夏の過ごし方

私の夏の過ごし方というどうでもいいお話しと、熱中症予防に少し役に立てそうなお話をしたいと思います^^;

私の夏の過ごし方は「夏を楽しむ!」です。
私は暑い夏も寒い冬も好きで、春も秋も心地よいので好きです、どれが一番好きかといわれるとそれぞれに良い面があるので選べません^^;
ただ嫌いな時期はあります、それは梅雨の時期です。

梅雨はどうにも楽しめませんが、私は夏の暑い時は暑さを楽しみ、冬の寒い時は寒さを楽しみます、春や秋もそれぞれ楽しめることはありますしね。
で、夏の暑さを楽しむというのはどういうことかということですが、それは冷房を使用しないで汗をかくことです(笑)
扇風機は使用しますが、この風だけで十分です。
寝る時は窓を開けて扇風機をかけて寝ますが、風が通らないような日は暑くて寝れない時もあり、そういう時に限り冷房を28℃に設定して扇風機をかけて寝ていますが、それもほぼありません、それは単純に風が通る部屋だからです。

そして醍醐味は、暑さで汗をかいている晩酌時にキンキンに冷えたグラスにビールを注いで飲むことです。
分かりやすくビールと書きましたが、厳密にいうとホッピーです^^;
このホッピーですが、グラスを冷凍して氷を入れない飲み方がメチャクチャうまくて、ジョッキを冷やす為だけに-60℃にまで冷える冷凍庫を購入したほどです(笑)

もっというと、カラカラにのどが渇いた状態で飲むのがとてもおいしいので、そのために昼過ぎ以降は余計な水分をとらないようにしています、もちろん外に出て大量の汗をかいた時は飲みますが、そこまでじゃなければ、より晩酌を楽しむ為に我慢してしまいます^^;
冷房をつけてしまったら暑さの中で飲むおいしさがなくなってしまいますのでこの時はどんなに暑くても冷房はつけません。
ビアガーデンでのむビールみたいなものです(笑)

しかしこれ、熱中症予防的に絶対にやってはいけないこととして注意喚起されている事ばかりですよね^^;
猛暑日は特に冷房をつけることを推奨されていますし、しかも睡眠時には必ず冷房を!みたいな感じですしね。
そしてアルコールは摂取した1.1倍が水分として体から出てしまうので(アルコールの分解時に水分が必要だったり利尿作用がある為)よくないとされていますし、ましてや水分補給しないなんて論外です!

こういう話をするとみなさん口を揃えて「馬鹿なことはやめたほうがいい」というのですが、でもそれが気持ちいいし夏の楽しみになっているので、我慢するのもどうなのかなって思ってしまいます^^;
もちろんお仕置きで人と会っている時は冷房をつけていますし、汗をかきたくない服装の時は汗をかかないようにしてます。
それに辛いのを我慢しているわけではなく、普通に我慢できちゃうレベルだからしているだけで、辛ければそこまでしません。

この気持ちよさは冷房漬けになっている人に教えたいのですが、いくら言っても理解されないんですよね^^;
ま、欠かせない条件は窓を開けた状態で「風が通ること」なんですけど、さすがの私も風が通らなければ冷房をつけます。
寝れそうなら冷房を消す、寝れなかったり暑くて起きる感じなら冷房をつける、単純にそれだけです。

そして、私が夏を楽しむためにやっていることは、今言われている熱中症予防に反しているようですが、逆に熱中症予防になっていることもあると私は思っています。
夜の晩酌のために水分補給をしないというのは論外中の論外ですけどね(笑)

そもそも”何で気温が高くなると熱中症になりやすいのか”ということが一般的に理解されてないからこそ過剰に反応してしまい、それが更に熱中症を増やす要因にもなっているのが現状だと思います。

去年の12月に体調管理という記事を書いたのですが、そこに寒冷馴化(かんれいじゅんか)という寒さに体が順応していく仕組みというものがあると書きました。
その逆に暑さに順応していく仕組みが暑熱馴化(しょねつじゅんか)といい、その大事な部分をスルーしてしまうと余計に熱中症にかかりやすい体になってしまいます。

誰でも熱中症にかかるリスクは持っていますが、その中でもかかりやすい人は理由があり、かかりにくくする体作りが必要なのですが、一番大切な体作りに全く焦点を当てていないのが凄く危機的な事で、今後50年後、100年後がとても心配になります。
なぜ汗をかくのか、汗をかいたらなんで体温が下がるのか、そういった基礎的な事すら知らない人も多いようです。

ついでに予防の観点からもう少し書きたいと思います。
熱中症になりにくい環境づくりで余計に熱中症になりやすい体にするのではなく、熱中症にかかりづらい肉体作りをする。
次回そういうお話を続けて書いていきますね、明日書きます^^



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犬派か猫派か

たまに犬派か猫派かなんて話が出るのですが、私の場合は主従関係を築けるという意味で犬派ですね^^
猫のように気まぐれも可愛いものですが、最終的にご主人様の言うことを聞けなかったり躾ができないという点で×です^^;
わんこは忠犬が基本ですが、猫のような気まぐれな犬も可愛いものです。

私は子供のころに犬を飼っていたのですが、私が小学1年生の時に生まれたての犬を近所からいただき、それから17年間も生きていました。
今思い返すとその頃にはすでにそのわんこに対して躾をしたりお仕置きをしたりしていたので、その時からそういった行為が好きなのかなぁとふと思いました(笑)

ただ私も幼かったので、乱暴な躾をしてしまい、太ももをガブリと噛まれてしまった事があり、その傷はいまだに残っています。
病院には行きませんでしたが、2,3針は縫うくらいの怪我でした^^;
噛まれたのはそれ一回ではなく、手も噛まれたこともありました。

