせて反省させようとするとき
スキンシップしようとするとき

ほとんどの場合は「嫌」と言ったからといって、お仕置きする側がそのままやめてしまったり許してしまったら、お仕置きされる側にしたら必ず不満が残りますよね^^;
またスキンシップを嫌がるのは拗ねているアピールというものがありますね。

いろいろなタイプがありますが、
本当は嫌だけどそれで許されるのも不満だから、強引にでもお仕置きしてほしいと心の中で思うタイプ
本当は叩いてほしいけど、口や態度では「嫌だ嫌だ」と抵抗した上でお仕置きをしてほしいタイプ
反抗をして相手との駆け引きをしながら、それでも強引にお仕置きをしてほしいタイプ
子供のようにわがままをいってお仕置きをしてほしいタイプ
お仕置きは求めているけど、単純に痛いから嫌だと思うタイプ

と、「お仕置きは嫌!」といってもキーさんという性質上、お仕置きをしてほしいというのがキーさん心理です。
しかも自分から「お仕置きしてほしい」なんて言えない子が多いというか、それを言ってしまってはスパのお仕置きは成立しません^^;

なのでこれは心の中で思っているだけで、もしお仕置きを中断したり優しく接してしまうと、”察してほしい”というジレンマが発生するのです。
かといって相手の反応もしっかりとみずになんでもかんでも話を聞かずに、お仕置きをする側がやりたい放題するというのは間違ったお仕置きです。

そして厄介なタイプが、本当に嫌で、本気でしてほしくないタイプです。
「明らかに嫌がっているな」とお仕置きする側が判断して、本人が嫌がる行為をしなかったとしても、結局帰る時や、その日の夜に後悔したりして「やっぱり嫌と言わずにやっておけばよかった」となることも普通にあるのです。

また、お仕置きは嫌!を痛いのは嫌!に変換していることもあるので、嫌ということも本心からということもあります。
それと厳しくお仕置きしていて、本気の本気で「もう無理!」といったとしても、帰るころには「あんまり痛くなかった」とか「まだまだ耐えられたかも」とか「もうちょっとしてほしかった」などとケロッと軽口をたたく強者もいます^^;

しかしそういう子たちはその時は本気で嫌で、なんとか逃げたいと思っても、いざ終わってみると物足りなくなるのです、それは恐怖から逃れられた後の安心感から起こる心理でもあります。
ま、それでもこういうことをいう子は次回からマークはしますけどね(笑)

しかし、それくらいの「嫌」であれば、強引にでもそういった行為はした方がいいのですが、本気の本気の「嫌!!」であれば、その行為はしないほうがいいでしょう。
しかしそこまで察したり、無意識下の心を読むことは非常に非常に困難極まりありません。
キーさんが発する「嫌」という言葉は、場合によっては究極のお仕置き泣かせなんですよね^^;

スキンシップに関してはもっとデリケートな問題ですよね。
拗ねてしまって嫌なのか
恥ずかしいから嫌なのか
甘え方が分からなくて嫌なのか
遠慮して嫌なのか
そしてそうではなく、本気の本気でスキンシップが苦手な人も嫌な人もいるので、初対面での見極めというのは大変です^^;

「嫌だ嫌だ」という言葉は、半分本気、半分期待ということもあり、そうでないキーさんもいるのですが、その言葉で気分を盛り上げているキーさんは普通にいるのです。
それはその言葉が無ければ気持ちが高揚せず、その言葉を発言することで、より満たされることにつながるからです。

これには心理的なからくりがあって、お仕置きの一連の行為は基本的に「嫌!」というのが絶対前提となっているので、お仕置きを望んでいるからこそ、無意識下にも「嫌!」という心理となってしまうんです。
もちろんそれを悟っていて意識的に「嫌!」という子もいますし、痛いから本当に嫌!という子もいます。
それはそれで健全だと思いますし、私は良いと思いますが、過度な「嫌!」はもっと痛い目に遭うことになるのでほどほどに(笑)

ちょっとダラダラと長くなってしまうので、続きはまた後日掲載しますね^^;


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羞恥心を求めるキーさん

キーさんにはいろいろなタイプがいて、お仕置きの好みも違いますが、その中でも、羞恥心を感じるお尻叩きが好きなキーさんもそれなりにいるものです。
こう書いてしまうとそんなことはないと声をあげるキーさんはかなりいるでしょうけどね^^;

羞恥心を求めるといってもその度合いはそれぞれで、服の上からお尻を叩かれているだけでも羞恥心を感じるもので、その光景を小説や動画で見てキュンとくるキーさんはかなりいるのではないでしょうか。
自分がどうしてキュンとくるのかよくわからないというキーさんは多いのですが、やはり無意識でも羞恥心でドキドキしてしまうのは、特に女性であれば当たり前のことでもあるのです。

