言葉遣い

つい最近、弁護士とやりとりすることがあったのですが、その時のお話しです。
その案件が特殊な事例だったため、懇意にしている弁護士さんから紹介してもらって、その弁護士さんとは初めてお会いしました。

打ち合わせ後、私が聞き忘れた事があったので電話をし、話を終えて電話を切る時に私は「失礼します」といったのですが、相手の弁護士は「失礼いたします」といって電話を切ったんですね。
私→「失礼します」 
弁護士→「失礼いたします」

そのたわいもない「失礼いたします」という言葉に衝撃を受けたんです。
それはその弁護士は貫禄のある60代前後の方で、私の方が一回り以上も下にも関わらず、丁寧に「失礼いたします」という言葉を使ったことが理由ですが、それ以外にも私の主観ですが、弁護士の方は結構横柄な方が多いと認識していてその部分でもそのギャップにびっくりしたのもあるんですね^^:

私はこれまでお客さんの対応では「失礼いたします」という言葉を使ってもプライベートでは必ずと言っていいほど「失礼します」ですませていました。
それは目上であってもですが、なにか「失礼いたします」という言葉はへりくだりすぎて使いたくないというのが無意識にあったんだと思います。

でもその弁護士さんは、私が「失礼します」という言葉の後に、ブレずに「失礼いたします」と返した言葉が頭に残り、その言葉はとても素敵だなぁと、私も今後はその言葉を使ってきたいなぁと思ったんです。
若い頃は人にへりくだるのがとても嫌だったのですが、歳を取った今言われてみると、そうやって他人に対してへりくだれるのは、とても素敵だなぁと感じ、なんか若い頃とは変わっていくもんなんだなぁと実感しました^^;

まぁ日常生活のたわいもないやり取りでしたが、今後は丁寧に挨拶をするときは「失礼いたします」という言葉を使いたいなって思いました。
これも一つの成長ですかね(笑)



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一触即発

この間のちょっとした出来事

私が駅の階段を降りようとしていた時にちょうど電車が到着していて、そこからはものすごい人が降りてきました。
階段いっぱいに広がって登ってきたので、私が隅っこに寄って階段を下ろうとすると、前からよけようともせずに突進してくる40代くらいのイカツイ感じの人がいたんです^^;

私も負けず嫌いなので(汗)そのまま端っこによけたまま前に進んだのですが、そのまま正面衝突し、お互い胸と胸をぶつけ強引に押し合いながらもすれ違い、その後振り返ると相手も振り返り喧嘩を売っているような顔をしてきました。
さすがの私も相手の無礼さを許せずに、ついカッとなってその男性の方に歩いていき多少喧嘩腰に一言いいました(その一言は秘密です^^;)

私は喧嘩っ早い方ではないのですが、さすがにそこまで威圧的に喧嘩を売られると、闘争心という本能がでちゃうんでしょうかね、、、。
その時はお互いに熱くなっていたので本当に一触即発で殴り合いをしてもおかしくない状況でした。

私が一言ガツンというと、相手も一言言い返してきました。
「こっちは登りだろーが!」
とヤンキーのような顔をしてドスのきいた声で威圧してきます。

私は「ん?登り?、、、、」
は?と思ってチラッと確認すると
なんと、私が左側に寄って降りていたところは、実は登りだったんです^^;

謝りもできず言葉に詰まりながらもその場の雰囲気もあったので、そのまましかめっ面をしながら相手の目を見て「そうか」と言いながら頷き、そのままくるっと引き返し階段を降り退散しました・・・。

いやいや、、私が悪いんですが恥ずかしいやら論破された悔しさやら、いろんなものが混じってとても複雑な心境でした。
まぁ実際は謝るべき事案だったのですが、あそこまでカッとなっては引っ込みがつかなかったというか、なんというか・・・。
恥ずかしい失敗談でした(汗)

後から考えると仮に私が正しかったとしてもそんなことでカチンとしていてはまだまだ未熟者ですね。
そういう子供じみた至らない面に気づけたので今後はそういう場面に遭遇したとしても大きな心で人と接しようと心に誓いました^^;
ま、完全にこれはお仕置きですね(笑)



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ピアノリサイタル

先日「牛田智大」氏のピアノリサイタルに行ってきました。
なんとまだ19歳のピアニストです。

友人に誘われていったのですが、やはり生で聞くピアノはいいものですね^^
ピアノは”やはり”といった感じのスタンウエイ製でした。
ヤマハとどれだけの差があるのか素人の私にはわかりませんが、金額的には大きな差があるものの、日本製が劣っているとは思えず、いつも疑問に感じてしまいます^^;