もちろんやられたらきっちりとお仕置きをして主従関係を構築していきましたけど、今こうやって書いているとお仕置きに通じていたんだなぁと不思議な感覚に陥ってしまいました^^;
一応子供ながらに乱暴とはいえ、虐待ではないですからね、しっかりと愛情を持って飼っていましたし、なんなら犬小屋に一緒に入って寝たりもしましたしね^^

そうやって小学校低学年くらいからわんこのご主人様として主従関係を楽しんでいました。
だからなのか、親や先生からの命令には反発心が強かったですね、学校には”行かされる”と感じていて、その義務さえも支配されている感を強く感じ、自由になりたいといつも思っていたことを思い出します。
それほど従者が嫌なんでしょうね^^;

まぁとにかく犬は可愛いですが、ネックなのが言葉が通じないこと、会話ができないことです。
なので私は幼いころから言葉がしゃべれるわんこはいないかなぁ、そういうわんこをペットにしたいなぁと思っていました。

スパの家庭的なお仕置きとは全く違いますが、わんことの主従関係での躾やお仕置き、しかも会話ができるなんてそれはそれで楽しいものですよ。
何を言っているのか、、、わかる人にはわかりますよね(笑)


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好きなクラシック

コメント欄から好きなクラシックは何かという質問があったのでどうでもいいことですが、返答させていただきます。

私の好きなクラシックはピアノ系で、まぁ定番中の定番曲ですね、特に下記の曲がお気に入りで、とても癒されます。
好きな作曲家がいるわけではないですが、傾向でみると偏りはあるようですね^^;

革命のエチュード ショパン
幻想即興曲 ショパン
別れの曲 ショパン
ゴルトベルク変奏曲 アリア バッハ
G線上のアリア(ピアノ) バッハ
小フーガ ト短調(ピアノ) バッハ
ワルツ15番 ブラームス
ラ・カンパネラ リスト
熱情 ベートーベン


他にはジャズピアノのような、クラシックや定番の曲をアレンジしてノリよく作り上げたのも今のブームです。
代表的なものでいえば下記の「ルパン三世」なんかいいですね^^





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初恋?

お仕置き活動で出会うキーさんと初めて会った時には、必ず小さい頃の話から聞くのですが、この間は初恋の話になりました。
それで考えてみたのですが、私の初恋を思い出してみると、小学1年生の時ですかね^^;

私の家族はちょうど小学校入学の時に合わせて引っ越しをしたので、小学校では知り合いはいませんでした。
しかしどういういきさつか覚えていないのですが、仲の良い同士の女の子二人組がいて、私はその女の子二人と一緒に帰るようになったんです。
しかも手をつないで、、更には私が真ん中でした^^;

私はその二人のうちの一方の子が可愛くて好きになってしまって、小さいながらにゾクゾクとしていた記憶があります(汗)
だからとっても楽しくて幸せなひと時だったんですが、そんな最高なひと時もつかの間、それを見たクラスの男が冷やかしてきたんですね。

私は仲の良い男たちに冷やかされるのが嫌で、その女の子たちとは一緒に帰らなくなり、学校では話すものの、そのまま付き合いもせずに終わってそまいました・・・。
今思えばその当時、確実にハーレムだと感じていましたね(笑)
そして悔しい思いでいっぱいでした^^;
今なら人の意見なんて関係なくそんなことも普通にしちゃいますけどね^^

次に小学3年生の時の話です。
私が仲良くしていた一つ年上の女の子がいて、遊ぶ時にたまにその子の妹がいて、そのうちその妹とも仲良くなったんですが、そのうち恋愛的な感情みたいなものを感じるようになってきたんですね^^;

ちょっとこれは謎なんですが、なんかのきっかけで、ベロとベロをお互いに突き出して、すれすれで引っ込めてふざけあうというようなことを繰り返すようになったんです(笑)
最初は遠かったんですが、それがエスカレートしてちょっとずつ近づいてきて、最終的にベロとベロがくっついてしまったんですね^^;

ま、私の初めてのキスというわけです^^;
しかし、、、その瞬間からお互いに意識してしまって、疎遠に・・・、(笑)
今なら考えられないですが、その当時はまだまだ男として未熟だったんですね(笑)

その時も、子どもながらに完全に恋愛的なドキドキ感は感じていたわけで、子どもといえど頭の中は立派な大人な部分は存在していました。
今小学生を見てもそんな想像はできないのですが、実際はもう立派な大人の部分はあるんですよね。
どうでもいい話でしたが、まぁこれが私の初恋話でした^^;


ちょっとだけ話が変わりますが、
キーさんの中には恋愛感情がよくわからないとか、人を愛した経験が無いとか、好きと愛の違いが分からないとか、そういう感覚を持った子がある程度存在しています。
どうしたら異性を愛することができるのかは簡単に答えが出るわけではありませんし、これまでに生きてきた環境の影響もありますから大変難しいものです。

また、純粋で不器用な人ほど、何かの衝撃的な影響で壁を作るようになってしまったり、異性への意識を頑なに考えすぎてしまったり、幼い頃には想像だにしなかった男女の性的な関係を嫌悪し続けてしまったりと、このような心境から恋愛感情が芽生えてこないということはあるでしょうね。

しかし、その部分の心の闇やトラウマ的なものをうまく薄めていくという作業は必要で、その為にも自分だけで抱え込まず、そういった話をできる場所を見つけることは必要な事だと感じます。

それで絶対に変わるとは言いませんが、何かを変えなければ新しい何かも見つかりません、そしてその新しい何かからヒントを見つけ、自分を変化させるきっかけになるかもしれません。
こういった話をできるところはなかなかありません、キーさんとかMさんとか関係なく、そうでない人でも、私はそういったお話しでもいろいろなケースを見聞きしていますから、お話ししてみたいと思った人がいたら是非サイトから連絡してみて下さい。


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誕生日

今月は私の誕生月なので、いろいろな人から「おめでとう」という言葉をいただきます。
嬉しいんですけどね・・・。
ただ、もういい年なので、おめでたいのかおめでたくないのか(笑)
(誕生日はプロフィールのどこかに書いてあります)