まぁお仕置きの一連の流れでもあるその部分の羞恥心的なものが、胸がゾワゾワさせ、キュンとさせている要因であるのは間違いないでしょうし、それがお仕置きに惹きつけられてしまう謎の一つでもあるのでしょう。
もちろん、服の上よりも下着姿の方がより羞恥心は感じるでしょうし、下着を脱がされた方が羞恥心を感じるでしょう。

その羞恥心が本気で嫌だというキーさんも確かにいるのですが、逆に「本気で嫌だし恥ずかしい」という心境に追い込んで、そういう自分に萌えてしまうというキーさんもいるんですね。
なんだかんだいっても基本的にお仕置きは、下着を下ろされて、お尻を丸出しにされてペンペンされるのが頭の中にあるので、恥ずかしくて嫌といってもそういったお仕置きにドキドキしているものです。

更にいうと、お仕置き相手であるカーさんには内緒にしていますが、頭の中で意識的に、もしくは無意識的に羞恥心を煽っているキーさんもいます。
お仕置きはしっかり受けてはいますが、頭の中では羞恥心を追い求めてしまい、その羞恥心でお仕置きに酔ったりしてしまうんですね。

ま、お仕置きには少なからず羞恥心はつきもので、それが小さいか大きいかの差という事です。
小さい羞恥心(服の上から、下着の上から、生尻へのお尻ペン等)は好きだけど、大きい羞恥心は嫌悪するとか、お仕置きには大きい羞恥心を求めてしまうとか、そういう好みの問題ということです。

このように考えてしまうからって「私はキーでなくMだ」と決めつけてしまったり、「自分がしてほしい事だから罰にならない」と思ってしまうのは違うと私は思います。
基本的にキーさんというのはお仕置きを求めてしまうのですから、その部分の理由や嗜好性はどうでもいいはずなんですね。

キーさん側から「もっと恥ずかしいお仕置きをしてほしい」とおねだりしたり、「もっといっぱい叩いてほしい」と要求したり、そういう直接的な言葉があったらそれはディシプリンスパのお仕置きとはズレますが、そうでないのであればスパのお仕置きとしては成り立つはずです。

内的な心境では”スパ寄り”か”SM寄り”かはありますが、実質的に性的なお仕置きを受けたいのか、スパ的なお仕置きを受けたいのかという、気持ちだけの問題だと私は思っています。
キーさんのお仕置きの好みというのはとても複雑で、似てるようでも微妙に違う、十人十色的なものがあります。
究極にいうと、例え心の中身が性的興奮であったとしても、お仕置きの行為自体に性的なものが混在していなければ、それもディシプリンスパに入るのではないでしょうか。

心の中でどう思っていようとかまいません、後でカミングアウトするのもよし、自分の中に秘め続けるのもよし、実質的なお仕置き自体に性的なことが無ければそれで十分ディシプリンスパが成り立つはずです。



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お仕置き時の心理

お仕置きの時のキーさんの心理についてお話ししたいと思います。

キーさんの心理もそうなんですが、理想や好みも含めたお話しです。
まぁキーさんもいろいろなので心理も理想も好みもそれぞれです、それらをまとめてみようと思います。
もちろんこれはディシプリン派である、性的な事がない家庭的なお仕置きを好むキーさんの事ですからね^^

まず、キーさんのお仕置きの心理はお仕置きをされに来ているのに”お仕置きをされたくない”という矛盾的なものがあげられます。
それはお仕置きというのは嫌なもの、罰的なもので、喜んで受けるものではないからです。
もし喜んで受けるものという心理があったとしたらそれはM的な心理となってしまいます。

なので心では「お仕置きは嫌だ」というものを持ちながらお仕置きを受けることになるのです、これがキーさんの心理ですね。
まぁ実際は痛いのは嫌なのでそういう意味で訴えれば本心からの「お仕置きは嫌!」になりますけどね。
その基本の前提が無ければディシプリンスパのお仕置きとは路線が違ってくるのです。
矛盾と言えば矛盾なのですが、”お仕置きは嫌だ”という前提がなければ、キーさん自身が求めているお仕置きではなくなるのです^^;

キーさんの理想は本当の親と子供のように、悪いことを叱られて、その罰としてお尻ペンペンのお仕置きがあるのですが、当然嫌だし逃げたくなるし泣きたくなるという実際の描写を現実に再現したいので、お仕置きされたいけどされたくないとなるわけです。
だから自分がその子供になり切ることで模倣して萌えるわけですね。

そしてこういうことを頭で考えているなんて恥ずかしくて言えないのはもちろんですが、言ってしまっては全てが崩れてしまい、やらせとかお仕置きごっこに近くなってしまうので、それも理想とはかけ離れてしまいます。
なのでそこはお仕置きをする側がうまくリードしなくてはなりません。
いろんなタイプのキーさんがいるので、そこがすごく難しいことなんですけどね^^;