まぁそもそも私はピアノを習っていたわけでもなく、音感があるわけでもなく、微妙な音色を聞き分けるなんてできませんけど、単純にクラシックピアノの心に響く感じが好きなんですね^^

今回リサイタルに行ったのですが、私の知っている曲は1,2曲くらいしかなく、それもそれほど好きでもない曲でした。
私が好むのはピアノの定番中の定番の曲なので、それが聴けなかったので感動というのがありませんでしたね^^;

やはり普段耳にしているものが好みとなり、それを生で聴くと感動するタイプなので、ピアニストの腕というよりも単純に知っている曲を聴きたいだけなのかなと実感してしまいました。
知らない曲だと眠くなってしまうし、、、なかなか難しいですね。

そういえば歌謡曲でも聴きなれた曲は好きでも、新曲になると興味はなく、それでもそれが何度も繰り返されて曲に慣れて覚えていくと、その中から好きな曲が生まれたりと、昔からそうでしたね。
だから初めて曲を聞いて、「この歌良い!」となる人は凄いなぁといつも感心してしまいます^^

たまには芸術鑑賞もいいものですね^^



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厄除け

先日成田山新勝寺に厄除けに行ってきました^^

そもそも私は厄年ではないんです^^;
厄年でもないのになぜ厄除けをしたかというと、それは去年にさかのぼります。
まぁ単純に昨年に厄年(前厄)の知り合いがいて、その人の付き合いで私も一緒に厄除けをしただけのことです。
今年はその知り合いが本厄の為、またお付き合い^^;
去年のお札の返納とお礼参りを兼ね、今年も厄除けをしたということです。

私の場合は旧正月が過ぎてから厄除けをする派なので、去年も今年も2月を過ぎてからの厄除け。
お金と手間はかかりますが、やはり厄除けという気持ちでお寺に行くと、それだけで自然と気持ちが引き締まったり、厄除けの最中も心のけがれが祓うように念じたりするとすっきりした感覚になります。
厄年以外に厄除けをしたのが去年に引き続き2回目ですが、知り合いが厄払いするしないにかかわらず、私自身毎年恒例にしようかなと思いました。

成田山に行くと必ず寄るのがうなぎ屋。
去年は知り合いから隠れ名店のようなところを紹介されてその店に行き、今年は地元の人から紹介されたうなぎ屋に行ってきました。
このうなぎ屋巡りもお決まりの恒例行事となりそうです^^;

若い頃はこんなことには全く興味がなく、もっとえいば辛気臭いとかくだらない!とも思っていた罰当たりな若者でしたが、歳を重ねるにつれて昔の風習に惹かれていくのは不思議な感覚です^^;

まぁ私は霊とかスピリチュアルなことは一切信じてませんし、自分で全てを切り開いていく派なので、この厄除けに関しても自分の気持ちを引き締め、その環境や雰囲気で自分自身のけがれを祓い、自分自身の気持ちを引き締めるという感覚でしています。
せっかく僧侶が厄除けしてくれているのに”自分自身で”なんやっぱり罰当たりかもしれませんね^^;



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最近観た映画

今後は映画館で観てきた映画の感想をブログでも書いていこうと思っていたのですが、ここ最近アップしていなくて、ここでまとめて紹介したいと思います。
あまり面白くなかった映画の感想は書きづらくて、そうこうしている内に書けずにいたのもありますが・・・。
ということで、これらの映画は全てがお勧めというわけではありませんので^^;

観ようと思った映画は、映画での予告編で面白そうだと思ったものや世間の注目度から選んだもの、そして題名が気になったものをメインに選んでいます。
直近では「七つの会議」を観てきましたよ^^

七つの会議
12人の死にたい子どもたち
ボヘミアン・ラプソディー
人魚の眠る家
億男
スマホを落としただけなのに
コーヒーが冷めないうちに
響-HIBIKI-
未来のミライ
万引き家族
検察側の罪人
15時17分、パリ行き

この中では「人魚の眠る家」が私的には良かったですね。
脳死や臓器移植、人間の尊厳等を考えさせられる深い映画でした。
死については、世間体や固定観念に囚われているところが誰しもあり、なにが本当に大切なものなのか、命は自分だけのものか、他人のために生きなければならないのか、生きるとは何なのか、そんなことを考えさせられる映画でしたね。


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スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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