歳をとるたびにこのお仕置き活動もいつまでできるのか、どのくらいまでがカーとしての年齢に見合っているのかとか考えてしまいます^^;
私的には中身は何も変わっていないんですけどね、やはり見た目はどんどんと歳をとるわけで…。
と、誕生日を迎えるたびにお仕置き活動のことを考えてしまいますね^^;

まぁ私を必要としている人がいる限りは活動は続けるつもりですけど、白髪で老けてしまったり、剥げてしまったりした自分を想像するとちょっと怖いですね(笑)
ま、なるときはなるんですからね、運命に身を任せて自分のやりたいことをやりきる人生を送って行きたいと思っています。

お祝いの言葉の数々、とても嬉しかったです、歳を重ねるごとにおめでとうの数が増えるのもいいものですね^^
お祝いのお気持ちありがとうございます^^



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パートナーのくくり解消

今回、活動再開にあたって、以前よりも更にこの活動に力を入れていきたいなっていう思いがあり、
それで考えた末、私のお付き合いのある、全てのパートナーとの関係を解消することにしました。

このことを告知するかどうかについては少し悩みましたが、活動の趣旨を考えた結果、このブログで報告することにしました。
幸い、パートナーたちは理解を示してくれたので、私もホッとしているところです。

パートナーとして特別な事というとそんなにはないのですが、例を挙げると
○日にちや時間を優先する
○施設使用料や食事代、遊び代等は私が払う
○私の理想的な躾をする(品格や気遣い等の私の価値観)
○相手が嫌がっても私のしたいことをする(性的な事はしません)
くらいですかね。

パートナー解消の大きな理由としては、パートナーだけ施設使用料を貰わないで、パートナー以外には徴収するということが不公平であるし、私としてはそれが嫌だからです。
活動再開してからは施設を借りて、それに関連する費用も毎月一定額かかるようになりました。
なのでその費用の一部を依頼してくれた人から徴収し、足りない分を私が補填する形をとっていきます。
私が全ての金額を負担していくのは長い目で見ると予算不足になり長く活動はできないのでそのような形をとることにしました。

ということで、今後はパートナーとして優遇していたような事項をすべて廃止し、パートナー以外の人たちと同じようにお会いすることにしました。

今までと変えた事は、
○会う時は依頼という形をとり、みんなと同じに先着順で日時の確保をし、決められた時間内でしか会わない。
○必ず施設使用料を徴収する。
○予約時間以外の私のプライベートな時間では合わない。
○食事、遊び等をする場合は予約時間内に限り、私が金銭を支出するようなことはしない。
です。

こういう形であればパートナーとはいえないですからパートナーである必要性はなくなり、解消するに至りました。
今まではパートナーとは丸一日時間をとるような形をとっていましたが、このように平等にすることで私が対応できる間口が広がるので、今後は依頼を断ることも減るはずです。

1人でも多くの人と会い、悩みや相談に乗ったり、お仕置き欲を解消してあげたり、キー卒業に向けてお手伝いをしたりと、そういう活動にシフトチェンジしていきます^^
また、このようにすることによって誰に対しても平等公平になるので私も活動しやすいし、利用する人も余計な気を使わないでいいような気がします。
ということでパートナー解消に関しては今後の活動の趣旨を考慮した上で決断しました。

元パートナーの方々にも協力を得られ、更に今後の活動を応援してくれるとのことだったので、とても助かりました、いい子です^^
この話を切り出すときには心苦しかったのですが、しっかりと理解してくれ、その気持ちから私も心機一転この活動に取り組んでいこうと、たくさんのエネルギーと元気をもらいました。

今後はスパのパートナーは作りません、誰でも利用できる居場所として活動をしていきます。
このシステムを利用するのはもちろん、私自身を利用してもらってもいいんですからね、欲求が膨らんだ時、キーを卒業をしたいとき、悩みがある時、どうしようもない思いを抱えているとき、そういう時に私を利用して心を静める、そういう気持ちをなんとかできたらと思います。

今年の抱負

!謹賀新年!

無事新しい年を迎えることができましたね、昨年はいろいろなことがありましたが、今年はみんなが前向きな気持ちを持って行動していきたいですね。
そうしていけば最終的にはいい方向に行くと思います。
政治でも景気でも全てにおいてマイナスな考えばかりです、これでは個々の人々の心もマイナスになってしまいますよね。
マスコミはマイナス思考のかなりの要因を発信していますから、そういうところからプラスに変えていきたいものです。

経済も景気も明るさも心も、”雰囲気”が一番大切なことです、気持ちを開かなければ何も変わることはありません、対策云々よりも気持ちを盛り立てて雰囲気作りをすることが大切だと私は思います。


で、ここからは個人的などうでもいいお話なので読まなくていいですよ。


個人的なことですが、本日4ヶ月ぶりに体脂肪計に乗りました。
4か月前までは時間のあるときに5kmほど走っていたんですよね、週に3,4日ですが。
ジョギングの後にはストレッチをしていたので体調的にもとても良かったんです。
まあ、走っているといっても去年の1月からだったので8ヶ月ほどですけど。

しかし、去年9月辺りからブログやメールのやり取り、私生活等で時間がとられ、走らなくなってしまったんです、
といっても時間を作れば出来たことなので怠けていたというのが本当のところかもしれません^^;
新陳代謝も悪くなってくる歳だし相変わらずの暴飲暴食、しかも見た目にも4か月前はそれなりに良い体だったのですが、現在は胸は少しタレてお腹も出てきてしまっているので(私の場合お腹だけに出ます)そろそろ運動しなくてはと思ってはいたんですけどね。
忘年会シーズンは楽しみたいのでそれを過ごし、やっと体重計に乗ることにしたということです。