お仕置きの厳しさに関してですが、
それなりの痛みは感じたい人は、それなりの痛みを感じることがしっくりとくるということでしょう。
悪いことに応じて厳しさも変えてほしい人は、とっても悪いことをしたのに軽めだと反省ができないし、逆にそんなに悪いことじゃないのに厳しめだったら違和感を感じるので、それに応じた厳しさがしっくりくるということでしょう。

軽めのお仕置きがいい人は、子供に対するお仕置きのイメージが軽めであるからそれが一番しっくりくるのでしょう。
また他の面では軽めだと心地のいい痛みでもあるのでお仕置きに浸れるという心理も働くのではないかと思います。

痛みを追及する人は、お仕置きで満たされる対象が痛みになってしまっています。
最初お仕置きという言葉にドキドキしていたころは、おそらく痛みの追求ではなく、温かい愛情の追求であったはずです。
痛みはそれなりにと思っていたのがいつのまに痛みを求めるようになり、厳しくされないと満たされなくなるようです。

しかしお仕置きをする側は相手がどのくらいを求めているのかが手探りなんですね。
大雑把なところは聞いていても、キーさん自身が自分の好みのお仕置きをああしてこうしてというのは違うし、そこを察しなくてはいけないのがお仕置きをする側の難しいところなんですね^^;

キーさんは演技で大げさに嫌がる人もいたり、痛いのに声が出せない人もいたり、限界だなって思わすような人もいます。
そういう様子を見て厳しさを緩めたりもするのですが、キーさんの心の中では「それでも許されずに叩いてほしいのに」と思ったり、そういうシチュエーションを求めているのにと思う人もいるので本当に難しいんですよね。
本当に限界だったらそれは虐待とか恐怖とかになってしまいますしね^^;

またキーさんの理想では、手を出してもそれを押さえつけて欲しいとか、手を出せないように縛って欲しいとか、お仕置きを拒否しても決行してほしいと思ったり、暴れるのを無理やり押さえつけられたいと思ったりと様々です。
でも人によってはそういうのは虐待と思ったり本気で嫌がっているかもしれないし、でもお仕置きの最中に本心を聞くことはご法度だし、、って感じです^^;

キーさんが「ヤダヤダ」といったからって素直にこっちが叩くのを緩めたりお仕置きをやめてしまったらキーさんは満たされません。
かといってキーさん自ら「やっぱり足りないからもっと叩いて」とも言えませんからそのさじ加減は非常に難しいことなんですね。
一番ややこしいのは、本気で痛がって、もう限界で本気で無理っていうケースです。
まぁそれは普通にあるんですけど、そういう時は「この子は本当に限界だな」と感じたらある程度の目安でお仕置きを終えます。

しかし、お仕置きが終わったらそれまで本気に無理って思っていたはずなのに、もう少し叩かれたいと思うようなんですね…。
それがキーさん心理というものなのかもしれません^^;
痛いお仕置きが終わってしまうと、もう叩かれない安心感と、もう少し我慢できたかもという気持ちが湧きあがり、お仕置きが終わったからこそ、追加の欲が出てきてしまうんでしょう。
しかも帰り際に「もっと痛くても平気だった」と捨て台詞を吐いてくのは気を使った損です(笑)

まぁ結局は限界まで厳しくお仕置きをして、そして許してあげてお仕置きが終わるんですが、キーさんはお仕置きが終わって解放されたからこそ、もう少し叩かれたいという心理が働くんだと思います。
終わらない状態であれば本気で終わってほしいと思う、でも終わったからこそ求めてしまうんです、おもしろい心理です。
でも口では言えず、物足りない感じで帰り、そして次につながっていくのでしょうね^^;

こんなに様々なキーさんの様々な理想をどのようにこなしているかというと、お仕置きと関係のない時に理想ややってみたいことを聞いているんですね。
こういう希望をお仕置きの時に聞いたら本来の親と子のお仕置きの再現はできなくなり、違うものになるので聞かないし、キーさんも言えない(言ったら違うものになるため)しそこで冷めてしまうので、出来る限りその場の打ち合わせみたいにならないように事前に話をしたり、メールでそれとなく要望を聞いたりしています。

お仕置きの後の確認でもその後のメールでも、「もう少し叩かれたかったかも」「もう少し厳しくてもよかったかも」と、そういう情報を聞いて次回に生かすようなことはしています。
その話はそこだけの話に留めておけば打ち合わせみたいにはならず、親から子へのお仕置きそのものの再現がよりリアルにできるわけです。

まぁ私は私なりにそういう苦悩があります、人それぞれ理想も好みも心理も違いますからね。
手探りでも理想のお仕置きをしてあげて、キーさんが満たされるようにという気持ちはしっかりとあるのでそこまでできるんでしょうけどね^^


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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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