ちなみに私は10年ほど前から体脂肪等のデータを記録しているのですが、ここ数年はたまに計る程度です。
4か月前のデータをみてみると体重66.2kg、体脂肪19.0%でした。
今回計ってみると体重70.6kg、体脂肪23,3%でした。
ちなみに身長は172センチです。

正直72kgは軽く超えていると思っていたので一安心ですが、体脂肪が高すぎますね。
今までのピークは3年前の72kgでした。
過去、狂ったように有酸素運動にはまっていたときは7年前で62,9kg体脂肪14,5%でした。

2年前くらいは65kg前後をキープしていたんですけどね、筋トレをしていた分65kgから67kgあたりが私のベストなのですが、今は筋トレ全くなしで70.6kgですからひどいものです。
詳しくお話すると、筋肉は重いので体重も増えます、だから筋肉がある状態の70kgと無い状態の70kgは見た目が全く違うんですね。
つまり筋肉がない状態の70kgはかなり太って見えるっていうことです。
まあ、手首や肩の手術で2年ほど筋トレという筋トレはしていないのでしょうがないのですけどね。

ということでこれからジョギングを始めることにしました。
今は知人からもらったブランデーやウィスキーがあるので(なぜか両方ともクリスマスプレゼントでした)
それを飲み干してから走るつもりです、飲み干してから走るということは家飲みは基本しません。
飲みたくなったら外で飲みます(汗)
それでも毎日欠かさずに飲んでいたお酒なので感覚があけば体にもいいし、深酒して朝走れないということもなくなるので良しとしました。

現在は体重70.6kg、体脂肪23,3%なので
体重67kg以下、体脂肪20%未満を絶えずキープするように運動をしていきたいと思っています。
筋トレもしていくので65kgから67kgの範囲内でいれば十分でしょう。
体脂肪の理想は18%位でしょうかね。
ジョギングとストレッチ、筋トレをして理想に近づけます。

これが私の今年の抱負です。

ここに宣言をしてしまったのでやらざるを得ないでしょう^^;

そうそう、こういう話がでたので次回はダイエットについてお話しましょうね。
女性にはとても魅力的な話ですからね、でも絶望を感じてしまうかもしれません。
そう、楽して痩せようなんて手術以外にはありえないことですから…。

ダイエットに関する正しい知識をお話します。

死と向き合った時

自分の死に関して向き合った人は多くいると思いますが、余命的な事、死の宣告、またはそれに近い形で死への恐怖と向き合った人は少ないでしょう。

例えば、癌と診断され、余命を告知された人の絶望感は計り知れませんよね。
癌に限らず余命宣告、不治の病、病気の潜伏期間中等様々で、自分ではどうすることも出来ない病気があります。
周りができることはその心境を想像して同情し、明るく元気付けることしかできません。
しかし、そんな空気は相手にはバレバレで余計気を使わせる結果になってしまうようです。
ただ、そんな死と向き合った経験のない人はその未知の恐怖を自分に当てはめて空想するしかなくこれは仕方のないことですが。

もし今、自分がいきなり余命宣告されたらどういう心境になるか想像してみてください。
死までの道のりをどう生きていくか、どうやってその恐怖を克服するのか。
このように考えるだけで普通の生活がどれだけ幸せだったのかを感じさせてくれるのではないでしょうか。
今まで自分がしてきた些細な事も素直に反省し自分を見つめなおすことも出来るのではないでしょうか。

なんでこんな話をするかというと、実は私は2年ほど前に死と向き合ったんです。

余命宣告をされたわけではなかったのですが、私自身は死を前提に考えていました。
きっかけはあったのですが、ある部分が痛み、1年ほどいろいろな整形外科や整体に通っていたのですが、全然治らずにいたんですね。
その中で、ある整形外科に行ったときに「捻挫ではないと思う」といわれその分野に詳しい医師を紹介してもらいました。
詳しく調べてもらうと「腫瘍が骨を蝕んでいる」ということでした。

その時は頭が真っ白でしたね。
手術をして腫瘍を取り出して病理検査をしてみないとその腫瘍の正体がわからないとのことでした。
すぐに手術の予定日を決めたのですが、その日以降ネットを駆使してその部分にまつわる病気を調べてました。

まあ、嫌な情報ばかりで絶望しましたね、良くても切断、それでも再発の可能性は高い、通常の症例だと死みたいな感じでした。
初めは向き合うことはせず、しつこいほどネットで調べていましたが結果は悪い方向ばかりでしたね。
もうその時は自分が死んでしまうということが信じられず、間違いではないのかと必死に命をつなぐ情報を探していたような気がします。

しかしいくら探してもどうにもならず、見ないようにしていた死を、見なければならなくなってしまったんですね。
で、やっと死と向き合うことにして、死を受け入れ、これからのことを考えてみることにしたんです。
私の場合、人と違っていると思うのですが、死を受け入れた瞬間からそれまでのモヤモヤ感や恐怖感がなくなったんですね。

それよりも死がいつか分かっていた方が自分の整理したいことができ、やり残していた事もできる。
それってすばらしいことだなって思うようになったんですね。
それは、急な病気、交通事故や災害等の不慮の事故で死ぬ場合と比べれば、とりあえずの自分のしたいこと、しなければならないことを完結できると思ったからです。

その時に初めて自分が死と向き合った時に自分がこうなるんだと知り、そしてそれは自分が想像していたものと違っていました。
余命告知とは違ってまだその前の段階なので、全然アマアマではありますが、私自身は必死で、それと同じように捉えていました。
その事がきっかけで心境の変化もありましたね、より人を優しく見ることができるようになったような気がします。

死の狭間で苦しんでいる人、心の闇と葛藤している人、精神的に苦しんでいる人の傍にいたいと思うのは前からあったことですが、このことがきっかけでさらに強まりました。
痛みを分かっている人でないと分からないことっていうのがあって、それは本当に繊細な部分ですがそういうところでの心の共有をしてあげたいのかもしれません。

身の回りの整理と格好のいいことを書いていましたが、なんといっても一番気になったのは「お道具類」でしたね。
私の場合、エロい本やビデオ系は一切ないのでその部分はいいのですが、道具類はそのまんまですからね。
スパの道具もあればSMの道具もあるし、大人系の物もあるし・・・、死んだ後にいろんなものがでてきてしまうのは恥ずかしい限りですからね^^;
みなさんも気をつけましょう。

ちなみに手術で腫瘍を取り出し病理検査をしたところ良性の腫瘍だったため、一安心でした。
その後病院には通いましたが再発の心配はないようで、とりあえずその後異常がなければもう来なくていいということになりました。
ま、おかげでいろいろと人生や生き方に対して向き合えて良かったのかもしれません^^;

キャバクラ、ガールズバー好きな男達

キャバクラとかガールズバーが好きな男ってかなりいますよね。
そんなお話をしようかと思います。

しかしあれって何でなんでしょうかね?
女性には理解できないのではないでしょうか、実は私にも理解できません(汗)
まあ、女性との接点が全くない環境で、お金を払ってでも話がしたいというのなら分かりますが、でもそうでない人が多いのではないでしょうか。

男同士での飲み会があると必ず二次会はキャバクラに行こうっていう人がいるものです。
私の場合はせっかくたまに会って酒を飲んで話をしているのだから、くだらない話でも楽しいし会話していたいんですよね。
だから私はキャバクラの話になると必ず反対をして居酒屋に行こうというのですが、みんなはたまに会って飲むんだから女のいるところにいこうとなってしまうんですよね。

結局キャバクラに行くことになると私も行くのですが(笑)
そうなると男同士の会話なんてネタ振りみたいなものはあるものの、ただそれだけで会話ができません。
みんな女の子に夢中になって勝手に盛り上がって終わっちゃうんですよ。
私もせっかく来たわけだから一応は楽しみますが(結構楽しんでいるかも!?)
本音をいうとキャバクラ系のお店は嫌いです。

働いているホステスには興味があり、好きな部類だと思います。
何が嫌いかというと、本音が見えないところなんですね。
お客様だからと気を使い、盛り上げ、嫌なことも笑顔で接し、興味ないことも共感し、本音を出さず嘘を嘘で塗り固めています。

これは仕事なのでホステス自体は立派だと思いますよ、私が言いたいのは男のほうなんですね。
何が楽しいのでしょうか?
そんなにちやほやされておだてられて嬉しいのか、お世辞や笑顔なんて本気だと思っているのだろうかって。
私は過去、水商売をしていて、女性が女の部分を出して客を引き寄せる術を教育していたほうなので余計敏感なのかもしれませんが。

逆に、私は水商売の女性とプライベートで友達として会話するのは凄い好きです、彼女達はいろいろな経験をしてきているし人間観察にも長けている、精神的な分析も鋭いので楽しいんですね。
でも客で行くとそういう会話はできません、できたとしても薄っぺらいもので全く楽しくありません。
結局お店に行ったらホステスは客の話を聞き、共感したり自分の意見を言ったりし、笑顔で受け答えをする。
これじゃカウンセラーですよね。
金額が高いのはサービス料ですから、実質はお酒とつまみで2000円、カウンセリング料5万円みたいな感じですよ(笑)

酒とつまみを原価で払い、最後に「僕と会話してくれてありがとう」と5万円くらい払う。
大げさにいうとそんな感じですかね・・・。
いくら常連になって親身になっていたとしても一線はあるわけで、その一線が私は嫌なところなんですよね。
しかしその一線があるから楽しいとか、その駆け引きが楽しいという人ならばそれでいいと思いますけど私には向きませんね。

キャバクラやガールズバーを越えてクラブまでいくと、これは見栄みたいのが多いのではないでしょうか。
俺はこれだけ稼いでいるみたいな、そしてそれを部下にもホステスにも見せ付ける。
ま、分からないでもないですがやはり人柄が一番なので見栄は虚しいだけですよね。
キャバクラではなくメイドカフェ系も同じことがいえると思います。
あんなので盛り上がれるのが不思議でオモシロでやっているのならわかりますが本気な人もいますよね?きっと。

でも実は私、メイドカフェに行きたいんですよ~(笑)
好奇心ですよ、ただそれだけです。冷めているので一人では絶対に行けません。
誰か行きたい人がいれば経験者未経験者に限らずいきましょう(笑)
いきたいというのは、本当にあんなくだらないことをやっているのか確認したいんですよね、テレビでしか見たことありませんが、本当にあそこまでなりきってできるのか見てみたいです、人間観察として。

脱線してしまったので話を戻します(汗)
しかしキャバクラは擬似恋愛とよく言いますが、女性にはまってしまい借金をして首が回らなくなったり、会社の金を横領したりする人を私は結構見てきました、哀れですね。
外国人系のフィリピンパブ系でもよくある話です。
フィリピンの女性って一途なのではまりやすいのもありますけどね。
そうはいっても、周りが見えなくなってしまっては大人として失格です。

キャバ嬢の中の一部には、「指名のために」「常連になって引くに引けなくて」「好みのタイプだから」という形で肉体関係を持つ女性もいますが、そういう光景を男側が耳にしたりしているから自分もいけると思って通ってしまうのでしょうか。
関係を持つと男って自慢げに言いふらすんですよね、中には本気の恋愛もありますが、殆どはそうではありません。
キャバ嬢を落とすのが趣味の人もいますが、そんなに金をつぎ込んで中身を知らない相手と関係を持って何がいいのでしょう、見栄や自慢のためでしょうか、まぁそれはそれでフェチなんでしょうね。
でも相手の本音が見えないのに付き合ってもなんの面白味がないと私は感じてしまいます。

本音を語ってくれるということは今の私にとって嬉しく、心の隙間を埋めるものの一つなんですね。
だからキャバクラのような仮想空間的なものが余計馬鹿らしく思ってきます。
仮面をかぶったり演技をしたりする接客業であるキャバクラやガールズバーなどの水商売、そして風俗業も含め、私はその人間の本質が見えない限り全く興味がわかないんです。
だから女性のいる飲食業や風俗店が嫌いなんですね。
でもそこで働いている女性とのプライベートでの会話が凄く好きなんです。

私が男としておかしいのかもしれませんが、世の中の男たちの心理がわかりません(汗)
お金で心を買うみたいなのが無償に嫌なので、そこも関係しているのかもしれません。
でも男たちはみんな楽しそうにしていますよ、若い人も管理職の人たちも。。。
女性の皆さんが知らない管理職の顔があります、きっとびっくりすると思いますよ^^;

過去の自分

私の学生時代のお話をしたいと思います。
前記事に書きましたが、私は高校2年の秋に中退し、16の終わりから働き始めました。
なぜ中退したかというと、その時していたことを無意味に感じてしまったんですね。

私は中学1年ときは成績は悪く学級では下から2,3番目。
勉強もせず怒られてばかりで俗にいう悪ガキタイプだったんですけど、中学2年にあがる頃に小学校時、仲がよくて違う中学にいってしまった友達が塾に通い始めて、そいつと一緒につるみたいだけで私もその塾に入ったんです。
そこは結構人気のある進学塾でA1,A2,B1,B2,C1,C2と成績ごとに6クラスに分かれていて、もちろん私は最下位クラス。
塾に来ているのにふざけていて怒られてばかりでした、本当に迷惑な奴でした^^;

そんな時におもいっきりビンタされ、真剣に叱ってくれた講師がいて、その情熱に流され、真剣にやってみるかなと勉強を始めたんです。
キーさんみたいにキュンとすることはなく、ムカつきましたが、ビンタ後の講師の真剣さが伝わってなんかやってやろうという気持ちになったんですね。

勉強を始めてみるといろいろ理解してきて、そうなると勉強も面白くなってくるんですね、もっと知りたいと。
分からないところは居残りをして教えてもらったりして、それも家が近所だったこともあって深夜になることもありました。
もちろん無料です。
今思うと付き合ってくれた講師達も凄いですよね。

数学、英語、理科、国語に関してはどんどん成績を上げ、3年の受験前には国語こそA2でしたが、他はA1までいくことができました。といってもA1の底辺ですけどね。
社会は全く駄目でしたね、実用的でないものに興味がわかないというか過去に捉われない性格というか(笑)
今になると歴史や地理、世界のこと知っておきたいと思いますけどね、経済学につながることだし。

そんな形で短期間で成績を上げていった私が、学校では英雄扱いとまでは行きませんが、落ちこぼれで悪ガキな私が3教科では学年上位になってしまったのですから先生がもうはしゃぎまくりでみんなの前でいつも私を引き合いに出して話をするんですよね、本当に恥ずかしいというか迷惑でしたけど(汗)
ま、性格は優等生になれなくて悪ガキのままでしたけど。

高校もいいところを2校ほど受験したのですが、まさかの不合格、そして絶対行きたくなかった滑り止めの高校にいく羽目になりました。
高校に行ってもヤンチャしていたのですが、自分が何をしたいのか分からなくなってしまったんですね。
そしてサラリーマンや公務員には絶対になりたくなくて、それは私が天邪鬼的な性格からだと思うのですが、人と同じことはしたくないんですよね。
今考えると公務員はうらやましいし、サラリーマンもある意味いい面があるので大人達の言っていたことは正解なのかなとも思いますが。

それでサラリーマンや公務員にならないのなら学校に行っていても無意味だと感じるようになりました。
ろくに勉強もしないで遊んでいる連中(その中に混じっていましたが)がいて、学校が終わると制服でパチンコ屋にいったり麻雀をしたりと遊んでばかりで虚しくなってしまって。
こんな苦痛な生活するなら、同じような苦痛でお金を稼いだ方がいいやと気持ちが変わっていきました。
それで高校を辞めたんですね。
そして将来的には自分の店を持ちたいということで水商売の道を選んだのですが、本当に浅はかな考えでした。

当初一人暮らしをしたときは都内で家賃18,000円でした。
共同トイレ風呂なしのボロアパートです。
親の援助は受けられず渋々保証人にはなってもらったのですが、13万ほど自分で用意して一人暮らしを始めました。
3ヶ月ほどでアルバイトから社員になったのですが、主任という役職をもらい、その時の主任だった人は支配人に昇格。
でもその支配人は大学生で社員だったんですね。

話を聞くとこの人は高校を中退し、その後高校卒業の資格を試験でとり、早稲田大学に合格したということでした。
私はそこで働きながら大学いけるならやってみようかなと奮起して、深夜客のいないときに勉強したり、支配人にアドバイスをうけたりしながら2年半後、大検に合格、その翌年大学にも行くことができました。

金銭的には問題はありませんでしたが、両立なんて出来るわけもなく、上司がいない深夜の時間帯は熟睡していました(笑)
大学での勉強はしませんでした、ステータスのために単位だけをとる感覚でしたね、今思うともったいなかったです。

主任になってからすぐに深夜の責任者として店を任されていたり、店長がいないときはバイトの面接をしたりしていました、管理職なので細かいチェックをし、アルバイトに注意するのが仕事なので重箱の隅をつつくように神経を張り巡らせていました。
点呼で大きい声を出させ、そういう支配感に酔っていたのだと今思うと恥ずかしい限りです。
でもそのおかげでいろいろなことに気がつけるようになっていたのは事実です。
今は水商売ではありませんが、あのときの経験がなければ今の自分はありません、貴重な財産だとつくづく思います。

ちょっと若気の至りで恥ずかしいのですが、私の学生時代のおはなしでした^^;

人間観察

私は今でこそ感覚は鈍っていますが、18~25歳くらいまではかなりの洞察力があり、年齢当てが凄く得意でした。
まずはずれません、はずれても1歳くらいという驚異的なものです。
顔での判断に限らず、老けていたり幼かったりしてもその人の雰囲気で分かっちゃうんですね。

「笑っていいとも」の年齢当てクイズなんて余裕だったし、ニューハーフもすぐに分かります。
少し話をすればその人がどのような人物か大体分かってしまっていました。
なのでそのときに占いの勉強をして占い師になっていてもよかったかなと少し思います。

これは特殊能力でもなんでもなく人間観察をしてきた結果なのだと思います。
私は高校2年の秋に中退をして水商売の道に入りました。
その経緯は次のお話にでも書くとして。

キャバクラではなく、当時はやった「パブクラブ」というところです。
まあ、キャバクラとクラブの中間の雰囲気といえば分かりやすいでしょうか。
キャバクラやクラブと違い、女性は席に座ることは出来ないのですが、床に膝を付いて接客するような形です。
そういうところで働いているといろいろな年齢層の人が来るんですよね、そしてバイトの女の子も。

水商売に入ったのは16歳の終わりでもうすぐ17歳になるころ、年齢を偽って3歳もサバをよんで面接に受かりました。
でももう時効なのでそこは目をつぶってください。
その仕事はバイトで入ったのですが3ヶ月で社員を進められ、主任という役職をもらいました。

その会社はフランチャイズではないのですが、チェーン店化しているところで、その店はたまたま人材不足で運がとてもよかったので役職をもらえたんですけどね。
しかもまだ17歳(汗)
そこでいろいろな女性と話し、悩みを聞いたり飲みに行ったり、お尻を触ってスキンシップをはかったり!?((笑))
そしていろいろなお客さんの話を女の子から聞いたりしているうちにそういう感覚が身についたのだと思います。
恋愛禁止ということを徹底していた店だったのですが、内緒で付き合ったりもしていました。

とっかえひっかえという言葉は当てはまりませんが、別れてもしばらくしてまた店の中で誰かと付き合っていましたね^^;
といっても決してイケメンではありませんよ(汗)
まあ、管理職ということと、スキンシップのおかげかもしれません(笑)

極めつけはその彼女にスパイ行為をさせていたんです。
私は仕事ではとても厳しく、アルバイトに対して女性でも男性でも駄目なところは叱っていました。
朝礼に始まり、お説教やそのフォローをしていたので、仮にそこにお尻ペンがあったらお仕置きの世界を日常でしていたのと同じでしたよね。
でもその管理職の経験が、今のお仕置きスタイルが定着した要素ではあると思います。

そこでは年齢というコンプレックスがあって、私は17歳ですからみんなは年上なんですよね、一応20歳ということで働いていましたが。
だから余計になめられないように威勢を張って威張っていたんですけど、はっきりいって従業員にはうるさい奴と嫌われていたと思います。
だからそんな私の彼女だなんて女の子は同じ従業員に口が裂けてもいえませんよね。

で、私はバイトたちが自分のことをどう思っているかを知りたい、みんなの心の中身を知りたいということをいつも思っていて、それは私の支配欲でもあるんですが、そういう思いで自分の彼女にスパイをさせていろんな裏話を教えてもらっていました。
私の悪口ももちろんありますが、普通では聞けないような悩みや秘密な行為、いろいろな裏情報を耳にしていましたね。

私の変わっているところだと思いますが、自分の悪口をいっている人を目の前にしても感情のコントロールをしてなんとも思わないんですね。
冷静に、「この人は俺のことこういう風に思っているんだ。」と認識をしているだけで普通に接するし仲良くするし飲みにもいったりもします。
前記事の絶望感の後遺症だと思うのですが、裏切りや人の気持ちは所詮そんなものだと冷めて解釈してしまうのでしょう。
そして相手は知らずとも、相手の心の中身を自分が知っているという形の支配欲が満たされて嬉しくなるというか、そういう意味ではそれで怒るとかは全くなく、逆にそれは快感でしたね^^;

変人ですよね(汗)
まぁそんなことを繰り返していくと、ちょっと話をしただけである程度相手の感情が分かってしまうんです。
そういうことが好きなのでいつも人間の心理や裏の心なんかをいつも考えてそれが根本として今のお仕置きに通じています。

「細木数子」って占い師、今はテレビに出ていませんが、昔は良く出ていましたよね。
あの人の意見や見解は私と殆ど一緒なんですよね、彼女も昔水商売でいろいろな経験をしたから私と同じく人間観察をしらずしらずのうちにしていたんでしょう。
そして占い師として成功したんだと思います。

細木数子の「こうしなさい」というアドバイスがあるとします、それをそのまま受け取ってしまいがちですが、その中の心理的なものを考えると奥が深いなと考えさせられます。
みなさんはそのままを受け取るのでしょうが、私はその裏の意味まで心理的に考えて理解するので、そうすると細木さんの見解は理にかなっていて凄いなと思ってしまうんです。
私と同意見なのですが、そこまでしっかりと人に口で説明できる能力は素晴らしいと思っています。

今現在の私はあまり人と接するような仕事をしていないので年齢当ては全然ダメになってしまいましたけどね。
ただ、いろいろな人の悩みや苦しみを吸収してきているので昔よりもその人の苦しみや嘆きが理解できるような気がします。
人の話は自分におきかえて感じますので、決して飲み込まれはしませんが葛藤や恐怖を味わったりもします。

そんなことしても苦しんでいる人の痛みや焦燥感はその本人にしか分からないことですが、一般の人よりは気持ちをわかってあげられることで楽になってくれたらなと感じます。
そういうものを私が受け取っても私がマイナスになることはなく、むしろその負のエネルギーが私の体の中で正に変換されて私が満たされるような感じです。
だからこそ親身に人に寄り添うことが好きなんだと思います、変わった人です^^;

信頼関係→裏切り→絶望

ブログを書き始めてまだ日が浅いのですが、何故自分は他人の心に興味があるのかを考えるようになりました。
心の中身を覗いてみたいんですね。
以前までの私は心の中身に”興味がある”としか考えていなかったのですが、何故興味があるかまでは考えていませんでした。
今回ブログを書いたのは人生初のことなので、そういった部分でも自分を見つめることができているんだなと感じ、少しだけ嬉しくなりました。

心の闇を抱えている人の殆どは「人間関係」で傷つき苦しんでいます。
まあ、事故や災害、その他でも原因はあるのですが、人間関係がもたらす精神的な苦痛は誰しも経験しているのではないでしょうか。
また、自分が頭で考えている常識と今の自分の行動に格差があり心の中で葛藤したりする人もいます。
様々な要因があって自分の心を安定させる手段を持たない人は精神的にボロボロになり、生きていくことに疲れてしまいます。
それは人からの裏切りや仕打ちによって絶望を感じ続けると脳内に異変が起こってくるからです。

でも生きている、苦しみながらも消えてしまいたいと思っていても肉体は動き続けている。
そういう葛藤やひたむきさとか一生懸命なところ、そして本能的な欲求や行動のような人間臭さが私は凄く好きなんですね。
そしてそんな人たちの心を少しでも満たしたり癒してあげられたらと私は思っていて、少しでも気持ちが楽になってくれるとそれで私も満たされることにつながるんです。

まぁ自分で言うのもなんですが、私自身凄く冷めています、何があってもすぐに気持ちの切り替えをし、動揺しないようにしてしまいます。
よくテレビで見るのですが、身内が死んでしまったときの感情的に乱れた姿、韓国人なんかが特にすごいのですが、あの体全てを使って泣く姿、あれを見る度に私もああやって感情を表に出せる人間になりたい。
と思ってしまいます。
実際はしたくても出来ないんですけどね。

だからそういう人間臭さや一生懸命に生きている人には、私に欠けている部分がそこにあるのか、凄く魅力を感じてしまうんです。
しかしその中に駆け引きや嘘、打算等があると一気に冷めてしまったり、嫌悪を覚えたりしてしまいますけどね。
相手を思ってついた嘘はしょうがないと思います、でもそのことについて例えば私が「正直に教えてくれ」といった時に相手がどうでるか。
「実は。。。」と本心を教えてくれると、とても嬉しいんですね、そのことで私が傷つくとしても正直に言ってくれた勇気についての方が勝りめちゃくちゃ嬉しいんですね、そしてそういうところで人に好意を持ちます。
そこが私の変わったところです(笑)

そう、相手の人の心の中身は全て知りたいんですよね、それが私を傷つける内容だとしてもそれを知りたいし、それをきちんと教えてくれた人には怒りなんてなく、逆に感謝をします。
それだけ人の心の中身が知りたいんですよね^^;

で、最近ブログを通じいろいろな人と接し、気が付いたことがありました。
それは何故私が心の中身や闇を求めているのかという根本的な問題のヒント的なことです。
結局は私も裏切られ、絶望を体験し、おそらくそれが原因で今の冷めた自分が出来上がったんじゃないかと感じたんですね。
いや、実際は最近感じたのではないんだと思います。

その絶望したことに対して現実はこういうものだと解釈をし、
「これからは自分を傷つけないために世の中はこういう目で見よう」
という感じで何かあるたびにそのことを思い出し、比較し、自己防衛して生きてきたような気がします。
そう。トラウマですね。

私の場合、刹那的な絶望だったため病的にはなりませんでしたけど人生観が変わったといっても過言ではありません。
何故今頃そのことに気が付いたのかというと、それはトラウマではなく、”教訓”だと思っていたからです。
でもそれによって自分の感情を無意識にコントロールしてしまう人間になってしまったのだからトラウマと呼ぶべきでしょうね。
つまり、私も心の闇があったんですね、これが心の闇とは考えもしなかったのですが、ここでいろいろな人と知り合い、自分を見つめているうちに気がついたという感じです。

中学3年、その当時の先生像というのは絶対的に信頼できる存在として認識されていました。
父兄が文句をつけに来るなんてことは殆どなく尊敬され、体罰も一任されていた時代です。
今まで大人たちが子供に言い聞かせてきた言葉、今もきれい事の代名詞として使われていますが、(この時点でトラウマ出てますね(汗))
それを純真無垢に信じていた私がいました。

そしてそれに向かって人生最大の努力をしてました。
勉強というものではなくまぁ他のことで誰にも負けていない自負がありました。
2年間ですが、死ぬ気で頑張りました。

そして中3の夏。
裏切りです、
その言葉がきれい事だったということを思い知らされました。
そして絶望。 

それからは自分の心が苦しい思いをしないように、傷つかないようにと冷めてしまいました。
人も信用できないようになってしまいました、とはいっても99%は信用しているんですよ、でもどうしても1%は信用していません。
それがどんな人でもです。
そしてその1%があるから傷つかないですんでいるんでしょう。
でもこういう私みたいに切り替えが出来ない人は実際いますし、そういう人はものすごく苦しんでいますね。
居場所も吐き出す場もない人は病的になってしまうでしょう。

結局私が心の闇に興味があるというのは自分と同じく絶望を知っている人と何かを共有したいからなのかもしれません。
そういう人となら分かり合えるかもしれないと。
熱い人間になりたい、がむしゃらな人間になりたい、一生懸命な人間になりたい。
でももうなれない。
だったらそういう人の心を一時的でも吸収して自分を浄化したい。
そのことで少しでも気持ちを楽にしてあげられるものならそうしてあげたい。

そんな気持ちなんだと思います。
もともとSっ気があるので、支配や管理という意味で人に興味があるのも否めませんが、私のすることで相手が満たされ私も満たされるのであればウィンウィンの関係ですよね。

それがお説教やお仕置きを通じて実現させ、最終的にはそういうものが無くても満たされるような関係になる、それが私がしていきたいことなのかなと思いました。

スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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